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第一章 1000年前からの使者

 ユウキとレイナは軽く食事を済ませた後、再び集合時間と場所を決め、別行動をとることにした。

 ユウキは本格的に各サークルの同人紙を見て回ることにした。しかし、午後になると午前よりも断然人が多くなる。思うように人混みの中を進むことができない。

 結局、満足に各サークルのブースを回り終える前に集合時間間近となってしまった。仕方なく集合場所である、会場外近くにあるファーストフード店へと向かう。


 その途中。

 

 道の端のベンチでぐったりしている女性の姿を見つけた。その姿は黒い三角帽子に黒いマント姿をしていた、あの魔法使いのコスプレイヤーだった。

 ユウキはその姿を確認するも、無視するべきかどうか迷った。しばらく様子を見ていてもぴくりとも動く気配は無い。一瞬だけ見えた顔は汗だくだった。当然と言えば当然だ。この炎天下の中、この黒い衣装を着ていては熱中症になってもおかしくないだろう。

 「あのー大丈夫?」

 このまま放って置いた方が後味が悪い感じがする。ユウキは魔法使いのコスプレイヤーに話しかけた。

 「あ、暑い・・・おなかすいた・・・たすけて・・・。」

 ぐったりしたまま元気の無い返答が返ってくる。

 ユウキはちょっと気が引けたが、とりあえず集合場所のファーストフード店へ連れて行くことにした。

 到着したファースフード店は同人マーケットでの買い物を終えた客達でごった返していた。そして入店と同時に店内の客の視線が一気にユウキ達に集中する。隣にいる魔法使いのコスプレイヤーがとにかく異様すぎてこのなかでも浮いた存在なのだ。

 ユウキはそのような状況も我慢して、とりあえずハンバーガーとジュースを注文し、店外の日陰にある比較的涼しいテーブルに座ることにした。店内の方が冷房も効いていて涼しいのだが、なにせ連れている魔法使いのコスプレイヤーのおかげで注目を集めているのだ。ユウキは出来るだけ人目の付かないテーブルに座りたかった。多少の暑さは我慢するしかない。

 目の前に出されたハンバーガーとジュース。魔法使いのコスプレイヤーはそれをものすごい勢いで食べようとする。よっぽど腹が減っていたのだろう。

 「あ、ありふぁとうこさいまふ。」

 「いいから落ち着いて食え。」

 ユウキは魔法使いのコスプレイヤーにジュースを差し出した。

 「んぐ、んぐ・・・ぷはぁ。朝から何も口にしてなかったもので。」

 「なんで?お前、お金持ってないの?」

 「一応持ってきたんですが、どうも今の時代では使えないみたいで・・・。」

 と、魔法使いのコスプレイヤーは持っているお金をユウキに見せる。それは現在使われている紙幣ではなく、歴史の教科書で見たことのある、現在は使われていない金貨だった。

 「おい、これいつの時代のお金だよ!っていうか、とりあえず、あんた何者?さっきのドジマでも俺の目の前で「違う」って。」

 「あ、私、ローラ・エスリファムっていいます。1000年前の時代から魔王シャイオンを封印した勇者の力を受け継いだ子孫を探しに来た魔法使いです。魔王シャイオンはまもなく復活しようとしています。だから早く勇者の子孫を探さないといけないんです。」

 「・・・は?」

 当然と言えば当然の反応だ。

 1000年前からやってきた魔法使い?

 封印された魔王シャイオンが復活する?

 勇者の子孫を探している?

 とにかくツッコむところが多すぎてどこから触れればいいのかユウキには判断が出来ない。


 しばらくの沈黙。


 「あ、その顔、絶対疑ってますね。」

 「当然だろ!1000年前から来ました!?自分は魔法使い!?魔王シャイオンが復活する!?勇者の子孫を探している!?どこかのおとぎ話かよ!」

 「実際に過去に起きた事実です。」

 確かにユウキは歴史の授業で魔王シャイオンの存在は知っている。しかし、授業ではその時代ですでに倒されたと習っていた。封印されたとは習ってはいないし、聞いたことも無い。それよりも疑わしいのは、

