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第三章 1000年後の決断

 ユウキ達は黒スーツの男が持っていた社員証の住所、オフィス街のほぼ中心にあるストリアン・カンパニー社の前へとやってきた。入り口の前には警備員が二人立っている。ユウキ達は警備員に見つからないように他のビルの物陰に隠れていた。

 現在時刻は午後7時。祝日のオフィス街は車も人もなく静まりかえっていた。夜の町は月明かりと街灯の光だけで照らされている。

 「ここには見覚えがある。余はこの塔の中で目が覚め、脱出してきたのだ。」

 「塔の中に魔力の反応があるわ。一つだけじゃない。1階と24階から強い魔力を感じるわ。」

 ローラは水晶玉をのぞき込んで話す。

 彼女たちが塔と呼んでいるのは目の前のビルのことだ。1000年前にはこのようなビルは存在しなかったのだから。もしかしたらこのようなビルが沢山並んでいることに相当驚いているのかもしれない。

 しかし、強い魔力の反応が二つ。

 一つはグレイアンだとしてももう一つは何だろうか?ユウキは疑問に思う。

 「何難しい顔をしているの?お兄ちゃん?」

 「レイナ?」

 「ここまで来たらもうやるしかないでしょ。どんな敵が出てきても、たとえ相手がグレイアンでも私がこの勇者の力でやっつける。そうでしょ?」

 レイナはユウキに向かって笑顔で話す。

 「ああ・・・そうだな。」

 ユウキもレイナに笑顔を返す。

 「ユウキ、あなたにこれを渡しておくわ。」

 ローラはユウキに指輪を差し出した。

 「これは?」

 「強力な魔法障壁を張ることができる、私のお母さんの形見の指輪よ。」

 「そんな大事なもの、俺が持ってていいのか?」

 「あなた危なっかしいから。何をやらかすかわからないし。だからあなたが持っていて。」

 「わかった。ありがとう。」

 ユウキはその指輪を受け取り左手中指にはめる。

 「その代わり、必ずみんなで生きて帰ってこようね。」

 「ああ。」

 

 改めて4人はストリアン・カンパニー社のビルを物陰から見つめる。

 「さて、どうやってあの警備を突破しようか?」

 「私に任せてくれる?」

 ローラの魔法攻撃がビルの物陰から警備員達へと放たれた。大きな轟音と共に、警備員の頭上に大きな稲妻が落ちる。

 「うわっ!?」

 「何だ今のは!?」

 あれだけの稲妻を受ければ普通の人間ならば確実に気絶しているはずだ。絶命してもおかしくは無い強烈な稲妻だった。しかし、警備員は何事も無かったように立っている。

 ただ、幸運だったのは彼らが魔法というものを知らなかった。今の稲妻は単なる天災だと考えていた。ただ確実に冷静さを失っていた。通常の稲妻ならば、正確に人間の頭上を狙って落ちてくる物では無い。

 しかし、ローラはこの結果に動揺を隠せない。

 「そんな、今の稲妻でも立っていられるなんて!?」

 「仕方ない、レイナ、我々が仕留めるぞ!」

 「う、うん!」

 ビルの陰からシャイオンとレイナが飛び出し、警備員の元へと突進する。

 シャイオンは自らの魔力を使って水平に飛び警備員との間合いを一気に詰める。警備員は拳銃を取り出し発砲しようとするが、その前にシャイオンのダークソードが警備員の首をはね飛ばした。そのままうつ伏せの姿勢になって倒れる警備員。

 その様子を見ていたもう一人の警備員が応援を呼ぼうと通信機を取り出す。その警備員にレイナが駆け寄る。そしてライトソードで警備員の男と切りつけようとする。しかし、ライトソードの刃は警備員の手前で止まった。

 「レイナ!何をしておる!」

 そのレイナの様子に気がついたシャイオンがもう一人の警備員へと飛び、通信機を持つ片腕と首をはね飛ばした。

 「ご、ごめん・・・私・・・やっぱり人は殺せない・・・。何の罪も、悪いこともしていない人を殺すことはできないよ・・・。」

 レイナも健全な一人の人間だ。そしてまだ中等部に通う14歳の少女である。ましては相手はただの警備員。相手に何の恨みもなければ彼らに罪もない。その少女に人を殺めることには抵抗があった。

 シャイオンはレイナの目を睨む。

 「ならば貴様に問う。貴様にグレイアンを殺せるか?」

 「・・・大丈夫。ミレイユお姉ちゃんのお父さん、お母さんを殺した悪者だから・・・私の手で殺せるよ。」

 「そうか。ならばよい。」

 「でも、どうして私の魔法が効かなかったんだろう?」

 ローラは倒れて絶命している警備員を見つめてつぶやく。

 「着ている制服に秘密があるんじゃないか?たとえば、電撃に対して耐性を持っているとか。」

 ユウキは警備員の一人の服装を調べてみる。

 ユウキの目には特に変わった所は無かった。強いて言うならば制服の裏側には防弾チョッキがあるだけだった。銃撃による襲撃を想定しているならばこれくらいの装備は当たり前である。

 しかしシャイオンはその防弾チョッキが普通のものとは違うことに気がついた。

 「ふむ、この装備からわずかながら魔力を感じるぞ。」

 「ということは対魔法用に開発された防弾チョッキってこと?」

 「おそらくそうだろう。」

 「・・・と、言うことは、俺たちの敵は、俺たちの襲撃をすでに想定していて準備万端ってことか。」

 「だが、ここで迷っていても仕方あるまい。我々は先へ進むのみだ。そしてグレイアンを討つ!」

 「・・・そうだな。」

 

 警備員を二人倒したが敵には目立った動きは無い。

 四人はビルのエントランスに向かう入り口の前に立った。

 ビルの入り口はガラス製の自動ドアになっている。人がドアの前に立てばセンサーが感知し自動的にドアが開くようになっている。しかし、時間はすでに午後7時を過ぎている。4人がドアの前に立ってもドアが開くことは無かった。

 「やっぱり開かないか。」

 「ん?貴様、何のことを言っている?ドアは手で開けねば開かぬだろう?・・・しかし、このドア、取っ手が付いておらぬな。これはどうすれば開くのだ?」

 当然ながら1000年前からやってきたシャイオンとローラには自動ドアの存在を知らない。

 「だったら、実力行使だよ。みんな、下がって。」

 レイナがドアの前に立つ。

 そして、右手にライトソードを作り出し、自動ドアのガラスを叩きつける。ガラスは豪快な音を立てて割れて粉々となった。

 「さ、行こうよ。」

 「もうこうなったら何でもありだな。」

 ユウキは今日すでに1000年前からやってきた魔法少女と出会い、1000の眠りから覚めた魔王と出会い、勇者の力を手にした妹の姿を目にし、普段目にすることのない魔物との戦いを経験してきた。そして足に銃撃を受けてシャイオンに治癒魔法を受けた。もうこれくらいのことでは動じない。

 

 4人がエントランスに入ると、5階まで吹き抜けとなっていて非常に広い空間となっていた。

 ビルの中は明かりはなく、非常口を示す案内板の明かりと、災害時に暗闇でも移動できるように天井に取り付けられた非常灯の明かり、そして、ビルの外から差し込む街頭のあかりだけがビルの中を薄暗く照らしていた。

 そして、正面には受付のカウンターがあり、その両側には別の階へ移動するためのエレベーターが2機設置されていた。

 そして、受付カウンターの前に人影が見える。

 身長は普通の人よりは背が高い170センチ程度、髪は長く首のあたりでまとまったポニーテールのような形で女性の姿をしていた。その手には、身長ほどの長い三日月型の片刃剣を持っている。しかしそれは人間では無かった。なぜならば背中に黒い翼を持っていたためだ。薄暗いビルの中でもその特徴的な姿は非常に目立つ。

