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インナーヒットマン  作者: 太田
第2章 殺し屋と雛
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第18話 仕事

 夜風が、ふたりの間を静かにすり抜けていった。路地裏を抜け、人気のない大通りに出た。


 もう遅い時間だったので人の気配などなく、なんだか異世界に来たような静けさだった。


 スズメさんは、店長から渡された黒いデバイスを片手に、黙々と歩く。


「スズメさん……そ、そのデバイスって何ですか?」


「…………」


 返事はない。やがて彼女は、一本の細い路地の前で立ち止まった。


 湿った空気が張りつくように肌に触れる。コンクリートの壁が沈黙を反射し、冷えた夜気の中で、音という音が消えていった


 スズメさんは、ためらいもなくその暗がりへと足を踏み入れた。僕も意を決して、後を追う。


 人が二人、ようやくすれ違えるほどの細い通り。壁には水滴が伝い、空気が重たい。体中にまとわりつくこの圧迫感が、恐怖か、それとも緊張か自分でも分からなかった。


 スズメさんが曲がり角で立ち止まり、低い声で言う。


「……フードと面をして。」

 僕は頷き、フードを被り、ポケットの中の面を取り出して顔につけた。


 面は、つけてみると不思議な事に視界が不鮮明になる事はなく、面をつけると特有な息苦しさもなかった。


 気づけば、スズメさんも同じように面をつけていた。


 彼女は角の先を覗きこみ、僕もそっと隣から覗いた。


 そこに、いた。


 ターゲットの男――大艸成弥。


 片手にアタッシュケースをぶら下げ、煙草を吸っている。暗闇の中でもその存在は濃く、黒い線のようなタトゥーが顔を走っていた。


───本当に、いるんだ……薬のブローカーって。


 なんか、感動が勝った。


「スズメさ──」


 言いかけた瞬間、スズメさんが疾風のように走り出した。


「なっ……誰───ッ!」


男がこちらを振り向くより早く、


シュッ―――。

 

 スズメさんの手からナイフが閃いた。刃の側を握り、柄の方を投げる。


ゴッ!


 鈍い音。柄が男の額に直撃した瞬間、スズメさんはそのまま地を蹴って飛び込む。


ドンッ!!


 勢いそのままにドロップキックが男の胸を打ち抜いた。男が吹き飛び、アタッシュケースが地面を転がる。


 スズメさんは倒れた男にまたがり、ナイフの刃先を首元に突きつけた。


───す、すご……。


「オナガ。アタッシュケース、調べて。」


「は、はいっ……!」


 僕は慌ててケースを拾い上げ、開ける。中には、袋詰めの白い粉がぎっしりと詰まっていた。


 スズメさんは、ナイフを強く握り直す。その瞬間、男が声を振り絞った。


「ま、待ってくれ……! 殺さないでくれ! 悪かった、もうここじゃ売らない! む、娘がいるんだ……頼む、お願いだ……!」


 かすれた声。涙混じりの懇願。それでも、スズメさんの目には何の揺らぎもなかった。


「あっそ。」


 その言葉と同時に、ナイフが喉元に突き立った。


「カッ……!」


 男の体が痙攣し、足が地面をかく。やがて、動きは止まった。首筋から溢れた血がに流れ、大きな血溜まりができた、


 スズメさんは立ち上がり、デバイスを耳に当てる。


「……終わったわ。」


 そう一言だけ告げて、通話を切った。


 僕は、その場から動けなかった。目の前の死体。瞳から光が消えていく過程を、ただ見つめていた。

ついさっきまで温度を保っていたはずの肌がゆっくりと青みを帯びていく。


 スズメさんは振り返らず、路地の奥へと歩き出した。


「……あの!」


 震える声が自分のものとは思えなかった。彼女が立ち止まる。


「なに?」


「さ、さっきの人……殺す必要、なかったんじゃないですか……? もう薬を売らないって言ってたし、娘さんが──」


ドンッ!!


 頬に衝撃。世界が一瞬、横に揺れた。


 スズメさんの拳が、面ごと僕の顔を殴り飛ばしていた。


 面が地面に転がる。


「なにそれ?」


 声は冷ややかだった。


「殺し屋になっておいて『殺しはだめ〜』『可哀想〜』って? 反吐が出るわ。」


 何も言い返せなかった。


「ドバトから聞いたけど、あんたヤクザに命狙われて、それでうちに入ったんでしょ?こっちはあんたのボディーガードじゃないの。」


 低く、湿った声。


 怒りでも嘲りでもない。ただ、事実を言い放つような冷淡さ。


「ぼ、僕だってこんな人殺しの頭おかしい組織に、入る気なんてなか──」


ドゴンッ!!


 顎に蹴りがめり込み、視界がぐらりと傾く。地面が遠のき、音が途切れ、世界が闇に沈んでいった。

 

 最後に感じたのは、夜風の、冷たさだけだった。


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