第8話:衝突する氷と毒
翌日の午後。
私は、昨日宣言した通り「防犯用術式」の構築に勤しんでいた。
毒を無効化する障壁を扉に仕込み、ついでに特定個人が近づいたらアラートが鳴るマクロを組もうとした、その時。
「レリア、茶だ。……なぜ扉が凍っている」
不機嫌そうな声と共に、アルヴィス様が当然のように入ってきた。
手には先日よりも豪華な、宝石箱のような菓子折を下げている。
「アルヴィス様、仕事中ですよ。あと、扉は昨日、不法侵入の予告を受けたので補強したんです」
「不法侵入? 国家魔導師の執務室に、そんな真似をする愚か者がいるのか」
アルヴィス様は眉を寄せ、私の隣に菓子を置いた。
彼はそのまま「当然の権利」だと言わんばかりに椅子を引き寄せ、私の作業を眺め始める。
……もう、この人の視察という名のサボりは定例化しつつあるわね。
だが、その平穏は長くは続かなかった。
「おい、レリア。言っただろ、今日も来るって……あぁ?」
廊下から、挑発的な声が響く。
扉に仕込んだばかりの中和障壁が「ジジ……」と嫌な音を立てて火花を散らした。
無理やりこじ開けるようにして入ってきたのは、不敵な笑みを浮かべたシオンだった。
部屋の中に、一瞬で「零下の冷気」と「腐食の毒気」が充満する。
「カスティールの跡取り様が、こんな掃き溜めに何の用だよ……ここは、俺がメンテナンスを受ける場所だぜ」
シオンは金色の瞳を細め、椅子に座るアルヴィス様を射抜くように睨みつける。
アルヴィス様も、手にしたカップをゆっくりと置き、氷の仮面を被った。
「遊撃隊の狂犬か。礼儀を知らないのは家柄のせいか? レリアは今、僕の特注品にかかりきりだ。……邪魔をするな」
「特注品? そんなのより、俺の短剣の方がよっぽど手がかかるだろ……なぁ、レリア。こいつ、追い出せよ」
二人の視線が、中心にいる私に集まる。
バチバチと火花が散るどころか、部屋の湿度が凍りつき、床の石材が微かに溶け始めている。
「……あの、お二人とも。ここは私の職場であって、決闘場じゃないの。魔力散布の禁止条例、忘れたわけじゃないわよね?」
私は作業用の眼鏡を外し、冷めた瞳で二人を見上げた。
「シオン、短剣の再調整なら三十分後にしなさい。アルヴィス様、そのお菓子は美味しくいただきますが、そろそろ上階に戻らないと騎士団の報告会議に遅れますよ」
「……っ。なぜ僕のスケジュールを知っている」
「裏方を舐めないでください。魔導院の予定表は、朝のうちに全フロア分チェック済みです」
私は淡々と、二人の前に作業指示書(という名の追い出し命令)を叩きつけた。
「……チッ。わかったよ、三十分待ってやる。……その代わり、終わったら飯でも奢れ。あんたの好きそうな、栄養価の高いやつをよ」
シオンは、アルヴィス様を挑発するように、私の肩にわざと手を置いて去っていった。
残されたアルヴィス様は、握りしめたティーカップを微かに震わせている。
「レリア……あんな、自分さえ制御できないガキを近づけるな。君が壊される」
「大丈夫ですよ。壊れたら直すのが私の仕事ですから。それが人でも、魔道具でも」
私が何気なく答えると、アルヴィス様は「そういうところだ……」と力なく呟き、重い足取りで出て行った。
一人になった室内で、私は大きく息を吐く。
(はぁ……メンテナンス費用、倍にして請求してやろうかしら)
二人の「天才」が、自分を巡って火花を散らしていることなど、私にはどうでもよかった。
ただ、この後のシオンの調整が、予定より十五分ほど押しそうなことだけが、今の私の最大の懸念事項だった。