 シャイオンはその姿を見て一瞬うれしそうな表情を見せる。

 「お前は、ミリーニャだな!?」

 「1000年ぶりですね、シャイオン様。お姿はずいぶん変わられてしまわれましたが、ご無事のようで何よりでした。」

 「シャイオン、お前の知り合いか?」

 「余の使い魔だった者だ。1000年前は一緒に暴れ回っていたものだ。」

 そう言ってシャイオンはミリーニャに近づこうとする。

 「待って、シャイオン!ここにいるって言うことは!」

 ミリーニャは剣を構え素早く水平に飛び、シャイオンの方へ向かっていく。しかしシャイオンもこの動きに反応し、ミリーニャの大きな剣をシャイオンのダークソードで受け止める。シャイオンはわかっていた。ミリーニャがこの場所にいるということが何を示しているかと言うことを。

 シャイオンの表情は一瞬にして険しいものに変わった。

 「やはりな。貴様もグレイアンに召喚されたのであろう。」

 「その通りでございます。今の私の主はグレイアン様。そして、シャイオン様を連れて来るように言われております。その際、シャイオン様の生死は問わない、とも。」

 ミリーニャのさらなる追撃。シャイオンも必死にその攻撃を受け止める。シャイオンも反撃を試みるがミリーニャの激しい攻撃に反撃の糸口さえ見られない。

 「あなたはずいぶんと変わられてしまった。私にもわかります。すでに以前のような、1000年前のような力は持っていないと。」

 「余も好きでこのような姿をしているわけでは無い!力も失ったわけでは無い!」

 シャイオンのダークソードが一瞬大きくなり横に振るう。しかし、ミリーニャは素早く体を後ろに移動しかわされた。シャイオンのダークソードがみるみる小さくなっていく。シャイオンは肩で息をしていた。すでに息切れのようだ。そしてシャイオンは片手片膝を床に付けしゃがみ込んでしまった。ダークソードはシャイオンの右手から消えた。

 「ここまでのようですね。」

 ミリーニャは黒い翼を広げ素早く水平に飛ぶ。手にしている剣をシャイオンに向けて突き刺すように飛んだ。

 だが、その前に立ちはだかったのはレイナだった。レイナはライトソードを右手に持ちミリーニャの剣をはじき返した。

 「まだ・・・私がいる。シャイオンはやらせない!」

 「レイナ・・・。」

 ミリーニャはレイナとの距離を取って姿勢を戻し再び剣を構える。

 「その力・・・1000年前私を退けた勇者の力・・・再び私の前に立ちふさがるとでもいうのか!?」

 「その通りよ。この力、受けてみなさい!」

 レイナはミリーニャに向かって剣を振るう。

 だがその剣はミリーニャには当たらない。

 レイナは必死に斬撃を繰り出すが、ある攻撃は剣で受け止められ、ある攻撃は簡単にかわされてしまう。攻撃が全くミリーニャにヒットしない。

 「あまい!1000年前と比べるとあまりにもあますぎる!」

 レイナは小さい頃から運動神経は非常に良い。運動会では常にトップだった。どんなスポーツもやらせてもチームの中心となってフィールドを動き回っていた。おそらく今のバークリーアーム学園の中等部では右に出る者はいないだろう。

 しかし、レイナには剣術の経験は皆無だった。

 剣を振るったのは今日が初めてだった。

 あのインプとの戦いで勝てたのはインプが単なる低俗の魔物だったためだ。

 とにかくレイナの斬撃は大振りが多く、動きも読まれやすい。少なくとも戦闘経験が豊富なミリーニャにとっては。

 レイナは完全にもてあそばれていた。

 次第にレイナの顔にも疲労の色が見える。レイナの呼吸も荒くなる。

 「残念だったな。新しい勇者よ。貴様では私に勝てない。」

 レイナの斬撃をかわしたミリーニャはレイナと距離をとり、背中の黒い翼を大きく広げビルのエントランス、吹き抜けの部分を3階あたりまで高く飛び上がった。そしてレイナを見下ろす。

 そして剣を腰の鞘にしまい、羽根を羽ばたかせながら両手を前に差し出し意識を集中させる。両手の前に大きな黒い光が集まりだした。その大きさは人間の子供がすっぽり入るくらいの大きさとなっていた。

 「いかん!逃げるのだ!レイナ!」

 シャイオンが叫ぶ。

 「それをまともに食らってはいくら貴様でも無事では済まない!」

 その声を聞いてレイナは回避行動をとる。それと同時にミリーニャの作り出した大きな黒い光の玉は手から床へと放たれ飛んでいく。

 間一髪レイナはその黒い光の玉から逃れることが出来た。黒い光の玉は床に当たると大きな音を立て、エントランスの床は大きくえぐられ、破片が周囲に飛び散る。レイナは直撃を避けられたがその破片が体を直撃し仰向けに転倒してしまう。

 レイナは右腕に装着している黄金の腕輪の力である程度の魔力攻撃による衝撃は防ぐことができる。しかし、あの黒い光の玉の大きさと先ほどの衝撃の大きさから考えると、レイナの疲労した小さな体では直撃するとただでは済まなかっただろう。

 レイナは倒れた姿勢のまま左手に意識を集中させ、手のひらの前に光の玉を生み出す。こぶし大の、ミリーニャの黒い光の玉と比べたら遙かに小さい光の玉だ。それとミリーニャへと向けて発射する。

 しかし、その光の玉はミリーニャに当たらない。

 「ふん、何処を狙っているのだ!?」

 それでもレイナは光の玉を何度も発射する。だが、無理な姿勢で発射したこと、そしてレイナのスタミナがのこり少ないこと、そして何より薄暗いビルの中だ。目標が定まらず、レイナの攻撃はミリーニャには当たらない。

 そうしている間にミリーニャは第二波の準備を始める。ミリーニャは両手に意識を集中させる。

 「させない!」

 ミリーニャの周りに不規則な風の流れが起こった。そして、その風は刃となりミリーニャの体をわずかだが切り裂く。

 「くっ、なんだ今のは!?」

 ローラの魔法だった。ローラは魔法の力でミリーニャの周囲の空気を操り風を起こした。そして、その空気の一部がかまいたちのような刃となり、ミリーニャの体を切り裂いた。

 この攻撃がミリーニャに対する初めての有効打だった。

 「効いてる!このままこの魔法を使い続ければ!」

 集中が乱されてしまったミリーニャの両手から黒い光の玉がかき消されていく。

 「貴様!邪魔をするならまず貴様から消し飛ばしてやる!」

 ローラは魔法による風の攻撃を繰り返す。しかし、今度は集中は乱れない。傷つきながらも両腕を前に出したミリーニャの目の前に黒い光の玉が生み出されていた。そして、その目標はローラに向けられていた。

 「ローラ!危ない!」

 ユウキが叫ぶ。

 その声に反応してローラは魔法を中断し回避行動を取る。

 だが、先ほどのミリーニャの攻撃でがれきが散乱したエントランス。ローラはエントランスに散乱したがれきの一つに足をつまずき転倒する。

 「ローラ!」

 「ローラお姉ちゃん!」

 ミリーニャが放った黒い光の玉がローラを襲う。ローラが1000年前からやってきた黒い三角帽子と黒魔導服ならば即死は防げるかもしれない。しかし、今のローラの姿は今時の女の子、軽装なキャミソールのみだ。

 私はここで死んでしまうのか。

 迫り来る黒い光の玉を目の前にして、そのような言葉がローラの脳裏をよぎる。そして思わず目をつむった。


 しかし、何も起こらない。


 ローラは静かに目を開ける。

 その目の前にはユウキの姿が立っていた。

 ユウキはローラからもらった指輪の力を使い魔法障壁を張っていた。その魔法障壁でミリーニャの黒い光の玉を完全に防いだ。

 「へっ、この指輪が早速役に立ったぜ。」

 ユウキはローラの方、後ろを振り向き笑顔を見せる。

 「さぁ、今度はこっちの番だ。効くかどうか分からないけどな。」

 そう言ってユウキは再び空中に羽ばたき浮いているミリーニャの方を振り向き、拳銃を構える。

 そしてユウキはミリーニャに向かって拳銃を発砲した。一発だけではない。ありったけの銃弾をミリーニャに向けて発砲した。

 しかし、高等部に通う学生のユウキに射撃の経験があるわけではない。それに拳銃を発射する際にはその反動が腕に負担となって返ってくる。そのため、連射しているユウキの銃弾は標準がさだまらない。当然、その銃弾のほとんどはミリーニャには当たらなかった。

