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第二章 1000年からの目覚め

 ミルバポートのとあるビルの一室。

 まだ昼間の午後3時だというのに窓は黒いカーテンで閉め切っており、部屋の中は目をこらしてようやくうっすらと中が見えるぐらいの明るさだ。

 部屋の中央には人影が見える。

 その人影はうっすらと目を開け体を起こす。その体には何も身につけていない生まれたままの姿だ。目の前にはスーツ姿の男達が立っており、その後ろには10人ぐらいの同じスーツ姿の男が並んで立っているのが見える。

 目の前のスーツ姿の男が話しかけてくる。

 「あなたの、お名前は覚えていらっしゃいますか?」

 「余の名は・・・シャイオン。シャイオン・ツァイクエル・・・。この世界を手中に収める魔王、シャイオンだ・・・。」

 ゆっくり、だが、はっきりと質問に答える。シャイオンは立ち上がり目の前のスーツ姿を男を見つめる。薄暗かった部屋の中の視界がはっきりしてきた。目の前のスーツ姿の男はなにやら大きくて赤く丸い宝石のようなものを手にしているようだ。

 「余は何年眠っていたのだ?」

 「およそ1000年でしょうか。」

 「貴様が余を目覚めさせたのか?」

 「その通りでございます。このグレイアン・ストームがあなた様の目覚めをお助けいたしました。」

 「貴様の名前などどうでもよい。」

 「は?」

 「まずは貴様を贄として余の力とする。ありがたく思うがよい。」

 シャイオンは右手をグレイアンと名乗る男に向け意識を右手に集中させる。右手の手のひらの前に黒い色を放つ光が集まり始める。その黒い光が手の拳ぐらいの大きさまで大きくなったとき、その光はグレイアンに向かって、ものすごいスピードで飛んでいった。

 しかしグレイアンは微動だにしなかった。シャイオンから放たれた黒い光の塊はグレイアンの目の前で消滅してしまった。グレイアンは無傷のままだ。

「なっ!?余の攻撃が効かぬ!?」

グレイアンの前には魔法障壁でも張られていたのだろうか。それでもかつての魔王のエネルギーが放たれたのだ。通常の人間が弾くことができるものでは無い。そうシャイオンは考えていた。

 「種明かしをお見せいたしましょうか?」

 グレイアンは手に持っていた大きくて赤く丸い宝石をシャイオンに向けて目の前に差し出した。

 「これはあなたの魔力を吸い取り結晶化させたものです。クリスタル・シャイオンとでも名付けましょうか。あなたが眠っている間にあなたの魔力はこのクリスタル・シャイオンに封じ込めさせて頂きました。先ほどあなたの魔力を弾いたのもこのクリスタル・シャイオンのおかげですよ。そのせいであなたにはほとんど魔力は残っていないようですがね。」

 「それを・・・返せ・・・!」

 シャイオンは右手に意識を集中し黒い光を放った剣・ダークソードを作り出し、グレイアンの方へと駆けだした。いや、駆けだしたというよりは魔力を使用して水平に飛んでいった。そのスピードは走るよりも格段に早い。

 そしてグレイアンに近づくと、右手に生み出したダークソードでグレイアンを突き刺そうとする。しかし、グレイアンは体を左へと反らし、軽々とその攻撃をかわす。

 シャイオンはすぐさまダークソードを横に振るう。グレイアンは今度はクリスタル・シャイオンを持つ右手でその攻撃を受け止める。クリスタル・シャイオンによって作り出された魔法障壁によって、シャイオンの攻撃は受け止められた。

 「くっ!」

 「貴様は私には勝てない。」

 グレイアンは左手から小型のナイフを取り出した。軍で使用するようなサバイバルナイフだ。シャイオンの攻撃を受け止めたグレイアンはすぐさまそのナイフでシャイオンの右腕を切りつける。

 「ぐああぁぁぁっ!」

 その痛みに耐えかね、一歩後退し、左手で傷口を押さえる。

 「まだ自分の置かれた状況を理解していないようですね。魔王シャイオン。」

 ゆっくりとシャイオンの元へと歩き出すグレイアン。それに合わせて後ずさりを始めるシャイオン。

 「あなたの体をよく見てみろ。」

 シャイオンはゆっくりと首を下に向けて自分の体の状態を確認する。

 その体をみてシャイオンは愕然とした。

 シャイオンの頭の中には、1000年前の姿、豊満な胸、見る物全てを魅了する美しい肉体が存在すると考えていた。

 しかし実際には膨らみかけの小さな胸、簡単に折れそうな腕と足があった。以前のシャイオンの体は何処にもなく、存在するのは幼い少女の体が存在していた。

 これもあのクリスタル・シャイオンに魔力を吸い取られた影響だろうか?

 「余の・・・体は・・・元の体は・・・何処に行った・・・?」

 「やっと状況を理解できたでしょうか?」

 シャイオンの元へ歩みを続けるグレイアン。

 「でもこのクリスタル・シャイオンはまだ完成ではない。あとはあなたの心臓が必要だ。あなたの心臓と融合させることで、このクリスタル・シャイオンは完成する。そして、私がシャイオンに変わり魔王となる!」

 シャイオンの額に冷や汗が流れる。

 自分以外の者が魔王となる?そんなことが許されるはずがない。自分が魔王なのだ。しかし、この状況、どうすれば良い?

