第84話 満身創痍
B2 にて
ドバトは、胸を撃ち抜くような空気の塊を受け、膝をついていた。
肺から強引に空気を絞り出されたような感覚に、喉がひくりと鳴る。
一方のラジンも無傷ではない。ドバトに斬られた脇腹から、血がどくどくと床へ落ちている。
互いに満身創痍。
立っていること自体が、すでに意地だった。
ドォォォン!
突如、地面が揺れた。爆発音は、階段のある方向から響いてくる。
ラジンが、血の混じった笑みを浮かべる。
「……お仲間さん、死んだんちゃう?」
ドバトはゆっくりと顔を上げた。
「…………少し君に、付き合ってる時間がなくなったかな」
そう言うと、血を滴らせたまま、ラジンへ向かって走り出す。
ラジンは拳を握り、指の隙間から空気の塊を撃ち出した。
ドバトは刀を縦に構え、真正面から受け止める。
ギャァンッ!!
甲高い衝撃音。刃が激しく震え、腕の骨にまで衝撃が伝わる。
空気は、斬れる。だが──完全には、止められない。
「くッ……!」
身体が押し流される。それでもドバトは踏みとどまり、視線だけはラジンから外さなかった。
ラジンが両拳を構える。
「はよ、死ねぇ!」
ドドドドドッ!!
連続する衝撃音とともに、床が次々と凹んでいく。
まるで巨大なプレス機が迫ってくるような圧迫感。
ドバトは走る。一直線ではない。
衝撃の“波”を読み、わずかな隙間を縫うように。
距離が、詰まっていく。
五メートル。四。三。
「──ほな、これや」
ラジンが拳を地面に叩きつけた。
バァンッ!!!!
圧縮された空気が地中へ逃げ、反射し、全方位へと弾け返る。床が波打ち、地震のような揺れが走った。
ドバトの身体が宙に浮く。
「ッ……!」
空中では、回避も、防御も遅れる。
その一瞬を、ラジンは見逃さなかった。
「終わりや!」
渾身のストレート。拳の前方で空気が極限まで圧縮され、白く霞むほどの圧力が生まれる。
──だが。
ドバトは、空中で刀を逆手に持ち替えた。
「……ッ!?」
ズバァァンッ!!
刃が、ラジンの右拳を縦に裂いた。
「ぐあッ!」
着地と同時に、追撃。右手が、床に転がる。
「ッ!」
行き場を失った圧力が暴発し、爆音とともに二人の間の空間が破裂した。
粉塵が竜巻のように舞い上がり、視界が白く塗り潰される。
互いに後退し、距離を取る。荒い呼吸だけが、空間に残った。
ラジンは切断された腕を押さえながら、なおも笑った。
「まさか……腕を斬られるとはな。これじゃ、能力は使えんわ」
ドバトは静かに刀を構え、切っ先をラジンへ向ける。
「…………これで、終わりだよ」
その声は、低く、確かだった




