第17話 ターゲット
「まぁ〜まぁ〜。」
店長は苦笑いを浮かべ、両手をひらひらと振った。
店長は、ある写真を机に置く。
「これがターゲットだよ〜」
僕とスズメさんは、その写真を覗き込む。そこに写っていたのは、見るからにガラの悪そうな男だった。
そこに写っていたのは、ひと目で「関わってはいけない」と感じる男だった。
顔じゅうに黒い線が這うように彫られたタトゥー。目元から頬、首筋へと続くその模様は、まるで呪印のように肌に刻まれている。
まるで、何かの呪いでも刻まれているみたいだった。
もし道で出くわしたなら、反射的に目をそらすだろう。そんな空気を、写真越しに感じた。
「彼は──大艸成弥、四十三歳」
店長の声が軽く響く。
「最近この辺で薬をばらまき始めたブローカー。スズメちゃんと、オナガくんには、彼を――消してきてもらう」
「……オナガ?」
スズメさんが眉をひそめる。
「あぁ、初くんね」
「……あっそ」
店長は軽く笑って、スズメさんに黒いデバイスを渡した。
「じゃ、いってらっしゃ〜い」
ガチャッ
スズメさんは、僕に一瞥もくれずに外へ出ていった。慌ててアタッシュケースを掴み、僕も後を追う。だが、廊下にはもう彼女の姿はなかった。
──どこに行ったんだろう。
その時。
ガチャッ。
女子更衣室の扉が少しだけ開き、そこからスズメさんが顔を出した。
「早く着替えなさい」
パタン。
言い終えると同時に、扉は閉まった。僕は急いで男子更衣室へ飛び込む。
アタッシュケースを開けると、折り畳まれた黒いスーツが整然と収まっていた。
シャツ、上着、ネクタイ、コート、手袋、ベルト。
服を脱ぎ捨て、シャツに袖を通す。ひんやりとした生地が背筋を正すように肌を撫でた。こういうスーツを着るのは、人生で初めてだ。肩が少し窮屈だった。黒のジャケットを着込み、軽いコートを羽織る。
まるで羽毛のように軽い。
黒い手袋をはめ、オナガの面をコートのポケットに入れた。
洗面台の鏡の前に立つ。
────黒スーツ、めっちゃかっこいい……。
これで顔と体型がもっと良ければ完璧なんだけどな。苦笑して、ふと気づく。
───ネクタイ。
結び方なんて、一度も覚えたことがない。
結局ポケットに押し込んだまま、裏口へ向かう。夜気がひゅうっと吹き込み、スーツの襟の隙間から冷たさが忍び込む。
外には、コートを着たスズメさんが壁に寄りかかって待っていた。
「………」
なんか、気まずい。スズメさんは、僕の姿をマジマジと見る。
「あんた、ネクタイは?」
「す、すみません…結び方分からなくて……。」
「はぁ……。」
スズメさんは、ため息をつき、手を前にやる。
「ネクタイ出して」
「え…。」
「早く。」
慌ててポケットからネクタイを差し出す。彼女はそれを受け取り、無言で僕の首元に手を伸ばした。
一歩近づかれる。距離が、近い。呼吸が混じるほどの距離で、彼女の指が器用に布を操る。
いい匂いがした。花でも香水でもない。もっと、彼女そのものの匂い。
気づいた時には、ネクタイがきれいに結ばれていた。
「……ありがとうございます」
スズメさんは何も言わず、歩き出す。その背中を、僕は少し遅れて追いかけた。