 しかし、グレイアンはそんなことを考える余裕を与えてはくれない。

 「さぁ、贄になるのはあなたの方です、魔王シャイオン!おとなしく心臓を渡すのだ!このナイフであなたの心臓をえぐり取りクリスタル・シャイオンと融合させる!」

 シャイオンは周り見渡す。何とかこの状況を打開する方法は・・・。

 「さぁ、この小娘を捕らえろ!」

 シャイオンは部屋の中に入る日光を遮るカーテンを見つめる。

 シャイオンを捕らえようと飛びかかってきた黒スーツの男達の手がシャイオンに届く前にシャイオンは残り少ない魔力を使用して水平に飛ぶ。

 シャイオンは窓からの脱出を試みている。

 そう見た黒スーツの男達はシャイオンの行く手を遮ろうと手に拳銃を構え前に出る。しかし、拳銃を撃つより早くシャイオンはその横を通過。それと同時に右手のダークソードを振るい黒スーツの男達の腕を切り落とす。

 「ぐわあぁぁっ!」

 悲鳴を上げる男達。

 お構いなしに窓際へと飛び続けるシャイオン。

 窓際までたどり着くとそのスピードのまま右手のダークソードを振るいカーテンを切り裂き、それと同時にその向こう側にある窓ガラスをたたき割る。

 それまで薄暗かった室内に沈みかけた太陽の夕日が差し込む。そのまぶしさに一瞬目がくらむがシャイオンの動きは止まらない。

 そのままの勢いでシャイオンは窓の外側に飛び出す。下を見ると、ビルの下を走る車が豆粒のように小さく見える。ここは何階だったのだろうか?しかしそんなことを考える余裕はシャイオンには無い。

 切り裂いたカーテンで体を覆う。そして、重力に身を任せてそのまま頭から自由落下を始める。周りにはシャイオンがたたき割った大小のガラスの破片が同じように落下している。しかし、質量はガラスの破片よりシャイオンの方が遙かに大きい。従って、シャイオンの方がガラスの破片より先に地面に激突する。

 シャイオンは地面に衝突する直前に、自分に残された全ての魔力を使い落下速度を緩める。そして姿勢を立て直し、無事に両足で地面に着地した。と、それと同時に自らの足で走り始める。

 さっきまでシャイオンがいた場所にはガラスの破片が鋭い刃となって降り注いだ。間一髪シャイオンはその破片に当たることは無く、ビルの中から脱出することに成功した。

 そして、シャイオンはひたすら走る。周りを見渡しても見覚えのある光景は全くない。シャイオンが眠りについてから1000年が経過しているのだ。目に入る物全てが目新しいものだった。だが、そんな光景を楽しむ暇はない。

 今はとにかく走るのみ。魔力はすでに使い果たした。自分の足で、裸足のままで、引き裂いたカーテンで身をくるみ、とにかく少しでもビルから少しでも遠くへ、走り出した。

 

 「ちっ、逃がしたか・・・。」

 その光景をビルの上から見下ろしていたグレイアン。そして、同じ部屋にいる部下、黒スーツの男達に指示を出す。

 「すぐにシャイオンを追え!そして捕らえろ!シャイオンの生死は問わない。どんなことがあろうともシャイオンをここに連れ戻すのだ!」

 その命令を聞いてビルの外へ急ぐ黒スーツの男達。

 「魔王シャイオンの真の力・・・必ず手に入れてみせる。そして、この私がこの世界を支配する・・・!」

 

 

 

 太陽はもうじき沈もうとしていた。

 今日は祝日のためか、オフィス街を行き交う人や車は少ない。

 そのような町並みの中を黒いカーテンで身をくるんだシャイオンは走り続ける。周りの人々はその姿を認識はしているが、見て見ぬふりをしてその隣を素通りする。

 1000年間眠っていたためだろうか。グレイアンに力を吸い取られたためだろうか。確実にシャイオンの体力は落ちていた。

 シャイオンの体力も限界に近づいていた。

 オフィス街を抜けたところで小さなビルの脇から小道に入り、息を切らしながら自分が走ってきた道の後を確認する。追っ手の姿は見えない。

 なぜ魔王だったの余がこんな羽目にならなければならないのか。自信の命を狙われ、今は追われる身となっている。シャイオンはいらだちを隠せない。


 「ねぇ、キミ。」

 その背後から突然声をかけられた。女性の声だ。

 シャイオンは無言で背後を振り返りその顔を睨む。

 そこには若い女性が立っていた。心配そうにこちらを見つめている。年齢は10代の女子高生あたりだろうか。夏休みなので、制服を着ているわけでは無い。Tシャツにジーンズのショートパンツ、髪の毛は金色で肩まで伸び、毛先は少し内側にカールがかかっている。肩からは小さなバックを掛けている。

 「や、やだ、そんな怖い顔しないでよ。別にとって食ったりしないから。」

 「・・・余に何のようだ?」

 「いや、ただ、こんなところでこんな布きれ一枚で裸でいる女の子っていないじゃない?ほら、幼児虐待とか最近社会問題になってるし。あなたもそんな子達の一人かなと思って心配して声をかけたんだけど。それにロリコンとかがあなたを狙っているかもしれないし。」

 シャイオンは無言のままだ。幼児虐待?ロリコン?初めて聞く言葉ばかりで女性の言っている話の内容が何のことやらさっぱり理解できない。

 目の前の女性はシャイオンの姿をくまなく見つめる。

 「あら!右腕にけがをしているじゃない!やっぱり虐待を受けていたのね!それで逃げてきたんでしょ!」

 「こ、これくらいの傷、すぐに直る!」

 シャイオンはグレイアンに切りつけられた右腕を見つめる。傷口は一行にふさがる気配は無い。1000年前ならばこんな傷はすぐにふさがっていたはずだ。これもやはり魔力を吸い取られたせいなのだろうか?

