第26話 突然
セラさんとの休日を終え、また、この長時間労働に追われる日々が始まった。
春休みが終わった時期とはいえ、ラッシュの時間帯はいつも通りの忙しさだった。
壁掛け時計を見ると夜の8時を指していた。
お客さんも少なく、ゆったりとした時間を過ごしていた。
僕は、カウンターの椅子に座りながら、うとうとしていた。
「お醤油切れちゃった〜」
キッチンから店長の声。
「初くん、持ってきて〜」
「了解です。」
僕は慌てて立ち上がり、倉庫へ向かった。電気をつけ、予備の調味料の棚を探るが、醤油がない。どこ
を探しても見当たらない。キッチンに戻る。
「すみません。店長、醤油切らしてるみたいです」
「あ~〜。じゃ、初くん。お使い頼んでもいいかな?」
「え?」
店長は、お金と近くのスーパーへの道を書いたメモを僕に渡した。ということで、僕は、お使いに行くことになった。何気に初めてのお使いである。
店長のメモを見る。何か、ミミズが走ったような図が描かれている。
メモを見ながら、多分合っていると思われる道をあるく。メモは、路地裏を通るように書いてあった。たぶん。
そこは、薄暗い裏路地だった。
路地は、湿気を帯びた息を潜めていた。空気は沈黙に満ちていて、無機質なコンクリートの壁がやけに閉塞感を与えた。
意を決して入る。やがて曲がり角に差しかかり、さらに広がった空間に一筋の光を見る。街灯の光がこちらを照らしていた。光の方に向かって歩く。
それまで気にも留めなかったはずの右側に、ふと、もうひとつの細い路が口を開けていることに気づいた。
まるで誰かが、そこに気づけと囁いたかのようにほんのわずかな好奇心──というよりは、理屈では計れぬ引力に誘われるように、僕は、首をそちらへと傾けた。
瞬間──僕は、その道の奥にいた男に目が合ってしまった。
ヤバいと思ったのも束の間。次の瞬間、拳が目の前にあった。
バギィッ!!
鈍い衝撃が肩先から首筋へ伝わった。倒れる。地面の硬さが骨に跳ね返る。耳鳴りがする。
「よ〜〜〜〜〜〜〜やく、見つけだぜェ。」
筋肉質な大男が立っている。知らない顔だ。
「お前ぇに合いたかったよぉ。田中初ェ。」
「……誰ですか?」
男が近づいてくる。
「俺の兄貴を殺したのは、テメェだろ!?しかもよぉ、お前、六田の大兄貴に捕まった時逃げただってェ?そこで死んどけよッ!」
蹴りが飛んでくる。条件反射で身体が横に転がり、蹴撃をかわす。あのメガネの男の顔がふっと脳裏をよぎった。
───こいつ、六田の部下かッ!