 「だいたい、今の時代に魔法が使える奴がいるのかよ。」

 実際過去に魔法による文明が存在していた。それは人間の持つ魔力を動力原としてあらゆる事を実現させてきた。しかし、今は機械文明が発達している。人間が持つ魔力を必要とせずに様々なことを実現させてきた機械の力は次第に当時の人々を魅了し、機械に関する研究者を増やしていった。その結果、機械文明は急速に発達し、今では電子機器と呼ばれるものも一般市民に普及している。それと同時に、人間の持つ魔力を動力原とする魔法文明は機械文明の発達と共に使う人物が減っていき、完全に廃れてしまった。現在ではすでに魔法を使える人間は皆無である。

 そして1000年前に魔王シャイオンが存在していたことも歴史の授業で学んだことがある。山を一つ消し飛ばすことができるくらいの強力な魔力を持ち、さらに、その姿は見る者全てを魅了する女性であったとされている。写真等が残っていないので教科書や歴史研究家達の言い伝えではあるが。

 魔王シャイオンはその強大な力を利用して大陸全土を自らの手で支配しようとしたが、人々は一致団結して魔王シャイオンに立ち向かった。しかし、強力なシャイオンの魔力の前に人間軍は疲弊し敗北寸前まで追いやられた。

 だが、シャイオン打倒に光の力を味方にした勇者アレスと全ての理を知る大賢者サーラが立ち上がった。彼らの激しい戦いの末、魔王シャイオンは倒され、それ以後、混沌とした時代は終了し現在の平和な時代が訪れた。

 一応これがユウキが学んできた歴史である。

 「じゃあ、私が魔法を使える証拠を見せましょうか?」

 「おう、やれるもんならやってみろ。」

 「じゃ、いきます。」

 ローラは目の前に手のひらで小さな輪を作り、なにやら小声でつぶやき始めた。しばらくするとその輪の中に光が生まれた。そして、ローラが何か意味不明な言葉を叫ぶと光は急激に大きくなり、ユウキとローラはその光に包まれた。




 気がつくとユウキとローラは山の山頂と思われる場所にいた。

 まわりには背丈まで伸びた草木が生い茂り、見上げると青い空と雲が広がっている。さっきまで蒸し暑かったのが嘘みたいに涼しい。周りを見渡すと一軒の家が建っているのがみえる。いや、家と言うよりはすでに屋根や壁がボロボロに朽ち果てた廃屋だ。とても雨風を防げるような建物ではない。

 「ここは・・・どこだ?」

 「ここは、私が17歳まで住んでいた場所です。私は17歳の誕生日にお母さんに魔王復活の話を聞かされ、1000年後の世界にやってきました。」

 「ん。ということは俺とタメじゃない?」

 「あ、そうなんですか?じゃあ、私もタメ口で良いですか?」

 「あー、うん、その方が話しやすいし。」

 「・・・ここは大陸北西部のグリゾールっていう国だよ。」

 「なんだよ、そのグリゾールって国は。聞いたこと無いぞ。」

 「大陸の地理って勉強していないの?」

 「勉強していないというか、授業でやってないからな。海外の地理についてはやってるけど。」

 ミルバポートの学校では大陸についての、特にミルバポートが存在する大陸の内陸部についての地理については教えていない。唯一、未だに「未開の領域」として生徒達、一般市民に教えている。

 実際、ミルバポートの大陸側へ向かうと高い壁が立ちはだかっている。外部からの外敵の進入を防ぐため、とユウキは聞かされている。数カ所には外部への扉も設置されているが、その前には警備員が常時待機しており、外に出ることは不可能だ。外国との行き来は船のみとなっている。

 しかし、ユウキは実際に、ユウキの知らない未知の世界にいる。これがミルバポートの高い壁のその側の世界だというのだろうか?

 「さすがに1000年も建つと誰も住んでいないか。」

 ローラは背丈ほどもある草木をかき分け、廃屋の中へと入っていく。ユウキもそのあとに続く。

 廃屋の中ではローラが捜し物をしているようだ。そして、埃の被った小さな箱を見つける。ローラはその箱を開け中に入っている小さな本を取り出した。

 「それは?」

 「これは私のお母さんが残した本。もしもの時に使いなさいって、1000年前に残した物。私の唯一の宝物。」

 「どんな事が書かれているんだ?」

 「それは・・・秘密!」

 「なんだよ、それくらい教えてくれても・・・。」

 そのとき、後ろから物音が聞こえた。

 一つではない。複数の物音。草木を分けてこちらに近づいてくる音が聞こえてくる。

 「な、なんだ?」

 物音がした方から現れたのは・・・3人の人間だった。いや、人間と言うには小柄すぎた。そして何より人間と異なるのは、顔が豚のような醜い姿をしているということだ。その手にはボロボロの錆びたナイフや棍棒を手にしている。