 そして、傷口からあふれ出る赤い血がシャイオンの右腕を汚す。

 「無茶言わないの!私の家がこの近くにあるから、そこで手当てしましょう!ほら、こっちよ!」

 女性は強引にシャイオンの左腕を掴み連れて行こうとする。

 「ちょ、ちょっとまて!」

 「あ、私の名前はミレイア。ミレイア・バークリーアームよ。あなたの名前は?」

 「・・・シャイオン。」

 ミレイアはその名前に聞き覚えがある。

 「シャイオンって、あのかつての魔王の名前よね。あなたの親もとんでもないDQNネームをつけるのね。学校とかでもいじめられてたでしょ?」

 「だ、だから何なのだ、貴様の言っていることがよくわからんぞ!」

 シャイオンにはもう抵抗する力は無い。シャイオンは言われるがままミレイユ腕を掴まれたままミレイユの家に連れて行かれた。

 シャイオンとミレイユが出会った場所からミレイユの家までは10分とかからなかった。ミレイユの家族はバークリーアーム学園の理事長をしている。そのせいか、ミレイユの家はかなりの大豪邸だった。

 敷地の周りには高い塀が建てられ、その内側には広い庭がある。入り口の門から家の玄関まではさらに歩いて5分ぐらいはかかった。

 

 

 

 その様子を遠くで見ている黒スーツの男が見ていた。その男は携帯電話を取りだし電話をしている。相手はグレイアンだった。

 「グレイアン様、シャイオンの姿を確認しました。」

 『どこにいる?』

 「バークリーアーム邸にいる模様です。いかがいたしましょう?」

 『構わん。貴様の召喚獣を使い、シャイオンを連れて帰れ。』

 「しかし、この場所で使用すれば周りの住民にも被害が出ますし、場所はあのバークリーアームです。本当にやるのですか?」

 ここはオフィス街から少し離れた、比較的高級な住宅街の中にあった。周りには帰宅を急ぐ買い物を終えた主婦達が、まばらではあるが歩いている。ここで召喚獣を放てばそのような関係ない人々にも被害が出ることだろう。

 それ以上にやっかいなのは、シャイオンがバークリーアーム家に匿われているということだった。

 もしシャイオンがバークリーアーム家に匿われていなければ彼も遠慮無く召喚獣を呼び出し攻撃を仕掛けていただろう。

 しかし、バークリーアーム家といえばミルバポートでも名門のバークリーアーム学園の理事長の家だ。そして、ミルバポート政府にも強力なコネクションを持っている。ここを襲撃したとならば、政府から何らかの制裁を食らうことにもなりかねない。制裁を受けた場合、ミルバポート政府に武器を供給しているグレイアンの企業としては大損害となるはずだ。もしかしたら、企業自体が反政府勢力として消滅してしまう危機さえある。

 しかし、グレイアンにとってはそんなことはどうでもいいことだった。シャイオンさえ手に入れば自分が魔王となって君臨できる。そうなればミルバポート政府よりも強い立場になることも可能だ。グレイアンには迷いは無かった。

 『私に同じことを言わせる気か?』

 「・・・了解しました。」

 黒スーツの男、グレイアンの部下はスーツの内ポケットから怪しげな小型の機械を取り出し操作を始めた。

 時刻はまもなく午後5時を示していた。

 

 

 

 ミレイユは家に入るとすぐに自分の部屋にシャイオンを連れて行き、右腕に残る傷口の手当を施した。消毒液が傷口に浸みてシャイオンは思わず「ぐっ!」声をあげてしまう。このような痛みは初めて体験する痛みだった。できればもう二度と味わいたくない痛みだった。

 ミレイユは傷口をガーゼで当て、包帯でガーゼを固定する。

 「よし、これで傷は大丈夫。」

 シャイオンは無言のまま包帯で巻き付けられた右腕を見つめる。

 「こら、こういうときはお礼を言わなきゃ。ありがとうございますって!」

 「あ、ありがとう・・・ございます・・・。」

 「はい、よくできました!」

 ミレイユはシャイオンに笑顔を見せる。出会ってからしばらく立つがこれがシャイオンに見せる初めての笑顔だ。

 「あ、お風呂沸かしてあるから入っていてよ。傷口は浸みるだろうから気をつけてね。」

 もうシャイオンは抵抗はしない。もう抵抗しても無駄だと感じたためだ。

 言われるがままシャイオンはミレイユに風呂場に連れて行かれ湯船に入る。傷口はお湯につけないようにして。

 シャイオンにとってはちょうどいい湯加減だった。そしてとても心地よい。これならば自身の魔力も回復できる。そんな気がした。実際、シャイオンにはシャイオンの内側に秘めた力が沸き上がってくる、そんな感じがしていた。

 そして、シャイオンはこれからどうするかを考える。

 

 まずはグレイアンが持っている、シャイオンの魔力を吸い取り結晶化したクリスタル・シャイオンを取り戻さなければならない。それが無ければ1000年前のかつての力を取り戻すことができない。

 しかし、そのためには敵の懐、グレイアンの元へと向かわなければならない。グレイアンはシャイオンの心臓をえぐり出し、クリスタル・シャイオンを完成させ、自身が魔王となろうとしている。それだけは阻止しなければならない。だが、今のシャイオンには今のグレイアンに立ち向かえるだけの力はない。今グレイアンの元へ向かうことは自殺行為に等しい。

 そして、グレイアン達はシャイオンの居場所を突き止めようと躍起になっているだろう。もしかしたら、今この場所にいることもいずれ判明してしまうかもしれない。シャイオンにとってはこの家の者のことなどどうでもよいが、シャイオン自身の身の安全を考えた場合はすぐにこの場から離れた方がいいのかもしれない。

 今いる大都市ミルバポート。

 とりあえず、この町を脱出すればとりあえず身の安全は確保できそうだ。

 しかし、1000年前から相当町並みが変わってしまった。この都市がどれくらいの規模なのかシャイオンは全くわからない。しかし、とにかく内陸部の方へ逃げれば何とかなるだろう。