 「ふん、何処を狙っている!」

 だが、ユウキの放った複数の銃弾のうち、偶然一発だけミリーニャの頬をかすめた。

 「くっ、貴様、この私に傷を付けるとは!」

 この結果はミリーニャには想定外のことだった。ミリーニャは剣による斬撃ならば、その攻撃を全てかわせるだけの自信があるし、魔法攻撃に対してもある程度の耐性を持っている。どんなに強烈な魔法を受けても致命的なダメージにはならないはずだ。

 しかし、拳銃による攻撃はミリーニャの想定外だった。だが、それも無理はないだろう。今はミリーニャがかつて存在していた時代より1000年も経過しているのだ。未知の武器に対しては全くの無防備状態であったと言っても過言ではない。

 だがそれが完全にミリーニャの怒りに火が付いてしまった。

 「いいだろう、貴様を最初に葬ってやる!」

 ユウキは身につけている指輪の力で魔法障壁を張る事が出来る。従って、魔力を黒い光の玉としてユウキに放ったとしても再び魔法障壁で弾かれるのは目に見えている。

 ミリーニャが取った行動。それは再び三日月型の剣を手に取り空中からの突撃だった。

 ユウキはその行動に反応して再び拳銃を構える。まっすぐ突撃してくるため、距離は近くなる。狙いは定めやすくなるはずだ。ユウキは落ち着いて拳銃の引き金を引く。

 しかし、ユウキの拳銃から銃弾が発射されることは無かった。カチッカチッという音が虚しくビルのエントランス内に響き渡る。弾切れだ。

 「ちっ、こんな時に!」

 ユウキは慌ててポケットの中に手を入れる。リロード用のマガジンがポケットの中にあったはずだ。しかし、慌ててしまっているせいか、そのマガジンを床に落としてしまう。

 「しまっ・・・!」

 「その首、もらった!」

 しかし、ミリーニャの剣はユウキには届かなかった。

 ユウキの目の前にはシャイオンとレイナがいた。

 シャイオンはダークソードを、レイナはライトソードを手し、ミリーニャの攻撃を受け止めた。もう彼女たちには戦えるだけの力はほとんど残っていないはずだ。

 だが彼女たちは戦おうとしていた。ユウキを、仲間を救うために。

 「レイナ、今だ!今こそ我らの全ての力をぶつけるぞ!」

 「うん!」

 ユウキへの突撃攻撃がシャイオンとレイナによって防がれたことで、完全にミリーニャの動きは止まった。シャイオンはその隙を逃さなかった。シャイオンとレイナは左手に意識を集中させ、全ての力を使ってシャイオンは黒い光の玉を、レイナは白い光の玉を生み出した。

 そしてその二つの光の玉をミリーニャにぶつける。

 ミリーニャとの距離はほぼゼロに近い。この距離ならば確実に命中する。ミリーニャはシャイオンとレイナの行動に気がつき、すぐさま距離を取って攻撃を回避しようとする。

 しかし、すでに手遅れだった。

 二人が放った光の玉は確実にミリーニャの体を捕らえていた。二人の放った白と黒の光の玉は融合し、強烈なひかりを放つ力を生み出した。その衝撃をまともに食らってしまったミリーニャは後ろに吹き飛ばされた。

 二人からかなり離れた場所に仰向けに倒れたまま動かないミリーニャ。

 「ミリーニャ!」

 シャイオンがミリーニャの名を叫び、側に駆け寄る。

 「シャイオン様・・・今の一撃・・・お見事でございました。私の負けでございます。」

 「貴様、本当は手加減していただろう。1000年前の貴様はそんな力では無かったはず。」

 「さすがは私の元主でございます。実は私も全ての力を取り戻していたわけではありません。」

 今ので本来の力で無かった。本来の力だったのならばどうだったのだろう。その話を聞いたユウキ達3人はぞっとする。

 「しかし・・・シャイオン様、なぜ人間共の盾となったのでしょうか?1000年前のシャイオン様ならば、とても考えられない行動です。」

 「それは・・・」

 シャイオンは一瞬言葉に詰まる。そして少し考えた後、脳裏に浮かんだ言葉を口に出す。

 「仲間だからだ。余の力を取り戻すため、そしてグレイアンを倒すために力を貸してもらっている。」

 「仲間・・・1000年前には口に出てくることの無かった言葉ですね。仲間というものはよいものでしょうか?」

 「・・・あぁ、今、余がここにいるのは彼らのおかげだ。」

 「そうですか・・・。」

 ミリーニャは少し考えて

 「今度私がシャイオン様の使い魔として召喚された場合は、私も仲間に入れていただけますか?」

 「・・・あぁ。もちろんだ。」

 「ふふ、ありがとうございます。その時を楽しみにしております。それともう一つ・・・クリスタル・シャイオンは完全なものでは・・・。」

 そこまで話をしたところでミリーニャは消滅してしまった。

 「ミリーニャ!?」

 「・・・おそらくグレイアンがミリーニャの召喚を解いたのだろう。」

 「とりあえず・・・休憩しようよ。もう立てない・・・。」

 シャイオンとレイナはその場に座り込んだ。ミリーニャとの戦いで全ての力を使い果たしてしまったようだった。ユウキはエレベータ横に二台のジュースの自動販売機を見つけた。今時珍しい当たり付きの自動販売機だ。ジュースを購入するとルーレットが回りだし、それが見事に当たりのところに止まるとジュースがもう一本おまけで出てくる仕組みになっている。

 ここで当たりが出てくるといい験担ぎになるかもしれない。ユウキはとりあえずジュースを購入しルーレットに挑戦してみた。

 結果は・・・

 4本ともハズレだった。

 「まぁ、そうそういいことあるわけ無いか。」

 ユウキは4本のジュースを抱えみんなに1本ずつ配る。

 「ほら、シャイオン。」

 「うむ、すまない。」

 「さっきはありがとうな。」

 「余だけの力だけでは無い。ミリーニャを倒せたのはレイナの力もあっただからな。」

 「いや、それもそうなんだけど。俺たちを仲間だって言ってくれたこと。」

 「ほ、ホントのことを言っただけだ。」

 シャイオンは照れているんだろうか。ユウキから顔をそらせる。

 ユウキはレイナにもジュースを渡す。

 「お前、もうほとんど力を使い果たしたんだろ?」

 「へへ、わかった?もうクタクタ、立っているのもしんどいよ。でもみんなも同じじゃ無いの?」

 「まぁ、そうなんだけどね。」

 ローラも立ち上がりユウキの元へとやってくる。

 「さっきはありがと。あなたに指輪を渡しておいて正解だったわ。」

 そう言ってユウキからジュースを一本取り出す。ローラはジュースの栓を開けて一気に飲み干す。

 「でもね、一つだけ、お母さんから受け取った特製の魔法の薬があるの。これがあれば気力も魔力も元気も回復するわ。」

 そう言ってローラは小瓶を取り出した。非常に小さい小瓶だ。小瓶の中には透明の液体が入っている。

 「本当はみんなで分けて飲めればいいんだけど、この量だからね。」

 「ならばレイナが飲むとよい。」

 シャイオンはよろけながらも立ち上がりジュースを口にする。

 「レイナの持つ勇者の力だけが、余を打ち破った力だからな。その力はクリスタル・シャイオンを持つグレイアンにも有効であろう。」

 「そうね。私もシャイオンの意見に賛成だわ。」

 ローラが答え、レイナの元へ向かい小瓶をレイナに渡す。

 「みんな、ごめんね。」

 レイナは小瓶のふたを開け、中の液体を一気に飲み干す。その味は思ったより苦くなく、逆に甘く感じた。そして、体の中から力がわき上がってくるような感じがする。

 「すごい・・・すごいよこの薬!もう全身から元気があふれ出てくるって感じ!」

 見るからに先ほどまでぼろぼろで、立っているのがやっとだったレイナがハイテンションになる。そんなにすごい薬だったのか?と気になるユウキ。これがローラが持っていた最後の一個だったのがとても悔しい。

