表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/14

第10話:三人目のバグ

 目の前に立つ男、レナート。

 漆黒の神官服を纏った彼は、まるで影そのものが人の形を成したような、不気味なほど整った顔立ちをしていた。

 アルヴィス様が「光り輝く氷」で、シオンが「燃えるような毒」だとしたら、この男は「光さえ届かない深淵」だ。

 だが、そんなポエティックな感想よりも先に、私の技術者としてのセンサーが警報を鳴らす。


(……待って。この男、魔力の波形が全く見えない。これ、システムエラーじゃない。意図的な『隠蔽ステルス』だわ)


「私の評判? どこで聞いたか知らないけど、新規の受付は三ヶ月待ちよ……レナート様、とおっしゃったかしら。悪いけど、今は『氷』と『毒』のデバッグで手一杯なの。お引き取りを」


 私は鉄筆を置かず、あからさまに視線を逸らして作業に戻るフリをした。

 前世で学んだ「ヤバいクレーマー」への対処法だ。目を合わせず、忙しさをアピールする。

 しかし、レナートは音もなく私の背後に回っていた。

 

「お忙しいところ申し訳ない……だが、君のその美しい『指先』が、あの傲慢なアルヴィス様の杖を組み直し、狂犬シオンの牙を研ぎ直したと聞いては、居ても立ってもいられなくてね」


 レナートの手が、私の肩に触れるか触れないかの距離で止まる。

 その指先からは、ひどく冷たく、それでいて心臓の裏側を撫でられるような嫌な拍動が伝わってきた。


「……君の付加魔法は、もはや芸術を通り越して、神への反逆だ。……本来壊れるべきものを、君の意志一つで存続させている。……ああ、素晴らしい。君なら、私のこの『呪い』さえも、愛おしいパーツとして扱ってくれるのだろう?」


 彼はそう言うと、神官服の袖を捲り上げた。

 そこにあったのは、皮膚の下を這いずる黒い鎖のような紋様――「壊死の呪印」だ。

 

 魔導院の禁書目録に載っている、触れるものすべてを腐敗させる最悪の禁呪。

 だが、それを見た瞬間、私の「オタク魂」が恐怖を上回った。


「……ちょっと、見せて!これ、ただの呪いじゃないわね……周期的な魔力の吸収と、細胞の再構築を繰り返している……なんて非効率なエネルギー変換なの! これ、術式の書き込み順序を入れ替えるだけで、腐敗を『再生エネルギー』に転換できるわよ!」


 気づけば、私はレナートの腕を掴み、魔法拡大鏡を押し当てていた。

 逃げるべき敵を前にして、私はまたしても「面白いサンプル」を見つけてしまったのだ。

 


 レナートの瞳が、驚愕に大きく見開かれる。

 彼がこれまで出会ってきた人間は、この呪いを見て悲鳴を上げるか、憐れむか、あるいは「浄化」しようと躍起になった。

 

 だが、私は違う。

 私は彼の「痛み」にも「苦悩」にも興味がない。

 ただ、その「術式の不備」に怒り、それを「改良」したくて堪らないという、純粋な狂気をぶつけていた。


「……く、ふふ。……あはははは! ……ああ、本当だ。噂以上だ、レリア。君は、私の暗闇を恐れないどころか、その構造を暴いて書き換えようとするのだね」


 レナートの笑い声が、執務室の壁に反響する。

 その瞳には、先ほどのアルヴィスやシオンにも負けない、ドロドロとした「熱」が宿っていた。

 それは信仰であり、渇望であり、そして――支配への欲求だった。


「決めたよ、レリア。君を、私の専属の『修復師』として迎えよう。……ああ、断らないでくれ。君が望むなら、この魔導院ごと買い取ってもいい。君の技術を、私だけのものにするためならね」


「……専属? 嫌よ。私、一箇所の不具合だけに付き合えるほど暇じゃないの。それに、あんたの呪いを直すには、最低でも半年はかかるわ……そんなの、定時退社が絶望的になるじゃない!」

 私はレナートの手を振り払い、事務用の帳簿に「新規案件:レナート(難易度:極大)」と書き込んだ。

 


 彼らが私に向けるのは、純愛なんて綺麗なものじゃない。

 自分という「欠陥品」を肯定し、完成品へと導いてくれる唯一の存在への、逃げ場のない執着。

 

 アルヴィス様は「依存」を。

 シオンは「独占」を。

 そしてこのレナートは、「崇拝」という名の檻を。

 

 三者三様の重すぎるバグが、私の狭い執務室で火花を散らし始める。


(……もう、なんなのよ、この職場。……前世のブラック企業の方が、まだ人間関係がさっぱりしてたわ)


 私は、レナートが置いていった「呪いの残滓」をどう処理するか悩みながら、ふと窓の外を見た。

 そこには、仕事を終えて帰路につく幸せそうな一般市民の姿。

 

 ……あの中に戻りたい。

 

 けれど、私の後ろでは、レナートが陶酔した表情で私の背中を眺め、廊下からは「レリア、まだいるな!」と怒鳴りながらアルヴィス様とシオンが戻ってくる足音が聞こえてくる。


「……全職員に通達。今すぐ、私の執務室の前に『立ち入り禁止』の魔法障壁を最大出力で張って!……経費は全部、カスティール家と騎士団に請求していいから!」


 私の叫びは、ドロドロとした執着の嵐にかき消されていった。

 

 天才たちに愛され、執着され、そして技術者として利用される日々。

 元OL魔導師レリアの、平穏な定時退社への戦いは、まだ始まったばかりだった。

これで全員集合です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