第7話:猛毒の依存
短いです
私の手首を掴むシオンの指先は、驚くほど熱かった。
前世で見てきたどんな熱血漢よりも重苦しく、それでいて縋り付くような切実さがある。
「離さないって言ったって、定時はとっくに過ぎているのよ。シオン、その短剣を試したいなら、明日の演習場にしなさい」
私は彼の手を振り払おうとしたけれど、彼はびくともしない。
金色の瞳が、闇の中でじっと私を見つめている。
その視線は、もはや「生意気な年下の騎士」のそれではなく、獲物を絶対に逃がさない捕食者のものだ。
「演習場なんて、どうでもいい。俺が言っているのは、この感覚のことだ」
シオンは私の手を掴んだまま、自分の頬に寄せる。
冷笑系騎士のプライドなんて、どこかに捨ててきたみたいだ。
「あんたが触れている間だけ、俺の中の毒が静かになる。こんなこと、今まで一度もなかった。他のやつらは俺に触れるどころか、近づくことさえ怖がるっていうのに」
「それは、あんたがわざと毒を撒き散らして威嚇しているからでしょう。自業自得よ」
私は冷たく言い放った。
彼のような「自分を悲劇の主人公だと思い込んでいる天才」には、これくらい突き放した方が効果的だと知っているから。
「はっ、そうだな。自業自得だ。なら、その報いとして、あんたが俺の毒を一生管理しろよ。レリア」
「一生? 雇用契約外の要求は受け付けられないわ」
「金ならいくらでも積んでやる。騎士団の報酬も、家門の資産も、全部あんたにやるから。俺を、これ以上壊れないように……繋いでおけよ」
シオンの言葉は、愛の告白というよりは呪いの誓約に近い。
彼は私の手首をようやく離すと、デスクの上に置いてあった、調整済みの短剣を手に取った。
私が施した術式によって、毒の魔力が一点の淀みもなく刃に収束している。
「いい。最高だ。あんたの魔法は、俺を殺さない唯一の毒だ」
シオンは短剣を鞘に納めると、立ち上がり、私のすぐ耳元まで顔を寄せた。
「明日も来る。依頼書なんてなくても、俺はここに来るからな。鍵をかけても無駄だぜ。俺の毒で、扉ごと溶かしてやる」
「器物損壊で訴えるわよ。定時退社の邪魔をするなら、次は毒の中和術式じゃなくて、あんたの魔力回路を完全に封印する術式を組むから」
「やってみろよ。あんたになら、何をされたって構わない」
シオンは楽しげに、けれどひどく歪んだ笑みを浮かべて、執務室を去っていった。
嵐が去った後の静寂。
私は自分の手首に残った、彼の熱を振り払うように腕を組んだ。
(なんなのよ、あの子。完全にシステムのバグを、新しい仕様だと勘違いしてるわ)
前世でもいた。
一回トラブルを解決してあげただけで、それ以降、何でもかんでも私に頼り切ってくる困ったクライアント。
シオンも、きっとその類なのだろう。
彼のような孤独な狂犬が、一度見つけた安全地帯をどれほど執拗に守ろうとするか。
そして、その執着がどれほどドロドロとした愛に変わっていくのか。
私はまだ、自分の最適化が、彼を修復不能なまでに狂わせたことに気づいていなかった。
「あーあ。明日から、防犯用の術式も強化しないとダメね」
私は溜め息をつき、誰もいなくなった部屋で、次の仕事の構成案を練り始めた。