 「さて、レイナも元気なったところでグレイアンの元へ行こうか。」

 「シャイオンは大丈夫なのか?」

 「戦うことはできないかもしれぬが何とか立って歩くことはできる。そもそも、クリスタル・シャイオンを持つグレイアンには余は相手にならないからな。余は後方で様子を見させてもらうぞ。」

 「そうか、じゃあ行こうか。」

 「それともう一つ言いたいことがある。」

 3人が行きかけたところでシャイオンが呼び止める。

 「もし、グレイアンを倒すことが不可能ならば余の体を焼き尽くせ。心臓も何も残らないくらいにな。今の余の魔力ならば、ローラの魔法でも簡単に焼き尽くすことができるだろう。」

 「・・・そんなこと考えるのはやめようぜ。みんなで一緒に帰るんだ。・・・それに何より・・・ミレイユが悲しむ。」

 ミレイユはユウキのクラスメイトだ。そして、いつもユウキが何かするときには必ずミレイユが側にいてくれた。その側で明るい笑顔を振りまいていてくれていた。その笑顔を失いたくない。だからシャイオンにも無事でいてもらいたい。

 それはレイナやローラも同じ思いだった。

 「・・・そうだな。すまなかった。」

 

 

 

 4人はエントランス一番奥にあるエレベーターの前に立つ。

 しかし、もう夜だからだろうか。ボタンを押しても動き出す気配は無い。二基あるエレベータは全て動作を停止していた。エントランスを見渡すと、他にもエントランス脇にエスカレーターがあった。しかし、このエスカレーターも動作はしていない。

 仕方なく4人は動作していないエスカレーターを階段のように上っていく。先頭はレイナ、その後にローラが続き、ユウキがシャイオンを背負って上っていく。

 シャイオンの体は非常に軽かった。ユウキはまだ幼いレイナを背負って遊んでいたこともあるがそれよりも軽い。これがかつての魔王だったとは到底ユウキも思えない。それに、このような体であのミリーニャと戦っていたということが信じられなかった。

  

 

 

 5階まで上ったところでエスカレーターは途切れた。その場所からは6階に上る階段は見当たらない。部外者が入れるのは通常5階までで、6階以上はストリアン・カンパニー社員や関係者以外は進入できないようになっているのだろう。

 「どうしよう、6階に上る階段がないよ?」

 ユウキは薄暗い廊下の壁にカードリーダーと思われる機械が備え付けられた、重たそうな扉を見つける。

 もしかしたら、バークリーアーム邸で襲撃してきた黒スーツの男から手に入れた社員証が鍵となっているのかもしれない。そしてその扉の向こうには上の階に上るための階段があるのかもしれない。

 ユウキは試しにカードリーダーに社員証を通してみる。

 「ピーッ」という音と共に扉の鍵が開いた音がした。

 レイナは重たい扉を開けてみる。

 その扉の先には別の階段があった。上り階段が6階まで続いていた。

 階段を上った先にまた別の重たい扉があった。だが今度はカードリーダーは備え付けられていなかった。

 レイナは静かにドアを開けて中を覗いてみる。

 扉の向こうは真っ暗だった。非常用出口を示す案内板の明かりのみが見える。ただ、入り口の近くにスイッチがあることに気がついた。暗闇でもスイッチの場所が分かるようになっている親切設計だ。

 レイナはそのスイッチを入れる。

 部屋の照明が点灯する。

 部屋の中は通路がまっすぐ延びており、正面には同じような重たそうな扉が見える。その両側はガラス張りとなっていた。右側のガラスと左側のガラスの幅は人10人ぐらいはすれ違えるくらいの十分な距離がある。

 ただ彼らが驚いたのはそのガラスの向こう側の光景だった。

 ベッドが無数に並べられ、そのベッド全てに見たことも無いような機械が取り付けられている。そのベッドの上全てには子供が横になっていた。顔の部分にはベッドの機械と複数のコードで接続されており、彼らが起きているのか、眠っているのかは分からない。子供の中には胸の部分がえぐられたような跡が残っているのもあった。

 「なんなの・・・これ・・・。」

 ここでは何が行われていたのだろうか?レイナとローラは思わず顔を背けたくなるようなその異様な光景に絶句する。

 そのとき、通路の奥から突然黒スーツの男が現れた。さっきまで誰もいなかったところに。右手には赤く丸いものを手にしている。

 「ここでは魔力抽出の実験が行われていた。」

 「貴様・・・グレイアンだな。」

 シャイオンが静かにつぶやく。

 「なっ?一体どこから!?」

 「クリスタル・シャイオンの力を使わせてもらった。ふむ、こんな扱い方も出来るのか。あれからいろいろと試しているが、すばらしいな、このクリスタル・シャイオンの力は。シャイオンがここに来ていると知ってな、待ちきれずにこちらから来てしまったよ。」

 「この部屋は何なの?何が行われているの!?」

 レイナがユウキ達の先頭に立ち、右手に意識を集中させる。そしてライトソードを生み出した。すでに臨戦態勢を取る。

 「さっき言ったとおりだよ。魔力抽出の実験を行っていた。この者達は魔力を持つ者たち。その者たちから魔力を抽出して結晶化させる実験だよ。」

 「魔力を持つ者達?この時代には魔力を持つ人間はいないはずじゃないのか!?」

 「その通り。このミルバポートには魔力を持つ人間は存在しない。だが、内陸部にはいるのだよ。未だに魔法文化で暮らしをしている人間達がな。」

 グレイアンはゆっくりとユウキ達の方へと近づいてくる。

 「魔力結晶化の実験は成功した。ただし、その副作用で体は幼児化し、さらに全ての魔力を抽出できる事が出来ないと分かった。残りの魔力は心臓の部分に残っていたのだよ。従って、その者の心臓を抽出し、結晶化した魔力と融合させることで抽出は完全に完了する。」

 「・・・ひどい、なぜそこまでする必要があるの!?」

 この中で唯一魔力を持つ人間、ローラは怒りをあらわにする。

 「魔王シャイオンに対抗するためだよ。我々は彼らの力を利用して、機械と魔力を融合させた兵器を開発してきた。いずれ1000年の封印から復活する魔王シャイオンに対抗するために。」

 「待て、俺たちは『魔王シャイオンは1000年前に倒された』と教えられてきた。なぜお前達が魔王シャイオンの封印の事を知っている?」

 「ミルバポート政府は全て知っていたのだよ。魔王シャイオンは封印されている。1000年後にその封印が解けこの世に再び現れる。そして、1000年前の大賢者はそれを見越して1000年後の世界に自分の娘を送り込んだということも。」

 「それって・・・私のこと・・・?」

 ローラが思わずつぶやく。そして、彼女の母親が行ったことも全て知っていたと言うことに驚きを隠せない。

 「もちろんここにいる魔力を持つ人間に対する研究もミルバポート政府も承認している。彼らの力が無ければ兵器開発は不可能だからね。だが、我々は偶然封印されたままの魔王シャイオンを発見した。我々は早速魔力抽出機を使い魔王シャイオンの魔力の結晶化に取り組んだ。あまりにも巨大な魔力だったので何度も機材の改良を行ったよ。その結果がこのクリスタル・シャイオンだ。だがこの力を手にして驚いたよ。このクリスタル・シャイオンの力は今まで結晶化させてきた魔力とは桁が違う。我々の既存の兵器と数千パターンのバトルシミュレーションを行っても全てのパターンで魔王シャイオンの勝利。今まで我々がやってきたことが何だったのか、愕然としたよ。だが、逆に考えて見ればどうだ。この力があればミルバポート政府を崩壊させることも世界をこの手にすることもできる!」

