第16話 魔物肉の驚く効果
とうとうこの日がやってきた。
「大丈夫だ、事前準備はちゃんとやったし、仕入れも充分に出来ている。後はちゃんと客が来てくれるかどうかだ」
「グラードおじさん。そんなに緊張しなくてもいいと思うわ」
「そうは言ってもだな。開店初日から客がゼロなんてなってみろ、俺は立ち直れないかもしれん。こんな気持ちは冒険者として初めて討伐依頼を受けた時以来だ」
開店時間までまだだというのに俺はそわそわしながら何度もテーブルを拭く動作を繰り返していた。
「あ、そろそろ時間だから表の看板を裏返してくるね」
初日はちょうどお昼時に併せて開店をした。商店と違い、朝早くから食堂に来る人は少ないからとアーネットと二人で話し合って決めた時間だ。
「――あ、いらっしゃいませ。中へどうぞ」
開店の看板を裏返しにしてドアを出たアーネットの声が聞こえ、聞き覚えのある声と共に三人の男たちが店内に入って来る。
「よう。本当に開店したんだな。仕事場に近くて助かるよ」
「カール。本当に来てくれたんだな。どこでも好きなところに座ってくれ」
開店して最初に訪れてくれたのは北門の警備をしているカールとその同僚だった。最近はよく北の森に出向くことが多かったのですっかり顔見知りとなってよく話していたからだろう。
「今日は初日だから出せる料理は一種類だけだ。そのかわり安く提供させてもらうよ」
料理は一種類だけ。これもアーネットと話して決めたことだ。まだ接客に慣れていないアーネットが注文で困らないように提供する種類は少なめにする。そして慣れてきたら徐々に増やしていくことにしたのだ。
「まだ仕事中なんだろ? この食堂では昼間は酒を出さない方針だから飲み物は果実水で我慢してくれ」
「ははは、そいつは構わないぞ。飯代も安いほうが良いに決まってるしな」
カールがそう言って笑う。俺はすぐに人数分の料理を作ってアーネットに運ぶように頼んだ。
「アーネット頼んだ」
「はい」
アーネットは一人前ずつ慎重にテーブルまで料理を運ぶ。これも開店前に何度もシミュレーションしたことで俺の心配をよそにしっかりとした足取りで運んでいた。
「お待たせしました。どうぞ」
三人分の料理を運び終えたアーネットが軽く頭を下げながら笑う。その元気な姿を見たカールが俺に言う。
「もしかして、この前森で助けた娘か? 珍しいなエルフ族だったんだな。まあ、元気そうで良かった」
「ああ。あの後、ギルドに報告してしばらく俺が面倒を見ることになったんだ。本人の希望もあって店の手伝いもしてもらうことになっている。町中で見かけたら気にしてくれると助かるよ」
「ああ、わかった。仲間内にも話しておくから任せておけ」
カールもその仲間たちもアーネットがエルフ族であったことに興味は見せたが、マルリナ同様にそれ以上の好奇の目を向けることなく料理に手を伸ばしたのだった。
「うめぇ!?」
「なんだ、この丼飯は? こんな美味い肉は食ったことがねぇ! 飯が進む!」
今日の一品は魔猪肉の肉丼だ。薄めに切った魔猪の肉を独自の製法で作った野菜を煮詰めた甘辛のタレ。それをたっぷりと絡ませながら焼き上げた極上の肉丼は腹減りの野郎共には堪らない一品だろう。
「信じられねぇ。もう無くなっちまった」
開店サービスで大盛りにしていたはずの肉丼は簡単に三人の腹の中に収まってしまった。
「凄く美味かった。午前中の疲れも吹き飛んだ気がするし、これなら午後も頑張れるぞ」
「それは良かった。今日の飯に使った肉は疲労回復にいいからな。めちゃくちゃ疲れた時に食うと特に効果を実感できるだろう」
「まじか。そんな効果のある肉なんてあったか? 一体どんな肉なんだ?」
「驚くなよ? 魔猪の肉だ」
「魔猪……魔獣の肉だって? おいおい、本当に大丈夫なんだろうな? 魔獣の肉は毒だってよく聞くが俺を殺すつもりなのか?」
「心配するな。これは俺が二十年間かけて調べ上げた結果なんだ。この魔獣の肉には俺たちの身体を回復したり強化したりする成分が含まれている。それは俺が自分で食って確かめたもので俺がこうして生きていることがなによりの証明だよ」
「そ、そうなのか? ならギルドで発表している情報が間違っているのか?」
「いや、そうでもないぞ。魔獣の中には確かにヤバい奴もいるのも間違いじゃない。俺も危うく死にそうになったこともある。だが、そのおかげでそれまで無かった新たな魔法を使えるようにもなったんだ」