 「なんだこいつ!初めて見るぞ!」

 「こいつはゴブリン。チンパンジー程度かそれ以上の知性を持っている妖魔よ。見たところエサを探しているところで私たちに遭遇したみたい。1000年経っても変わっていないのね。」

 「解説はいいから何とかしろよ!」

 「大丈夫。私の後ろにさがって。」

 ユウキは完全に怯えていた。

 初めて見る生物。それが今目の前に存在し、そしてこちらを襲おうとしている。

 ユウキはローラの後ろに隠れた。ローラの肩に手をかけ、万が一の場合はローラを盾にしようというような姿勢だ。

 一方のローラはそんなことは気にせず手にしている杖を目の前にかざし、聞き慣れない言葉をつぶやき始める。その間にもゴブリン達はこちらとの間合いを詰めてくる。

 そして、ゴブリン達は一斉に飛びかかってきた。ユウキはゴブリン達の突然の行動に反応して思わず両手を頭にして身を屈めてしまう。が、それよりも早くローラは意味不明の言葉を叫ぶ。


 その瞬間。

 

 ゴブリン達は炎に包まれ、次々とその場に倒れた。

 「大丈夫?」

 ローラが心配そうにこちらを見る。ユウキは未だに怯えて屈み込んだままだ。そのままの姿勢でローラの方を見る。

 「も、もう大丈夫なのか?」

 「うん、とりあえず魔法でやっつけた。」

 ユウキも恐る恐るゴブリン達の方を見る。炎によって黒焦げになったゴブリン達。絶命したのだろうか。全く動く気配はない。

 「と、とりあえず、お前が本当に魔法使いなのは分かったよ。だから早く元の場所に帰ろうぜ。」

 とにかくユウキは元のミルバポートのファーストフード店に帰りたかった。見たことの無い景色、見たことの無い生物。すべてが彼にとって恐怖だった。早く元の日常に戻りたい。ただそれだけを願うだけだった。




 ユウキ達は元いたミルバポートのファーストフード店に戻ってきた。ローラは立ったまま、ユウキは椅子ではなく地面に座った姿勢だ。そのせいか、一層周りからの視線を集めているような気がする。一瞬にして姿が消えたと思ったらまだ姿を現したのだ。周りの人間からしてみれば何が起こったか分からない。このことを一刻もはやく報告しようと携帯電話をいじっている人もいる。

 ユウキは元のファーストフード店に返ってきたことを確認し、とりあえず周りを気にしつつも椅子に座る。

 「・・・で、お前の探している勇者ってのは見つかったのか?」

 「ううん。まだ。あなた自身にも少し反応はあったんだけど。」

 と、ローラは手にしている水晶玉を見ながら話す。

 「あなたでは無いみたい。力は引き継いでいないわ。」

 ユウキは正直その言葉にほっとした。できるならば、こんなことに関わりたくない。それがユウキの本心だ。ユウキの記憶の中にも、先祖がそんな大事を成し遂げた勇者とは全く聞いていない。

 それ以前に1000年も経過していればその子孫はどれくらいいるのだろう?このミルバポート内でも相当の数はいるのかもしれない。その中の一部のみが勇者の力を引き継いでいると言うことなのだろうか。実際に探すとなれば相当骨が折れそうだ。絶対に関わりたくない。