 「・・・やっぱり、あなたは倒さなければならない敵・・・。」

 レイナがライトソードを手につぶやく。その怒りはどんどん大きくなっていく。

 「さぁ、後はシャイオンの心臓と融合させることでクリスタル・シャイオンは完成する!さぁ、シャイオンを渡すのだ!」

 「そんなことはさせない!絶対に!」

 レイナはグレイアンに向かって駆けだした。レイナとグレイアンとの距離は20メートル程度。その距離を一気に詰めようとする。

 グレイアンは静かに左手をレイナに向ける、そして手のひらに意識を集中させ黒く光る玉を作り出しレイナに向けて発射させた。

 レイナはその攻撃に反応し、両腕を顔の前でクロスさせて防御の姿勢を取る。回避することもできたが、後ろにはユウキやローラ、そしてシャイオンがいる。彼らに攻撃が命中しないようにするための行動だ。幸い、レイナの思い、怒りを右手の黄金の腕輪がくみ取っているのか、レイナの全身を光のオーラで包み込まれ、グレイアンの攻撃を防いでいるようにも見える。

 だが、グレイアンの攻撃は手を休めることはしない。次から次へと黒く光る玉をレイナに向けて発射させている。威力が衰えている様子はない。

 レイナもグレイアンの激しい攻撃に苦痛の表情を浮かべる。このままではグレイアンに手が届く前にレイナが負けてしまう。

 「レイナよ、やつの光の玉をライトソードで切り裂くのだ!1000年前の勇者はそのようにして攻撃を防いでいた!」

 シャイオンの1000年前の、勇者との戦いの記憶が鮮明によみがえる。レイナは指示通りにライトソードでグレイアンが放つ黒い光の玉を切り裂いた。その瞬間、黒い光の玉は小さな爆発と共に消滅する。

 レイナは向かってくる黒い光の玉を次々と破壊する。そして少しずつグレイアンとの距離を詰めていく。

 「ふむ、この攻撃はもう効かないか。ならば私も接近戦といこうか。」

 グレイアンは右手にクリスタル・シャイオンを持ったまま左手に意識を集中させる。グレイアンの左手には黒色に輝くダークソードを生み出した。ただその剣の大きさはシャイオンのものよりも遙かに大きい。

 そして二人の距離は一気に縮まった。レイナのライトソードとグレイアンのダークソードが激しくぶつかり合い衝突する。そしてグレイアンのダークソードによる斬撃をレイナのライトソードで受け止め、はじき返す。

 さらなるダークソードによる斬撃。グレイアンのダークソードはレイナのライトソードよりも遙かに大きい。それ故に攻撃も大ぶりとなる。レイナはそこを見逃さなかった。レイナはその隙を突いて懐に入りライトソードの斬撃を加えようとする。しかし、グレイアンもその反撃を許さない。その動きに反応して蹴りをレイナに浴びせる。

 それでもレイナは突き飛ばされずにその場に立ち留まる。右手の黄金の指輪の力がグレイアンの攻撃の衝撃を和らげているんだろうか。

 「おっさん・・・ミリーニャより弱い。」

 直前まで強敵ミリーニャと戦っていたレイナには分かっていた。ミリーニャは数々の戦いを経験してきた歴戦の勇士だった。しかし、グレイアンはこのような実戦は始めてに等しい。そもそもこの平和な時代に実戦経験を積んできたのは前線で戦う兵士ぐらいだ。一企業の幹部であるグレイアンにはそのような経験があるはずが無い。

 「何?なんだと?あの使い魔より、クリスタル・シャイオンを持つ私の方が弱いというのか?ならばクリスタル・シャイオンの本来の力を見せてくれる!」

 グレイアンは左手を目の前に指しだし手のひらをレイナに向け、左手に意識を集中させる。

 また黒い光の玉が発射されるのか?

 レイナは迎撃の用意をする。その攻撃はもう私には効かない。

 そう思った瞬間。

 グレイアンの左手からは黒い光の玉ではなく、直接黒い色を放つ巨大なレーザー砲のような闇の波動が発射された。

 闇の波動に包まれていくレイナ。その姿はすでにグレイアンからは見えない。

 どれくらい闇の波動に包まれていたのだろうか?

 しばらくした後グレイアンの左手から放たれた闇の波動は消滅していった。

 そして、そのあとにグレイアンの目の前に現れたのは。


 無傷のレイナの姿だった。


 「なぜだ!?なぜこの攻撃を食らっても無事でいられる!?」

 動揺するグレイアン。

 レイナはこの隙を逃さない。

 レイナは一気にグレイアンとの距離を詰め斬撃を加える。

 グレイアンはその攻撃に反応し素早く後ろ飛ぶ。しかし、レイナの反応の方が早かった。傷は浅いもののライトソードはグレイアンの腹部を切りつけていた。

 腹部を左手で押さえその場でうずくまるグレイアン。

 「おっさんは私の正体を知らないみたいね。私はシャイオンが封印されてから1000年後に生まれる勇者の力を受け継ぐ者。そして、唯一シャイオンの魔力に立ち向かえる人間よ。」

 「ふふふ・・・そういうことか・・・すでに1000年前から大賢者の使者が現れ、シャイオンに立ち向かえる勇者を見つけていたということか。ふふふ・・・はははは!」

 グレイアンは腹部を押さえながら立ち上がる。

 「こんな面白い展開が起こっていたとはな。あの魔王シャイオンとそれを打ち倒すことが出来る勇者が共に戦っているというのだからな!」

 「シャイオンは私の仲間だから。」

 「仲間だ?ならばシャイオンが私からクリスタル・シャイオンを奪い返し、本来の力を取り戻した場合はどうするのだ?貴様はシャイオンを討てるのか?」

 「うっ・・・」

 言葉に詰まるレイナ。

 「私を倒せばクリスタル・シャイオンはシャイオンの元に戻る。その後どうなるかは十分予想できていたはずだ。貴様はシャイオンを討たなければならない。そうだろう?貴様達にそれが出来るのか?」

 それはその場にいる全員が一番恐れていることだった。

 少なくともユウキ、レイナ、ローラには最悪の結果となるかもしれない。

 

 ローラは復活する魔王シャイオンを倒すことができる、勇者の力を受け継ぐ者を探して1000年前からやってきた。シャイオンが魔王の力を取り戻したならば、真っ先にシャイオンと戦うことになるだろう。

 レイナはローラが探し出した、魔王シャイオンを倒すことができる、勇者の力を受け継ぐ者だ。シャイオンが魔王の力を取り戻したならば、彼女もまた真っ先にシャイオンと戦う使命を帯びることになる。

 だがそれは彼女たちにとって非常につらい戦いになるだろう。

 かつて共に戦ってきた仲間と戦うことになるためだ。

 それは彼女たちも理解しているに違いない。しかし、そのことには触れたくなかった。それがみんなの正直な気持ちなのかもしれない。

 

 全員の視線がシャイオンに集中する。

 「余は・・・余は・・・。」

 言葉を詰まらせるシャイオン。

 「何か言ってよ、シャイオン!私たちは仲間だって!それはこれまでも、これからも変わらないって!」

 後ろを振り向き叫ぶレイナ。

 しかし、それ以上シャイオンは何も口にしない。

 「ふはは!これが現実なのだよ!」

 グレイアンはその隙に再びダークソードを生みだしレイナに斬りかかる。レイナもそれに反応し防御の姿勢を取るが、すでに遅かった。グレイアンの攻撃はレイナを切りつける。かろうじて急所は外れたがレイナ右腕から鮮血が吹き出す。そしてその衝撃で後ろに突き飛ばされ倒れてしまう。

