第28話 助け
次の瞬間、背中が地面を強く叩き、肺の空気が一気に押し出される。
何が起きたのか理解できない。ただ、鼓膜が割れそうな爆音と、視界の端で土埃が渦を巻いていた。
「いやぁ。あぶねぇ!」
男の声。あの、喉を撃ち抜いたはずの男の声だった。
「ッッッッッ!」
霞む視界の中で、煙の奥からゆらりと影が現れる。肩を震わせ、笑いながら歩いてくる。
「なん……で。」
───ッ!
喉に空いたはずの穴が、塞がっていた。血の跡はある。しかし、傷が何事もなかった様にふさがっていたのである。
男は、痙攣するように笑いながら、訳の分からない言葉を口走る。
「いやぁ〜〜……ハハッ……マジで、ハイ、ハイだわ、オレ。すっげぇ……視界? いや、世界? んふふっ、全部つながってんの、わかる……!気持ちいい、気持ちよすぎ……ッ!!」
その目は焦点が合っていない。瞳孔が開ききって、世界のすべてを映しているようで、何も見ていなかった。その姿に恐怖を感じた。
「ッ……!」
本能が叫ぶ。熊と対峙したあの時の、全身の毛穴が総立ちになる感覚。一瞬のミスが死に直結すると、身体が勝手に理解している。
銃を構える。引き金を引く。
ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ──
弾丸は確実に命中した。頭に二発、喉に二発。だが、男は倒れない。血が噴き出し、そして、信じられないことにその傷口が……閉じた。
───ウソだろ。
靴音。
コツ、コツ、コツ──
男が近づいてくる。男の鼻歌が聞こえた。こう言う時は、どうするか皆知ってるか?
───逃げるんだ
「にげさせねェっ! ぜってェ逃がさねェよォォッ!!」
怒号とともに、空気を裂く音。
ズブッ。
「ッ!!」
足に鋭い痛み。ナイフが深々と刺さっていた。燃えるような痛みが脳を突き抜け、膝が砕け落ちる。
───なんなんだよマジで……!
裏社会の連中は、全員ナイフ投げが得意なのかッ!?這いずるように体を起こすと、男がゆっくりと近づいてきていた。
───とにかく時間を稼ごう。こんなに爆音が鳴っているんだ。スズメさんとか店長とかが気づいてやって来てくれるはず…。
「ま、待ってくださいッ!!」
「……あァ?」
「貴方の兄貴を殺したのは、僕じゃないんです! あの……鳩の面を被った男が殺したんです!!」
男の表情が止まる。瞳が一瞬、正気を取り戻したように見えた。
「なにィィィッ!?」
───食いついた。
「はい! 鳩の面の男が、僕の目の前で兄貴さんを殺して……怖くて……誘拐されたんです……!」
男は拳を下ろした。口元を震わせ、ぽろぽろと涙を流す。
「なんだって……そりゃァ……可哀想だなァ〜……」
「はいそうなん――」
ドォォン!!
地面が爆ぜ、世界が反転した。視界がグラグラと揺れ、耳鳴りが脳を刺す。
「じゃァ俺がここで殺して楽にしてやるっ……よォォォっ!! ふははははは!!」
もう、終わりだと思った瞬間──
ヒュッ──シュンッ!!
ザシュッ!!
空気が裂ける音。銀色の閃光が走り、男の腕に深々と突き刺さった。
その刃の飛んできた方向へ目を向ける。路地の入り口に、ひとりの少女が立っていた。
「……ッ、ス……ズ……メさん……ッ!!」
「……ッたく。どこほっつき歩いてたと思ったら、なに変なのに絡まれてんのよ!」