 「でも、なんで勇者を探すのにこんなところに来ているんだ?」

 「人が集まるところに行けば出会えると思って。人が集まる場所と言えば市場でしょ?ここにも人が沢山集まっているのから、ここで市場が開かれているのかなと思って。」

 確かに、同人マーケットは一種の市場でもある。ローラが想像しているものとはちょっと違うような気がするが。


 「あっ、お兄ちゃん!ごめん、遅れちゃった!」

 遠くから聞き覚えのある声が聞こえる。妹のレイナだ。携帯電話の時計を見るとすでに集合時間を20分程度過ぎている。

 「いやー全てのサークル見て回ってたら時間過ぎていたの忘れちゃって!ホントごめん!」

 「あ、いや、別に怒ってないからそんなに誤るなよ。」

 「ホント?」

 「ホントだって。」

 「よかった!・・・ってこの人あの写真の魔法使いのコスプレイヤー!なんでお兄ちゃんと一緒にいるの!?」

 「あっ、お嬢さんちょっと待って!」

 「えっ?」

 ローラは水晶玉を見つめる。レイナはキャリーバッグを持ったままユウキのそばに立ったままローラを見つめる。


 「見つけました。あなたが魔王を倒すことができる勇者です。」

 ユウキは面倒なことには関わりたくない、その思いは完全に崩れ去った。そんな思いがした。


 「あのーよく話がわからないんですけど・・・。」

 レイナは完全にユウキの後ろに隠れたまま、警戒心丸出し状態でローラに話しかける。

 「とりあえず、他の場所に移動しません?」

 周りを見渡すと周りのテーブルだけで無く、通りすがりの客までもが視線がこちらに集中していた。

 とりあえず三人は逃げるようにファーストフード店を後にする。

 イベント会場からミルバポートの中心部へ向かう道の途中、人かすれ違っても十分な道幅のある道を歩く。通り過ぎる人々の視線は相変わらずこちらに集中している。声はかけないものの、明らかにこちらをチラ見し、なにやらひそひそ話をして通り過ぎていく。

 道の脇には花壇が有り、その前には4人は座れるぐらいの大きめなベンチがいくつか置かれていた。3人はその内の一つに座る。レイナは近くの自動販売機へ向かい、適当にジュースを三本買ってきてユウキとローラに手渡した。

 ローラはそのジュースを受け取ると一気に飲み干す。よっぽど喉が渇いていたのだろう。

 3人が落ち着いたところで話を切り出す。

 「とりあえず、どこから説明したらいいんだろ。」

 ユウキの口からローラから言われたこと、ここで起こったことすべてを説明する。

 彼女の名前はローラ・エスリファムと言い、1000年前から来た魔法使いであると言うこと。そして、1000年後、このミルバポートで復活すると言われている魔王に対抗するため、1000年前に魔王を封印した勇者の子孫を探しているということ。

 「へーそうなんだー。私がねー。」

 「なんか、緊張感の無い言い方だな。どんなこと言われているのかわかっているのか?」

 「だって、今はまだ平和だもん。ってことはまだ魔王は復活していないんだよ。」

 魔王が復活すれば何が起こるかわからない。少なくとも今まで通りの日常を送ることができなくなるかもしれない。軍隊が動きだし戦争状態になるかもしれない。そう考えれば、レイナの言っていることは妥当なのかもしれない。

 しかし、ユウキにはどこか引っかかるところがあった。歴史の授業では魔王は1000年前に倒されたことになっている。しかし、ローラは『魔王は封印されている』ということだ。

 「なぁ、レイナ、確か魔王シャイオンは1000年前に『倒された』んだよな?」

 「うん、なんでそんな当たり前なこと聞くの?ちゃんと授業で習ったよね?ん?なんかおかしくない?」

 「レイナも気がついたか。俺たちは魔王は『倒された』と聞いてきた。しかしローラは魔王は『封印された』と言っている。何だろう、この違い・・・。」

 「とにかく魔王は生きていて、もうすぐ必ず復活するんです!」

 ローラは顔を真っ赤にして大声を上げる。

 

 しばらくの沈黙。というか、突然大声を出すローラに硬直するユウキとレイナ。

 

 「と、とりあえず、レイナちゃんにはこれを預けておくね。」

 そう言ってローラが取り出したのは金色の腕輪だった。

 「これは?」

 「レイナちゃんは今のままでは魔王に対抗することができない。でも、この腕輪には過去の勇者の力を封印してあるの。この腕輪を身につけて意識を集中すればレイナちゃんも勇者の力を引き出して戦うことができるはずよ。」

 「そうなんだ。うん。とりあえずもらっておくね。」

 レイナはその腕輪をポケットの中にしまった。

 「ところで、まだ魔王がいない間、ローラ姉ちゃんはどうするの?」

 

 再びしばらくの沈黙。

 

 「何も考えてなかったのかよ!」

 すかさずツッコむユウキ。

 「だって・・・。」

 一瞬言葉に詰まるローラ。

 「私だってどうしたらいいかわからないのよ!17歳の誕生日にお母さんに言われて1000年後の世界に行ってこいって!1000年後の世界に来たけど右も左もわからなくって!知り合いも誰もいないのよ!お金も使えないし!わかる?この気持ち!」