「なんだって? 魔獣の肉を食って覚えた魔法だと?」
「ああ、いくつかあるが一番役に立つのが『食材鑑定魔法』だ。これを憶えたおかげでその後は毒を恐れる必要がなくなったんだよ。そして、当然ながらこの店で使用している魔獣の肉は全て鑑定済だ。絶対の安全を保障するよ」
魔獣の肉と聞いてカールたちの表情が驚きに変わったが、安全だと説明するとすぐにホッとした表情に変わる。それはそうだろう、毒と聞いていたものを食わされたのだから心配するのも無理はない。
「ちなみにこの魔猪の肉は疲労回復に効果が高い。こいつを食って一晩寝ればどんなに疲れていても完全に回復するだろう」
「そいつはありがたい。俺たちは見張りで夜も交代で起きているから疲れが溜まりがちでな。あまり調子が下がると立っているのも辛くなるんだ」
そう言って称賛するカールの腕に傷があるのを見つけると俺は厨房に入り、夜の部で出す予定だったミートボールを一つ持って来てカールに差し出した。
「こいつは軽い怪我程度なら直せるぞ。まあ、町で売っている治療薬と同じだと思えばいい」
「それは本当か? 治療薬なんて馬鹿高いものと同じだなんて信じられないぞ」
「まあ、騙されたと思って食ってみろ。金は取らないから」
「毒は無いんだろうな?」
「当たり前だ。そんなもの俺が客に出すわけがないだろ?」
「信用するぞ?」
カールは俺の持つ皿からミートボールを摘まんで口に運ぶ。そして思い切って噛みしめるとごくりと飲み込んだ。
「味はうまかったが本当に治るのか?」
カールは半信半疑で腕の傷を確認すると隣で同僚が騒ぎ出す。
「嘘だろ? 本当に傷が消えた!」
「だから言っただろ? この肉には俺たちの体内にある魔素に働きかけて治癒速度を上げる効果があるんだ。だから小さい傷程度ならこうして直ぐに治るってわけだ」
「いや、マジかよ。あれだけ毒だと言われていた魔獣の肉にそんな効果があったなんて……」
「だろう? 俺も初めて経験したときは感動したものだ。まあ、死にかけもしたから苦い思い出もあるんだがな」
「これってギルドには報告したのか?」
「いや、していないし、するつもりもない」
「どうしてだ? こんな発見、莫大な報酬が約束されたようなものじゃないか!?」
「ははは。王都では魔物は汚らわしい生き物という古い考えが根強いからな。それにギルドの上層部がそんな真実を認めるわけがない。さらに言えばきちんと処理をしないとそれこそ毒となって死人が出るはめにもなる。だから俺は他の奴に処理の仕方を教えるつもりはない」
俺がギルドに報告をしない理由を説明するとカールたちは言われてみればとうなずきあったのだった。
「それに、この町は北に魔樹海があるおかげで食材の確保に困ることがないからな。俺にとっては正に天国のような場所だよ」
「魔樹海の側が天国ってどういう神経をしているんだよ。だが、まあグラードの話を聞いていると本当にそうなのかもしれないと思えるのが不思議だよな」
「そのうちもっと希少なやつを食わせてやるよ」
「どんな奴だ?」
「そうだな。例えば、どんなに酒を飲んでも絶対に酔わなくなる料理とかどうだ?」
「ははは。酒癖の悪いカールにはぴったりだな」
カールの同僚がそう言って笑う。
「馬鹿野郎! 酒は酔うために飲むんだからそんな怖いものを食わせるんじゃないぞ!」
その言葉にカールが慌ててそう叫ぶと他の同僚たちから笑いの声が上がったのだった。
「――それじゃあ俺たちは仕事に戻るよ。まあ、魔獣の肉と聞いたら驚く客ばかりだろうから最初にちゃんと説明してから提供したほうがいいぞ。俺たちだったから笑って済ませたが、他の客が同じように寛容だとは限らないからな」
「そうだな、わかったよ。すぐに張り紙を準備しておくよ」
「――仲間内にもしっかりと宣伝しておくよ。今度は夜に来るからちゃんと酒の準備も頼むぞ」
俺の返事に満足したカールは手を上げて仕事に戻って行く。非常に気のいい奴らだ。
「まかせろ。美味いものを用意しておくから楽しみにしてくれ」
そう言ってカールたちを見送ると入れ替わりで数人に客が入って来る。俺はカールに言われたとおりに料理には魔獣の肉が使われていること。そして安全性は保障することを書いた紙を各テーブルに置いた。最初はどの客も驚きの顔を見せたが、実際に俺やアーネットが食べてみせたことで注文をしてくれたのだった。




