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インナーヒットマン  作者: 太田
第2章 殺し屋と雛
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第11話 りうか

 僕はこの店──『りうか』に来たことがあった。


 昨日、セラさんと一緒に来た店だ。僕が驚いた顔をしていると


「ん〜?来たことあるのぉ〜?」


 鳩男が、聞いてきた。


「は、はい…。まさか、殺し屋がやっているお店だとは…。」


「ま、そうだよねぇ~。」


 鳩男は肩をすくめるように笑った。


「まさか、殺し屋が飲食店を経営しているとは、思わないよねぇ〜。」


「は、はい。」


「ここの従業員は、『トリカゴ』の人間だけって決まってるからさぁ〜。」


 鳩男は静かに、面を外し、フードを脱いだ。鳩の仮面の下に隠れていたのは、黒髪の青年だった。


 光を吸いこむような黒い髪。


 目は──まるで死んだ魚のようだった。濁ってはいない。ただ、生きることにもう興味を失ったような、底の見えない静けさを湛えていた。


 そして、男は、笑顔だった。それは、嘘みたいな笑顔だった。その笑顔を見た者は、きっと一瞬だけ、安心する。だが次の瞬間、背筋を冷たいものが走るだろう。


「こっちこっちぃ〜」


 男は手を振り、厨房へと誘った。カウンターのドアを押し開けると、そこには包丁やミキサー、フライパンが器用に並んでいた。どれも一本一本がきちんと手入れされ、ステンレスの天板は曇り一つなく磨かれていた。


 男は僕を引き連れて、奥の扉を開ける。そこはさっきの喫茶店めいた空間とは対照的に、真っ白な部屋だった。白い壁に、無機的な灯りが落ちる。


 正面に三つ、両側に二つ、計五つの扉が整然と並んでいる。男は指をさし、それぞれを説明していった。


 正面右側の扉には、青色の人形の性別記号が貼られていた。


「そこが男子更衣室だからぁ〜。」


 その左隣には、赤い人形の性別記号が貼ってあるので、そちらは、女子更衣室なのだろう。


 そのまた、隣の扉には、『店長室』と書いてあった。


「そこは、僕の部屋。勝手に入らないよ〜に!」


「は、はい。」


 次に男は、左側の扉を指差した。


「そこは、倉庫。調味料とかの予備なんかが入ってるよぉ〜」


 最後に右側の扉を開ける。


 そこは裏路地へと通じていた。剥がれかけたポスターが壁に重なり、湿った空気が漂っている。


「ここは、裏路地につながってる扉ぁ〜。裏口みたいなぁ〜?」


 男は男子更衣室に入り、の電気をつけ、僕を中へと導いた。


 並んだロッカー、朽ちた小さな椅子、そして暖簾のかかった小部屋──居心地の良さとは程遠いが、どこか生活感が混ざっている。男はひとつの綺麗なロッカーを指さした。


「ここに荷物を置いてねぇ〜。あ、初くん、君、身長何センチ〜?」


「え……177cmです。」


「へ〜………。あ、ちょうどいい。ちょっと待っててぇ〜。」


 男は去って行き、しばらくして戻ってきた。


 その手には、何らや畳まれた服のようなものがあった。


「これ、ウチの制服。ちょうど、ぴったりなのがあったからあげるよぉ~。」


「あ、ありがとうございます!」


 僕は言葉に詰まりつつも、ありがたく受け取った。初めて手にする制服に、胸の奥が少しだけ騒ぐのを感じた。


「うん!」


 そう言って男は、笑顔を見せた。


「あと〜。これ!」


 そう言って手渡したのは、寝袋。


「今日から、ここで寝てもらうよぉ〜。」


「え…。」


「だって、君の家六田にバレちゃってるんだから、帰れないでしょ〜?」


「た、確かに…。」


 そう言われればそうだ、しかし、更衣室で寝泊まりなんて、なんだか変な感じだ。


 男は、暖簾のかかった部屋を指さした。


「そこにシャワー室あるから自由に使っていいよぉ〜。」


「わ、わかりました。」


「明日は、ウチ従業員が全員来る日だから、挨拶と業務内容を教えるよぉ〜。」


「了解です…。」


「じゃあ、僕帰るからぁ〜。」


 そう言って、男は、ドアノブに手をかける。


「あ〜」


 男がこちらを振り返る。


「明日、殺されないようにね〜。」


 そう言って去っていった。


───こわ。


 いざ、ロッカールームに一人になると、なんだか、孤独感を感じた。


───とりあえず、荷物ロッカーに入れて、シャワー浴びて、寝よう。


 そう思って、ロッカーを開ける。


 何も入ってない綺麗な状態だった。一度、制服を広げてみる。


黒を基調とした、どこかクラシカルで整った制服。生地は軽やかだが、襟元と袖口はきちんと整えられている。胸元には小さなリボンが結ばれており、角度によってはほとんど影に溶け込むほど控えめだった。合わせて、黒色のエプロンもあった。


───あれ…?


 エプロンの裏に白色の糸で『カラス』と刺繍がされていた。


───前の持ち主の名前かな…?


 制服をたたみ、ロッカーに入れシャワー室に行く。暖簾の隣にスイッチがあったので押すと、電気がついた。暖簾をくぐると洗面台があり、その左隣に半透明のドアがあった。


ガチャッ


 開けてみると、そこは個室のシャワー室だった。白いタイルの壁が、蛍光灯の光を受けて鈍く光っている。


 床には細かな水滴が残り、湿った空気がゆっくりと肌にまとわりついた。


 壁際には小さな棚と鏡、備え付けのボトルが三本──シャンプー、リンス、ボディソープ。


 どれも整然と並べられていた。


 服を脱ぎ、シャワー室に入る。


 金属のノブをひねると、水音が反響し、体温と緊張が混ざる。シャワーを浴び終えると、体は冷たく、そして妙に孤独だった。


 服を再び着て、部屋の電気を消し、さっきもらった寝袋の中に入った。


 知らない人の匂いがした。心臓の音がやけに大きく聞こえ、明日への不安が夜を満たす。


───これからどうなるんだろう…。


 店員全員が殺し屋という現実。ちょっとした失敗で命を狙われるかもしれないという恐怖が、常に頭の片隅に潜む。


───あ…。


 眠りの縁で、ふと気づいた。些細なことだが、見落としていた問いが僕の胸をつつく。


───店長の名前聞いてないじゃん。


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