 ローラの抱えている不満と不安が一気に爆発した。

 1000年前にはローラにも家族がいて、親しい友達がいて、平和な日常生活を送っていたに違いない。それが一気に崩れてしまったのは17歳の誕生日だった。

 1000年後に封印した魔王が復活する。

 それを知ったローラの母親は再び魔王による混沌とした世界となることを防ぐため、娘のローラを1000年後の世界に送り込んだ。

 それは苦渋の選択だった。

 ローラにとっては家族を捨て、親しい友達も捨て、今までの生活全てをも捨て、見知らぬ世界に旅立つことになる。

 それを覚悟の上でローラはこの世界にやってきた。これ以上に無い不安を抱えて。

 ユウキは先ほどのグリゾールと呼んでいた国の山奥に飛ばされた時を思い出す。やはりユウキも、右も左も分からない見知らぬ土地に一人で飛ばされたらそんな気持ちになるのだろう。今のローラの気持ちもわかるような気がした。

 「だったら。」

 ユウキが口を開く。

 「うちに来いよ。今なら両親もしばらくいないからさ、レイナもいいだろ?」

 ユウキの両親はミルバポート政府の関係者で、仕事のために家を空けていることが多い。というか、ここ数ヶ月は家に帰ってきていない状態だった。その間家ではユウキとレイナの二人暮らしだった。

 「うん、もちろん!おにいちゃんの作るご飯は絶品だからね!」

 ちなみにユウキは家事担当だ。レイナは思いの外不器用なのだ。

 「二人とも・・・ありがとう・・・。」

 ローラの目にはうっすらと光るものが流れていた。

 

 

 

 「そういえばこの後ミレイユお姉ちゃんに会う約束があったんでしょ?」

 レイナと合流した後は幼なじみのミレイユ・バークリーアームと合流し、カラオケに行く予定だった。ミレイユはユウキの幼なじみでクラスメイトであり、さらにバークリーアームというファミリーネームを持つだけあって学園の理事長の娘だ。妹のレイナとも顔見知りで仲良くしてもらっている。一部ではユウキと付き合っているんじゃないかという噂も流れているが本人達は否定している。

 「あ、そうだったな。」

 ユウキはポケットから携帯電話を取り出し表示されている時刻を見る。約束の時間までにはまだ十分時間がある。

 「どうせだったらミレイユお姉ちゃんにもローラお姉ちゃんを紹介しようよ。」

 「でもこの格好じゃまた大騒ぎになるぞ。」

 ただでさえファーストフード店の周りは大騒ぎ状態なのだ。とにかくこの魔法使いの格好を何とかする必要がある。しかし、ユウキ達は同人マーケットでお金を使い果たしていた。

 「どうしよう?お金無いよ?」

 うーん、としばらく考え込むユウキ。

 「いや、お金ならある!ローラ、手持ちのお金を全部よこせ!」

 「えっ?えっ?」

 ローラは言われるがまま手持ちのお金をすべてユウキに渡す。

 手渡したお金はすべて、主に紙幣の通貨を使用している現代とは大きくかけ離れた、当然現在は使われていない大昔の金貨だった。

 「このお金を骨董品屋に持って行って現金に換える!」

 「あっ、それあったまいいー!」

 「えっ?えっ?えっ?」

 「まぁ、俺たちに任せておけ!」

 

 ユウキ達はローラが持っていた1000年前の金貨を手に、ミルバポート中心部入り口にある骨董品屋に向かった。

 これだけあれば十分な価値がある。しかもつい最近まで実際に使っていたお金だ。相当な金額になるはずだ、と予想していた。

 しかし、実際は思い通りには行かない。

 この時代の金貨は数多く出回っており、それほど高価で取引されているものでは無かったのだ。

 少しがっかりするユウキとレイナ。だが、それでもローラの服一着を買うだけの十分な金額は手に入れることはできた。

 

 三人は最近できた少し大きめのショッピングモール「シェラ」へと向かった。シェラは5階建てのショッピングモールで中央に大きな噴水があり5階まで吹き抜けとなっている。そして、それを取り囲むように数々のショップが並んでいる。中央の噴水にはベンチが数多く設置されており、ショッピングで疲れたときの休憩所として利用できるような作りになっていた。

 吹きふけ部分の壁には大きな時計が設置されている。この時計は0分ちょうどになると美しい音楽が流れ、それに合わせて人形達が時計の前に現れ、踊り出す仕組みになっている。ショッピング中のお客に時間を知らせるためだけでなく、見て楽しむことも出来るようになっている。

