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値踏みと沈黙

「……面白い、ですか」


 俺は思わず聞き返していた。

 正直、首が飛ばなかっただけで御の字だと思っていたのに、まさかそんな評価が返ってくるとは。


「不服そうですね」


「いえいえ。評価されるほどのことは何もしてませんので。たまたま運が良かっただけです」


「運で生き残る人間は、ここにはいません」


 ぴしゃりと切り捨てる声音。

 氷の令嬢は椅子の背にもたれ、指先を軽く組んだ。

 その仕草一つで、場の空気が彼女の支配下に入る。


「あなたは、この場に立たされてなお、恐怖より冗談を選んだ。

 それは愚かか、計算か――どちらです?」


 来た。

 これは尋問だ。

 しかも、答え次第では未来が決まる種類の。


「両方、ですかね」


 俺は肩をすくめる。


「愚かだから冗談を言うし、計算だから冗談を言う。

 真面目な顔をした人間から死んでいくのを、何度も見ました」


 兵士の一人が、かすかに息を呑んだ。

 だが令嬢は、表情を変えない。


「具体的に」


「はい」


 短い。

 余計な言葉を挟む隙も与えない。


「真面目な人ほど、期待されます。

 期待されると、無茶を振られる。

 無茶を断れないと、死ぬ。

 だから俺は、期待されない立ち位置に自分を置いてきました」


 少しだけ、沈黙が伸びた。


「……つまり、自ら無能を装っていると?」


「装ってる、は言い過ぎですね。

 半分くらいは本物です」


 また空気が張り詰める。

 冗談が、ここまで通じない相手は久しぶりだった。


 令嬢は視線を細め、俺をじっと見つめる。


「あなたは、自分が切り捨てられる可能性について、どう考えていますか」


「常にあります。

 だからこそ、今こうして話してるんでしょう?」


 我ながら、ギリギリだ。

 一歩間違えれば不敬罪。

 だが、ここで媚びたら終わりだと直感していた。


 令嬢は、ふっと息を吐いた。


「……なるほど。

 冗談で逃げる人間ではない、ということですね」


 その言葉に、俺は内心でだけ安堵する。


 どうやら俺は――

 試験の一次は、通過したらしい。


「では、試しに一つ、仕事を与えましょう」


 その一言で、広間の空気が変わった。

 冗談ではない。

 これは“興味”ではなく、“使用”の段階に入ったという合図だ。


「光栄ですね。できれば命の危険が少ないものだと助かるんですが」


 いつもの癖で、口が先に動く。

 だが――今回は、失敗だった。


「黙りなさい」


 短い命令。

 声を荒げたわけでもない。

 それでも、背筋に冷たいものが走った。


「ここから先は、軽口は不要です。

 あなたの言葉一つで、人が死にます」


 ……ああ。

 来たな、これは。


 俺は口を閉じた。

 冗談を言わない自分をさらすのは、正直、怖い。

 だが、この人の前でそれを続けたら、確実に切られる。


 令嬢は、机の上に一枚の書類を置いた。


「この町の補給線が、三日以内に途切れます。

 原因は内部にいる協力者。

 見つけられなければ、前線は崩壊し、千人単位で死ぬ」


 数字が、淡々と並ぶ。

 感情は一切ない。


「あなたには、犯人を“特定しなくていい”。

 代わりに、補給を生かす案を出しなさい」


 ……は?


「犯人探しじゃ、ないんですか」


「時間がありません。

 それに、犯人が誰かは重要ではない」


 冷たい正論だった。

 正しすぎて、吐き気がする。


「補給が届けば、誰が裏切り者でも構いません。

 届かなければ、正義の追及は無意味です」


 兵士たちは沈黙している。

 反論できない。

 できるわけがない。


 俺は、しばらく黙ったまま書類を眺めた。

 ここでふざければ、即終了。

 黙りすぎれば、無能判定。


 ――だから。


「一つ、確認させてください」


 俺は顔を上げた。


「この町、見捨てる選択肢は……ありますか」


 一瞬、空気が凍った。

 兵士の手が、剣にかかる。


 だが令嬢は、はっきりと首を振った。


「ありません」


「了解です」


 俺は息を吸い、冗談を完全に捨てた。


「なら、補給線は“直さない”。

 別の線を作ります。

 犯人が触れられない場所に」


 令嬢の目が、初めてわずかに見開かれた。


「……続けなさい」


 その一言で、分かった。

 俺は今、選ばれた。


 そして同時に――

 もう、簡単には逃げられない場所に足を踏み入れたのだと。

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