第24話 休日
『りうか』に帰ってきた。
緊張と疲れで、ぐったりした。『りうか』の看板を見た時の安心感がパなかった。
更衣室に戻り、寝袋に体を沈める。埃っぽい布の感触が肌に触れるたび、現実に戻ってくるようだった。
──地獄みたいな数日だった。
殺し屋という職業の異常さを、骨の髄まで思い知った。血、銃声、獣の咆哮。どれも現実のはずなのに、どこか夢の………悪夢のようで。
僕が店長に暴行されていた間、『りうか』は定休日だったらしい。明日からまた、普通に営業を再開す
るという。
なので、今日は、一日暇である。今日は、久しぶりに何もない日だ。
狭い部屋。床の上、寝袋。見上げた天井は薄汚れていて、蛍光灯の光がじんわり滲む。
───お腹すいた…。
しかし、お金がない。と言うか、財布がない。
ガチャッ
「おーい」
と、ドアがガチャリと開いた。
店長がドアから顔を出す。僕は、寝ながら店長に目を合わす。
「なんですか…。」
「いや~。初くん、お金ないだろうから、バイト代先に渡しておこうかな〜って。」
そう言って、懐から封筒を取り出した。僕は寝袋から起き上がり、無言で受け取る。
「これで今日だけでも遊んできてね〜。あ、外出るなら、これあげる〜。」
金属音。小さな鍵が僕の方へ放られた。
「なんですか、これ。」
「裏口の鍵。じゃ、楽しんで〜。」
そう言って店長は、またあっさりとドアを閉めた。
静寂が戻る。封筒の中を覗くと、薄茶色の紙の隙間から一万円札が覗いた。一枚、二枚……十枚。
十万円。
初めて、自分の手で稼いだ金。手の中で少し震える。
───輝いて見える、なんて、本当にあるんだな。
───……何を買おうか。
しばし、考える。ふと気づく。
服も下着も、何日も洗っていない。ジャージは店の貸し出し品、パンツは夜に洗っても乾かず、濡れたまま履く日もあった。きしょくて、結局数日はノーパンで過ごした。熊と戦った時も、ノーパンだった。
──よし。まずは服と下着だ。
僕はジャージのポケットに封筒を突っ込み、裏口へ向かう。鍵を掛ける音が、やけに澄んで響いた。外
の空気は少し冷たく、街はまだ朝の光に包まれていた。
『りうか』の前にある、ショッピングモールへ歩く。
ショッピングセンターのガラス扉が、朝の光を淡く映していた。その前に立つと、冷たい空気が肌を撫で、思わず肩をすくめた。街の中は、まだ眠たげな鳥のさえずりが聞こえ、その合間を縫うように車のエンジン音が低く響く。
───そういえば、ここでセラさんに会ったっけな…。
あれから色んなことに巻き込まれた。本当に色んなことに。
ショッピングセンターの中へ足を踏み入れ、僕は〇ニクロで下着や服を片っ端から買った。
5万円ほど払った。完全に〇ニクロの太客である。
大量の紙袋を持って、店の外に出る。
───お腹すいた…。
その足でフードコートに行き、うどんを頼み食べる。
箸を動かしながら、ふと思う。
───今、ポケットには、あと五万円くらいある…。7日くらいしか働いてないのに貰い過ぎでは…?
でも、思い返す。
朝五時起き、掃除、仕込み、営業、閉店。休憩時間を入れて十八時間労働。一週間ぶっ通し。
───……あれ、少ないのか?
考えていると頭が痛くなってきたので、考えるのをやめた。
───……そういえば、携帯がないな…。
ふとポケットを探って、空虚な感触に気づいた。携帯も、PCも、ここ数日まったく触っていない。無意識のうちに、デジタルから切り離された数日。いわゆる“デジタルデトックス”というやつだ。だが、こんな地獄でやるものじゃない。
スマホがないというだけで、世界との接続がぷつりと切れてしまったように感じる。
──そういえば、身分証がない。
財布の中には現金だけ。カードも保険証も、すべてあの家に置いたままだ。携帯を契約することができない…
───もし、戻れるなら。一度、家に帰らなきゃな。
家。それは、もう遠い昔のように感じる言葉だった。
ぼんやりとそんなことを考えていた時
ドンッ
誰かに後ろを押された。ほんの一瞬、心臓が跳ねる。振り返った。
「こんにちは!」
柔らかい声。その声だけで、時間が止まるような感覚がした。そこに立っていたのは、セラさんだった。薄紅色のパーカーに、白いバッグを肩に掛けている。ショートカットの髪が陽光を受けて、淡く光った。
「せ、セラさん…。」
「奇遇ですねぇ!こんなとこで会うなんて!」
笑いながら、彼女は少し身を乗り出してきた。相変わらず、美少女である。
「何してたんですか?」
彼女が僕に聞く。
「あ、服を買いに来ました…。」
セラさんの視線が、僕の横に積まれた巨大な紙袋に吸い寄せられる。彼女の目が丸くなっていた。
「そうなんですか!すごい量買ってますね!」
「あはは…。セ、セラさんは、何の御用で?」
「私は、街に遊びに来ました!」
セラさんは、笑顔で答える。可愛い。
「──あ、そうだ!」
セラさんがぽんと手を叩く。
「初さんもご一緒にどうですか?」
「え?」