 レイナはローラを連れてファッションショップを端から回っていった。ユウキは中央の噴水のベンチに座って彼女たちの帰りを待っていた。女子のショッピングは長い。気になる服を見つけては似合う、似合わないを延々と悩み、結局買わないといった行動が延々と続くのである。その買い物に付き合う男子には大変な重労働である。ユウキもレイナの買い物に付き合わされ何度も経験している。だが、今回はローラのための買い物のため自分はそれに付き合う必要は無い。とりあえずひたすら女子の買い物が終わるのを待つだけでいいのだ。

 「な、なんか恥ずかしいな・・・似合ってる?」

 「大丈夫!似合っているよ!」

 「な、なんか歩きづらいし・・・こんな時に妖魔や魔獣が襲ってきたらどうするの?」

 「妖魔?魔獣?よく知らないけどそんなのはここにはいないから!」

 そんな会話を交わしながら、長い間待たされたユウキの前に二人が帰ってきた。

 ユウキはどこかぎこちない歩き方をするローラの姿を見る。

 そこには今まで見たことが無い女性の姿が立っていた。

 肩まで伸びた黒くて美しいストレートヘアーに大きめの麦わら帽子に水色のキャミソール。そして足には少しヒールが入ったサンダル。そして、今まで気がつかなかったが、思ったより胸が大きい。その胸にユウキの目は釘付けになる。

 「こ、こんな格好するの初めて・・・。」

 当然だが1000年前にはこのようなファッションは存在しない。

 「おにいちゃん、そんなにジロジロ見ているとミレイユお姉ちゃんにチクるよ。」

 「べ、べつにそんなんじゃねーよ。」

 「な、なんか顔が赤いみたいだけど、大丈夫?」

 ローラが前にかがみ込んでユウキの顔を見つめる。その行動がユウキの視線にはローラの大きな胸の谷間がより強調される。もうユウキは似合っているかどうかは関係無くなっていた。たまらず視線をそらすユウキ。

 そんなユウキの姿にクスクスと笑い出すレイナ。完全にからかわれていた。

 

 「そういえばさっきから気になっている物があるんだけど。」

 そう言ってローラはシェラにある店舗の一つを指さした。その方向に家電量販店の店頭にディスプレイされている大型の薄型テレビがあった。その画面にはニュース番組が流れている。ちょうど今日の同人マーケットの様子が伝えられているようだ。

 「よくあんな薄くて小さい箱の中に人が入っているなあって。」

 「ぷっ、ははは!」

 レイナはローラの発言に思わず吹き出してしまった。

 「私、何か変なこと言った?」

 「これは撮影したものを映し出す機械だよ。中に人なんて入れるわけ無いじゃん!」

 「うーん、なんかよくわかんないけど・・・。」

 そう言ってローラは側にあるリモコンのボタンを適当に押す。チャンネルが変わり、アニメ番組のCMが流れ始めた。

 「あっ、これ魔法少女ミラクル☆エスティっていうアニメで今度新しく放送されるんだよ。私、そのアニメの原作コミックも大好きで、アニメも欠かさず見ようと思っているんだ。」

 「ふーん。変わった機械なんだね。」

 そう言ってローラはアニメが動いている画面をじっと見つめる。

 その様子を遠くで見つめるユウキ。そして何かを思いついたようにニヤリと笑みを浮かべローラに近づく。そしてローラの肩に手を当てて話しかけた。

 「ローラ、ここにおもしろいお店があるんだ。ちょっと行ってみないか?」

 「えっ、なになに?」

 ローラは抵抗する暇も無くユウキに手を引かれ、シェラの中にあるアニメショップへと連れて行かれた。

 そのアニメショップではアニメキャラの衣装も販売しており、実際に店内で試着もできるようになっている。

 「とりあえず・・・これ着てみてくれよ。」

 「えっ?えっ?」

 言われるがままユウキに渡された衣装を持って更衣室に押し込まれるローラ。

 しばらくして更衣室から出てきたローラはとあるアニメの制服姿だった。

 その姿を見て感嘆の声を上げるユウキとレイナ。

 「うおぉ!」

 「すごい!似合っている!可愛いよ、ローラお姉ちゃん!」

 「そ、そう?」

 ローラもレイナに可愛いと言われまんざらではないようだ。

 「次はこれを着てみてよ!」

 調子に乗ったレイナは止まらない。次々とアニメのキャラクターの衣装をローラに手渡し、ローラを着せ替え人形のように楽しんでいる。そのリクエスト全てに答えるローラ。数々のアニメやゲームの衣装に着替え、ぎこちないポーズも取ってみる。そのローラの胸の大きさとスタイルの良さもあってか、何を来ても違和感なく似合っていた。

