第29話 決着
スズメさんは素早くナイフを抜き取り、次の瞬間、信じられない速度で投げ放った。スズメさんがナイフを投げる。
ザシュッ! ズブッ! グサッ!
空気が裂かれるたび、刃が肉を貫き、骨を叩く。それでも男は笑う。
「効かねェなァ〜ッ!!そんなもん、効かないッ…もっと効かせてみなよォォ〜!あはははっ!」
男は、効いていないのかスズメさんの方に歩き出す。
「スズメさんこいつは、無敵だ!」
「うっさい!」
スズメさんは、さらにナイフを投げる速度をあげるすでに目視もできないほどの速さで、次々と刃が放たれる。皮膚が裂け、血が噴き、即座に塞がる。
カランッ カランッ
ナイフが刺さり、傷が治り、ナイフが抜け落ちる。男が歩いた道は、血とナイフが大量に落ちていた。スズメさんの呼吸が荒くなる。
手の中のナイフが尽きた瞬間、男の手が彼女の喉元に伸びた。
その瞬間、男の身体が震えた。
「カハッ!」
喉から血を噴き、目を剥いてそのまま崩れ落ちる。大の字に倒れ、動かなくなった。
夜風が、ようやく吹き抜けた。僕もスズメさんも、息を詰めたまま固まっていた。
───なんだったんだ……今のは……。
息が荒く、喉が焼けるように痛む。夜気が肺の奥に刺さって、吸うたびに咳がこみ上げた。
スズメさんと目が合う。薄暗い街灯の光に照らされた彼女の瞳は、どこか焦っていた。
「………早く離れるわよ。あんた、自分で立てる?」
かすれた声が、やけに鮮明に響く。
「すみません。立てないかもです…。」
「全く。仕方がないわね。肩を貸すわ。」
スズメさんがしゃがみ込み、僕の腕を自分の肩に回す。華奢な身体なのに、不思議なほど力強い。あといい匂いがした。
倒れた男に視線をやる。コンクリートの上に投げ出された体は、もうピクリとも動かない。
───ん?
戦っている最中は気づかなかったが男の胸ポケットが、不自然に膨らんでいる。
「すみません。スズメさん、そこに入ってるのってなんなんですかね…?」
僕が指を差すと、スズメさんは眉をひそめ、無言でしゃがみ込む。手袋越しにゆっくりとポケットへ手を伸ばし、中から何かを取り出した。
「これって…。」
手の中にあったのは、一本の注射器だった。
液体がまだ、ほんの少し残っている。
「……これであの男は、ああなったんですかね?」
「……。」
僕がそう言うと、スズメさんは短く息を吐いた。
返事はしない。ただ、冷たい手つきで注射器をハンカチに包み、ナイフが入っていた鞘へと滑らせ、胸ポケットに収めた。
「行くわよ。」
それだけ言って、彼女は僕の腕を引いた。再び肩を借り、足を引きずるように歩き出す。
そのとき──。
ゾクリ、と背筋をなぞる感覚。何かに、見られている。
反射的に振り返る。道の奥、何かが光った気がした。
「なに?」
「いや…。」
───多分…気のせいだろう…。
僕らはそのまま、夜の路地を離れた。背後で、風が低く唸った。まるで、誰かがまだそこに居るかの様に──。