 「ふん、これまでだな。か弱き勇者様よ。」

 グレイアンは止めを刺そうとレイナ近づきダークソードを振り下ろそうとする。

 「させるかっ!」

 ユウキは拳銃をグレイアンに向けて発砲した。これだけの至近距離ならば拳銃の反動が合ってもターゲットに命中させることができる。

 しかし、グレイアンは後ろによろめきながらも倒れなかった。

 「ユウキの攻撃が効かない?これもクリスタル・シャイオンの力なの!?」

 「いや、クリスタル・シャイオンの力じゃ無い。あいつは防弾チョッキを着ている。」

 「防弾チョッキ?」

 1000年前からやってきたローラには防弾チョッキが何かもわからない。ただ、ユウキの持っている拳銃の威力は十分に理解している。クリスタル・シャイオンの力では強力な魔法障壁を張ることによってあらゆる魔法攻撃に対して身を守ることができる。だが、その反面、クリスタル・シャイオンでは物理攻撃は防ぐことができない。拳銃は強力な物理攻撃だ。その攻撃を防がれたことに驚いていた。

 グレイアンが防弾チョッキを着ている以上、体を狙っても意味は無い。狙うならば防弾チョッキで覆われていない頭部を狙うべきだ。ただ、ユウキはこの距離でも頭を正確に打ち抜くことができるかどうかが不安だった。

 だが、グレイアンのダークソードは確実にレイナを狙っている。迷っている暇は無い。妹の命が奪われようとしているのだ。

 「うおおおぉぉぉ!」

 ユウキはありったけの銃弾をグレイアンに向けて発射した。

 だが、銃弾はグレイアンに命中するものの動きを止めることができない。グレイアンはダークソードを振り上げ、それをレイナの心臓を狙って振り下ろされようとした瞬間だった。

 銃弾の一発がクリスタル・シャイオンに命中した。キィンという金属音が部屋の中に響き渡る。それと同時にグレイアンが持つダークソードが消滅した。

 「何!?」

 「クリスタル・シャイオンの力が弱まった!?」

 ユウキが叫ぶ。

 「だったら私の魔法でも!」

 ローラは残された魔力全てを解き放ちグレイアンにぶつける。グレイアンはクリスタル・シャイオンの力を使って魔法障壁を張ろうとする。しかし、ローラの魔力全てを押さえ込むだけの魔法障壁を張ることができなかった。

 ローラの魔法で後ろにはじき飛ばされるグレイアン。

 「くっ、なぜだ!クリスタル・シャイオン!」

 グレイアンは立ち上がる。

 その間にユウキとローラはレイナの元に駆け寄る。

 「レイナ、大丈夫か?」

 「うん、・・・っ、これくらい大丈夫。」

 レイナはユウキの力を借りて立ち上がる。

 「レイナよ。」

 レイナの背後からシャイオンの声が聞こえる。

 「余は・・・余は・・・ずっとこのままでいたい。まだ出会って一日も経っておらぬが・・・お前達と、ずっと仲間でいたい。たとえこの先どんなことがあろうとも!だから遠慮せずに・・・グレイアンを倒して欲しい!」

 「シャイオン・・・。」

 「それに、ミリーニャとの約束だからな。」

 シャイオンはここまで一緒に戦ってきて感じていた。レイナと一緒にいたい。ユウキやローラ、ミレイユとも。これからもずっと。

 「・・・ありがとう。その言葉だけで私は戦える!」

 グレイアンは再びダークソードを左手に生み出す。どうやらクリスタル・シャイオンの力を弱めることができたのは一瞬だったらしい。だが、一瞬でもクリスタル・シャイオンの力を弱めることができた。

 クリスタル・シャイオンは完全じゃ無い。物理的な衝撃を与えることで一時的ではあるがその力を弱めることが出来る。ならばもう一度クリスタル・シャイオンに物理的な衝撃を与える事ができればグレイアンを倒すチャンスが生まれる。

 「レイナ、俺がもう一度こいつでクリスタル・シャイオンを狙う。お前はその隙を狙え。」

 ユウキはレイナに拳銃を見せて話しかける。

 「うん、任せて。」

 レイナはユウキの顔を見て大きく頷く。

 「喰らえ!グレイアン!」

 ユウキはグレイアンに向けて拳銃を発砲した。目標はクリスタル・シャイオンだ。反動による影響にも慣れてきた。とにかくありったけの銃弾を発砲した。この中の一発でも当たれば良い。

 しかし、グレイアンは同じ手は喰らわない。

 ユウキの狙いがクリスタル・シャイオンだと分かった以上、これ以上クリスタル・シャイオンに衝撃を与えるわけにはいかない。グレイアンはクリスタル・シャイオンを抱え込むようにこちらに背を向ける。

 銃弾は全てグレイアンの防弾チョッキによって防がれ、クリスタル・シャイオンには当たらない。

 だが、それはレイナに大きな隙を見せることになった。

 レイナはこの瞬間を見逃さない。

 右腕の痛みなど気にしない。この一撃で全てを終わらせることが出来る。

 一気にグレイアンとの距離を詰めるレイナ。

 それにグレイアンはそれに反応するが、レイナのライトソードはすでにグレイアンの胸を捕らえていた。

 

 しかし。

 

 「そこまでだ!この娘がどうなっても良いのか!」

 ユウキ達の目の前の扉が開く。

 その先には黒スーツの男が立っていた。その腕にはミレイユが抱えられていた。そして、黒スーツの男は拳銃の銃口をミレイユに向けている。ミレイユは気を失っているようだ。

 「ミレイユ!?」

 ユウキの声でレイナのライトソードはグレイアンの胸の手前で止まった。

 「ふはは、私は運が良い!」

 グレイアンは動きの止まったレイナを蹴り飛ばす。蹴り飛ばされたレイナは仰向けになって倒れる。レイナの元へ駆け寄るユウキたち。

 グレイアンはミレイユを抱えた黒スーツの男の元に駆け寄る。

 「ご無事でしたか、グレイアン様。」

 「ああ!貴様のおかげで形勢逆転だ!」

 「屋上にヘリを用意してあります。そこから脱出を。」

 「分かった。だが、その前に・・・。」

 グレイアンはこちらを振り向き

 「シャイオンはこちらに来てもらおう。無駄な抵抗をしたらこの娘がどうなるか・・・分かるな?」

 黒スーツの男は拳銃でミレイユのこめかみに銃口を押し当てる仕草を取る。

 ミレイユはユウキ達にも、シャイオンにも大事な仲間だ。それを人質に取られた以上ユウキ達にはどうすることも出来なかった。

 「・・・わかった。」

 シャイオンはゆっくりと前に、グレイアンの元へと歩み出す。

 ユウキはそれをただ見つめるしかなかった。

 「よし、それでいい。これから屋上へ飛ぶ。良いな?」

 「了解であります。」

 そう言い残してグレイアンと黒スーツの男はミレイユとシャイオンと共に姿を消した。クリスタル・シャイオンの力を使って空間移動したのだろう。

 

 「ここで・・・。」

 ユウキは声を震わせてレイナ、ローラに話しかける。

 「ここで終わらせてたまるか!俺たちも屋上へ行くぞ!何か助ける手はあるはずだ!ミレイユも、シャイオンも!」

 「そうよね。ここまでやってこれた私たちだもの。最後まで諦めない!」

 「うん。私も同じだよ。行こう、屋上へ!」

 ユウキ達は先ほどまで黒スーツの男がいた奥の扉の前へ向かう。

 扉にはカードリーダーなどの装置は見つからなかった。ユウキはドアノブを掴みゆっくりと重い扉を開ける。その向こうにはエレベータがあった。電源は入っているようだ。エレベータの上部を見ると「R」の文字が確認できた。このエレベーターで屋上までいけるらしい。

