第1章(後半) “二人で一人”生活、はじめました。 ――「えっ、この身体、動かせるんですか!?」
――カチッ。
静まり返った部屋の中、時計の針が一度だけ音を立てた。
白い天井、ベッド、散らばったアイドル雑誌。
そして、その中心に横たわる少女の身体。
天音は、そのすぐ横で目を丸くしていた。
「……これが、人間の“からだ”……」
手を伸ばそうとして、透明な指先がすり抜ける。
やっぱり、触れられない。
でも、そのとき――
『……来るの?』
どこからか、美羽の声がした。
姿は見えない。
けれど、確かにすぐそばで。
「う、うん。できるかわかんないけど……!」
天音はぎゅっと目を閉じた。
そして――心の奥に飛び込むように、深く息を吸い込んだ。
光が広がる。
身体が重くなった。
まぶたの裏に、暖かい色が差し込む。
「……ぁ……っ!」
次に目を開けたとき、天音は――いや、“天音の意識を宿した美羽の身体”は、ゆっくりと起き上がった。
手を見て、動かしてみる。
まぶたを瞬かせる。
髪の感触が、風で揺れた。
「すごい……! 本当に、動いてる……!
……これ、めっちゃ不思議な感じ!」
ふらふら立ち上がって、鏡の前へ。
そこには、黒髪ショートの少女――白石美羽が立っていた。
だけどその表情は、天使のように無邪気だった。
「わーっ、美羽さん可愛い! ……いや、わたし、可愛い!? あ、ちがう! 本人の可愛さです! 混乱中!」
鏡の中の自分が赤面して、両頬をぺちぺち叩いた。
『うるさい……。鏡越しに見られるの、なんかムズムズする。』
天音の頭の中に、半透明の声が響く。
美羽の声だ。
「わぁ! 本当に会話できるんですね、頭の中で!」
『やめて。テンション高すぎて脳内がうるさい。』
「ご、ごめんなさいっ! でも感動してて!」
『……あんた、ほんとに天使?』
「もちろん! 見習いですけど!」
『じゃあもうちょっと静かにしよ? わたしの身体、久しぶりに動いてるから。』
その声は、どこか穏やかだった。
天音は思わず、口元を緩めた。
――“生きる”って、こういうことなのか。
胸の奥で、鼓動が響いている。
その音は、確かに二人のものだった。
「よし……じゃあ、これから一緒に頑張りましょうね!」
『なにを?』
「もちろん――芸能界デビューですっ!」
『…………は?』
天音は自信満々に、ベッドの上で仁王立ちになった。
「この身体の持ち主が叶えられなかった夢を、天使の力で叶える! それが今回の“再起動任務”です!」
『ちょ、ちょっと待って、それ勝手に決めないで!? 芸能界とか、無理でしょ! わたし、もう死んでるし!』
「大丈夫です! 奇跡の力、使えますから!」
『いや、堕天してるでしょ!? 羽根、折れてたじゃん!』
「そ、そこは……努力と気合でカバーします!」
『……それ、人間のセリフ。』
天音がこめかみをぽりぽり掻く。
鏡の中の美羽(=本人の魂)は、呆れ顔でため息。
でも――その目は、ほんの少しだけ笑っていた。
「……好きにすれば? どうせもう一回、死ぬわけじゃないし。」
「やったー! ありがとうございます!」
『でも条件、ひとつ。』
「え?」
『わたしの夢、ちゃんと“わたしのまま”で叶えて。
天使としてじゃなく、白石美羽として。』
天音は、真剣な顔でうなずいた。
そして、鏡越しに言葉を返す。
「約束する。
――二人で、一つの夢を叶えよう。」
窓の外、朝焼けが差し込んでいた。
淡い光が部屋を包み、折れた羽根がふわりと浮かぶ。
その羽根の中に、
二人分の“心臓の音”が重なっていた。




