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氷の令嬢は、冗談を許さない

 最初に言っておくと、俺はこの世界で出世する気なんて一ミリもなかった。

 生きていられれば、それで十分。

 贅沢を言えば、今日の飯が昨日よりマシなら万々歳。

 それ以上を望むと、この世界では大抵、死ぬ。


 だから俺は、今日もふざけていた。


「いやあ、これはこれは。ずいぶんと物々しいですね。もしかして歓迎会ですか? 拍手とかあります?」


 石造りの広間。

 両脇には武装した兵士がずらりと並び、誰一人として笑っていない。

 空気が重い。重すぎて、下手に真面目な顔をしたら窒息しそうだ。


 そんな中、俺の軽口に反応したのは――一人だけだった。


「――黙りなさい」


 声は静かだった。

 だが、氷の塊をそのまま投げつけられたような冷たさがあった。


 視線の先。

 一段高い位置に設けられた席に、少女が座っている。

 年は俺とそう変わらないはずだが、纏う空気が違う。

 背筋は伸び、表情は凍りついた湖面のように動かない。


 高位貴族。

 それも、ただの飾りじゃない。

 この場の全員が、彼女の一言で首が飛ぶと理解している種類の令嬢だ。


「あなたは……例の下働きですね」


「ええまあ。雑用係兼、場の空気を和ませる係です。後者は今、失敗しましたが」


 数人の兵士がぴくりと反応した。

 冗談が通じないどころか、命取りになりかねない。

 だが、今さら引っ込める気もない。


 少女は俺を見下ろしたまま、ほんのわずかに眉をひそめた。


「無駄な言葉が多い。質問にだけ答えなさい」


 ……ああ。

 この人、冗談が嫌いなんじゃない。

 不要なものを、心底から切り捨てるタイプだ。


「承知しました。では簡潔に。

 俺は役に立ちます。命令次第で」


「根拠は?」


 即答が飛んでくる。

 逃げ場はない。

 ここでふざけ続ければ、処分。

 真面目になりすぎれば、値踏みで切られる。


 ――難しいところだ。


 俺は、いつもの半分だけ冗談を混ぜて答えた。


「まだ生きていること、でしょうか。

 この場所で、それは案外、希少ですから」


 沈黙。

 広間の空気が、さらに冷えた。


 だが次の瞬間、彼女は視線を逸らさず、はっきりと言った。


「……面白い。

 しばらく、あなたを観察します」


 それが、

 俺と“氷の貴族令嬢”との、最悪で最高な出会いだった。



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