プロローグ
第19回電撃小説大賞 一次審査落選に伴い、応募作品を公開いたします。
「う~あぢ~・・・」
真夏の午前8時。
果てしなく並ぶ人の行列の中。
ユウキ・クロフォードはうちわを扇ぎながらその長い行列に並んでいる。彼は私立のバークリーアーム学園の高等部に通っている17歳の少年だ。目の前には夏休み最大のイベントが開催されると言われるだけあって何百人もの人影が見える。さらに今日は祝日だ。これからどんどん行列は伸びていくだろう。
この行列は同人マーケット、いわゆるドマケと呼ばれる同人即売会の開場待ちの行列だ。開場時間はあと30分。ユウキも開場2時間前から行列に並んでいる。
ここはミルバポート共和国。大陸東部に位置する巨大な島に作られた都市国家だ。国際色豊かで、外国人の行き来も多い。そのせいか、行列の中には外国人の姿もよく見かける。それだけこのイベントは世界的にも注目されているイベントなのだ。
イベント会場はこのミルバポートの東側、海岸沿いのイベント会場で行われる。ただでさえ暑い真夏の暑さに加え、海に近いと言うことで、蒸すような暑さが行列に並んでいる人々を包んでいる。
ユウキも薄着のTシャツ、短パンに大きめのリュックを背負い、この会場の行列に並んでいるが、それでも思わず「暑い」と口にしてしまうほどに暑い。周りからも同じような声が聞こえてきそうな気配である。
「もう、暑い暑い言わないでよ。聞いてる方も暑く感じちゃうでしょ!」
ユウキの隣で文句をたれているのはユウキの妹レイナだ。彼女も同じバークリーアーム学園に通っているが、彼女は14歳で中等部に通っている。
彼女はボーイッシュな出で立ちで髪も短く切っている。髪の毛が長いとうっとうしくてしょうが無いというのが彼女の弁だ。
彼女の左手には大きめのパンフレットを日よけに掲げ、右手には大きめのキャリーバックを用意している。このことからこのイベントの気合いの入れ具合が感じ取れる。
「だって、暑いもんは暑いんだもん。しょーがねーだろ。」
「だからそれを口にするなってーの!」
そう言ってレイナはユウキを左手に持つパンフレットで扇ぐ。
「あー涼しー、会場までそうやっていてくれ。」
「10分100円。」
「兄から金取るのかよ!」
「元々お小遣い少ないんだからいいでしょ!」
「じゃ、断る。自分のうちわで十分。」
レイナはユウキに向かって手のひらを上にして腕を差し出す。
「少し仰いだから、100円。」
「なんだよそれ!ぼったくりじゃないかよ!」
そんなやりとりを延々と繰り返す。
開場時間はとっくに過ぎた。しかし行列が長く、さらに入場手続きに手間取ったせいで、炎天下の中、さらに待つこととなった。
そして開場から1時間後、ようやく二人は入場手続きを終えた。係委員から入場パスポートを受け取る。入場パスポートは首から提げて携帯するタイプのものだ。二人ともそれを首にかける。このパスポートがあれば当日であれば再入場可能となる。
冷房が効いている会場は外よりも少しひんやりして気持ちがいい。だが、すでに会場内は沢山の人々でごった返している。その熱気で冷房はほとんど効いていないのも同然だった。
「ところで、おまえは何か目的のものとかあんの?」
「私の目的?」
ユウキがレイナに訪ねる。
「私の目的はBL系。」
レイナはさわやかな笑顔で答える。
BLとはボーイズラブの事である。その言葉通り、男の子同士の恋愛を描いたものだ。
「ってかお前まだ中等部だろうが。まだ早すぎるんじゃないのか?」
「そんなこと無いよ。クラスのみんなはもうBLの話で盛り上がってるもん。あ、大丈夫。R18のものは買わない。R15でとどめておくから。」
「おまえ、まだ14だろ?R15もアウトだぞ。」
「細かいことは気にしない♪」
最近の女の子とはそんなものなのか。とユウキは考える。というか、R18のBLってどんなものだろうか。健全な男子からしたら、考えるだけで吐き気がしてきそうな気がする。
「そういうお兄ちゃんはどこ行ってくるの?」
今度はレイナがユウキに訪ねる。
「俺か?俺は・・・秘密♪」
「けち」
「まぁ、あとでちゃんと見せてやるから。そのときのお楽しみな。」
「ま、いいけど。」
レイナは少しふてくされた態度をとる。
「じゃあ、また後でね。」
「ああ。」
そう言い残してレイナは大きなキャリーバックを引きずりながら人混みの中へと消えていった。
この同人マーケットは同人紙を売っているだけでは無い。
会場の一部ではアニメやゲームに登場するキャラクターに扮してその姿を披露する、いわゆるコスプレイヤーのためのスペースが別に設けられている。そしてそれを目当てにしてこの同人マーケットにやってくる人たちもいる。ユウキもその一人だった。
だが、周りの人たちは一眼レフカメラなどの、いかにも写真のプロという雰囲気を醸し出す人たちが多い。ユウキの用意したカメラは安物の一般的なデジタルカメラだ。それでも本人曰く、携帯電話に付いているカメラ機能よりは性能はいいらしい。
周りの写真家達は手当たり次第に、目当てのコスプレをしたコスプレイヤーを見つけては写真に収めていく。ユウキもそれに負けじとコスプレイヤーの姿をカメラに収めていく。
しかし、コスプレイヤーと言ってもやはり上級者と初心者に分かれるようだ。
