第19話 特訓
目を開けると、天井の白い光がゆらりと滲んだ。
ゆっくりと身を起こすと、見覚えのある観葉植物と大きな机。
社長室だった。
「あ、起きた〜?」
ゆるい声。机の向こうで、店長がコーヒーをかき混ぜながらこちらを見ていた。その口調はいつも通りののんびりした調子だった。
声がかすれる。自分でも驚くほど弱々しい。
「いや〜、なんかさ。新人が路地裏で倒れてるって連絡があってね〜。」
店長は軽く笑いながら、湯気の立つカップを口に運んだ。机の上には、僕の面が置かれていた。
「そんなにターゲット強かった〜?」
「……」
返す言葉が見つからなかった。店長は肩をすくめて、にやりと笑った。
「ま、これからスズメちゃんとは仲良くね〜。」
「え……?」
その一言で、心臓がひやりとした。
店長は、スズメさんと僕が揉めた事に気がついていた。スズメさんを怒らせたことを思い出すと、胃の奥が重く沈むような感覚に襲われる。
次に顔を合わせたら、どんな顔をすればいいのか。謝るべきなのか、それとも……何も言わない方がいいのか。
社長室の中に、沈黙が落ちた。時計の針が、やけに大きな音を立てて進む。
しばらくして、店長が軽く手を叩いた。
「じゃあ、着替えてきて〜」
「え?」
「今から特訓するからさぁ〜。」
「と、特訓……?な、なんのですか……?」
店長は笑みを崩さないまま、コーヒーカップを机に置いた。その瞬間、空気が──変わった。
冗談めいた笑顔のまま、声の温度だけがすっと下がる。
「そりゃあ──」
短い間を置いて、
「殺しの。」
僕の背筋を、氷のような汗が伝う。店長は微笑んだまま、まるで何でもないことのように言葉を続け
た。
「生き残りたいなら、覚えないとね〜。」
その笑みが、今まで見たどんな笑顔よりも恐ろしく見えた。




