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絶望を食らう者

この世界では、感情は魂の奥底に宿る「火種」と呼ばれる力の源だ。


魔法使いは己の感情を燃やして魔力を生み出すことができる——だがそれは、自身にしか作用しない。他者の感情に干渉できるのは、ただ「神」だけだとされている。


しかし、ある者がその常識を覆そうとしている。


漆黒の角と鱗に覆われた尾を持つ悪魔——イルヴィア。


彼女は師匠のもとで修行を積み、ついに一人前の証たる「魂の楔」を手に入れる条件として、ある依頼を受ける。


「ベロの森の奴隷キャンプにいる『人間』を全て片付けろ」


期限は一ヶ月。


だがイルヴィアは、この依頼に一つの“解釈”を見出す。


——この国の法律では、奴隷は「人間」に含まれない。


ならば、殺すべきは兵士と神職者だけ。奴隷たちは、殺す必要がない。


そう考えた彼女が選んだ手段は、あまりに狡猾で、残酷で——そして、美しかった。


彼女は自らを「神使」と偽る。


奴隷たちに希望を与え、自由を囮にし、彼らの「絶望」を最大効率で収穫するために。


これは、悪魔が神の名を騙り、信仰と絶望を魔力に変え、たった一週間で任務を完遂する物語。


——そして、彼女が「自由」の代わりに差し出したものは、本当に自由だったのか、それとも……

「カチリ……カチリ……」


崩れかけた教会の鐘楼の頂上で、一本の尾の鱗が一枚ずつ持ち上がり、金属を擦るような乾いた音を立てていた。


月明かりが煉瓦の隙間から斜めに差し込み、割れたステンドグラスの前に、二つの影の輪郭を浮かび上がらせる——どちらも真っ黒なマントをまとい、フードで素顔を隠し、かすかなシルエットだけが覗く。


冷たい女声が響く。


「ベロの森の奴隷キャンプだ。奴隷四百二十三名、兵士百五名、それに神職者が七名。」


師匠の声だった。


彼女は窓辺に立ち、長身のマントが風にそっと揺れている。


「依頼主の要望は——この森の『人間』を全て片付けろ、だ。期限は一ヶ月。」


彼女が手を上げると、マントの下から羊皮紙が一枚飛び出し、正確にもう一方の影の前に落ちた。


イルヴィアはマントの下から細く長い指を伸ばし、羊皮紙を受け取る。


「『全ての人間』……」彼女は低く復唱し、羊皮紙の文字をさらりと目でなぞった。


「それが依頼内容だ。」師匠は振り返らず、背を向けたまま言う。「どうやってやるかは、お前次第だ。」


イルヴィアはしばし沈黙し、マントの下から尾の鱗が引き締まる音が聞こえる——カチリという音が次第に収まっていく。


「一ヶ月……」彼女は一拍置き、その声にいくぶんの自信を乗せて、「そんなに要らない。一週間で十分だ。」


師匠は振り返らず、ただ静かに問う。「報酬は?何が欲しい。」


イルヴィアは顔を上げる。「魂の楔。」


師匠は懐から、不規則な弧を描く暗紅色の水晶を取り出す。月明かりの下で不気味な輝きを放っている。


「この依頼を完遂したら、」彼女の声は相変わらず冷たい。「この魂の楔はお前のものだ。」


「これがあれば、人間の街にも紛れ込める。だが……」


「もし失敗したら?」


「そのまま僕について修行を続けるだけだ。」師匠は水晶を懐に戻す。「本当に一人前になるまではな。」


彼女の影が闇に溶け込み、声は遠ざかっていく。


「ついでに言っておく——奴隷キャンプには三目司祭のケルヴァがいる。五重魔法使いだ。気をつけろ。」


鐘楼は再び静寂に包まれた。


イルヴィアは身を翻し、鐘楼の最上部へと跳び上がり、遠くの森の奥でかすかに揺らめく火の光を見下ろす——奴隷キャンプの明かりだ。


「奴隷四百二十三、兵士百五、神職者七……」

彼女は指を折りながら数え、尾の先を空中でゆらゆらと揺らす。


懐から羊皮紙を取り出し、月明かりを頼りにじっくりと読む。


依頼書には確かにこう書かれている——「この森の人間を全て片付けろ」。


イルヴィアは「全ての人間」という文字をじっと見つめ、口元にほのかな笑みを浮かべる。


羊皮紙を仕舞い、視線を遠くの火の光に向ける。


尾の先端、二又に分かれたその先がわずかに開く——まるで蛇の舌のように、夜風に乗って漂う微かな感情の波動を感知する。それはキャンプの兵士たちの喜悦、奴隷たちの恐怖、神職者たちの熱狂だ。


「カチリ——」


尾の先が微かに上がり、そして下りる。


「始めるか。」


---


ベロの森の奴隷キャンプは夜の闇に包まれていた。

イルヴィアは木の枝にしゃがみ込み、尾の先を軽く揺らしながら、冷めた目でキャンプを見下ろしている。

焚き火のそばで、兵士たちはお決まりの「遊び」に興じていた——奴隷を十字架に縛りつけ、短刀を投げて愉しむのだ。

一人の奴隷が刃を肩に受けても、ただ無感情にうつむいたまま、悲鳴すら上げない。

別の奴隷は縄を解かれると、無言で小屋へと戻っていく。その目は虚ろで、まるで自分に関係のない出来事だったかのようだ。

イルヴィアは眉をひそめる。

尾の先、二又の先端が微かに開き、キャンプの感情の波動を探る。

恐怖はかすかで、絶望もかすかだ。

これらの奴隷は既に感情をすり減らされていた——搾りかすの果実のように、乾いた殻だけが残されている。

「退屈だな。」


彼女が視線をそらそうとしたその時、尾の先がぴたりと止まる。

キャンプの片隅から、濃密な感情のうねりが届いた——それは恐怖。純粋で激しい恐怖。それでいて、その中にほんの少し……信心?

イルヴィアの視線がそちらを捉える。

痩せた男だった。金髪を六本の奇妙な編み込みにしていて、泥と血にまみれてもなおその形を保っている。彼は兵士たちに十字架へと引きずられながら、必死に抗い、何かを叫び続けていた。

「主よ!主よ!僕をお救いください!」


イルヴィアは首をかしげ、口元に笑みを浮かべる。

「面白い……」

彼女は集中し、興味深そうにその男が十字架に縛りつけられる様子を見つめる。

彼の恐怖はあまりに濃厚で、周囲の兵士たちの嗜虐的な喜悦の感情さえも霞ませている。

しかしもっと興味深いのは、その恐怖の奥底に、確固たる信念が隠されていることだ——彼は本気で、神が自分を救うと信じている。

イルヴィアは低く笑った。

彼女の尾の鱗が一枚一枚開き、かすかなカチリという音を立てる。

「お前で決まりだ。」

「カチリ……カチリ……」


焚き火のそばで、イクは麻縄で十字架にきつく縛りつけられていた。口には湿って臭い布きれが押し込まれ、血の匂いと汗の匂いが混ざり合って、吐き気を催すほどだった。


焚き火の光がまぶしくて目を開けていられない。彼は辛うじて周囲を見回す——いくつもの影が十字架にかけられている。うつむいて、すでに息の絶えた者。かすかなうめき声だけを断続的に漏らす者——その声は、骨をヤスリで削るような痩せた響きだ。


突然、「ブツ」という鈍い音がした。瀕死の者の胸に短刀が突き刺さり、その男は一瞬で動かなくなった。


「う……!」イクの瞳孔が急激に縮み、冷や汗が顎を伝って地面に落ちる。


「みんな真面目にやれ!」正面向かって、雷のような野太い声が炸裂し、耳の奥が痛んだ。


イクの胃が痙攣した——分かった。ドゥーンだ。奴隷キャンプの兵士長だ。


これは彼らがいつもやっている「遊び」だ。そして今回は、自分がその餌食になった。


「今回は賭け金を倍にするぞ!誰が最初に仕留めたら、来月の酒は俺が持つ!」


ドゥーンは周囲の兵士よりも頭一つ分は高く、坊主頭が焚き火の光で油のように光っている。顎いっぱいの無精ひげが顔の半分を覆い、盛り上がった筋肉が革鎧をパンパンに押し広げていた。


