表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/14

第4話:氷点下のデリバリーサービス(アルヴィス視点)

 国家魔導院の最上階。

 そこにある貴族専用の食堂では、今日も退屈な会話が飛び交っている。


「アルヴィス様、今度の夜会には……」


「今朝の演習での、あの一撃! さすがはカスティールの……」


 耳を塞ぎたくなるような、美辞麗句。

 彼らは僕を見ているのではない。僕の背負った家紋と、僕が放つ強大な魔力を見ているだけだ。

 この力が失われれば、手のひらを返して去っていく。そんなことは、この凍りついた人生の中で嫌というほど学んできた。



(……いや。一人だけ、違うのがいたな)


 脳裏をよぎるのは、あの地下室の薄暗い灯り。

 僕を「家宝の持ち主」としてではなく、不備のあるシステムの「原因」として睨みつけた、あの女。

 

 レリア。

 彼女の瞳には、僕の家柄も、僕の美貌への感嘆も、一切映っていなかった。

 あったのはただ、術式回路をどう最適化するかという、純粋で、狂気じみた技術者としての熱量だけだ。


「……あいつ、飯は食っているのか」


 気づけば僕は、銀のナイフを置いた。

 彼女はここ数日、あの地下室に籠もっていたはずだ。

 「定時で帰る」とかなんとか呟いていたが、あんな魔法オタクがまともな栄養を摂っているとは思えない。

 僕は立ち上がった。

 周囲の貴族たちが驚いた顔で僕を見るが、知ったことか。

 


 僕は食堂の調理場から、最高級の「鴨肉のサンドイッチ」と「香草茶」を強引に奪い取ると、マントを翻して地下への階段を駆け下りた。


 ……地下室の扉の前で、僕は一度足を止める。

 呼吸を整え、いつもの「冷徹な伯爵令息」の仮面を被る。

 よし。

 

 扉を開けると、彼女は案の定、デスクの上に図面を広げたまま、小難しそうな顔で固まっていた。


「……レリア。邪魔するぞ」


「あ、アルヴィス様……何ですか、まだ杖に不具合が?」


 彼女は僕を見るなり、開口一番に「不具合」と言った。

 心臓がチクリと痛む。いや、これは不快感だ。あいつは僕をバグの温床か何かだと思っている。


「……そうではない。休憩だ。君のような未熟者が空腹で術式を間違えては、僕の杖に傷がつく……これを食え」


 僕はサンドイッチの包みを、彼女の図面の「上」に置いた。


「わっ、ちょっと! 図面が汚れるじゃないですか! ……って、これ、上階の食堂のメニューですよね? 私みたいな平民が食べていいものじゃ……」


「僕が許可した。黙って食え。あと、その茶もだ」


 僕は彼女の向かいにある、埃を被った丸椅子を魔法で一瞬にして凍らせ(そして磨き上げ)、そこに腰を下ろした。


「一緒に食べるんですか?」


「……視察の一環だ。君の咀嚼効率………を確認する」


 我ながら、何を言っているのかわからない。

 だが、彼女は「……はぁ。意味不明ですけど、いただきます」と、あっさりサンドイッチを齧り始めた。

 彼女が食べる。

 その様子を、僕はただじっと見つめる。

 

 最高級の肉を口にしても、彼女は「美味しい」と感動するより先に、「……この塩分濃度なら、午後の作業でも集中力が途切れないわね」と分析的な呟きを漏らした。

 

 ……おかしい。

 僕が食事を共にする栄誉を与えたのだ!王都の社交界なら、令嬢たちが失神するような状況だろう。

 

 なのに、この女はサンドイッチと僕を「等価値」として扱っている。いや、むしろサンドイッチの方が、彼女の役に立っている分、上なのではないか?



「アルヴィス様、食べないんですか?」


 不意に、彼女の視線が僕を射抜いた。

 

「……食う。今、食おうとしていたところだ」


 僕は慌ててサンドイッチを口に運ぶ。

 味などしない。ただ、目の前で無防備に頬を膨らませる平民の女の、その茶色の髪や、少し疲れたような瞼ばかりが気になって仕方がない。

 

(……なぜだ。なぜこれほど、落ち着かない)

 

 彼女は僕に何も求めてこない。

 機嫌を伺わず、媚を売らず、ただ、隣にいる僕を「当たり前の背景」として受け入れている。

 

 その事実が、僕の凍りついた心に、これまでにない「熱」を流し込んでくる。

 

「……明日の昼も、ここに来よう……君の、その、栄養バランスを……監視、するためにだ」


「えぇ……地下用の食堂まで行くの、面倒ですし、まぁ、美味しいからいいですけど」


 彼女は飲みかけの香草茶を口にし、ふぅと息を吐いた。

 

 その柔らかな吐息が、僕の肌を撫でたような気がした。

 


 僕は、彼女のカップを自分の魔法で少しだけ温めてやった。

 

「感謝しろよ。僕の魔法を、そんな雑用に使わせるのだからな」


「はいはい。とっても便利ですね、アルヴィス様の魔力は………あ!今の加熱の術式、ちょっと興味あります。後で詳しく見せてください」


 やはり、彼女が見ているのは僕ではなく、僕の「魔力」だった。

 

 だが、それでもいい、と心のどこかで思ってしまう。

 たとえ道具扱いでもいい。

 彼女の瞳に、僕という存在が映り続けているのなら。

 

 僕は、彼女が食べ終えたサンドイッチの包み紙を魔法で消し去りながら、密かに次のメニューを考え始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