第1話 外出
キーボードがお釈迦になるなんて最悪の1日だ…。いくら、古い機種だったからって、コーラかぶっただけで壊れるか?普通。
今からネットで新しいキーボードを注文しても、届くのは数日後だろう。
問題は、明日がゲームイベントだということ。つまり、キーボードがなければ、何もできない。
一つだけ、解決策はある。本当に、心底、できればやりたくないことだが――買いに行くのだ。外の店へ。
たしか、バスで少し行った先に、デカいショッピングモールがあったはずだ。着替え、財布を持ち、玄関の扉の前に立つ。
ドアノブを握る。ゴミ出し以外の外出なんて、いったい何年ぶりだろう。胸の奥が、まるで古いエンジンのように、ぎこちなく鳴った。
ガチャッ。
扉を開くと、外の光が僕の額を刺した。眩しく、白かった。それでも数分もすれば、目が慣れた。
3月なのにここまで寒いとは…。息を吐くたび、白くほどけて消えていく。寒さに肩をすくめながら、僕は最寄りのバス停へと歩いた。
バス停には、僕しかいなかった。時刻表を見るとあと三分でバスが来るらしい。バス停のイスに腰を下ろし、ぼんやりとアスファルトを見つめる。
キーボード買って帰るだけ…キーボード買って帰るだけ…。
僕は念仏のように唱える。やがてバスがやってきた。
整理券を取り、空席へ腰を下ろす。車内は驚くほど静かで、走行音だけが僕の内側に流れ込んでくる。
十数分の道のり。外の景色が、外の景色は、どこか異星の風景のように見えた。
目の前には巨大なショッピングモールが堂々とそびえ立っていた。
───買って帰るだけ。
呼吸を整え、自動ドアの前に立つ。
その時だった。背後から、「ドサッ」という鈍い音反射的に振り向く。
パーカー姿の人間が、地面に倒れこんでいた。
「だ、大丈夫ですか!?」
声が自分のものではないように震えていた。
「…………た。」
「え?」
聞き取れず、思わず耳を近づける。
「おなかすいた。」




