第89話 事後処理
「はぁ……はぁ……」
星は荒い息を吐きながら、アタッシュケースを握りしめて研究所を飛び出した。
目指すのは森の奥。ただひたすら、あのガキどもから距離を取るために。
背後にある研究所には、確かな愛着があった。
何年──いや、何十年もの時間を、あそこで過ごしてきたのだ。
研究、失敗、改良、その繰り返し。
そこを捨てることに、一瞬だけ胸が締めつけられる。
だが、感傷に浸っている余裕はない。
アタッシュケースの中には、これまで作り上げてきた“インナーヒットマン”が収められている。
数百本にも及ぶ成果。
その重みが、ずしりと肩に食い込む。
もう若くはない。
それでも星は走った。
(インナーヒットマンを完成させるために、どれだけのものを犠牲にしてきたか。研究データも、薬も、すべて私の手の中にある。次こそは……次こそは完成させる)
そのときだった。
ズガァァン!!
遠くから爆発音が響いた。
星は思わず足を止め、振り返る。闇の向こうで、赤い炎が空を焦がしていた。
星は無意識のうちに、アタッシュケースを強く握りしめる。
そして、未練を断ち切るように前を向き、再び走り出した。
「どこに行くんだぁ?」
横合いから、低い声が投げかけられた。
星は息を呑み、声の方を見る。
そこに立っていたのは、スーツを着た男。
嘴が黄色く、全体が黒い──鳥の面を被っている。
「ッ……!」
あの男たちと、同じ面。
瞬間、星は踵を返し、全力で走り出した。
だが──
バンッ!
乾いた銃声。
次の瞬間、星の脚が弾けるような痛みに襲われた。
「ぐぁぁぁぁぁぁ!」
悲鳴が、森の闇に吸い込まれていく。
星は地面に倒れ込み、必死に身体の向きを変えた。
視界の先には、ゆっくりと近づいてくる男の姿。
「ま……待ってくれ……!この薬なら……半分やる……に、逃がしてくれ……!」
必死の懇願。
月明かりが、鳥の面を不気味に照らし出す。
「俺ぁ、命乞いを聞き入れないタイプなんでなぁ!」
次の瞬間
ザシュッ!
鋭い音が、森の中に響いた。
そして、その音を最後に、星の声は途絶えた。