イクは目を閉じ、心の中で祈った。


「主よ……」


記憶が洪水のように押し寄せる——


シャンデリアの下の宴会場。


「さすがです!イク公爵閣下!」

「国王陛下と聖女様、両方のお気に入りとは、まさに選ばれし方!」


彼は人々の中央に立ち、金襴の礼服の裾を磨かれた大理石の床に引きずりながら、黒髪を一筋乱れずに撫でつけ、口元には得意げな笑みを浮かべていた。


男爵から公爵へ——人生は順風満帆だった。全ては神の導きと慈しみのおかげだ。


彼は自分の金髪に六つの「目」の形をした編み込みを施していた。神が大勢の信者の中で自分を見間違えないように、と。


だが全ては、あの「夜」に崩れ落ちた。


濡れ衣……爵位剥奪……流刑の判決……


「しかし僕はやっていない!主よ、あなたはご存じでしょう、僕がやっていないことを!」


「これはきっとあなたの試練だ……そうだ、試練に違いない……」


「僕が十分に誠実であれば、あなたは必ず僕の無実を証明してくださる……」


「だから……だからどうか……」


「ブツン——!」


痩せた左腕が、なぜか麻縄を引きちぎっていた——恐怖が最後の力を絞り出したのだろう。


「なに?」ドゥーンが呆けた顔をする。次の瞬間、イクが衣服の内側に差してあった十字架を引き抜き、額に当てて祈り始めたのを目撃した。


それは粗末な木製の十字架だった。横三本、縦四本の線で六つの「目」が彫られており、底にはイクの名前が刻まれ、縁には欠けた木片が尖っている。


彼は目を固く閉じ、心臓が胸を激しく打ち、血が鼓膜にまで押し寄せる。声は震えていた。


「主よ!僕は罪にまみれておりますが、どうかこの若い体に免じて——」


「どうかこの数十年の誠実な信仰に免じて——」


「僕の無実を証明してください!あなたのしもべをお救いください!」


「ははははは——!」ドゥーンは腹を抱えて笑い、短刀が「ガチャン」と石の地面に当たって跳ね返る。


「今際の際にまでその木くずにしがみついてるのか?主が祝福するのは高貴な者だけだ!」


「お前はただの奴隷だ!」


彼は屈んで短刀を拾い、投擲の構えを取る——短刀が唸りを上げて飛んだ。


「助けてくれ!死にたくない!」イクの引き裂かれるような恐怖が夜風に乗って広がる。


その感情は兵士たちの興奮を覆い隠し、まっすぐにある存在へと届いた。


木の枝の上で、イルヴィアはその濃密な恐怖と絶望の波動を感じ取り、口元に笑みを浮かべる。


「タイミングだ。」


彼女の尾の鱗が一枚一枚開き始める。


「カチリ……カチリ……」


金属を擦るような乾いた音が、イクの耳元で響く。それは他の全ての音を遮断した——焚き火のパチパチという音、夜風と虫の鳴き声、兵士たちの嘲笑。


イクはゆっくりと目を開け、瞳孔が針のように縮む。彼の視界に映るのは、引き延ばされた世界だ:


兵士たちの表情が一瞬一瞬歪んでいく。短刀が空中をゆっくりとした軌跡を描く。火花が飛び散り、まるでいつまでも落ちないかのように宙に浮かぶ。一秒一秒が永遠のように引き延ばされている。


「ま……魔法……!」


元貴族である彼は、魔法についてある程度の知識を持っていた。


感情は魂の奥底にある火種だ。魔法使いは自分の火種を燃やして魔力に変えることができるが、それは自分自身にしか使えない。ただ神だけが、他者の感情を操ることができる——今まさに空気中に満ちている、自分自身の恐怖のように。


「……ああ——」イクはまともな言葉さえ浮かばず、熱い涙だけが溢れ出る。


その直後、静かで冷たいささやきが届いた。


「その恐怖、確かに感じたよ。」


「よし、ひとまず助けてやろう——」


「?! 誰だ、主か!」


「僕の声が、ついに主に届いたのか?!」イクは感動に震えながら叫んだ——


その言葉が終わるより先に、一陣の烈風が突然キャンプを駆け抜けた。短刀を吹き飛ばし、同時にこの停滞を打ち破った。


火光が消え、暗闇が溢れ出る。


イクの視界は徐々にぼやけ、慌てふためく兵士たちの顔がかすかに見え、「火を!早く火をつけろ!」という声が遠ざかっていくのを聞く。


あまりの興奮で彼の視界は暗転し、完全に気を失った。


彼は最後まで気づかなかった——額に当てられたあの木製の十字架が、いつの間にか逆さまになっていたことを。


---


「みんな黙れ!」ドゥーンが消えた焚き火のそばに歩み寄り、再び火をつける。ブーツが冷えた灰の上で軋む音を立てる。


「ただの風だろ、何を怖がる必要がある?もう一度つければいいだけだ。」怒りを含んだ声で、彼の髭がぴくぴくと震える。


「これは自然の風ではなさそうだ。」


穏やかだが威圧を帯びた声が、彼の背後から響く。


ドゥーンは眉をひそめ、振り返る——ちょうど聖所から出てきた神職者だった。


彼は銀縁の白い袍をまとい、その袍には六つの金糸の目が刺繍され、三つは開き、三つは閉じている。首には銀製の十字神徽を下げ、その並々ならぬ身分を誇示していた。


「ケルヴァ様、今日の定例儀式は早く終わったんですね。」ドゥーンは冷たく言う。


「今夜は魔力の巡りが良くてな、儀式も早く終わった。」ケルヴァは風の来た方を見つめ、木杭に縛られた奴隷たちにも一瞥をくれる。


「訓練はひとまず中断だ、ドゥーン兵士長。風の出所を突き止める方が先決だ。」


「ふん、ただの風ですよ?兵士たちが怖がるのはまだしも、あなた様まで怖がるおつもりですか?」ドゥーンは口を歪めて笑い、その口調にはいくばくかの嘲りが混じっていた。


「ドゥーン兵士長。」ケルヴァの声が一気に冷たくなる。


「ここは聖女様がご自身で『神の地』と定められた場所だ。いかなる冒涜的なものも許されない。」


「三目司祭の権限をもって命じる——訓練を中断し、直ちに風の出所を調査せよ。」


ドゥーンは口元をわずかに引きつらせ、無理やり笑みを貼り付けて、腰を半分折った。「謹んで承りました、様。」


彼は背を向け、兵士たちに適当に手を振った。「おい!解散だ、遊びは終わりだ。」


兵士たちは不承不承、奴隷の縄を解き始める。


「ですが様、風の出所を調べるくらいの小間仕事は、私一人で十分でしょう。」


「念のため、やはり……」


言い終わらぬうちに、彼は既に素早く森の奥へと駆け出していた。


「待て——」ケルヴァが手を伸ばすが、その巨躯の背中が木々の影に消えていくのを見送るしかなかった。


森の中、枝と葉が絡み合い、風がサラサラと音を立てている。異変は何もないように見えた。


ドゥーンは大股で歩き、鼻の穴から荒い息を噴き出す。「くそったれが……こんな小っちゃなことで、わざわざ俺様が出向くとはな。」


彼は拳を幹に叩きつける。鈍い音とともに樹皮が砕け散った。


「魔法使いじゃなきゃ、とっくに頭をぶち抜いてるってのに。」


「カチリ……カチリ……」


枝葉の間から、不気味な打撃音が聞こえる——硬い何かが木を軽く叩くような音だ。


「誰だ?」ドゥーンは身を低くし、刀の柄に手をかけ、ゆっくりと近づく。


「ああ、失礼。」


——カチリ、カチリ。


音が突然、背後——枝の上に移動した。


「こんばんは、兵士長様。」


ドゥーンは瞬時に刀を抜き、振り向きざまに斬りかかる。


「ガキィン——!」火花が散る。刃は金属にでも当たったかのようだ。


暗がりの中で、笑みを含んだ低い声が響く:


