第10話 契約
死ぬか──殺し屋として生きるか。選択肢は、それしかなかった。
どちらを選んでも、もう「普通の人生」には戻れない気がした。
首筋に押し当てられた刃が、微かに震えた。冷たい金属の感触が、まるで「死」という言葉そのもののように重く感じられる。
「10〜、9〜、8〜…」
鳩男の声が、淡々と空気を刻んでいく。遊ぶように、ゆっくりと。
───ここで死ぬくらいなら……。
「や、やります……。やらしてください……。」
言葉は震え、涙のようにこぼれ落ちた。
「おっ! やる気になったぁ〜?」
金属音がかすかに鳴り、刀が鞘へと戻る。部屋の空気が一瞬だけ緩む。けれど、胸の中の恐怖は消えなかった。
鳩男は、机の上に、ある紙とペンを置いた。
「そこに名前書いて〜!」
「これって…?」
「ん〜…?契約書。早く書いて〜!」
鳩男は軽く指をさし、せかすように微笑んだ。僕はその笑顔に背中を押されるようにして、内容も読ま
ずに名前を書いた。鳩男は僕が名前を書くやいなや、紙を素早く奪い取った。
「これで、君も晴れて『トリカゴ』の一員だぁ〜」
声が軽く響く。
「あ、あの、『トリカゴ』って?」
「ん〜?『トリカゴ』はねぇ〜。殺し屋の組織みたいな所だよぉ〜。まぁ、また説明するよぉ〜。」
「そ、そうですか…。」
──ぱちっ。
蛍光灯が明滅し、闇が一気に退く。
「とりあえず、今日からここで働いてもらうよぉ〜?」
目に飛び込んできたのは、見覚えのある赤と灰のソファ、木目調の天井、カウンター。
「『りうか』の定員としてね。」




