第9話 選択肢
夢を見た。
どこかの病院で、親父に抱きしめられた時の夢。
顔の輪郭はぼんやりとしていて、はっきりとは思い出せない。ただ、悲しげな目をしていた。
「起きてぇ〜」
誰かの声で、身体が揺らされた。重い瞼を無理に持ち上げると、視界の中心に丸い机が見えた。
机の上には一本の蝋燭が揺れているだけで、周囲は闇に飲まれていた。僕は椅子に座らされていた。縛られてはいないが、逃げられる気はしなかった。
「よいしょ。」
机の反対側に座ったのは、鳩の面を被った男だった。
「君、名前は?」
声が柔らかくて、どこか人をからかうようだった。
「………田中初です…。」
「初くん、君には、あるお店で働いてほしいんだぁ〜。」
「み、店?」
頭の中は瞬時に最悪の想像で満たされる。臓器売買だとか、武器の売買だとか──そんなことが脳裏をよ ぎった。
鳩男は楽しげに続ける。
「そのお店はね、僕を含め、全従業員が殺し屋なんだぁ〜。」
殺し屋。映画やアニメの中の言葉が、現実の空気を震わせる。
「君には、そこで働いてもらいたくてねぇ〜。」
「えっ…。」
「最近、人手不足でねぇ~。君にも手伝ってもらいたいんだよ。」
現実感が薄れていく。
「…………」
「大丈夫〜!ただの飲食店だよぉ〜。」
「ほ……本当ですか?」
「本当、本当!」
鳩男は首を何度も縦に振り、頷きを重ねる。
「でもね、初くん──そのお店は、殺し屋しか働いちゃダメだから〜。初くんも殺し屋になってもらうけどね〜」
僕言葉が落ちるたびに、空気がさらに冷たく沈む。
「じゃあ、選びなぁ〜?」
鳩男はゆっくり立ち上がると、僕の隣に来て刀の柄を引いた。刃を静かに首筋へと近づける。
「ここで死ぬか──」
刃先が肌に触れる。冷たさが血管を伝う。
「働くか。」