「先ほどまでお気づきにならず、失礼いたしました。」


雲間から月明かりが差し込み、その人物がまとう漆黒のマントの輪郭を銀色に縁取る。


ドゥーンはようやく、刀を受け止めたのが金属ではなく、黒い尾であることに気づいた。


鋭い鱗が刃をゆっくりと擦り、耳障りな摩擦音を立てる。彼は慌てて刀を引き戻した。


相手の尾の先がわずかに上がり、軽やかな笑い声が漏れる:


「どうやら君は……ケルヴァ司祭にかなり不満を抱いているようだね。」


ドゥーンは警戒して一歩下がる:「お前は誰だ?」


「僕か?」マントの下から、もの憂げな声がする。「ただの通りすがりの旅人だよ。」


彼女は枝から飛び降り、着地と同時に尾を軽く一振りし、土の上に浅い跡を描く。


「でもね、君みたいな……野心のある人間が、どうして人の下に甘んじているのか、すごく気になるんだ。」


ドゥーンは顔色を変え、刀の柄を握りしめる:「何をしようとしている?」


「落ち着けよ。」イルヴィアは手を上げ、無害なジェスチャーを見せる。「ただ君の……手助けをしたいと思っただけだ。」

「どんな手助けだ?」

「ケルヴァを殺す。」

ドゥーンは言葉を失った。

「その代わりに、」イルヴィアは首をかしげ、尾の先を空中で軽く揺らす。「君には……面白いことをいくつか手伝ってもらうだけだ。」

「どんな面白いことだ?」ドゥーンが眉をひそめる。

彼女は背を向け、マントが夜風に揺れる。


「適切なタイミングで、兵士と神職者たちを洞窟に誘導してほしい。」


その言葉が終わる前に、彼女の姿は既に木々の影に消えていた。最後の一言だけが夜風に乗って漂う:


「すぐにわかるよ。君が欲しいものが手に入るところを。」


ドゥーンはその場に立ち尽くし、刀を握る手が微かに震えていた。


---


ベロの森の奴隷キャンプ。四つの小屋が、林の端にカビた豆腐のようにひしめき合っている。


「神跡だ!間違いなく主が顕現なさった!」

「でも……今さら来たって、本当に救ってくれるのか?」


騒がしい人声が小屋をブンブンと震わせ、藁筵の上のイクを揺り起こす。


彼が身を起こそうとした瞬間、隣の奴隷が肩を押さえつける:


「イク!お前も見たよな?あの風!絶対に神の力だ!」

「そうだ!神だ!」イクは急に声を張り上げる。「主は僕の信心を見ておられたんだ。僕たちはもうすぐ自由になる!」


だが隅っこから、冷たく硬い声が突然投げかけられる:


「そうとも限らねえだろ。」


トーレンだ。彼は隅にしゃがみ込み、背中を隙間風の入る板に預けている。髪は絡まった麻縄のように縮れ、無精ひげの奥に浅い傷跡が隠れている。


「神様が『恐怖』なんて感情を使うもんか?そんな暗くて下賤なものを。」


「お前に何が分かる!トーレン!」イクの顔が一気に真っ赤になる。「それは人間への制限だ!主は全ての感情をお包みになる!これこそ主のご計画だ!」


「計画?」トーレンが突然声を張り上げる。「俺たちを飢え死にさせる計画か?的にされる計画か?」


彼は立ち上がり、その影がイクを覆う。「イク、お前は毎日祈ってる。でも昨日、あの風がなかったら、お前はとっくにドゥーンの刀で串刺しにされてたぞ!」


トーレンが動作を大きくした拍子に、下の藁筵が半分めくれ上がる——その下から、真っ暗な小屋の中でひときわ目立つ、白いものが覗いた。


「なんだこれは?」


めくれた藁筵の下には、白パンが何枚か隠されていた。それに清潔な、薬膏の染みた包帯——表面には透明な紙の膜が丁寧に被せられている。


「俺のところにもある!」

「こっちにも薬草が!」


驚愕の声が方々から上がる。


「見ろ!」イクは薬膏を掴んでトーレンに突き出し、声を震わせる。「これが神の証拠じゃないか!主が僕たちを助けておられる!」


トーレンは手を上げ、薬膏を「パッ」と叩き落とした。


「物を盗む勇気があるなら、兵士の武器を奪いに行けよ。」


彼はイクを睨み、さらに小屋中の奴隷たちを見渡す。「俺たちには三百人がいる。兵士は百ちょっとだ!一緒に突っ切れば、神が現れるのを待つよりマシだろ?」


「でも……俺は戦ったことがない……」誰かが小さく言う。その目には恐怖が満ちている。


「抵抗しなきゃ、いつかは死ぬんだ!」トーレンの声がさらに沈む。「こんな『存在しない神』をいつまでも待ち続けるのかよ?!」


「お前——!」イクは首を真っ赤にして、切羽詰まった声で叫ぶ。「主は最良の時機を待っておられるんだ!」


トーレンは鼻を鳴らす:「神の心が読めるなら、もう一度顕現していただこうや。」


「不可能じゃない!」


「神がもう一度降りてくだされば、僕たちも自由になれる!」


イクの額に冷や汗が浮かぶ。「来週……来週中には必ず、主を顕現させる!お前たち全員にその目で見せてやる!」


言った瞬間、彼は後悔した。


時はあっという間に六日目を迎えた。


藁筵の下には毎日新しい物資が現れた——時には塩漬けの肉の塊、時には清潔な麻布の巻物。だが「神」は一向に姿を現さなかった。


「明日が最後の日だよな……まだ神跡を見られるのか?」


「も……もちろん!」イクは強がって答えた。


夕方、彼は早く小屋に戻るよりも、兵士たちのために肉を焼く口実を探して、外に留まることを選んだ。


「おい!薪を入れろ!」


一人の兵士の怒号がイクを現実に引き戻す。彼は慌てて火の中に薪をくべた。ところがその兵士が突然、半碗の酒を手に取り、「ジャッ」と火にかけた。


炎が「ボッ」と勢いよく立ち上り、イクの金髪の編み込みに燃え移る。焦げた臭いが瞬く間に空気中に広がった。


「うわあ!」イクは痛さに飛び上がり、慌てて手で火を叩こうとするが、足を取られて地面に倒れ込む——木架の上の焼き肉が「ベチャッ」と泥の中に落ち、脂が兵士のブーツにかかった。


周囲の兵士たちが爆笑する。しかし焼き肉の主——あの顔中に横肉のついた兵士は、空の碗を投げ捨て、「ガチャ」と短刀を抜いた。彼はイクの胸を踏みつけ、髪を掴んで持ち上げると、刃先をイクの首に当てた。


「俺の肉を落とすとはな?死にたいのか!」


イクは辛うじて目を開ける。鼻血が鼻先を伝って滴り、兵士のブーツの上に落ちる。首に当てられた刃先がさらに押し込まれ、血の粒が刃に沿って伝い落ちる。


この感覚はあまりにも馴染み深かった。


頭の中で「ブーン」という音が突然響き、あの夜の光景が一気に押し寄せる:短刀の冷たい光が胸に近づいていく——恐怖が氷の蛇のように心臓を締め付ける。そして、まさにその時、「神」が現れたのだ!


