表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/14

閑話:聖者の虚像(レナート視点)

 王都の中心にそびえ立つ、大聖堂。

 ステンドグラスから差し込む七色の光が、白い大理石の床を鮮やかに彩っている。

 そこでは、数百人の信者たちが固唾を呑んで、祭壇に立つ一人の男を見上げていた。


「皆に、主の加護があらんことを」


 レナートが穏やかに微笑み、両手を広げる。

 その声は、聞く者の魂を直接震わせるような慈愛に満ちていた。

 人々は一斉に跪き、むせび泣きながら彼に祈りを捧げる。


「ああ、レナート様……! 我らが魂の救済者よ……!」


「彼の方に触れていただければ、どんな病も、どんな罪も消え去るという……」


 礼拝が終わると、彼の元には病に苦しむ者や、悩みを抱えた貴族たちが列をなした。

 レナートは一人一人の手を取り、優しく言葉をかける。

 その清廉潔白な姿は、まさに神の代行者そのものだった。


 だが、その指先が触れるたび。

 人々の「穢れ」を吸い上げるフリをしながら、レナートの内側では、あの「壊死の呪印」が歓喜に震えていた。


(……浅ましい。救いを求めるその瞳も、私にすがるその震える指も、すべてが醜悪だ)


 内心では、反吐が出るほどの嫌悪感を抱いている。

 レナートにとって、自分を崇める大衆は、呪いの糧となる「効率の悪い燃料」に過ぎない。

 彼がどれほど聖者として振る舞おうと、その心は一滴の光も通さない、暗く冷たい空洞だった。

 

 夕暮れ時、ようやく人払いをした大聖堂の奥深く、彼専用の祈祷室。

 レナートは重い神官服を脱ぎ捨てると、鏡の前に立った。

 皮膚の下を這いずる黒い鎖――呪印が、今もなお彼の生命を蝕んでいる。


「……レリア」


 その名を口にするだけで、冷え切った彼の胸の奥に、初めて「生」の熱が宿る。

 

 他の誰もが、この呪いを見て目を背けるか、形だけの祈りを捧げる中。

 彼女だけは、私の腕を力強く掴み、食い入るようにその「構造」を見つめた。

 

 『なんて非効率なエネルギー変換なの!』

 

 あの日、彼女が放ったその言葉が、レナートの全人生を肯定したのだ。

 

 神にさえ見捨てられ、ただ苦痛を耐えるだけの存在だった自分を。

 彼女は「改善すべきバグ」として、対等な土俵に引き上げた。

 それは、どんな聖句よりも、どんな奇跡よりも、レナートにとっては救いだった。


「ふふ。……あの偏屈なカスティールや、血生臭い騎士の少年が彼女に執着するのも無理はない。……だが、彼女に相応しいのは、もっと静謐で、もっと深い、永遠の闇だとは思わないかい?」


 レナートは鏡の中の自分に問いかけ、細く長い指先で、レリアが触れた箇所の皮膚をなぞった。



 その日の夜。

 レナートは、教会の宝物庫に眠っていた「伝説級の魔導書」を持ち出した。

 それは本来、一国の王であっても閲覧を禁じられている、超古代の付加魔法の理論書だ。


(これを渡せば、彼女はどんな顔をするだろうか……きっと、あの美しい瞳を輝かせ、夢中でページを捲るに違いない)


 王女からの晩餐会の招待状は、すでに暖炉の火にくべてある。

 

 民衆を導く聖者の顔をかなぐり捨て、彼は一人の「恋に狂った信者」として、闇夜に紛れて動き出した。

 彼の向かう先は、もちろん、あの薄暗い地下の執務室だ。


「さあ、私の女神……今夜はどんな風に、私を直してくれるのかな」


 聖者の仮面の裏側で、レナートはこれまで一度も見せたことのない、ぞっとするほど甘く歪な笑みを浮かべていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