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第1話:絶対零度の訪問者

 国家魔導院という場所は、基本的に「才能」がすべての階級社会だ。


 特に上層階を優雅に歩いている連中は、家柄が良くて魔力量も多い「持てる者」たちばかり。彼らの周りにはいつも、花の蜜に群がる蝶のように、憧れの視線や黄色い歓声が飛び交っている。

 一方で、地下に籠もっている私のような職人タイプは、彼らにとって「便利な修理屋」くらいにしか思われていない。


 それでいい。むしろ、そうあってほしい。

 注目されるのは前世の接待だけで十分だ。

 しかし、その日の地下室は、招かれざる「冷気」に包まれた。


「……君が、レリアか。付加魔法の常識を書き換えているという、変わり者の平民は」


 低く、どこか金属的な響きを持つ美しい声。

 振り返ると、そこには廊下に立っているだけでドラマのワンシーンになるような、白銀の髪の青年が立っていた。


 アルヴィス・フォン・カスティール。

 この国で彼を知らなければ潜りだと言われるほどの有名人だ。

 彫刻のように整った横顔。氷の欠片を閉じ込めたような鋭い碧眼。そして、彼が動くたびに周囲の空気がピリリと凍てつく。

 まさに「氷の貴公子」を地で行く、非の打ち所がないイケメンだった。


(……最悪。一番関わりたくないタイプが来たわ)


 私は、鉄筆を置いて、前世で培った「感情を殺した接客用スマイル」を起動させる。

 

「お初にお目にかかります、アルヴィス様。付加魔導師のレリアです。……こんな地下まで、どのようなご用件でしょうか。修理の受付なら一階にございますが」


「一階の連中では話にならない……僕の杖を見てみろ」


 彼は不機嫌そうに、細身で優美な杖を私のデスクに放り投げた。


 本来、魔導具は繊細なものだ。こんな扱いは技術者に対する冒涜だ、と憤りながら杖を手に取る。

 だが、杖に触れた瞬間、私のプロ意識……いや、技術者としてのオタク魂が跳ね上がった。


(……うわ、何これ。すごい……!)


 杖の内部で、暴力的なまでの魔力が荒れ狂っている。

 それも、ただ量が多いだけじゃない。アルヴィス様の魔力は、密度が異常に高いのだ。例えるなら、細い水道管の中に、超高圧のウォーターカッターを流し込んでいるようなもの。

 既存の術式回路は、その圧力に耐えきれず、至る所がボロボロに焼け焦げていた。


「どうした。やはり、平民の君には理解できないか?」


 アルヴィス様は冷ややかに鼻で笑った。

 その態度は、明らかに私を「自分より下の存在」として見下している。

 

 だが、今の私の頭の中は、彼の失礼な態度への怒りよりも、「この暴れ馬のような杖をどう乗りこなすか」という設計図の構築でいっぱいだった。


「いいえ、理解できました。むしろ、今までこれでよく爆発しませんでしたね」


「何だと?」


「この杖の設計者は、あなたの魔力量を甘く見すぎているか、あるいは古典的な術式にこだわりすぎて効率を無視しています……アルヴィス様、あなたは一撃が重すぎるんです。それなのに、回路の出口が細すぎる。これじゃあ、杖があなたの魔法に殺されているようなものですよ」


 私は杖を光にかざし、魔力の流れを指でなぞりながら、なかば独り言のようにまくしたてた。

 

「ここをこうして、余剰魔力の逃げ道を作って……いや、いっそのこと並列回路にして負荷を分散させれば……うん、面白いわ。これ、もっと改良できる」


 ふと気づくと、アルヴィス様が呆気に取られた顔をして、私を凝視していた。

 

「……君。僕を誰だと思っている。このカスティール家の家宝とも言える杖を、そんな風に……」


「アルヴィス様、私にとってこれは家宝ではなく、磨き甲斐のある『素材』です。それとも、家宝としての見栄えが大事で、使い勝手はどうでもいいと?」


 私がまっすぐに彼を見返すと、彼は一瞬、言葉に詰まったように唇を噛んだ。

 

「……三日だ。三日後に、また来る。もしその時、杖が今より劣化していたら、君をただではおかない」


「承知いたしました……あ、お帰りはあちらの階段です。足元が凍りついているので、お気をつけて」


 私はさっさと彼を追い出すと、扉が閉まるのも待たずに、魔法拡大鏡を取り出した。

 

「よし……! 三日間、誰にも邪魔されないでこの杖を解剖できるなんて最高。やっぱり付加魔法の仕事は辞められないわね」



 一方、廊下に出たアルヴィスは、荒い呼吸を整えながら、自分の胸を抑えていた。

 

(……なんだ、あの女は)

 

 自分を、カスティール家の後継者としてではなく、ただの「素材の持ち主」として見た瞳。

 魔法を語る時に、あれほどまでに輝き、自分を無視して没頭した、あの熱っぽい視線。

 

 今まで、自分を崇拝の対象として見る女は星の数ほどいた。

 だが、自分よりも、自分が持っている「問題」に恋い焦がれるような目をした女は、初めてだった。

 

「……ふん。不愉快な女だ」

 

 彼は吐き捨てるように呟いたが、その耳の先は、地下室の冷気とは別の理由で、微かに赤く染まっていた。

 彼が三日後の訪問を、一秒ごとに指折り数えるようになるまで、あと数分。

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