第4話:氷点下のデリバリーサービス(アルヴィス視点)
国家魔導院の最上階。
そこにある貴族専用の食堂では、今日も退屈な会話が飛び交っている。
「アルヴィス様、今度の夜会には……」
「今朝の演習での、あの一撃! さすがはカスティールの……」
耳を塞ぎたくなるような、美辞麗句。
彼らは僕を見ているのではない。僕の背負った家紋と、僕が放つ強大な魔力を見ているだけだ。
この力が失われれば、手のひらを返して去っていく。そんなことは、この凍りついた人生の中で嫌というほど学んできた。
(……いや。一人だけ、違うのがいたな)
脳裏をよぎるのは、あの地下室の薄暗い灯り。
僕を「家宝の持ち主」としてではなく、不備のあるシステムの「原因」として睨みつけた、あの女。
レリア。
彼女の瞳には、僕の家柄も、僕の美貌への感嘆も、一切映っていなかった。
あったのはただ、術式回路をどう最適化するかという、純粋で、狂気じみた技術者としての熱量だけだ。
「……あいつ、飯は食っているのか」
気づけば僕は、銀のナイフを置いた。
彼女はここ数日、あの地下室に籠もっていたはずだ。
「定時で帰る」とかなんとか呟いていたが、あんな魔法オタクがまともな栄養を摂っているとは思えない。
僕は立ち上がった。
周囲の貴族たちが驚いた顔で僕を見るが、知ったことか。
僕は食堂の調理場から、最高級の「鴨肉のサンドイッチ」と「香草茶」を強引に奪い取ると、マントを翻して地下への階段を駆け下りた。
……地下室の扉の前で、僕は一度足を止める。
呼吸を整え、いつもの「冷徹な伯爵令息」の仮面を被る。
よし。
扉を開けると、彼女は案の定、デスクの上に図面を広げたまま、小難しそうな顔で固まっていた。
「……レリア。邪魔するぞ」
「あ、アルヴィス様……何ですか、まだ杖に不具合が?」
彼女は僕を見るなり、開口一番に「不具合」と言った。
心臓がチクリと痛む。いや、これは不快感だ。あいつは僕をバグの温床か何かだと思っている。
「……そうではない。休憩だ。君のような未熟者が空腹で術式を間違えては、僕の杖に傷がつく……これを食え」
僕はサンドイッチの包みを、彼女の図面の「上」に置いた。
「わっ、ちょっと! 図面が汚れるじゃないですか! ……って、これ、上階の食堂のメニューですよね? 私みたいな平民が食べていいものじゃ……」
「僕が許可した。黙って食え。あと、その茶もだ」
僕は彼女の向かいにある、埃を被った丸椅子を魔法で一瞬にして凍らせ(そして磨き上げ)、そこに腰を下ろした。
「一緒に食べるんですか?」
「……視察の一環だ。君の咀嚼効率………を確認する」
我ながら、何を言っているのかわからない。
だが、彼女は「……はぁ。意味不明ですけど、いただきます」と、あっさりサンドイッチを齧り始めた。
彼女が食べる。
その様子を、僕はただじっと見つめる。
最高級の肉を口にしても、彼女は「美味しい」と感動するより先に、「……この塩分濃度なら、午後の作業でも集中力が途切れないわね」と分析的な呟きを漏らした。
……おかしい。
僕が食事を共にする栄誉を与えたのだ!王都の社交界なら、令嬢たちが失神するような状況だろう。
なのに、この女はサンドイッチと僕を「等価値」として扱っている。いや、むしろサンドイッチの方が、彼女の役に立っている分、上なのではないか?
「アルヴィス様、食べないんですか?」
不意に、彼女の視線が僕を射抜いた。
「……食う。今、食おうとしていたところだ」
僕は慌ててサンドイッチを口に運ぶ。
味などしない。ただ、目の前で無防備に頬を膨らませる平民の女の、その茶色の髪や、少し疲れたような瞼ばかりが気になって仕方がない。
(……なぜだ。なぜこれほど、落ち着かない)
彼女は僕に何も求めてこない。
機嫌を伺わず、媚を売らず、ただ、隣にいる僕を「当たり前の背景」として受け入れている。
その事実が、僕の凍りついた心に、これまでにない「熱」を流し込んでくる。
「……明日の昼も、ここに来よう……君の、その、栄養バランスを……監視、するためにだ」
「えぇ……地下用の食堂まで行くの、面倒ですし、まぁ、美味しいからいいですけど」
彼女は飲みかけの香草茶を口にし、ふぅと息を吐いた。
その柔らかな吐息が、僕の肌を撫でたような気がした。
僕は、彼女のカップを自分の魔法で少しだけ温めてやった。
「感謝しろよ。僕の魔法を、そんな雑用に使わせるのだからな」
「はいはい。とっても便利ですね、アルヴィス様の魔力は………あ!今の加熱の術式、ちょっと興味あります。後で詳しく見せてください」
やはり、彼女が見ているのは僕ではなく、僕の「魔力」だった。
だが、それでもいい、と心のどこかで思ってしまう。
たとえ道具扱いでもいい。
彼女の瞳に、僕という存在が映り続けているのなら。
僕は、彼女が食べ終えたサンドイッチの包み紙を魔法で消し去りながら、密かに次のメニューを考え始めていた。