 シャイオンの意思は固まった。

 「タオルとシャイオンちゃんの着替え、ここに置いておくからねー。」

 風呂場の外からミレイユの声が聞こえてきた。シャイオンは風呂の外に出た。

 「とりあえず、私のお古だけど、シャイオンちゃんならサイズがぴったりかなと思って用意したんだけど、どうかな?」

 シャイオンはかごの中にあるタオルで自分の体を拭き、ミレイユに用意された服に手を伸ばす。

 その前にシャイオンの目にとまったのは洗面台の大きな鏡だった。

 シャイオンはその鏡で、改めて自分の姿を確認し愕然とする。

 肩まで伸びた黒いストーレートの髪、がだそれ以上に愕然としたのはその顔立ちと体だった。どこからどう見ても10歳を過ぎた程度の、少し大人になりかけの未熟な体と顔だった。

 以前の豊満な胸と魅惑のボディは何処に行ってしまったのか。やはりクリスタル・シャイオンに吸い取られてしまったのか、1000年眠り続けていたせいなのか。

 だが、今ここで失ってしまったのを悔やんでいても仕方が無い。

 とりあえず用意された服に袖を通す。Tシャツにジーンズのショートパンツだった。サイズはぴったりのようだ。

 「あ、忘れてた!もうこんな時間!」

 ミレイユは腕時計を見て思わず叫んでしまう。しかし、慌てるそぶりは無い。

 「ユウキたちとの待ち合わせの時間過ぎちゃったなー。ま、いいか、なんとかなるでしょ。それより、シャイオンちゃんのことをお父様達に紹介しないと!」

 ミレイユはシャイオンを風呂場に残し部屋を出る。

 その直後、ミレイユの携帯電話が鳴り出した。同じ学園に通うクラスメイト、ユウキからの電話だった。

 ミレイユは廊下を歩きながらユウキからの電話に出る。

 「もしもしー!ユウキ?ごめーん!今家にいるんだけど、ちょっと遅れちゃって。」

 『なんだ、ミレイユも遅れているのか。俺たちもちょっと遅れてて、いまシェラにいる。』

 「そうなんだー。ちょっとね、面白い子を見つけてきたから紹介しようと思うんだけど、連れてきても良いかな?」

 『面白い子?偶然だな。こっちにも変わった奴がいるんだ。そいつも連れて行くよ。』

 「へー楽しみー!それじゃいつものファミレスで待ってて。シェラからならそっちの方が近いでしょ?」

 ミレイユの両親がいると思われる居間の窓ガラスが割れる音が聞こえた。しかし、電話に夢中になっているミレイユはそれに気がつかない。

 『あぁ、そうだな。じゃあ先に例のファミレスで待ってるよ。』

 ミレイユは居間のドアを開ける。

 「うん、わかった。・・・ん?な、なにあれ!?」

 居間には見たことも無い巨大な虎のような得体の知らない生き物がいた。居間の窓ガラスは割られている。おそらく目の前の生き物が割って居間に侵入したのだろう。そして父親は巨大な生き物の爪にようなもので引き裂かれ、血まみれの状態で倒れていた。目は開いたままぴくりとも動かない。すでに絶命しているのだろう。そして、同じ部屋にいた母親は巨大な生き物に頭から噛みつかれ、胴体から引きちぎられたところだった。

 

 居間の中は血の海となっていた。

 

 「きゃぁぁぁあああ!」

 その光景を見てしまったミレイユは思わず悲鳴を上げる。

 『お、おい!どうした!?何があった!?』

 電話の向こうからユウキが叫ぶ。しかし、ミレイユの耳には届いていなかった。

 巨大な生き物がミレイユをにらむ。ミレイユはあまりの恐ろしさに足がすくんで動けなくなっていた。そこに巨大な爪が飛んで来た。

 「ひっ!」

 その爪は迷い無くミレイユを狙う。ミレイユは思わず目をつむった。もうダメだ、私もこの怪物に殺される。そう思った瞬間、ミレイユの悲鳴を聞いて駆けつけたシャイオンがミレイユを横へと突き飛ばした。

 「くっ!」

 ミレイユは急所を狙った爪を間一髪で避けることはできたものの、右腕に爪の一撃を受けてしまった。また、シャイオンが突き飛ばしたことでミレイユの携帯電話はミレイユの手を離れ、その勢いで壁に衝突し壊れてしまった。

 「サーベルタイガーか・・・かつては余のペットに一匹だったのだがな・・・。貴様もグレイアンに操られておるのであろう。不本意だが貴様もすぐに楽にしてやろう。」

 魔力が回復したシャイオンにはサーベルタイガーを倒せる自信があった。右手に意識を集中し黒い光を放つ剣・ダークソードを作り出した。

 サーベルタイガーはシャイオンに攻撃目標を定めると、爪を横に振るいシャイオンを狙う。しかし、シャイオンはその攻撃をしゃがんでかわす。そしてその隙にサーベルタイガーの懐に入り、下からサーベルタイガーののど元へとダークソードを突き刺す。

 それでもシャイオンを攻撃しようと鋭い爪を持つ前足をジタバタと動かす。しかし、シャイオンはそんなことはお構いなしに、突き刺したダークソードをそのままに、左手に意識を集中して黒い光の玉を作り出す。そしてそれをサーベルタイガーの顔面にぶつけた。