「そうか……恐怖だ!死だ!」


神は死の淵で顕現するのだ!もう一度彼らを絶体絶命の状況に追い込めば、必ず——


「様!」


「三号棟の奴隷どもが——武器を隠し持っておりました!反乱を企てております!」


周囲の笑い声が瞬時に途絶える。兵士たちの表情が嘲笑から驚愕に変わる。


イクの髪を掴んでいた手がギュッと強まる:「何だって?反乱だって?」


「大変です!様!奴隷どもが組織的に逃亡を図っております!」ドゥーンは荒い息遣いで、三目司祭の休息室の扉を勢いよく開け放った。


床上の神職者が猛然と身を起こす。その瞳に一瞬の慌てた色が走ったが、すぐに冷徹な光に取って代わられる。


「方角は。」


一分と経たずに、追撃隊が編成された。すぐにドゥーンに従い、奴隷キャンプの北西の森へと駆け出す。


「この道……足跡がありませんな。本当にこちらで間違いないのですか?」ケルヴァが地面に目を落とす。


「間違いありません、様!」ドゥーンは牛のように息を荒げ、顔中汗まみれだが、歯を食いしばって確信を貫く。「奴らを逃がしたのは魔法使いの仕業です!だからこそ火災まで起こしたのです!それに、私の兄弟十二人が殺されました!」


「言語道断だ。」ケルヴァはゆっくりと手を掲げ、掌の上に四つの大小異なる円形の魔法陣が浮かび上がる——互いに重なり合いながらも、完全には一致していない。


「四重魔法——光錐破こうすいは」。


詠唱とともに、四つの魔法陣が重なる部分から、まばゆい淡黄色の光が放たれる。


光の束が前方の林を斬り裂く。木々が紙のように切断され、轟音とともに倒木の響きが地を震わせる——瞬く間に一直線の通路が切り開かれ、土と木屑が光の熱で微かな青煙を立てる。


四つの魔法陣が消え、代わりに三つの魔法陣が浮かぶ。三つは中心に一つの小さな三角形を形成するのみだ。


「三重魔法——風圧ふうあつ」。


三角形の中心から突如として無形の巨力が放たれる。倒れた幹が暴風によって両側に吹き飛ばされ、空地は一瞬で平らになる——まるで誰かが手のひらで大地を撫でたかのようだ。


他の神職者たちも即座に応じ、両手を眉間と眼の高さに掲げる。彼らの瞳孔に魔法陣が輝きを宿す。


「二重魔法——光視こうし」。


眼前の景色が一瞬で鮮明になる。遠くの川、山脈、木々の影——あらゆる動きが隠しきれずに浮かび上がる。


「見つけた!」一人の神職者が低く叫ぶ。


「南西方向、川に沿って、洞窟です!」


先頭の神職者が微かに眉をひそめる:「洞窟……?奴隷たちがなぜ開けた場所に逃げずに……?」


しかし言い終わらぬうちに、彼は手を振り下ろして命じる:「方角変更!全速で南西へ!」


指示が隊列に伝わり、百五十余名が一斉に方向転換する。


一方その頃、奴隷たちはついに神使に従い、洞窟の入り口へと辿り着いていた。


冷たく、湿っている。カビ臭さと土の匂いが肺の奥にまで染み込むが、そんなことは誰も気にしていない。


全員が神使の背中を凝視している——あの漆黒の布切れこそが自由への道標であるかのように、呼吸を乱しながらその背中を見つめていた。


イクは隊列の先頭を歩き、声は震えながらも切迫していた:「ついて来い!早く神使様について来い!」


松明の光は弱く、足下の岩の輪郭を辛うじて浮かび上がらせる程度だ。両側の岩壁から染み出る水が「ポタリ」と石の割れ目の水溜まりに落ち、その音が洞窟の中で反響する。奴隷たちは互いに押し合いながら前に進むしかなかった。


トーレンは松明を掲げて隊列の中央を歩いていた。胸元にはまだ兵士の血が染みている。


彼は時折振り返って隊列の最後尾を確認し、誰も遅れていないかを見届ける。


もう一方の手は常に腰の短刀の柄を握っていた——そこには兵士の死体から奪った短刀が差してある。


「どうだ、トーレン?」イクが近づき、声には押さえきれない得意げな色が混じっている。「神使様の御威光、さすがに信じたろ?」


「ふん……仲間たちの仇を討たせてくれたことに関しては、それは評価してやる。」


松明が「パチッ」と火花を散らす。


「だが、全てが終わってからじゃないと、俺は完全には信じない。」


「……本当にお前は頑固だな。」イクは額に手を当てる。


「事ここに至って、まだ何が——」


「そこだ!追え!」洞窟の外から突如として兵士の怒号が響き、続けてさらに多くの兵士たちの叫び声と金属の鎧がぶつかる音が、洞窟の中で反響し増幅される。


「見つかった!」隊列の最後尾の奴隷が悲鳴を上げる。それまで比較的整っていた隊列が一瞬で混乱に陥った。


彼らは叫びながら、無我夢中で前に突進する。松明が押し合いの中で落ち、消えていく。


「慌てるな!**神使様の指示を聞け!もうすぐ出口だ!」イクは人混みに押されながら、声を絞り出して叫ぶが、効果はほとんどなかった。


「チッ——」トーレンは人波に押し込まれ、手は刀の柄に触れているが、抜くことはできずにいた。


前方でずっと沈黙を守り、先導していた神使が、突然足を止めた。


風のない洞窟の中で、あの漆黒の布切れが微かに揺れた。


「着いた。」その冷たい声がはっきりと響き渡り、狂ったように押し合っていた人々の動きが一瞬で止まった。


「な——」トーレンは前方のまだ暗い道を見つめ、疑問が喉に詰まる。強い不吉な予感が彼を襲う。


「出口だ!出口だ!」最前列の奴隷はもう正気を失っていた。松明を掲げてよろめきながら前方へ突進する。


炎が跳ねる。その光が彼の歓喜で歪んだ表情を照らし出す!


「ドン!」


鈍い重い音が響く。


松明が手を離れて飛び出し、岩壁に当たって跳ね落ちる。彼の額は割れ、血が鼻筋を伝って流れ落ち、体は力なく地面に滑り落ちる。


「ど、どうして……?」彼はかすれた声でつぶやき、顔の笑顔は完全に凍りついていた。


「出口は?!出口はどこだ?!」後方の奴隷たちが殺到し、その冷たい岩壁を徒に叩き、ぶつかる。


「ドンドン」という無秩序な衝突音が響く。しわがれた叫び声と罵声が混ざり合い、松明の光に照らされた顔々が、希望が打ち砕かれるにつれて次第に歪んでいく。


「神使様!」イクの声は嗄れていた。彼はよろめきながら神使の前に駆け寄る。「これは一体——?!」


言い終わらぬうちに。


「ブスッ——!」


肉を鋭利な刃物が貫く鈍い音が、全ての叫び声と衝突音をかき消した。


全ての奴隷の動きが固まる。恐怖に染まった視線が一斉に音の発生源へと向けられる——


神使のマントの下から、一本の尾が伸び、ゆっくりと掲げられた。


漆黒の鱗がまるで生き物のように一枚一枚捲れ上がり、食い違い、広がる——金属を擦るような「ジャラララ」という音を立てて。尾の先端は二又に分かれ、二本の細長く彎曲した、死神の鎌のような漆黒の刃となっている。


