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インナーヒットマン  作者: 太田
第5章 真実と雛

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第88話 願い

 僕たちは、動けずにいた。


 目の前には、死んだセラさん。涙が止まらなかった。


 もうすぐ、この研究所が爆発する。

 

 それは頭では分かっているのに、身体が言うことを聞かない。


 足が、動かない。心が、ここから離れることを拒んでいた。


──その時だった。


 突然、身体がふわりと浮いた。


「……え?」


 次の瞬間、誰かの腕に抱え上げられていた。


「て……店長……?」


 顔を横に向けると、そこにいたのは店長だった。


 店長は、僕を右腕一本で軽々と持ち上げ、そのまま肩に担ぐ。


 そして左手だけで、ノアちゃんを抱え上げた。


 まるで重さなど感じていないかのように。


「……早く帰るよ〜」


 いつもと変わらない、気の抜けた声。


 遠ざかっていくセラさんの姿。


「やだぁあ…ママ……」


 ノアちゃんが暴れる。必死に腕をばたつかせるけれど、店長の腕はびくともしなかった。


 星が使っていたエレベーターへ向かう。近づくと、扉は自動で静かに開いた。


「ママぁ……」


 擦り切れそうな声で、ノアちゃんが呟く。


 店長は僕を一度床に下ろし、操作パネルのボタンを押す。


 扉が、ゆっくりと閉まっていく。


──さようなら、セラさん。

──さようなら、RAT。


 その姿が完全に見えなくなるまで、僕は目を逸らせなかった。


 エレベーターの中には、ノアちゃんの泣き声と、低く唸るモーター音だけが響いていた。


 やがて、店長はまた僕を担ぎ上げる。


「担ぐよ〜」


「うぐ……」


 痛みで、思わず声が漏れた。


「さ、行きますか〜」


ピンポーンッ。


 ドアが開いた瞬間、店長は、僕たちを抱えたままとんでもない速度で走り出した。


 ワンチャン車より速い。


「うわぁぁあ!」


 思わず叫ぶ。


 目の前には、開けっ放しのガラス戸。その向こうには、木々が生い茂る夜の外の景色。


ズガァァン!!


 背後から爆発音が轟き、視界が大きく揺れた。


 それでも店長は、体勢を一切崩さない。


 出口を抜けた瞬間、爆風が背中を叩き、僕たちは少し宙に浮いた。


「あ~れ〜」


 間の抜けた声。


 店長が吹き飛ばされているのが視界に映った。


 僕はとっさに身体を丸め、片手に持ったナイフがノアちゃんに当たらないよう、必死に庇う。


ズガァァン!!


 爆発が、爆発を呼ぶ。


 振り返ると、さっきまでいた研究所が、巨大な火柱を噴き上げていた。


「お〜い!」


 声のする方を見る。


 そこには、セッカさんとスズメさんが立っていた。


「いや〜、無事で良かったッス」


 セッカさんは笑顔だったが、腕が明らかにおかしな方向を向いている。


 よく見れば、スズメさんも、店長も、全身が傷だらけだった。


 僕は、ノアちゃんの方を見る。


 炎の光に照らされて、彼女の目から流れる涙が、きらきらと光って見えた。


「ノアちゃん……」


 声をかける。


「…………」


 ノアちゃんは、赤く揺らめく炎を、ただじっと見つめていた。


 そして、ぽつりと呟く。


「ねぇ……わたし……これからどうすればいいの……?」


 胸が、締めつけられる。


「……生きなきゃ……」


 それしか、言えなかった。


「…………」


 ノアちゃんは一度だけ、僕の方を見る。それから、また炎へと視線を戻した。


 赤い炎が、夜の闇の中で、ゆらゆらと揺れていた。

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