 その一撃でサーベルタイガーは後ろに吹き飛んだ。そして、仰向けに倒れたと思ったら、サーベルタイガーの姿は光を放ち消えていった。

 「やはり、何者かが召喚していた魔物か。」

 シャイオンは倒れているミレイユのそばへと向かう。

 「シャ、シャイオン・・・。」

 意識はあるようだ。

 「あなたが・・・助けてくれたの?」

 「じっとしておれ。」

 シャイオンはミレイユの右腕の傷に手を当て治癒魔法を施す。暖かい光がサーベルタイガーの爪で傷ついたミレイユの傷口が塞がっていく。

 「この力は・・・?」

 「応急処置として止血しただけだ。まだ無理に動かない方が良い。」

 「あなたは一体何者なの?一体何が起こっているの!?私のお父様は!?お母様はどうしてこんな事になってしまたの!?」

 ミレイユは錯乱していた。ミレイユは普通に学園に通う女子高生だ。いきなり目の前に巨大な虎が現れ、父親と母親が殺される現場を目撃してしまった。そして自身も殺されようとされていた。一体自分の身の回りに何が起こっているのか?一度にたくさんのことが起こりすぎて頭の中が整理できていない。

 「まずは落ち着くのだ!いずれ・・・全て話す。まずはここから離れるのだ。・・・立てるか?」

 シャイオンはミレイユを起こし、肩でミレイユの体を支え、惨劇の現場となった居間から出ようとする。少女の体となったシャイオンにはミレイユの体はとても重かった。動かそうとしても思うように動かない。それでも必死にここから離れようとする。

 

 (余は・・・一体何をしているのだ・・・。)

 

 

 

 ユウキ達はミレイユの元へと急いでいた。

 同人マーケット帰りのユウキとレイナは大きな荷物が邪魔になるので、シェラのコインロッカーに荷物を預け、明日になったら回収しに来る予定だ。丸一日預けることになるのでかなり痛い出費だが、今は緊急事態だ。一刻も早くミレイユの元へと向かわなければならない。

 移動にはタクシーと利用した。ローラがまだヒールのついた靴に慣れていないためだ。

 そしてタクシーはミレイユのいるバークリーアーム邸の門の前に到着した。

 三人は急いで門をくぐり、バークリーアーム邸の玄関へと走り出す。バークリーアーム邸を囲む塀の前に一台の不審な車があったのも気づかずに。

 

 「ミレイユ!大丈夫か!?」

 玄関の扉が勢いよく開き、男の叫ぶ声がした。

 「その声は・・・ユウキ!?」

 ミレイユの声が居間から聞こえた。

 ユウキ達は居間の方へと走り出す。

 そこでユウキ達が目撃したものは、先ほどの血の海となた惨劇の現場だった。そして、ミレイユを抱えて移動しようとする一人の少女の姿があった。

 「こ、これは・・・!」

 「お兄ちゃん!何があったの?」

 後ろからレイナの声がする。

 「来るな!来るんじゃない!レイナには・・・見せられない・・・」

 「すまぬが・・・この女を安全な場所へ連れて行ってくれまいか?余の力だけでは重くて動かせぬ。とにかく安全な場所へ。」

 ミレイユを抱えている少女がユウキに話しかける。

 「ユ、ユウキ・・・。」

 「・・・ミレイユは無事みたいだな。とにかく、ミレイユの部屋へ行こう。詳しい話はそこで聞かせてもらおう。」

 ユウキはミレイユを抱えてミレイユの部屋へと向かった。レイナ、ローラ、そしてミレイユを抱えていた少女もそれに続いた。

 

 5人は屋敷の二階にあるミレイユの部屋へとやってきた。

 「ユウキ!」

 ユウキはミレイユをベッドの上に寝かせるとすぐさまユウキに抱きついて泣き出した。ミレイユと共にいた少女はミレイユの、ユウキとは反対のベッドの上に座っている。レイナはミレイユの机の椅子に、ローラは床の上に座った。

 

 「さて、まずは君は何者なのかを教えてくれ。」

 ユウキは少女に尋ねる。

 「余の名前はシャイオン。シャイオン・ツァイクエルだ。」

 ユウキ、レイナ、ローラの三人はその名前を聞いて衝撃を受ける。ローラが1000年前からやってきた、倒すべき相手が目の前にいる。しかも、その姿は想定とは全くかけ離れた少女なのだ。

 「あなたがあの魔王シャイオンだとしても・・・魔力はほとんど感じられない。本当に魔王シャイオンなの?」

 ローラが水晶玉を手に持ちながらシャイオンに問いかける。

 「余もよくわからぬが、余が眠っている間にグレイアンとかいう男に余の魔力を吸い取られてしまった。その魔力はクリスタル・シャイオンとしてグレイアンという男が持っておる。」

 「グレイアン?誰、その人?」

 今度はレイナが訪ねる。

 「余もわからぬ。しかし、グレイアンは余の心臓を狙っておる。クリスタル・シャイオンと余の心臓を手に入れ、グレイアン自身が新たな魔王としてこの世界に君臨しようとしておるのだ。」

 「ということは一階で見たあの状況は・・・。」

 「おそらく余を狙ってグレイアンの部下達が行動を起こしたのであろう。ところで、貴様は何者なのだ?他の人間とは違うようだが?」

 シャイオンはローラの方を向いて訪ねる。

 「私はローラ。ローラ・エスリファム。復活したあなたを倒すために1000年前からやってきた魔法使いよ。あなたが本当に魔王シャイオンだとしたら・・・。」

 今度はローラが立ち上がり話を続ける。

 「私の目的、1000年前からやってきた目的は魔王シャイオンを倒すこと。今ここでならあなたを倒せる。」

 「そんなことさせない!」

 ミレイユが泣き声混じりに叫んだ。そしてシャイオンを強く抱きしめる。

 「シャイオンは私を守ってくれた命の恩人なの!殺すようなことは絶対にさせない!」

 「落ち着け、ミレイユ!」

 ミレイユはローラをにらみつける。今にもローラに飛びついていきそうな勢いだ。ユウキはミレイユをなだめるように彼女の肩を押さえる。

 「私も・・・今のシャイオンは殺せない。」

 レイナが静かに話し始める。

 「だって、見た目、私とほとんど年が変わらないんだもん。いくら私が魔王を倒せる勇者の力を持っているとしても、殺すことなんてできないよ。」

 「俺も今シャイオンを殺すことには反対だ。」

 ユウキはみんなの顔を見回す。

 「今倒すべきはシャイオンじゃない。クリスタル・シャイオンを持ち、魔王にとって変わろうとしているグレイアンとかいう男じゃ無いのか?それに、外から危険な気配を感じる。おそらくまだグレイアンの部下が外にいるに違いない。未だにシャイオンを狙っているんじゃ無いのか?」