その分かれた尾刃が、壁に激突した奴隷の胸を貫いていた。血飛沫が岩壁に吹きかけ、割れ目に沿って伝い落ちる。


彼は悲鳴さえ上げることができなかった。ただ目を見開き、唇を微かに震わせ、何かを言おうとしたが——命は既に彼の体から急速に失われていった。


空気が死の静寂に包まれる。


全ての奴隷が硬直し、反応する間もない。


「神使」がゆっくりとフードを脱ぎ捨てる。


松明の火が照らし出す——弧を描く優雅な、しかし邪悪な光沢を帯びた漆黒の角。


肩までの黒髪が垂れる。黒曜石を彫り込んだかのようでありながら、毛先は次第に蒼白へと変わっていく——まるで夜と夜明けが交わる境界線のように。


彼女の耳は長く鋭く、エルフのように精緻に彫刻されている。


そしてその瞳は不吉な赤色を帯び、中央の瞳孔は墨のように黒く、縦に細長い。四つの菱形が重なり合って一線を成している。


彼女は首を傾げ、奴隷たちを横目で見下ろした。


「あ……悪魔……」イクは震えながら後退し、松明が手から滑り落ち、神使の足元に転がる。


その火が彼女の異様で冷たい微笑みを照らし出した。


「……こいつは本当に大きなサプライズだな。」トーレンの声は嗄れていた。彼は猛然と重心を落とし、短刀を抜き放ち、悪魔に向かって飛びかかった。


しかし他の奴隷たちは既に恐慌状態に陥っていた。


出口に最も近い数人の奴隷は松明を投げ捨て、狂った犬のように振り返って洞穴の外へ這い出ようと必死になった。


悪魔はゆっくりと振り返った。


「やめろ——!」トーレンが引き裂かれるような叫びを上げる。刀が悪魔のマントに届くより先に、


一本の漆黒の尾が影のように飛び出し、「ドン!」と彼を打ち飛ばす。トーレンは地面に激しく叩きつけられ、気を失った。


「ブチィ——!」


尾刃が空気を裂く音が連続して響く。


それは肉を切り裂く音と混ざり合い、恐怖の交響曲を奏でていた。


最初に走っていた奴隷の頭部が高く舞い上がる。その顔には極限の恐怖が凍りついたまま。


彼の腕は肩から切断され、両脚は膝から断ち切られ、内臓が巨大な傷口から溢れ出る……破砕された肢体と滾る血が、豪雨のようにトーレンと他の奴隷たちに降り注ぐ。


トーレンはバランスを崩し、地面に倒れ込んだ。


「ああああああああ——!!!」生き残った奴隷たちが人間とは思えない悲鳴を上げ、狂ったように洞穴の外へと走り出した。


押し合い、押しのけ合い。


彼らは互いに踏みつけ合い、泣き叫び、哀願し、罵り合い、骨が砕ける乾いた音が入り混じる。


恐怖と絶望が、粘りつく黒泥のように、洞穴の隅々まで満たしていく。


——そして、それは彼らの前に凝固した。


暗闇の奥深くで、一つの巨大な目がゆっくりと開かれていた。


六つの菱形で構成された逆さ十字の瞳孔が、彼らの行く手を塞いでいた。


「あ……ああ……」イクの歯は止めどなく震え、握りしめた木製の十字架が汗で濡れた手から滑り落ちる。軽やかな「カチ」という音を立てて、血と闇に沈んだ。


彼の膝が折れ、その場に崩れ落ちる。顔色は青白く、唇は震えながら断片的な音を発する:「違う……ありえない……嘘だ……」


トーレンは震える手で肘をついて体を起こした——短刀はどこへ飛んでいったかも分からない。


胸はまだ痛み、息を吸うたびに針が刺すようだ。


彼は周囲を見回し、足元の鋭い角のある石を掴んだ。


「くそっ!」


彼は勢いよく腕を振り、その石を悪魔に向かって投げつけた。


石は彼女のマントをかすめ、「ビリッ」という音とともに、漆黒の布地に浅い白い傷跡を残す。


「ふっ——」


悪魔は低く笑い、尾の先を地面に引きずりながら細い跡を描く。


彼女はゆっくりとトーレンの前に歩み寄り、しゃがみ込んだ。


——赤い瞳がトーレンの目の前まで迫る。


彼の瞳孔に映る自分の情けない姿がはっきりと見える。


「僕は嘘をついていないよ。出口はここにある。」彼女の感情のない声が、崩壊した奴隷たち一人一人の耳に突き刺さる。尾の先がトーレンの頬にそっと触れる。


「ただ——」


彼女は間を置き、口元をわずかに上げた。


「地獄への出口ってだけさ。」


洞窟の外、ドゥーンは苛立ちながら行ったり来たりと歩き回っていた。松明の光が彼の顔に明暗入り混じる影を落とす。


彼は身をかがめ、耳を地面にぴったりと当てて、注意深く耳を澄ます。


「足音がしない……どうやらもうずいぶん遠くに行ったようだ。」


しかしケルヴァが冷たく口を開く:「いや、彼らはまだ動いていない。洞窟は深くない。おそらく中に伏せて、我々が飛び込むのを待ち構えているのだろう。」


「ということは……」ドゥーンが眉をひそめる。


「相手には魔法使いがいる。地形を利用して我々を包囲しようとしているのだろう。」ケルヴァの目は重く沈む。「言い換えれば——あの魔法使いは……我々を全滅させる自信があるということだ。」


「そんなはずは!」一人の兵士が思わず反論する。「奴らも洞窟の中にいるんです!我々を包囲すれば、奴らも死ぬしかない!相討ちじゃないですか!」


「まさかあの奴隷どもがそこまで思い切ったことを……」神職者の間からも困惑の声が上がる。


兵士たちの議論が方々から沸き起こる。後ずさる者もいれば、洞窟の入り口を凝視し、その目に疑念を浮かべる者もいる。


「静まれ!」ケルヴァが怒声を放つ。


「私の知る限り、この洞窟の出口はここだけだ。不用意に深追いするより、ここで待ち伏せするのが得策だ。」


「仰せのままに。」他の神職者たちがうなずき、兵士たちも分散して配置につき始める。


「それはいけませんよ、様!」これまで常に従順だったドゥーンが、この時ばかりは猛然と前に出て、声を急かす。「そんなことを言ったら、あの魔法使いがもし反対側で山体を穿って逃げ出したらどうするんです?ここで待ってたら逃げられてしまいますぞ!」


「山体を穿つ?そのような大掛かりなことをすれば、当然大きな音がする。その時に包囲すれば……」


「笑わせるな!我々が精鋭でありながら、ネズミのようにここに縮こまっているだと?!」ドゥーンは乱暴に会話を遮り、滿臉の不敵さを浮かべる。彼は松明を奪い取ると、真っ直ぐに洞窟の入り口へと踏み込んでいく。


「おい!臆病者の魔法使い!出て来いよ、一対一で勝負だ!」彼の傲慢な叫び声が洞窟の中で反響する。彼は振り返って得意げに笑う:


「見ろ、何も——」


言い終わらぬうちに。


暗闇から、影の触手が一瞬で飛び出し、彼の足首に絡みつく。


「な——ああっ!」ドゥーンが悲鳴を上げ、瞬時に巨力に引き倒される。松明が手を離れて翻り、岩壁にぶつかって火花を散らし、そのまま消え去った。


彼の影が暗闇の奥深くへと引きずり込まれ、声はぷつりと途絶えた。


「閣下!」「隊長!」兵士たちが顔色を変え、次々と剣を抜いて飛び込もうとする。


「司祭様!」彼らは焦ってケルヴァを見つめる。


ケルヴァの表情は険しいものだった。彼は深く息を吸い込み、沈んだ声で命じる:


「神職者は三隊に分かれよ!先頭、中央、最後尾に各一隊!常に襲撃に備えよ!その他の者は、盾持ちを前に配置せよ。奴隷の狩りが目的ではない。ドゥーンの救出を最優先とする。」


「了解!」兵士たちは一斉に応え、すぐに密集した隊形を組み、神職者の魔法陣の光に照らされながら、洞窟の中へと足を踏み入れた。


洞窟内の空気は外よりも陰冷とし、湿気を帯びている。濃厚な土の匂いと鉄錆の臭いが混ざり合っていた。


松明の光が微かに揺れ、影が歪んで踊る。


「カチリ……カチリ……」


突如として、金属を擦るような乾いた音が、何の前触れもなく洞窟の奥深くから響き始めた。


兵士たちの足が止まり、思わず息を呑む。寒気が背筋を伝って這い上がる。


——あの音は何だ?


