第2話 RAT
「へ?」
僕は、思わず気の抜けた声が出てしまう。
「お腹すきました〜。」
気の抜けた声。
とりあえずこのパーカーの男?を立たせる為、肩を貸す。フードを深くかぶっていて顔がよく見えなかった。
「お金がぁ……なくってぇ……何日もぉ……食べてなくってぇ〜……」
そう、泣きそうな声が聞こえた。
どうしたら良いものか…。
──ぐぅぅぅ〜。
僕の腹が、完璧なタイミングで鳴いた。
「………奢りますよ。」
「え!?ほんとですか!?ありがとうございますぅ!!」
急に立ち上がるパーカーの男。
───元気じゃねぇか。
変なやつに絡まれてしまった。
───どこで食べよう?
見回すと、通りの向こうに一軒の店が目に入った。木目調の壁、二つの窓。お昼の通りに、その店だけが小さく息づいていた。
───あそこにしよう。
目の前にあった信号を渡る。ルンルンとした足取りが、後ろからついてくる。男は、まるで後ろに小さな太陽を引きずっているように、足取りが快活だった。
店の窓越しに覗くと、中は思いのほかにぎわっていた。
入口には電子決済のマーク。大きな「OPEN」の文字。入口上部には、店の名だろうか、白い板に柔らかな筆致で『りうか』と書かれている。
入口の扉を押すと、ベルが鳴った。
チリーン
赤と灰のソファ、木目調の天井、ヴィンテージ感のある内装の店だった。
「いらっしゃませ!何名様でしょうか?」
定員が声をかけてきた。元気そうな青年だった。
「二人で!」と、パーカーが陽気に答える。
「こちらの席にどうぞ」
店員は手で示し、少し大きめの向かい合わせのテーブルへと案内した。
僕達は、その席に座る。
「こちら、メニューになります!」
そういい、定員は、僕達にメニューを渡す。ハンバーグ、マグロ丼、フライ、色んな品があった。
「わ〜凄いメニューがある!」
しばらく、僕は、メニューを見た。
僕は、マグロ丼を頼む事にした。
「決まりましたか?」
男が声をかけてくる。
「え…あ、はい…。」
「すみませーん!」
男が定員を呼ぶ。
「はい!ご注文は?」
「え……っと、マグロ丼をお願いします。」
「マグロ丼ですね!」
定員さんが男の方を見る。
「えーと、ここからここまで下さい!」
僕も店員も、一瞬だけ時が止まる。
───えぇ………。『こっから、ここまで』って、服買う時とかのセリフじゃないの…?
店員は。笑顔で応える。
「わ………かりました。」
そう言って、定員は、店の厨房に早歩きで去っていった。
少し、店内を見渡しているとすぐに、頼んだ料理が来た。早すぎる。注文から提供までのスピードが、もはやマジック的だ。丸い大きめのテーブルにずらりと並ぶ皿。フライ定食、ハンバーグ、マグロ丼、ステーキ定食
───本当に食べ切れるのか…?
「わ〜! おいしそう!」
彼は子どものように歓声を上げる
「こちらマグロ丼です!」
僕の前にも、マグロ丼が来た。丼には、赤い刺身が綺麗に並んでいた。
───まぁ、いいや僕のも来たし、食べよう。
醤油を少したらし、箸で一切れすくうと、しっとりと滑らかな感触が指先を伝ってくる。
口に運べば、まずは醤油の香り、次にマグロのやわらかな旨味が舌に広がる。脂が少しずつ溶け、米のほのかな甘みと混ざり合う。要は、めちゃくちゃおいしい。
男の方を見る。まるで大食い大会の決勝戦に出場しているかのような勢いで、料理を平らげていた。
ただし、フードを深々と被っているせいで、顔はほとんど見えない。それでも─その食べ方が、やけに丁寧で、子供ぽかった。
僕が食べ終わる頃には、男の皿は、すべて空になっていた。怖かった。
「いや〜。助かりました!もう、何日もご飯を食べていなくて!」
その声音は、飢餓から解放された獣の歓喜というより、子どもが駄菓子をねだり当てたときの無邪気さに似ていた。
「あっ、すみません!フード被りっぱなしで失礼でしたよね!」
そう言って、慌てた様子でフードを脱いだ。
瞬間、息が止まった。
めちゃくちゃ可愛い女の子だった。淡い色素の髪、長いまつ毛、ショートカットで少し幼い印象。人形のような顔立ちだった。
「あ、お名前を聞いてもいいですか!」
「e、え、………えーと、t、た、田中初dですs。」
「初さんですか!私、セラっていいます!」
「hは、は、はい。」
女性と話すのは何年ぶりだろう。僕の脳みそは、慣れない現実に処理落ちを起こしていた。
僕は、彼女の視線から逃げるように、手元の携帯へ眼を落した。
液晶に映る数字──13時15分。
「えっ……! 初さんも、そのゲームやってるんですか!」
突然、彼女の声が弾けた。彼女の指先は、カバーを指し示しめしていた。それは─朝、誰もいない部屋で夢中になっていたゲームのキャラクターのスマホカバー。
「h、はい。」
どうやら、セラさんもそのゲームのプレイヤーだったらしい…。
「何年くらいやってるんですか!?」
「リ、リリース日からです…」
「え!?凄い!私もです!」
「せ、セラさんも…k古参なんですね」
「なんて名前でやってるんですか?フレンドになりましょうよ」
彼女がテーブルに身を乗り出す。顔が近い。距離が近い。死ぬかもしれない。
「え、えーと……【森引子】って……名前で……」
言い終わらないうちに、セラの顔が雷に打たれたように変わった。
「え!!!」
その声の色に、僕の鼓動がワンテンポ遅れて反応する。
「私、【RAT】です!」