 「ふむ、ユウキとか言ったか。貴様は人間にしては鋭い勘を持っているようだな。」

 ミレイユに強く抱きしめされ苦しそうなシャイオンがユウキの方を向き答える。

 「この建物の周りに微弱だが複数の魔物の気配がある。おそらくまだ余の心臓を狙っておるのであろう。」

 「どうする?」

 「決まっておる。余もわずかだが魔力が回復してきた。相手は数は多いが一気に殲滅してくれよう。」

 「わ、わたしも、戦うよ。私だって戦う力は持っている。勇者の力を引き継いでいるんだから。」

 声を震わせながらレイナは答える。

 「仕方が無いわね。私も戦うわよ。ここでみんなを死なせるわけにはいかないから。」

 ローラも答えた。

 「ミレイユはここに残っていてくれ。ここが一番安全だと思う。」

 「う、うん、分かった。」

 「ちょっと待って。」

 ローラがユウキに話しかける。

 「あなたも戦えるだけの力、何も持って無いじゃない。」

 「相手は低俗な魔物だとしても普通の人間ならば一瞬で殺されるかもしれん。貴様もここに残るのだ。」

 「お兄ちゃんはここでミレイユお姉ちゃんを守ってよ。外は何とかするからさ。」

 「う・・・わかったよ。俺もミレイユと一緒にここに残る。」

 レイナ、ローラ、シャイオンはミレイユの部屋を出て屋敷の玄関から外へと向かう。

 

 ベッドの上で二人きりになったユウキとミレイユ。二人並んで肩を寄せ合って話を始める。

 「二人っきりになっちゃったね。」

 「・・・あぁ。」

 「みんな。生きて帰ってこられるかな。」

 「大丈夫だろ。魔王と勇者と魔法使いだぜ、そう簡単にやられるかよ?」

 「・・・そうだよね。」

 「安心したらちょっとトイレ行きたくなってきた。ちょっと行ってくるわ。」

 「うん。」

 そう言ってユウキはミレイユの部屋を出た。行き先はトイレでは無い。屋敷の玄関だった。

 「すまない、やっぱり俺もじっとしていられないんだ。俺だって何かできることがあるはずだ!」

 

 

 

 シャイオン達がミレイユの屋敷、玄関の外に出ると、目の前には悪魔のような魔物の姿が見えた。数はざっと視界に入った者だけで20体以上はいた。

 「この姿はインプだな。悪魔の中では低俗な部類に入るが油断するではないぞ!」

 そう言ってシャイオンは右手にダークソードを作り出しインプの群れの中に突進する。そして、ダークソードを振るい目の前のインプを切り裂く。切り裂かれたインプはそれと同時に姿を消した。

 「これが本当の戦い・・・。」

 その様子を見てレイナは後ずさりを始める。そして玄関の石段に躓き後ろに転んでしまう。それと同時にポケットの中にしまってあった、勇者の力を封じ込めていると言われる黄金の腕輪を落としてしまった。

 「どうしたの!?」

 ローラが心配そうに転んだレイナを見下ろす。

 「怖いの、戦うのが。こんな見たことも無い魔物と戦うなんて!」

 「だったら、俺がやってやる。」

 レイナの後ろから声がした。

 二人が振り向くとそこにはユウキの姿があった。ユウキはレイナが落とした黄金の腕輪を拾い上げる。

 「あなた、ミレイユの部屋にいたんじゃ?」

 「こんな時にじっとしていられないんだよ!」

 そう言って、ユウキは黄金の腕輪を右腕にはめる。

 「俺だってわずかでも勇者の力があるって、その水晶玉に反応していたんだろ!やれるだけやってやるさ!」

 ユウキは右手に意識を集中させる。ユウキが身につけた黄金の腕輪は光を放ち、右手には光輝く剣、ライトソードが生まれた。

 「これなら・・・やれる!」

 ユウキはそう叫び、目の前のインプに向かって突進する。そして、右手のライトソードで切りつけた。

 しかし、インプは無傷だった。

 「え!?」

 ユウキのライトソードはインプを切り裂く前に消滅してしまった。

 目の前のインプはここぞとばかりに反撃に出る。強烈なキックがユウキの顔面を狙う。ライトソードが消滅したことにまだ頭の中がついて行けないユウキはその攻撃をまともに受けてしまう。ユウキの体は後ろへと蹴り飛ばされた。その衝撃でユウキの右腕から黄金の腕輪が外れてレイナの足下にまで地面を転がった。