「カチリ……カチリ……カチリ……カチリ……」


音は次第に近づき、密度を増していく。まるで暗闇の中に隠れた何かが彼らに迫っているかのようだ。その一歩一歩が、恐怖のリズムを正確に刻み、息を詰まらせる。


「全員、迎撃準備!」ケルヴァが手を掲げる。二つの魔法陣が彼の掌に輝く。


他の神職者たちも即座に応じる。


双生屏障そうせいへいしょう!」


重なる詠唱の中で、半透明の波打つ護盾が前列の兵士たちの前に次々と展開され、嵌合し、強固な透明の壁を形成する。


兵士たちは素早く槍を構え、盾を掲げる。


「カチリ——カチリ——カチリ——カチリ——カチリ——カチリ——カチリ——カチリ——」


加速する。近づく。


「来るぞ!」ケルヴァは前方の底知れぬ闇を凝視し、全身を警戒に張りつめる。


「カチッ——」


カチリという音が一瞬で途絶えた。


——絶対的な静寂。


死のごとき沈黙が全てを飲み込んだ。まるで世界から音が一瞬で奪い去られたかのようだ。


兵士たちの瞳孔が縮むその瞬間——


暗闇が、粘稠な潮のように沸騰し、狂ったように溢れ出し、全ての光を飲み込んだ。


兵士たちの手にした松明が「シュッ」と音を立て、一斉に消え去る。


訓練された兵士たちはすぐに用済みの松明を投げ捨て、「ガチャガチャ」という音とともに腰刀を抜き放つ。


「ふう……」ケルヴァは軽く息を吐き、瞬時に判断を下す。


「三重魔法——闇影魔法? 大したことはない。」


「何か新しい手を出してくるかと思っていたが、防御魔法陣を使わせただけの無駄だったな。」


「三重魔法——極光きょっこう。」


彼は両手を合わせる。三つの魔法陣が正確に嵌合し、彼の掌からまばゆい光の菱形十字が立ち上る。それは聖なる光の幕となり、周囲の闇を追い払う。


彼は隣の神職者の同僚に視線を向け、肯定の返答を得る。


「全員、前進を続行せよ。」


「了解!」前列の兵士たちが応じ、慎重に盾を掲げて歩み出す——


だが「ドサッ」という音とともに、一斉に足を取られて倒れ込んだ。


「?」ケルヴァが眉をひそめて前に進む。「どうした?罠か?」


彼の手の中の聖なる光が前方を照らし出す——そこに映ったのは罠などではなかった。バラバラに切断された兵士たちの残骸が、無残に散乱していたのだ。


「な——」


次の瞬間、数十本の歪んだ影の触手が、前方の暗闇から猛然と飛び出した。


瞬時に彼の手の中の光を打ち砕き、信じがたい速度で後方へと巻き込んでいく!


「ああ——!!」

「うぐあっ——!何だこれは?!」

「屏障?!」屏障がいつ突破されたんだ?!」


ケルヴァは怒号を上げながら両手を重ね、再び魔法を発動させる。


「他の感情を上乗せして強度を増した闇影魔法か……?」

「だとしても、所詮は下賤な闇に過ぎん!」

「五重魔法——輝光五重環きこうごじゅうかん!」


五つの円形の魔法陣が時計回りに重なり合い、彼の前に花のような形を描く。


そして瞬時に収束し、極限まで凝縮された白熱の光砲と化し、轟音とともに暗闇の奥深くへと放たれた!


猛り狂う影の触手が、灼かれたかのように急速に縮こまる。


ケルヴァの口元に冷ややかな笑みが浮かびかけた、その時——


「突撃!敵の魔法使いを捕らえろ!」


応答はない。


彼の声だけが洞窟の中で反響し続ける。


「……」


ケルヴァはゆっくりと振り返った。


彼の背後では、先ほどまで詠唱し魔法を発動していた神職者たちが、


既に姿を消していた。ただ、粘稠で温かい血だけが、無言のうちに地面に広がっている。


さらに後方の兵士たちは——


腕を硬直させて掲げ、まっすぐに——彼の背後を指していた。


ケルヴァの心臓が大きく沈み、背筋に戦慄が走る。


今この瞬間、彼はかつてないほど明確に、闇の中の存在を感知していた——


それは途方もなく巨大な、息を呑むほどの魔力。まるで巨獣が牙を剥いた大口を開け、ゆっくりと彼に迫っているかのようだった。


「ありえない……こんなレベルの魔力が……」


彼の唇は震え、声はほとんどかすれ、額には冷や汗がにじむ。


無数の漆黒の刃先が、彼の胸、咽喉、心臓へと襲いかかる——


「ガキィン——!」


無数の漆黒の刃先が、彼の胸、咽喉、心臓へと突き刺さる。


ケルヴァの胸元にある六目の十字架が、ゆっくりとその目を閉じた。


最後の光が消え、暗闇が完全に全てを飲み込んだ。


無数の刃が肉を裂く音が、洞窟の中で長く響き渡った。


恐怖に打ちひしがれた一人の兵士が、何の目的もなく洞窟の中を狂奔していた。鎧が岩壁にぶつかり、乱雑な金属音を立てる。


「ドン!」彼は何かに足を取られ、無様に地面に倒れ込む。


震える体で立ち上がり、周囲を確認しようとする——


彼の目に飛び込んできたのは、数体の無残な死体だった。死体は鎧を着ていない——逃げ出した奴隷たちだ。


血痕がクモの巣のように湿った岩壁に広がっている。


岩壁の下には、縮こまって震えているがまだ生きている奴隷たちのほとんどがいた。彼らは恐怖に見開かれた目で、兵士ではなく——その背後を見つめている。


「カチリ……カチリ……」


聞き覚えのある音とともに、見知らぬ影が暗闇からゆっくりと現れる。悪魔の瞳は相変わらず平静で、漆黒の角には淡い血の色が宿っている。ただ、マントだけは飛び散った肉片と血で満ちていた。尾は高く掲げられ、黒く埋め込まれた鱗が互いにぶつかり合い——かつての澄んだ「カチリ」という音ではなく、低く異様な唸りを発している。


尾の先端、二又に分かれた刃が兵士の死体を貫いていた。刃は漆黒で、時折血の滴が落ちる。


悪魔は尾についた兵士の死体を振り払う。彼女はその兵士の前に立ち止まり、見下ろした。


相手は地面にへたり込み、呼吸は乱れ、全身が震えている。顔は冷や汗と涙で濡れていた。


彼は恐怖に満ちた目で彼女を見上げ、震える唇で絞り出すように言う:


「あ……悪魔!主はお前を見逃したりしないぞ!」


悪魔はうつむき、軽く笑う:


「残念だね。どうやら主が先にお前を見逃したみたいだ。」


次の瞬間、尾刃が微かに震え、飛び出した。


兵士の言葉は途中で途絶え、その頭部はゆっくりと傾き、血流が鱗刃に沿って滴り落ちる。


「——違う!違う!お前は何をしたんだ!」洞窟の奥から、聞き覚えのある声が響く。


ドゥーンだ。


彼は松明を握りしめていた。松明にはいくつかの締め付けられた跡が残っている。顔色は青白く、片手で頭を抱え、震える髭から冷や汗が滴り、脚の鎧に落ちて、そこに付着した血液と混ざり合っている。