 ユウキ達はエレベータに乗り込むとR階、ビルの屋上へと向かった。

 このビルは30階建てのようだ。今いた階は6階。エレベーターの上って行く速度が遅く感じる。とにかく早く屋上へたどり着きたい。はやる気持ちがエレベータの速度を遅く感じさせていたのかも知れない。

 エレベータ上部の数字がどんどん上がっていく。

 28。

 29。

 30。

 そして、Rと表示されたところでエレベータの扉が開く。

 

 

 

 エレベータの扉が開くと同時にものすごい勢いの風が吹き荒れていた。ヘリコプターのプロペラがものすごい爆音を立てて回転し、いつでも飛び立てる状態だった。

 ヘリコプターは5人乗りとなっており、前に二人、後ろに三人乗れるようになっている。ミレイユとシャイオンはすでにヘリコプターの後部座席にいるようだ。そしてグレイアンがこれから前の左座席に乗り込もうとしている。クリスタル・シャイオンは右手に抱えたままだ。

 「ミレイユ!シャイオン!」

 ユウキの呼びかけにシャイオンが静かにユウキのほうを振り向いた。ミレイユには動きは無い。まだ気を失っていた。

 「おっと、それ以上近づくんじゃ無い!」

 グレイアンはミレイユの頭に拳銃を突きつける。

 ユウキ達の足が止まる。

 ヘリコプターはもうすぐ飛び上がろうとしている。

 どうにかしてミレイユとシャイオンを助け出す方法は無いのか?

 このまま飛び立っていくのを見送るしか無いのか?

 ユウキは頭をフル回転させて考える。

 ユウキはバークリーアーム学園高等部に通う学生だ。その中でも成績はクラスでも上位の方だ。だからといって飛び抜けて頭がいいわけでは無く、ひらめきが効くわけでも無い。どちらかというとミレイユの方が成績はあまりよくは無いがひらめきは効く方だ。

 それでもユウキはある方法を思いついた。

 みんなに説明する暇は無い。一か八か、行動に移る。

 「レイナ、ちょっといいか?」

 「な、なんなの?」

 「これからどんなことが起こっても、自分の思ったとおりの行動をしろ。わかったな?」

 「え?う、うん、わかった。でも、どうしてこんな時に?」

 「・・・もう時間が無いんだ。」

 そう言ってユウキは一息おいて叫んだ。

 「グレイアン!」

 「ん?なんだ?」

 「頼みがある!俺も一緒に連れて行ってくれ。シャイオンの最後を見届けたい!」

 「え!?」

 「なっ!?」

 レイナとローラが驚きの声を上げる。シャイオンも何も言わないが、ユウキの言葉に反応した。いったい何を考えているのだ?そんな表情だ。

 「ふん、いいだろう!銃を捨ててヘリに乗り込むんだ!」

 ユウキは言われたとおりにポケットの中の拳銃を地面に置く。そしてゆっくりとヘリコプターに近づく。そして、何も起こらないままヘリコプターの後部左座席に乗り込んだ。

 「ユウキよ、いったいどういうつもりだ?」

 シャイオンがユウキに向かって小声で話しかける。しかしユウキは笑顔を返したまま何も話さない。

 ユウキ達を載せたヘリコプターが飛び上がっていく。

 すでに50メートルぐらいは飛び上がっただろうか。プロペラの音がどんどん遠く、小さくなっていく。その様子をビルの屋上から眺めるしかないレイナとローラ。

 「ど、どうしよう、レイナ・・・。」

 「どうするも何も・・・。」

 レイナの怒りは頂点に達した。

 「こっのクソバカ兄貴!あんたなんか消し飛んじゃえ!!」

 レイナは両腕の手のひらをヘリコプターに向けて、怒りにまかせるままに力を込める。レイナの手のひらから白く光り輝く波動が発射された。まるでレーザービームの様に。

 その波動は空中のヘリコプターを直撃する。レイナから放たれた強烈な波動はヘリコプターを貫通しそのまま暗い夜空の向こう側へ消えていくと思われた。

 しかし、レイナの白い波動はヘリコプターを貫通しなかった。

 ヘリコプターの中でユウキが魔法障壁を張っていた。ローラから受け取った指輪の力を使って。

 強力な波動を受け止めたことによって力を使い果たし、砕け散る指輪。

 しかし、その衝撃でヘリコプター機体の左側が破壊されて座席が夜の空に現になる。そして、ヘリコプター上部のプロペラも完全に折れて吹き飛んだ。

 バランスを崩す空中のヘリコプター。

 突然の出来事に大混乱するヘリコプターの機内。

 ただ、ユウキだけが冷静だった。

 「今だ、シャイオン!グレイアンのクリスタル・シャイオンを奪い取れ!」

 その言葉にシャイオンも我に返る。

 グレイアンのクリスタル・シャイオンを奪い返すには今しかチャンスはない。しかし、ダークソードではクリスタル・シャイオンの魔法障壁に阻まれてしまう。

 ここでシャイオンが取った行動。

 シャイオンはグレイアンの右腕に思い切り噛みついた。

 「ぐうぅっ!」

 グレイアンは思わずクリスタル・シャイオンを手放してしまう。このチャンスをシャイオンは逃さない。シャイオンのダークソードをグレイアンの右腕に突き刺す。

 「ぐわああぁぁぁっ!」

 それと同時にユウキはグレイアンからミレイユに突きつけられた拳銃を奪う。

 と、その瞬間、ヘリコプターの機体は左に大きく傾いた。

 グレイアンの手から離れたクリスタル・シャイオンはヘリコプターから機体の外へと放り出された。クリスタル・シャイオンはヘリコプターが飛び立ったビルとは異なる方向へと落ちていく。

 シャイオンはその光景を目にして考えた。

 今からシャイオン自ら機体の外に飛び出せばクリスタル・シャイオンを取り戻すことができるだろう。それがここにきた本来の目的だ。1000年前と同じ魔力を取り戻し、再びこの世に魔王として君臨する事ができるだろう。魔王の力を取り戻せばこの高さから落ちても自らの魔力の力で自分の命だけは助かるだろう。

 しかし、そうした場合、ミレイユとユウキはどうなるだろうか。このままバランスを失ったヘリコプターと共に墜落する。ユウキはともかく、依然意識を失ったままのミレイユは当然命は助からないだろう。

 彼らはシャイオンを導き、助けてくれた命の恩人でもある。彼らをそのまま見殺しに出来るだろうか?

 

 シャイオンの決断。

 

 「ユウキよ、ミレイユと共にこの中から飛び降りるぞ!」

 「こ、この高さから!?」

 「大丈夫だ。余の残りの魔力全てを使えば衝撃は軽減される。少なくとも死にはしない。余が保証する!」

 そう言ってシャイオンはミレイユを背中に抱え、飛び降りる準備を始める。

 「分かった。お前を信じる!」

 ユウキはシャイオンの手を取り、ミレイユと共に、今にも墜落しようとするヘリコプターから飛び出した。この軌道ならばちょうどレイナ達のいる、ヘリコプターが飛び立ったビルの屋上へと降りる事ができる。

 だが、それと同時にグレイアンもヘリコプターから飛び出した。クリスタル・シャイオンに向かって。

 「クリスタル・シャイオンは私のものだ!誰にも渡さない!」

 グレイアンは手を伸ばし、空中で落下するクリスタル・シャイオンへと手を伸ばそうとする。

 「ユウキよ、貴様の武器でクリスタル・シャイオンを撃て!」

 もう考える暇は無い。

 ユウキは落下する姿勢のまま片手で拳銃を構え、クリスタル・シャイオンへ向けて発砲する。

 落下しているという不安定な姿勢だ。しかも発射時の反動もある。狙い通りに銃弾はなかなか当たるものではない。それでもユウキはありったけの銃弾を発射する。一発でも当たれば良い。その思いで拳銃を撃ち続けた。