 インプはそのまま追撃へと移る。ものすごいスピードでユウキの元へと飛んでくる。ユウキは他に武器になる者は無いかと慌てて回りを探し、長い柄の物をつかみ立ち上がった。

 それはバークリーアーム家の庭に放置されていた、ただの竹ぼうきだった。

 ユウキはその竹ぼうきで目の前のインプを叩きつける。しかし、竹ぼうきは非常にもろい。竹ぼうきの方が簡単に折れてしまった。

 その隙を狙ってインプは鋭い爪でユウキをのど元を狙う。ユウキは死を覚悟した。もうだめだ。ユウキは折れた竹ぼうきを持ったまま目をつぶる。

 しかし、ユウキは無事だった。

 インプの爪がユウキののどを切り裂く前にローラの魔法がインプを攻撃。目の前のインプは消滅した。

 「あなた、何やってるのよ!下がりなさい!死ぬわよ!」

 ユウキは竹ぼうきを捨てローラの元まで後退する。

 「す、すまない。」

 「あなた、どうしてそこまで戦おうとするの?戦えるだけの力は持っていないというのに!」

 「ミレイユの親はこいつらに殺されたんだ。」

 「えっ?」

 レイナはその話を聞いて愕然とする。

 「もうこれ以上人が死ぬのは沢山だ!誰も死なせたくない。」

 「でもお兄ちゃんが死んじゃったら意味が無いよ・・・。」

 レイナは足下に落ちていた黄金の腕輪を拾い上げる。

 「その思い、私が引き継ぐ。私は戦う。お兄ちゃんももう誰も死なせない!」

 レイナは怒りに震えていた。ミレイユの両親が殺されたと知った。そして自分の兄も殺されかけたところを目の前にした。レイナはこれまでに抱いたことの無いほどの怒りを覚えた。

 「絶対に・・・許さない!」

 レイナは黄金の腕輪を右手に装着し、意識を右手に集中する。そして、レイナの右手には輝く光を放つ剣・ライトソードが現れた。ユウキのものとは輝きが違う。明らかにレイナのライトソードの方が光が強い。そして、レイナ自身も光に包まれている。ユウキとローラにはそのように見えた。

 レイナはライトソードを手にインプの群れの中へと突進する。そしてレイナを攻撃しようと近づいてくるインプ達をライトソードで切りつける。切りつけられたインプ達は一瞬にして消滅していった。

 「その力・・・覚えておるぞ。1000年前にも同じような力を持つ者がいた。」

 「これが・・・勇者の力・・・この力とシャイオンちゃんが一緒なら絶対負ける気がしないね!」

「貴様、名は何という?」

 「私?レイナだよ。」

 「レイナか。覚えたぞ!」

 「よろしくね。シャイオンちゃん!」

 「シャイオンちゃんは止めろ!普通にシャイオンで良い!」

 次々とインプ達を倒していくレイナとシャイオン。離れたところから魔法による攻撃で援護するローラ。その様子をローラの側で眺めるユウキ。

 だが、いくらインプ達を撃破しても一向にインプの勢いが収まる気配は無い。

 「おい、このままじゃらちがあかないぞ。」

 「そうね、敵の数が多すぎるわ。このままじゃレイナとシャイオンの二人だけではバテてくるんじゃないかしら。」

 実際、レイナとシャイオンの二人は、未だに周りのインプ達を撃破しているが、ユウキの目には二人動きが明らかに鈍くなっているように見える。

 そんな中、ユウキはバークリーアーム邸の門に人影のようなものが見えた。時刻はすでに夕暮れなのでそれが人間かどうかすらもわからないが、明らかに門の向こう側からこちらの方をちらちらと覗いている。中の様子をうかがっているようだ。

 (もしかしたらあいつがこのインプ達を・・・。)

 ユウキは門の外に向かって走り出した。

 「ローラ、援護を頼む!」

 「えっ!?ちょっと、どこ行くのよ!」

 「敵の本体だよ!」

 ユウキの前に行く手を遮ろうとインプが立ちふさがる。しかし、そのインプはローラの魔法攻撃によって次々と撃破された。

 そしてユウキはレイナとシャイオンの横を駆け抜ける。

 「貴様いったい何を!?」

 「お兄ちゃん!危ない!」

 ユウキを狙うインプをシャイオンのダークソードとレイナのライトソードで撃破する。しかし、インプの攻撃の手は緩めない。なおも残ったインプはユウキを狙って攻撃してくる。インプの鋭い爪がユウキを襲う。ユウキは身をかがめてその攻撃をかわす。

 (インプ達の攻撃が俺に集中している!やっぱりあいつがこのインプ達を操っているんだ!)

 さらなるインプ達の攻撃。ユウキは攻撃をかわそうとするが、かわしきれずユウキの肩や腕、頬にかすり傷を負ってしまう。しかし、ユウキの足は止まらない。

 そしてユウキはバークリーアーム邸の門の外へとたどり着く。そこには黒スーツの男が門の後ろに隠れるように立っていた。その右手には小型の機械を持っている。

 「貴様が怪物達を!」

 ユウキのストレートパンチが黒スーツの男の顔面を狙う。突然目の前に現れた敵に対応できない黒スーツの男はその攻撃をもろに食らってしまった。後ろに吹き飛ばされる黒スーツの男。それと同時に右手に持っていた小型の機械も地面に落としてしまった。

 「し、しまっ・・・!!」

 ユウキはそれを見逃さなかった。

 「そうか、これで怪物達を召喚していたのか!?」

 「や、やめろ!それは・・・!」

 黒スーツの男が叫ぶが、ユウキは迷い無くその小型の機械を足で踏みつぶす。機械は破片を周りに飛び散らせ破壊された。それと同時にバークリーアーム邸を覆っていた大量のインプ達は全て消滅した。

 「貴様・・・よくもやってくれたな!」

 黒スーツの男は立ち上がりスーツの内ポケットの中に手を入れる。こいつ、拳銃でも持っていやがったのか?ユウキがそのことに気づいて次の行動へ移ろうとしたときにはすでに遅かった。黒スーツの男は拳銃を手に持ちユウキに向かって発砲した。