イルヴィアは振り返り、この無様な兵士長を見つめる。


「お前の兵士たちは全員死んだよ。」彼女は平静に言う。「それに、お前の司祭様もな。」


「お……お前という悪魔め!」ドゥーンの声は怒りで歪み、歯と髭が擦れ合ってザラザラとした音を立てる。


彼は突然叫び声を上げる:「俺が殺せと言ったのはケルヴァだけだ!ケルヴァだけだ!なのに俺の兵士を全員殺しやがって!俺は誰を率いるんだ!誰を派遣するんだ!」


「おや?」イルヴィアは首をかしげる。「君は何を率いられるとでも思っているのかい?」


彼女は右手を上げ、隅っこで縮こまっている奴隷たちを指す。


ドゥーンはその方向を見て、しばらく呆然とした。


そして怒り狂ったヒキガエルのように、筋肉を膨らませ、青筋を浮き上がらせる。


「くそったれの悪魔め!俺がお前の嘘を信じたのが間違いだった!」彼は猛然と剣を抜き、目を真っ赤にする。


「知ってるぞ、魔法使いの魔力回復はそんなに早くない。あれだけの感情魔力を使ったんだ。今はもう魔法なんて放てないんだろ?」


イルヴィアはあくびをし、自分の尾を弄びながら言う:


「だから?」


「お前の首を持ち帰れば、ケルヴァを殺すよりずっと高い爵位が手に入る!」ドゥーンは歯を食いしばる。


彼は怒号とともに剣を掲げて突撃する——


「ブスッ!」


一振りの短剣が、背後から彼の胸を貫いた。


「この日をずっと待っていたんだ。ドゥーン!」トーレンの声が彼の耳元で響く。


彼の手は剣の柄を握り、もう一方の手でドゥーンの肩を押さえ、抵抗を封じる。


「お前の兵隊のクズどもと一緒に地獄へ落ちろ!」


「この畜生め!」ドゥーンの喉から血の泡が溢れ出る。


「ゴホッ……ゴホッ!」彼は怒号とともに振り返り、左手でトーレンの手首を掴み、右手の長剣を振り下ろす。


刃がトーレンの衣の端をかすめるが、皮膚には届かなかった。


トーレンは事前に準備しており、横に身を避け、致命傷を間一髪でかわす。


「ドン!」鈍い重い音が響く。別の奴隷が石を振り回し、ドゥーンの兜に叩きつけた。


「お前ら!よくも!」ドゥーンは血を咳き込みながら後退し、髭が血で固まり、かえって彼を小さく見せていた。


剣を振り上げようとしたその時、さらに別の石が彼の手首に当たる。


「ああ!」彼は痛みの叫びを上げ、長剣が手から離れて飛び出し、「ガチャン」と岩壁に当たり、数回跳ねて奴隷たちの群れの中へ転がり込んだ。


さらに多くの石が彼に襲いかかる。


「ああ!やめろ!やめろ!痛い!」彼は岩壁の前に押し込まれ、胸と額から血が溢れ出る。


彼は声を裂いて叫ぶ:「悪魔様!助けてください!俺の魂を差し出します!俺の魂と引き換えに!あの畜生どもを殺してください!」


——イルヴィアは彼に応えず、むしろイクのそばへ歩み寄った。


「お前、あの剣を拾え。鍔の下にあるボタンを押せ。」


隅に座り込んでいたイクは、虚ろな目をしていたが、その言葉で一気に現実に引き戻される。


「あっ!」


彼は震えながら、ドゥーンが落とした剣を拾い上げた。


「確か兵士長の使う剣は、他のとは違うんだったよね。」イルヴィアは頬杖をつき、その口調には無造作な好奇心が混じっている。


「『感紋兵器』って言うんだっけ?」


次の瞬間、剣身が轟然と震え、なんと中央から割れ、そして一側に揃い、炎が剣身の中で爆発的に湧き出し、刃を包み込んだ。


イクはぼんやりとその剣を見つめる。炎が彼の顔の血痕をくっきりと照らし出していた。


「自分は何を経験してきたのか?」


「数十年もの間、神を信仰し、誠実に祈り、戒律を守り、あらゆる苦難に耐え、最終的な救済を待ち望んできた。」


「だが最後に待っていたものは何だった?」


「悪魔が主導するゲーム。」


「そして自分は、その悪魔の『気まぐれ』によって、本当に生き延びてしまった。」


「自分と家族が数十年にわたって捧げてきた誠実さと犠牲は、このゲームの前では、いかに滑稽で安っぽいものか。」


「そんな考えを持つ自分こそ、神への最大の冒涜だ。」


だが……


「もし生きることがすでに教義に反しているのなら、もし神が本当に魂を重んじるのなら——」


「ならば、死を与えることこそが真の啓示なのか?」


彼は猛然と顔を上げ、イルヴィアを見つめた。


悪魔は何も言わず、ただまばたきをし、尾の先でだらしなく隣のドゥーンを指した。


トーレンはすぐにその意図を悟り、口元に狂気の笑みを浮かべる:


「ははは——分かったぞ——」


イクは笑いながら徐々にドゥーンに近づく。炎が彼の笑顔をはっきりと、そして恐ろしく照らし出す。


「これこそが——神託だったのか。」


「やめろ!来るな!あああああ——!」ドゥーンの最後の絶叫が洞窟にこだまする。


彼は血の中、仲間の死体をかき分け這い回ろうとするが、奴隷たちに囲まれ、炎と石が同時に降り注ぐ。


絶望の絶叫が石壁を突き抜け、外の暗い森へと広がっていった。


奴隷キャンプ、聖所の門前。


ケルヴァの胸元の十字架の目がゆっくりと閉じた——それは再び彼の祈りに応えたのだ。


「神のご加護に感謝します……」彼は低くつぶやき、血まみれの腹部を押さえながら、よろよろと聖所の中へと踏み入った。


石壁の上の蝋燭の火が揺らめき、巻物と羊皮紙で埋め尽くされた作業台を照らし出す。


「まさか……ここまで追い詰められるとは。」ケルヴァは歯を食いしばり、冷や汗が鬢を濡らす。


彼はよろめき、半身を作業台に激しくぶつけた。


作業台の上には研究資料が山積みになっていた——淡黄色の紙には魔法陣と走り書きのメモがびっしりと描かれている。


ケルヴァは乱暴にそれらを床に払い落とした。紙片が空中で舞い散り、その下に隠れていた純白の羊皮紙が露わになる。


「見たこともない魔法だ……」彼は息を切らしながらペンを掴む。「この術者の存在は、必ず十字裁决に報告せねば。」


ペン先が急切に羊皮紙を走る:


「サイレアン紀元71年10月15日。正体不明の術者が奴隷の暴動を扇動。その魔法は既知の闇影系には属さず、強度は異常であり、特徴は不明——」


ペン先が突然止まった。


一匹の冷たく、血の気のない断手が、不意に彼の書いている右手首を掴んでいた。切断面は滑らかで、暗紅色の血の滴が無言のうちに床の影へと滴り落ちる。


ケルヴァは息を呑み、振りほどこうとする。しかしさらに多くの断肢が蔓のように、床の粘稠な影から溢れ出し、彼の四肢、首をがっちりと締め付ける。それらは互いに絡み合い、積み重なり、瞬く間に彼の前に、残肢で積み上げられた歪な人型の輪郭を形成した。二つの手が「頭部」の位置で交差し、口の形を模している。


「お前の書き方は不正確だ。」その「口」が開閉し、非人間的で平坦な声を発する。


「ケルヴァ司祭様。」


ケルヴァは全身を硬直させ、無理やりこの恐怖の造形物を直視する:「お前が……あの魔法使いか?」


一匹の断手が彼の右手を無理やり押さえつけ、ペン先を紙の上で動かす。


「イルヴィア。それが僕の名前だ。」冷たい縦線が一本、走る。


「だが、もう一つの名前なら、君もよく知っているだろう。」ペン先が動き、縦線のやや下に、鮮やかに横線を一本引く。


「逆さ十字……」ケルヴァの両瞳が収縮する。その瞳にはこの冒涜的な象徴だけが映っている。彼の声は乾いて嗄れていた。「悪魔……だ。」


「正解。」口を形作る二つの手が歪み、歪な「OK」のジェスチャーを描く。


「僕が使っているのは、確かにただの闇影魔法ではない。」


「奴らに希望を再び信じさせるのに、結構手間をかけたんだ——」


「その上で——自ら彼らを奈落へ突き落とした。」


指節が互いに擦れ合い、ギシギシと笑うような音を立てる。


「絶望を駆動させる魔法だ!」


ケルヴァは歯を食いしばり、最後の魔力を掌に集中させる。


「この邪悪なる者め!」


しかし次の瞬間、鈍い音とともに悲鳴が響く——彼の両腕は無残に折り曲げられていた。


「誠に残念だ——」口部の手掌が突如として歪み、関節が不可能な方向へと曲がっていく。耳障りな音とともに、肉片と筋膜を伴った鋭い骨棘が次々と青灰色の皮膚を突き破り——


