第82話 正気
B1.5階にて
セラさんが腕を振るうと、次の瞬間、火が放たれた。
視界が一気に赤に染まり、空気そのものが焼けつくような熱を帯びて迫ってくる。
反射的に横へ転がり、炎の直撃だけは避ける。
「ッ!」
鋭い痛みが足を貫いた。
遅れて、焼けるような感覚が追いかけてくる。炎を受けたのだと、はっきり分かった。
それでも、歯を食いしばって立ち上がる。
ズキン、と身体の奥を叩くような痛み。
視界が揺れる中、僕はノアちゃんの方を振り返り、叫んだ。
「ノアちゃん!ママを一度、”固定“出来る?」
「…」
返事はなかった。ノアちゃんは俯いたまま、怯えた表情で小さく肩をすくめている。
───無理か…
そう悟った瞬間、背筋に冷たいものが走る。
迫ってくるセラさんを、僕は正面から見据えた。
バンッ!
銃声が響き、放った弾丸がセラさんへ向かう。
だが、彼女はただ手を払っただけだった。
弾丸は触れた瞬間に溶け、赤い光となって霧散する。
炎が揺らめき、一瞬、互いの視界が真っ赤に染まった。
───今だ
その瞬間
僕は前に踏み出した。
炎が晴れた瞬間、目の前にセラさんの顔があった。
迷う暇はなかった。体当たりするように押し倒し、そのまま床へ組み伏せる。
肩を押さえつける。目が合った。
「セラさん!」
叫ぶ。しかし、反応はない。
「セラさん!もとに戻ってください!こんな所、さっさと逃げましょう!セラさん!」
返答は、やはりなかった。
そのときだった。
ジュッ!
嫌な音と共に、押さえつけている肩から熱が伝わってくる。
「ッ!」
まるで灼熱の鉄板に手を置いているような感覚。皮膚が悲鳴を上げ、肉の焼ける匂いが鼻を刺す。
それでも、僕は手を離さなかった。
「セラさん!早くゲームやりましょう!早くこんな所出ましょう!」
焼け付く肉の匂いが鼻を突く。
「セラさん!」
痛みに喉を引き裂かれながら、叫び続ける。
不思議なことに、次第に熱が引いていくのが分かった。
錯覚じゃない。確かに、炎が弱まっている。
構わず、叫ぶ。
「セラさん…RAT!おい!また、いつもみたいに、しょーもない話をするぞ!聞いてんのか!?」
「う……」
しばらくして、かすかな声が返ってきた。
「お前、人に指図され?の嫌いだろ!ゲームでも、いつも一人で突っ走ってただろ!あんなんに指図されていいのかよ!」
必死に言葉を叩きつける。
「……うる……さいです」
確かに、セラさんの声だった。
「戻ってこい!」
一拍の沈黙。
「………………重いです」
次の瞬間──
バコッ、と衝撃が走った。
「なに!?」
身体が吹き飛ばされ、床に転がる。視界の端で、誰かが息を呑む気配がした。
星が、驚いた表情でこちらを見ている。
僕は仰向けのまま、ゆっくりと上を見上げた。
そこには、いつの間にか炎の狂気を失い、瞳に確かな光を取り戻したセラさんの姿があった。




