第7話 爆発
瞼に朝の光が触れた。微かな温度が、夢の境界線をなぞるようにして意識を引き上げる。
床が硬い。
身体を起こすと、関節が錆びたように軋んだ。目の前には、家電量販店。僕はその前のベンチで寝ていた。
───何故…?
何があったのか思い返してみる。思い出す。セラさん。メガネの男。そして──ツバメの面の少女。
───柔らかかったな。
指先に視線を落とす。
───あれ?
昨夜、剥がされたはずの爪が、綺麗に再生している。
夢だったのか。しかし、あの爪を剥がされた痛みは、今でも鮮明に覚えている。
───とりあえず、家に帰ろう。
僕は、バスで帰るためにポケットに手を突っ込む。
「えっ…。」
財布も、携帯も、入ってなかった。
その後、自分の住むマンションまで歩いて帰ってきた。
家電量販店から自分のマンションまで、バスで十分、歩けば一時間。ニートに、この距離は、きつすぎ
だ。ついにマンションが見えた時には、泣きそうになった。有名チャリティー番組のマラソンランナーとかってこんな気持ちなんだろうか…と思った。
ゆっくり階段を上がり、自分の部屋を目指す。階段を一段一段踏みしめる。そして、ついに自分の部屋に着いた。
運が良い事に僕のマンションは、暗証番号で部屋のドアが開く。鍵が必要ないのだ。
ガチャッ
ドアが開く。
部屋の中には、静寂。昨日までの生活の匂い。リビングにある大きめな窓から光が差しこんでいた。僕はベッドに倒れ込む。何日分もの夢を見た気がした。
───キーボードは、またネットで買おう。あ…携帯がない…どうしよう…。
ピンポーン
インターホンが鳴った。一度だけ。
誰だろう。
ピンポーン
二度目。ゆっくりと立ち上がり、玄関に向かう。その途中、胸の奥で心臓がひとつ跳ねた。
ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンピンポーンピンポーンピンポーン
胸の奥に、ぞくりとした不安が広がった。嫌な予感がする。僕は、無意識に後ずさった。
…………。
インターホンの連打が止まった。一体何だったのだろうか…。
そう安堵した瞬間。
ゴォォン!
世界が爆ぜた。ドアが破片となり、爆風が僕を床に叩きつける。肺の空気が、無理やり外へ吐き出される。呼吸が、置き忘れられた。
「生きてるかぁ?」
低く、金属をこすったような声。金髪の大男が、煙の向こうに立っていた。男は、倒れている僕を見つける。
「寝てんじゃねぇよ!」
ドスンッ。
重い音と共に蹴りが入る。視界が揺れ、痛みが遠のいていく。
男が僕の胸ぐらを片手で掴んで僕を持ち上げた。
「おい!まだ死ぬんじゃねぇぞぉ!」
金髪のとても筋肉質な大男であった。
「これから、楽しみが始まるんだ!まだ死んでもらっちゃ困んだよなぁ!」
その拳には、何か、手袋のような、しかしただの布ではない異様なものがはめられていた。
ドォォン!!
轟音と共に、衝撃が顔面を直撃する。まるで爆弾が至近距離で炸裂したかのようだった。視界が、ぐにゃりと揺れ、次の瞬間には暗転する。
何が起きたのか、わからない。右耳には、甲高い耳鳴りが残響のようにこびりついていた。
「効くだろぉ! これ!特別なんだぁ!まだまだ、続くから覚悟しろよぉ!」
ドォォン!!
僕の身体は、窓を突き破り、外に飛びたした。
身体が宙に浮いたと思ったのも束の間、僕の身体は、2階から駐輪場のアスファルトに叩きつけられた。
背中から勢いよく叩きつけられた為に僕は、呼吸が出来なくなった。
割れたガラスが身体を切り刻みあちこちが痛む。
「やっべぇ、おぃ生きてるかぁ!」
僕の部屋から声がする。立とうとするが、痛みで立てなかった。
ドゴンッ!
男が部屋から飛び降りる。
「大丈夫かぁ?」
笑顔で僕の顔を覗き込む。
「まだ息があんのか!お前ぇ!タフだなぁ〜!」
笑顔になる。
「ワリィけど、そろそろ時間だから終わらせてもらうわ!」
振りかぶられた拳。視界の端に、青い空。
男が腕を振り下ろすと同時に僕は、目をつぶった。