ケルヴァに向かって伸びていく。


「お前は今夜、死なねばならん。」


ケルヴァは全身を拘束され、口までも腕で覆われていた。時間が無限に引き延ばされたかのようだ。


彼はただ、それらの骨棘が自身の網膜の中で拡大し続けるのを、見つめることしかできなかった——


絶望の絶叫が石壁を突き抜け、外の暗い森へと広がっていく。


イルヴィアは洞窟の入り口に立ち、中で縮こまっている奴隷たちを見つめていた。血が彼女の足元に広がり、土を赤く染めている。


彼女の視線は群衆をなぞり、やがてイクに留まった。


元貴族は血溜まりにへたり込み、虚ろな目をして、唇を震わせながら、何かの祈りの言葉をまだ繰り返しているようだった。


イルヴィアは彼の前に歩み寄り、懐から血にまみれた六目の十字架を取り出す。


「やるよ。」


彼女はその十字架をイクの前に投げ捨てた。


イクは呆然とうつむき、その銀製の十字架を見つめる——それはケルヴァの神徽であり、三目司祭の身分の象徴だった。


「こ……これは……」


イルヴィアは彼を無視し、


背を向けて立ち去りながら、最後の一言を残す:


「お前たちは自由だ。」


イクは震える手を伸ばし、その十字架を拾い上げる。


六つの目は全て閉じられ、冷たく、沈黙していた。


---


イルヴィアが森を抜ける頃には、空がほのかに明るみ始めていた。


彼女のマントは血にまみれ、尾の鱗はゆっくりと収縮し、控えめな黒へと戻っていく。頭上にあった悪魔の角も次第に閉じ、炎が消え、枯れ蔓のような形になって頭の側面に張り付く。


崩れかけた教会の鐘楼の下で、あの女性の影が既に長く待ち構えていた。


「戻ったか。」師匠の声は相変わらず冷たい。


「任務完了だ。」イルヴィアは前に進み、血のついた羊皮紙を差し出す。「百十二人、全て片付けた。」


師匠は羊皮紙を受け取り、上の血痕を一瞥し、それからイルヴィアを見上げる。


「奴隷は?」


「生きている。」イルヴィアは平静に答える。


数秒の静寂が続いた。


「依頼は完了していない。」師匠の声には波立つものがない。


「完了したよ。」イルヴィアは顔を上げ、四つの菱形の縦瞳を師匠の方向に向ける。「依頼書には『この森の人間を全て片付けろ』と書いてある。」


彼女は肩をすくめる。


「だがこの国の法律では、奴隷は『人間』に含まれない。だから僕は兵士百五名と神職者七名——全ての『人間』を片付けた。奴隷は……」


「そもそも依頼の範囲外だ。」


師匠はしばし沈黙した。


そして、彼女は軽く笑った。


「言葉遊びか。」師匠は評価する。「悪くない。」


彼女はマントの下から暗紅色の水晶を取り出す。朝の光の下で不気味な輝きを放っている。


「これはお前のものだ。」


イルヴィアは魂の楔を受け取り、掌の中で微かに熱を帯びるのを感じる。それは奇妙な感覚だった——何かが自分と共鳴しているかのように。


この楔は元々誰かのものだった。だが今、その持ち主は既に死んでいるか、あるいは感情を失った空っぽの殻と化し、考える力を失い、ただの生物へと成り下がっている。本体から離れた魂の楔は魔力を補充することはできないが、彼女にとっては……


それで十分だった。


少なくとも、いざという時、この楔に蓄えられた魔力を使えば、数回の高強度魔法を放つことができる——使い切れば終わりだが、何もないよりはましだ。


さらに重要なのは、魂の楔があれば変装術を使い、人間の街に紛れ込めることだ。


「ありがとう。」


「とはいえ。」師匠は視線を逸らす。「お前は洞窟の中で、奴隷を二人殺したな。」


イルヴィアは一瞬固まる。


「最も濃密な絶望を生み出すためか?」師匠の声は依然として平静だ。


「そうだ。」イルヴィアは率直に認める。「それが最適解だった。たった二人を犠牲にして、他の数百人の命を救った。」


師匠の視線が再びイルヴィアに戻る。


それが非常に不快で、彼女はすぐに話題をそらす。


「そうだ、師匠。依頼主の報酬は、魂の楔だけじゃなかっただろ?」


「ん?」


「つまりさ、」イルヴィアは顔を上げる。「百人以上を殺して、魂の楔一つだけってのは、師匠が承諾するとは思えない。依頼主は実際に何を払ったんだ?」


師匠はしばし沈黙し、それから淡々と言う:


「ベロの町の住民、全員の魂だ。」


「?」


「依頼主が約束した報酬は、ベロの町の住民全員の魂だ。」師匠が繰り返す。


イルヴィアはまばたきする:「この町には何人いるんだ?」


「およそ三千二百人だ。」


「……」


「……」


「……師匠。」イルヴィアの口元が引きつる。「三千以上のピンハネかよ?」


師匠は否定せず、何かを探し始める:


「契約内容は、この奴隷キャンプの連中を殺すだけじゃない。」


「他に何がある?」


「自分で見ろ。」師匠は懐から一枚の羊皮紙を取り出し、イルヴィアに差し出す。


イルヴィアはそれを受け取り、朝の光を頼りに文字をなぞる。


彼女の瞳孔が微かに収縮する。


「この地域の大司教になるための助力。第一段階、ベロ大森林の全人間の排除。その他の段階は、貴女のご判断にお任せします」


「こんな曖昧な依頼、よく受けたな……いや、違う」イルヴィアは顔を上げる。「相手は神職者なのか??」


「あれほど豊かな報酬を約束してくれたんだ」師匠は肩をすくめる。「もちろん愛弟子のために引き受けたさ」


「あいつ、払えるのか?」


「さあな。だが、払えない可能性の方が高いだろうな」


イルヴィアは手を上げてこめかみを押さえ、目の前の「人間」を地面に叩きつけたい衝動を必死に抑える。


「深く考えるな。」師匠が突然近づき、数巻の羊皮紙を彼女の首筋に当てる。声が少し低くなる。「契約を結ぶかどうか、契約を続けるかどうか——」


「これからは、お前自身が決めろ。」


イルヴィアは羊皮紙を受け取る。


羊皮紙に触れたばかりの首筋に、真紅の「50」という文字が浮かび上がる。幾筋もの鎖が焼き印のように虚空から伸び出し、彼女の首に絡みつく——冷たく、鋭く。


鎖がわずかに締まり、数瞬の後に光の粒となって消え去る。


彼女は手を上げてその皮膚に触れ、複雑な表情を浮かべる。


「最終目的地で待っている。」


師匠は背を向け、その影が朝霧に溶けていく。


「もしお前が生き延びていたら、だがな。」

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


私は日本のファンタジー、特に「洋風ファンタジー」が大好きで、この作品を書きました。ただ、私は外国の作者であり、日本語は母語ではございません。翻訳ツールを利用して日本語に変換しておりますので、文法や表現の誤りが多々あるかと思います。その点、どうかご容赦いただけますと幸いです。


仕事の都合上、続編や連載を継続することは難しいかもしれませんが、この一作を書くことができて本当に良かったと思っています。読んでくださった皆様に、心から感謝申し上げます。


もしこの物語が少しでも皆様の心に残るものであれば、何よりの幸せです。


本当に、ありがとうございました。

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