上級者はコスプレに対する本気度が違う。その姿はアニメ、ゲームの画面から飛び出してきたような姿形をしており、カメラマンの要求に応じて次々とポーズをとっていく。その姿はまさにアニメ、ゲームのキャラクターそのものだった。周りのカメラマンもその上級コスプレイヤーに集中する。
一方、初心者は完成度が低い。写真を要求するカメラマンもまばらだ。
ユウキはその様子を目のあたりにする。初心者の子を見てはちょっとガッカリな気持ちがあるが、心の中では「次回はがんばれ」というエールを送る。
そんな様子を眺めていると、ユウキは一人だけ雰囲気の異なるコスプレイヤーを見つけた。
黒っぽい三角帽子に黒いマントを身にまとった、おそらく魔法使いを装った女性コスプレイヤーであろう。しかし、その姿が、どのアニメの、あるいはどんなゲームのキャラクターなのか、一見して想像できない。いや、正直に言ってアニメやゲームのコスプレのレベルを超え、本物の魔法使いのような出で立ちだった。
ユウキはその異色を放ったコスプレイヤーを見つめる。その手には水晶玉らしき丸いものと杖らしきものを手にしていた。それだけ見ても本物の魔法使いだ。
そして、そのコスプレイヤーはユウキが見ていることに気がついたのか、ユウキの方を振り向いた。そして視線が合ってしまった。
ユウキはこのなんともいえない状況に緊張する。コスプレイヤーは静かにこちらに向かって歩いてくる。そして、ユウキの目の前にやってきた。
「・・・あ、あのー何かご用ですか・・・?」
「ちょっと失礼。」
彼女はそう言ってじっとユウキの姿を見つめる。ちょっと緊張する時間。わずかな時間だったがユウキにはとても長い時間に感じた。
そして彼女は一言。
「ちょっと・・・違う・・・。」
「え?ちょっと違うってどういうことだよ!おい!」
「ごめんなさい、人違いでした。」
そう言って、その場から立ち去ろうとする魔法使いのコスプレイヤー。
「あ、ちょっと、一枚だけカメラで写真撮ってもいいかな?」
この状況はある意味レアかも知れない。そう思ったユウキはすかさず写真を要求する。
「カメラ?写真?なんですかそれは?」
この子は冗談でも言っているのだろうか。この時代に写真、カメラを知らない人がいるのだろうか?ユウキは不安を抱えつつも、
「大丈夫、時間はかからないから。」
「まぁ、そう言うのでしたら。」
そう言って、ユウキは彼女の写真を一枚カメラに収めた。
「もういいですか?」
「あ、はい、ありがとうございます。」
「では、私は急いでいますので。」
そう言い残して、魔法使いのコスプレイヤーは人混みの中へと消えていった。
時刻は12時すこし前を示していた。
同人マーケットには食事をとることができる休憩スペースが設けられている。その周りにはお祭りの出店のような店舗が数多く出店していた。ユウキとレイナの兄妹はこの時間になったら休憩スペースで合流する約束をしていた。
この時間にもなると他の大勢の入場者たちも休憩スペースに押し寄せ同じように昼食をとろうとする。そのため、一応休憩のためのテーブルは沢山用意されているのだが、すぐにいっぱいになる。
そんな中、レイナは数少ない空きテーブルの一つを確保していた。そしてユウキの姿を確認すると、立ち上がって手を振り「こっちだよ」とアピールをする。
「よくテーブルを確保することができたな。」
「うん、ちょっと疲れたからちょっと早めに座って休んでいた。」
それでもレイナは満足顔だ。お目当ての同人紙を購入することができたのだろう。
とりあえず、現時点でのお互いの成果物を見せ合う。
「うわ、お前、キャリーバックもういっぱいじゃねーかよ。しかも全部BL系!」
「事前にどのサークルがどこのスペースにあって、どんなものが売られているか、全部チェックしていたからね。」
これはもうレイナの才能と言ってもいいかもしれない。
「そういうお兄ちゃんはどうなの?なにも買ってないように見えるんだけど。」
「俺か?俺が狙っていたものはこれだ。」
そう言ってユウキはデジタルカメラで撮影した画像をレイナにスライドショーのように見せる。
「へー、お兄ちゃんってこんな趣味があったんだー。」
「な、なんだよ、そのいまさらみたいな言い方。」
「でもみんなよくできてるね。私もこんなカッコしてみたいな。」
「じゃあ次回はお前コスプレイヤーで出てこいよ。」
「やだ!恥ずかしい!」
そんな会話を続けながら写真を次々と眺めていく。
そんな中、一枚の写真が写ったとき、レイナの手が止まった。
「うわ、何これ。」
その写真はあの魔法使いのコスプレイヤーの写真だった。
「これ、何のキャラなんだろ。どんなアニメか、ゲームかも全然思いつかないよ。というか、本物の魔法使いみたい。」
「とりあえず、一枚写真撮らせてもらったんだけどさ、気持ち悪いったらしょうがなくって。なんか、カメラとか写真という言葉も知らないみたいでさ。」
「えー!今の時代にそんな人いるの?それよりもこんな気持ち悪い写真消しちゃいなよ。なんか持ってるだけで呪われそう。」
「え?ば、バカ、やめろ!何するんだよ!」
ユウキがレイナから慌ててカメラを取り上げる。
しかし、時はすでに遅し。写真はカメラから消去されてしまった後だった。