 その銃声は先ほどまでインプと戦っていた三人にも聞こえた。

 急いでユウキの元へと向かう三人。最初にたどり着いたのはシャイオンだった。自身の魔力を使用してユウキの元へと水平に飛んで移動してきた。

 シャイオンの目に映ったのは拳銃を構える黒スーツの男と、拳銃で撃たれ、その場でうずくまるユウキの姿だった。

 「ユウキ!」

 「貴様・・・!シャイオン!」

 黒スーツの男は拳銃をシャイオンに向けて発砲しようとした。しかし、それより早くシャイオンはダークソードを黒スーツの男の胸に突き刺していた。

 大量の血を吹き出しその場に倒れる黒スーツの男。そこに残りの二人も駆けつけた。

 「ユウキ!」

 「おにいちゃん!?」

 黒スーツの男が撃った拳銃は左太ももを貫通していた。あまりもの苦痛に耐えきれず大声を上げるユウキ。

 「早く救急車を!」

 レイナが携帯電話を取り出す。

 「いや、これくらいなら余の魔法で治癒できる!」

 シャイオンはユウキの傷口に両手を当て意識を集中させる。シャイオンの手のひらから光が発せられ、ユウキの傷口はみるみるうちに塞がっていく。

 「どうだ?まだ痛むか?」

 「いや、もう大丈夫だ。ありがとう、シャイオン。」

 「ありがとう!お兄ちゃんを助けてくれて!」

 シャイオンに抱きつくレイナ。

 「そ、そんな、礼を言われるほどのことでは無い・・・。というか早く離れろ!」

 シャイオンは少し照れているように見える。その姿を見ると本当に魔王だったのか、疑ってしまう。少なくとも3人にはそのように見えた。

 「そ、それよりも貴様、無理しおって。だが、助かったぞ。」

 「へっ、俺だって役に立っただろ?」

 ユウキは立ち上がり、足下で倒れている男を見つめる。

 「しかし、こいつ何者なんだ?」

 「おそらく、余を狙って後をつけてきたグレイアンの部下であろう。ミレイユの親を殺した魔物を召喚したのもこいつと考えて間違いないな。」

 「でも、グレイアンって何者なんだろうね?手がかりが全くないよ。」

 「いや、手がかりはここにあるかもしれない。」

 ユウキは黒スーツの男の持ち物を調べる。

 「こいつ、親切にも社員証なんて持ってきてやがる。しかも『これを見つけた方は下記までご連絡を』だって。」

 社員証には大きく会社名『ストリアン・カンパニー』とその住所が書かれていた。

 「『ストリアン・カンパニー』ってあの兵器の開発をしている会社だよね?最近ニュースでよく見ているけど。」

 ストリアン・カンパニーはミルバポート国内でも有数の軍事兵器企業だ。ミルバポートの国民では知らない人は少ない。内陸側防衛部隊の中でもこの企業の武器を採用している部隊がある。

 「ということは敵は『ストリアン・カンパニー』ってことだな。」

 「おそらくグレイアンという男もそこにいるのだろう。余は一刻も早くクリスタル・シャイオンを取り返し、本来の力を取り戻さねばならぬ。」

 「でも返り討ちにあって心臓取られるかもしれないぞ。」

 「それこそユウキと同じだ。余もこのままじっとしているのは性に合わぬ。」

 シャイオンはユウキに向かって笑ってみせる。

 「それに今回は私たちもいるしね。私の勇者の力とローラお姉ちゃんの魔法の力が加われば無敵だよ!」

 レイナはシャイオンの肩に抱きついてうれしそうに話す。

 「そうなるとユウキは今度こそお留守番ね。」

 「いや、そうでも無いぜ。」

 そう言ってユウキは黒スーツの男が持っていた拳銃を拾い上げる。ご丁寧にリロード用の弾も用意されていた。

 「これがあれば俺だって戦える。行こうぜ。みんなで。」

 「まったく・・・仕方の無いやつだな。」

 四人は社員証に書かれていた住所、ストリアン・カンパニーへと向かっていった。

 

 

 

 レイナの脳裏にある不安がよぎる。

 (もし・・・シャイオンがクリスタル・シャイオンを取り返して、本来の力を取り戻したら・・・私たちはどうなっちゃうんだろう・・・。シャイオンと戦うのは嫌だよ・・・。)

 

 

 

 バークリーアーム邸のそばに止めてあった車から一人の黒スーツの男が降りる。この場所はバークリーアーム邸とは反対側に止めてあったためユウキ達はこの車の存在に気がつかなかった。

 バークリーアーム邸を取り囲んでいたインプの姿が消滅した。そして先ほどの銃声。男は門の前へ移動した。そこには血を流して倒れている同じ黒スーツの男が倒れていた。

 ユウキ達の姿はすでに無かった。おそらく召喚獣によるシャイオンの捕獲に失敗した。この様子から男は判断した。

 黒スーツの男はバークリーアーム邸を見上げる。

 一つの部屋から明かりが見える。ミレイユの部屋だ。カーテンは閉められているが中に人影が見える。男はその姿を見つめて不敵な笑みを浮かべる。

 

 (ユウキ・・・トイレ・・・長いな・・・。大きい方だったのかな?それにしても長すぎだよね・・・。)

 ミレイユは誰もいない部屋で、ベッドの上で膝を抱えてユウキの帰りを待っていた。もしかしたらユウキも・・・。そんな事は考えたくはない。しかし、万が一のことがあったら。私も部屋を出て探しに行くべきだろうか?

 (私にも出来ることがあるかもしれない。)

 そう思ったミレイユは部屋を出る事を決意する。

 しかし、その前にミレイユのドアが開いた。

 「ユウ・・・キ?」

 ミレイユの目の前に現れたのは黒スーツの男だった。その右手には拳銃の銃口がミレイユに向けられている。

 「ひっ!?」

 「おっと、静かにしてもらおう。何もしなければ危害を加えるつもりはない。」


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