 そして、グレイアンがクリスタル・シャイオンに触れようとしたとき。


 銃弾がクリスタル・シャイオンに命中した。


 その瞬間、クリスタル・シャイオンにヒビが入り、クリスタル・シャイオンはそのヒビから眩しい白い光を発して粉々に砕け散った。クリスタル・シャイオンの破片は光を放ちながら空高く舞い上がり、夜空に無数もの流れ星が流れるような光景を生み出した。

 シャイオンは残り少ない魔力全てを使い三人の落下速度を緩めた。

 ユウキたちはビルの上、さっきまでヘリコプターがあった場所に落下した。最初にユウキがうつ伏せに着地し、その上に、ユウキが下敷きになる形でシャイオンとミレイユが着地した。

 遠くの方でヘリコプターが墜落したような轟音が聞こえる。

 シャイオンの魔力で落下速度を緩めたといっても、それでもユウキの体にかかる衝撃はかなりのものだ。しばらく動けそうにも無い。

 そんなユウキの元にレイナとローラが駆け寄る。

 「このクソバカ兄貴!本当にどっか行っちゃうかと思ったじゃない!」と言ってユウキの頭を足で踏みつける。

 「痛い!痛いって!とりあえずみんな無事なんだからいいだろ!というか、いい加減降りろ、シャイオン!」

 落ちたときの衝撃とシャイオン達の重さ、そしてレイナの踏みつける痛さに、泣き叫ぶユウキ。とても生きている心地はしなかった。それでもあの高さから落ちて無事でいられたのはシャイオンのおかげと言うよりも奇跡に近かったかもしれない。

 ローラはそんなユウキの姿を見てクスクスと笑っている。

 「すまない、預かってた指輪、壊れちまった。」

 ユウキはうつ伏せの姿勢のままローラに左手を見せて話しかける。

 ローラはユウキに近づいてしゃがみ込み、ユウキの顔を見つめながら返答した。

 「いいの。あれはみんなを守るための指輪だったから。こうしてみんな無事でいられたんだからそれで十分よ。」

 

 「ん・・・ここは?」

 ミレイユの目が覚めた。ミレイユの視界にシャイオンの顔が映る。そしてその後ろにユウキやレイナ、ローラの顔も。

 「よかった・・・みんな無事だったんだ・・・。」

 立ち上がり思わず涙を流すミレイユ。ユウキはミレイユをそっと優しく抱きしめる。

 「あぁ、これで終わったんだ・・・。」

 そんな中、シャイオンは今いるビルの屋上にキラリと光るものを見つけた。

 シャイオンはそれをそっと拾い上げる。

 「ん?どうしたの、シャイオン?」

 ローラがシャイオンの様子をみて話しかける。

 「これだ。」

 シャイオンはその光るものをみんなに見せる。

 それは砕け散ったクリスタル・シャイオンのかけらだった。

 シャイオンはそのクリスタル・シャイオンのかけらを自分の胸に当てる。クリスタル・シャイオンのかけらは吸い込まれるようにシャイオンの体の中へと入っていった。

 「これでわずかだが少し余の魔力を取り戻すことが出来た。これもみんなのユウキ達のおかげだ。そこでだ。まだできることは限られているが何かお礼がしたくてな。」

 「じゃあ・・・私のお母様とお父様を生き返らせる事ができる?」

 「あぁ、これくらいの魔力があれば十分だろう。」

 「ありがとう・・・シャイオン・・・。」

 「その代わりと言ってはなんだが・・・。余を抱きしめてはくれぬか?」

 シャイオンは照れくさそうに話す。

 「それくらいお安いご用よ。」

 ミレイユはシャイオンをそっと抱きしめる。

 ミレイユの胸の中に顔を埋めるシャイオン。

 しばらくそのままの時間が過ぎていく。そしてシャイオンは思い出していた。1000年前の出来事を。

 

 

 

 1000年前。


 シャイオンは山の麓にある、自然豊かなのどかな小さな村で生まれた。

 シャイオンには幼なじみの親友がいた。名はミリーニャと言った。生まれつき体が弱いが笑顔が優しい、シャイオンの大好きな女の子だった。

 シャイオンはミリーニャと一緒に小さく美しい花が咲く草原で遊ぶのが日課となっていた。シャイオンが草原を走り回り、その姿をミリーニャが微笑みながらその様子を眺めている、何でも無いような日常が大好きだった。

 だが、ミリーニャは村の男の子達からいたずらを受けてしまう。村の使われていない倉庫に閉じ込められてしまうのである。

 それを聞いたシャイオンはミリーニャを助けるために一人村の倉庫へ向かう。

 そこで男の子達ともみ合いになり、その中で倉庫の中に積み上げられていた荷物の一つ、鋭利な鉄材の一つが落ちてきた。その鉄材はミリーニャの上に落ち、ミリーニャの体を貫通した。

 辺りに飛び散る大量の血。

 その姿を目撃してしまったシャイオン。

 その光景に恐ろしくなって逃げ出す男の子達。


 この時、シャイオンに眠る魔力が暴走した。


 シャイオンが気がついた時、周りを見渡すと、そこに村があったという痕跡はなかった。人の姿もなく、草木も生えていない、シャイオンを中心とした巨大なクレーターのみが存在していた。

 その話は瞬く間に周りの村へと伝わっていった。

 シャイオンという恐ろしい魔女がいると。

 シャイオンは一人、助けを求めようと周りの村を、たくさんの家を訪ね回った。しかし、シャイオンに手を差し伸べる人は誰一人いなかった。人々はみなシャイオンを恐れていた。

 シャイオンは完全に孤独となっていった。

 行く当てもなく、食べ物も満足に得られないシャイオンにはある思いが芽生え始めていた。

 この世界を変えてやる、と。

 その前に腐った人間を支配してやる、と。

 

 

 

 だが、この一日でシャイオンは感じる事ができた。

 人々のぬくもりというものを。

 仲間という存在を。

 それはシャイオンが一番求めていたものだった。


 シャイオンの瞳から自然と涙があふれ出てくる。

 そして、小さな声でつぶやいた。

 「おねえちゃん・・・。」

 その声はミレイユだけに聞こえていた。

 「おねえちゃんなんて・・・ふふふ、可愛いやつじゃのう!」

 ミレイユはシャイオンをさらに強く抱きしめる。

 「ぐ、ぐるじい・・・」


 「ふう、いろんな事が起きたからおなかがすいちゃった。」

 目の前で繰り広げられているミレイユとシャイオンの光景を見ながらレイナがつぶやく。

 「そういえば晩飯まだ食ってなかったよな。」

 ユウキは携帯電話を取り出し時間を確認する。時刻は午後10時を示していた。

 「とりあえず、どこかファミレスでも寄っていこうか。ここに長居も無用だし。」

 思い返せば今日一日だけでもいろんな事がありすぎた。

 1000年前の時代からやってきたというローラとの出会い。

 1000年間の眠りから目を覚ましたシャイオンとの出会い。

 バークリーアーム邸の襲撃。

 グレイアンとの戦い。

 ユウキは今になって一気に疲れが出てきたような気がした。今日はとにかくご飯を食べたら早く寝よう。

 「そうだね。シャイオン、ミレイユお姉ちゃん、帰ろうよ!」

 

 ローラは一人夜空を見上げていた。

 そして星が瞬いている夜空に母親の姿を思い浮かべ、一人つぶやく。

 「ちょっと予想外な出来事ばっかり起こっちゃったけど・・・。」

 何よりも予想外な出来事は、目覚めたシャイオンがほとんどの力を失って目覚めていたこと。

 そして、彼女が自分達の仲間として、友達として自分の側にいるということ。

 

 ローラの決断。


 「・・・これでもいいよね。お母さん・・・。」

 

 

 

 「おーい、ローラ!何しているんだ?置いていくぞ!」

 「ローラお姉ちゃんの分も私が食べちゃうよ!」

 「あっ、ごめん!すぐ行く!」


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