『銀貨三枚の伝説を丸パクリした高級とんかつ店、山師ごと自滅した一週間』 ~本物と偽物の違いは、値段ではなく揚げる人間の話だ~ ep-13
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本作は【異世界定食】〜とんかつ屋「揚太郎」に集う、ワケありな人々〜シリーズ読み切りです。
銀貨三枚の幸せを、金貨一枚で売ろうとした男がいた。何が間違っていたのか、最後まで理解できなかったらしい。
店名は『揚太郎・プレミアム』。
看板には金文字でこう書いてある。
「王都で話題沸騰。路地裏の伝説、ついに高級街に進出。ロースかつ定食、金貨一枚」
オスカーはその看板を見た瞬間、手帳を開いた。
一行書いた。
「これは終わる」
◇
店のオーナーはヴィクトール・クラインという男だ。
四十代、恰幅がいい、笑顔が胡散臭い。
三ヶ月前、路地裏の揚太郎の店で定食を食べて、一つのことを思いついた。
(……これを金貨一枚で売れば儲かる)
材料は同じでいい。豚肉を揚げるだけだ。内装を豪華にして、食器を高級にして、「路地裏の伝説の味」という看板を掲げれば、貴族たちが飛びつく。
問題は料理人だ。
揚太郎に依頼したが、即座に断られた。
「うちの料理人を紹介してくれ」と頼んだが、これも断られた。
仕方ないので、適当な料理人を雇って「揚太郎の味を再現しろ」と言った。
料理人は三人試したが、全員「再現できない」と言って辞めた。
現在四人目が厨房に立っている。
開店から三日が過ぎた。
客の評判は、こうだ。
「なんか違う」
「高いのに普通」
「路地裏の方が断然うまい」
ヴィクトールはその評判を無視した。
貴族向けに宣伝を打てばいい。路地裏に行けない上流階級を狙えばいい。
そう思っていた矢先、路地裏から噂が届いた。
「あの店の出汁担当の老人、腕がすごいらしい」
ヴィクトールは馬車に乗り込んだ。
◇
揚太郎の店に、ヴィクトールが入ってきたのは昼時だった。
カウンターの端でアル爺が蒸籠を磨いていた。
ヴィクトールはアル爺を見た。
白髪、七十代、コック服。
間違いない。
「失礼、こちらの出汁担当の方ですか」
アル爺が顔を上げた。
「そうだが」
「私はヴィクトール・クライン。高級料理街で『揚太郎・プレミアム』を経営しております。単刀直入に申し上げます。うちの厨房に来ていただけませんか。今の三倍のお給金をお出しします」
アル爺はしばらくヴィクトールを見た。
「……いくら出すと言った」
「三倍です」
「今いくらもらっているか、わかって言っているのか」
「え?」
「飯と屋根だ。三倍はゼロだ」
ヴィクトールが固まった。
「……無給なんですか」
「そうだ」
「では金貨一枚でどうですか」
「断る」
「金貨三枚」
「断る」
「金貨五枚」
「断る」
揚太郎が振り向かずに言った。
「うちの出汁担当は売り物じゃない。帰れ」
ヴィクトールは揚太郎を見た。
「貴方が揚太郎さんですね。実は以前、うちの店に来ていただけないかとお願いしたことがあって」
「断った」
「覚えていてくださったんですね! では改めて——」
「断る」
「まだ金額を言っていません」
「断る」
リーネが厨房から顔を出した。
「あの、お客さんですか?」
「いえ、スカウトに来たのですが」
「スカウト!? 誰をですか」
「まずアルベルト様を。それから可能なら揚太郎さんも」
リーネが目を丸くした。
「お兄さんとアル爺を引き抜きに来たんですか」
「引き抜きとは人聞きが悪い。より良い環境への——」
「定食を食うか食わないか、どちらだ」と揚太郎が言った。
「で、では一つ」
「銀貨三枚だ」
ヴィクトールは銀貨を三枚置いた。
皿が出てきた。
一口食べた。
「……うまい」
「そうか」
「これが金貨一枚で出せたら……」
「出さない」
「なぜですか」
「ハンスが食えなくなる」
「ハンス?」
「客だ」
ヴィクトールは理解できなかった。
なぜ一人の客の名前が出てくるのか。なぜその客のために値段を下げないのか。
わからないまま、定食を食べ終えた。
銀貨三枚で、これだけの幸せが手に入る。
それはわかった。
だが商売にならない理由は、わからなかった。
◇
翌日。
ヴィクトールは今度はアル爺だけを狙って路地裏に来た。
開店前の時間を狙って、アル爺が一人で仕込みをしているところに声をかけるつもりだった。
だがアル爺の隣には、ハンスがいた。
ハンスが根菜を切っていて、アル爺がその包丁の使い方を直している。
「……繊維に沿って切れ。こうだ」
「はいっ」
ヴィクトールは声をかけられなかった。
あの老人が子供に何かを教えている。
その光景が、なぜか声をかけることを拒んでいた。
アル爺がヴィクトールに気づいた。
「また来たか」
「……ええ、まあ」
「断る」
「まだ何も言っていません」
「顔を見ればわかる」
ヴィクトールは少し考えてから言った。
「……なぜここにいるんですか。貴方ほどの腕なら、もっといい場所が……」
「いい場所とは何だ」
「給金も、設備も、名声も——」
「名声なら三十年分ある。給金は要らない。設備はここで足りる」
アル爺は蒸籠を磨きながら続けた。
「ここには、俺の出汁を毎日待っている人間がいる。それだけだ」
ヴィクトールはしばらく黙った。
「……わかりました。諦めます」
「そうしろ」
ヴィクトールが帰り際、ハンスが小声で言った。
「おじさん、偽物の店、すごく不味いって評判ですよ」
「ハンス」とアル爺が言った。
「はい」
「余計なことを言うな」
「でも本当のことです」
「本当のことでも言わなくていいことがある」
ヴィクトールの背中が、少しだけ小さくなった。
◇
その頃、オスカーは『揚太郎・プレミアム』の前に立っていた。
手帳を持って、中に入った。
定食を頼んだ。
一口食べた。
手帳を開いた。
三分で書き終えた。
◇
三日後。
『翠玉の食卓』最新号が、王都の貴族街に掲示された。
「今週、王都高級料理街に現れた新店について報告する。店名は『揚太郎・プレミアム』。金貨一枚のロースかつ定食を売りにしているが、路地裏の本店との関係は一切なく、名前を無断で流用した別業者の経営である。衣は厚く、肉汁はなく、油の温度管理が杜撰で、定食の三要素である音、香り、熱のいずれも基準に達しない。総合評価、論外。なお本店である路地裏の揚太郎については、銀貨三枚で人間の魂を取り戻せると前号で報告した通り、今週も変わらず本物であることを確認した」
掲示板の前で、ヴィクトールが蒼白な顔で立っていた。
隣にいた貴族が言った。
「オスカー・フォン・ライネケの評論誌に『論外』と書かれたら、もう終わりだな」
ヴィクトールは三日後に店を閉めた。
片付けの最後に、一度だけ路地裏の方角を見た。
何を思ったのかは、わからない
◇
路地裏では。
揚太郎が今日も鍋を睨んでいた。
アル爺が蒸籠で大根を蒸していた。
リーネが味噌を溶いていた。
ハンスが皿を洗っていた。
オスカーが一番端の席で、手帳を開かずに定食を食べていた。
何も変わっていない。
オスカーが一番端の席で、手帳を開かずに定食を食べていた。
今日のペンは、走らなかった。
走る必要がなかった
(完)
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