 一通り試着してみたところでレイナがローラに尋ねる。

 「ねぇ、どうだった?どれが一番お気に入りだった?」

 「うーん、みんな可愛い衣装だったけど、私はやっぱり1000年前から持ってきたこの服かな。」

 ローラが選択したのは最初にユウキ達の前に現れた時の衣装、黒い三角帽子に黒いマントの魔法使いの衣装だった。

 「どうして?こんなの、今の人は絶対に着ないよ。というか、着ていたら絶対浮いた存在になるって。」

 「この服はお母さんからもらった大事な服なの。それに特殊な加工もしてあって、結構丈夫なんだ。ちょっと刃物が刺さっても破れないし、魔法にも耐性があるの。ここにある衣装にはそれが無いわ。」

 「へー、こんな服がねー。」

 レイナは不思議そうに黒い魔法使いの衣装を手に持って触ったり引っ張ってみたりしている。見た目はやはり他の服と何の変わりも無い布地に見える。

 「じゃあ、その服、リメイクしようぜ。その生地をベースにして今でも違和感ないように作り直すんだ。俺の知り合いに腕の良い仕立屋がいるからそいつにお願いしてみるよ。」

 ユウキの頭の中にはある計画が思い描かれていた。それを二人が知るのはまた後日のことである。

 

 そうこうしているうちにシェラの壁に設置された大時計が美しい音楽を奏でだし、人形達が出てきて踊り出した。時計の針は午後6時を指している。

 「やべぇ!もうこんな時間かよ!」

 ミレイユとの待ち合わせの時間は5時半だった。思った以上にローラのコーディネイトとアニメショップでの着せ替えに時間がかかってしまった。ユウキは慌ててポケットから携帯電話を取りだし、ミレイユへ電話をかける。

 『もしもしー!ユウキ?ごめーん!今家にいるんだけど、ちょっと遅れちゃって。』

 「なんだ、ミレイユも遅れているのか。俺たちもちょっと遅れてて、いまシェラにいる。」

 『そうなんだー。ちょっとね、面白い子を見つけてきたから紹介しようと思うんだけど、連れてきても良いかな?』

 「面白い子?偶然だな。こっちにも変わった奴がいるんだ。そいつも連れて行くよ。」

 ユウキは横目でローラの方を見る。ローラはユウキの持っている携帯電話が珍しいのか、レイナに携帯電話について教えてもらっているところだ。当然ながら魔法文化が栄えていた1000年前にはこんな精密機械は存在しない。きっと別の通信手段があったのかもしれないが携帯電話は初めて見る物だろう。とりあえず携帯電話の説明はレイナに任せて、ユウキはミレイユとの会話に集中する。

 『へー楽しみー!それじゃいつものファミレスで待ってて。シェラからならそっちの方が近いでしょ?』

 「あぁ、そうだな。じゃあ先に例のファミレスで待ってるよ。」

 『うん、わかった。・・・ん?な、なにあれ!?きゃぁぁぁあああ!』

 電話の向こうから突然のミレイユの悲鳴。ユウキもその声に動揺する。

 「お、おい!どうした!?何があった!?」

 悲鳴の後、携帯電話を落とす音が聞こえ、そこで通話は途切れてしまった。ユウキは必死にミレイユに声をかけようとするが応答はない。無情にも通話終了を告げる音が携帯電話から聞こえてくる。

 「レイナ!ローラ!予定変更だ!ミレイユの家に行くぞ!」

 「えっ!?何があったの?」

 「分からない。だけど、ミレイユの悲鳴が聞こえて、とにかく、なんか嫌な予感がするんだ!」

 何かの事件に巻き込まれたのだろうか?強盗だろうか?ストーカーだろうか?ミレイユが誰かの恨みを買うような人間ではない。そうユウキは考えていた。それだからこそさっきの悲鳴がユウキを余計に心配させる。

 ユウキ達は大急ぎでミレイユの家へと向かった。


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