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【第四幕:祝福されざる勝者】

 舞踏会の終幕。  大広間は、ざわついていた。  だがそれは、先ほどの土下座祭りとはまるで違う、  どこか気まずさと畏怖を孕んだ沈黙と、ぎこちない拍手によるものだった。


「──セシリア様、おめでとうございます!」 「いやあ、見事な立ち回りでした! あは、は……」


 そう言って近づいてくる貴族令嬢たちは、誰もが目を泳がせていた。  それは決して、羨望でも、共感でもなかった。  賞賛の言葉に添えられた笑みには、明確な恐怖があった。


 ──あれを怒らせたら、どうなるか分からない。


 そんな空気が漂っていた。


 私は微笑を返しもせず、淡々と頷くだけだった。


(……分かってるのね。私が“脚本を殺した”ことを)


 彼女たちもこの世界の登場人物。  大なり小なり、与えられた“役”を演じていたはずだ。  それを、私が壊した。  ルールを、フォーマットを、  なにより、“物語”そのものを、私が潰した。


 人は、物語の中にいれば安心する。  誰が善で、誰が悪か。  どこで笑って、どこで泣くべきか。  そういうシナリオがあるから、人生は分かりやすい。


 だが、私はそれを許さなかった。  私自身が、台本に書かれた悪役だったからだ。    ──それなら、書き換えてやる。


 私は“役割”を棄てた。  ただの登場人物であることを拒否した。   「セシリア様、乾杯の音頭を……」 「……結構よ」


 言葉を拒んだ私に、場の空気が再び凍る。


 ──けれどそれでいい。


 私はヒロインでも、主人公でもない。  ただの“脚本クラッシャー”。


 そして、それは“全員”にとって脅威だった。



 夜会は続いていた。


 王子クラウスは顔を赤くして沈黙し、  誰とも目を合わせないよう、無言でグラスを傾けていた。


 賢者アーサーは妙にテンションが高く、  「いやあ! やっぱりセシリア様は違う!」と繰り返しながら、  ケーキとワインを交互に摂取して胃を壊しかけていた。


 騎士ギルベルトは片手で筋トレ用のダンベルを握りしめ、  もう片方の手で机に頭を打ち付けながら自省を繰り返していた。


(なんなんだこの空気)


 もはやコメディにもなりきれない半端な静けさ。  登場人物たちは生きている。  だが“物語”はもう、死んでいた。


 台本を失った役者たちは、みな何をすべきか分からなくなっていた。


 クラウス王子は“許しを請う恋人”という役を得られなかった。  アーサーは“理解者として寄り添う存在”の立場を奪われた。  ギルベルトは“忠義の騎士”を演じる余地すらない。


 私が脚本を壊したせいで、彼らは“舞台に残された人形”になっていた。



 私はバルコニーに出た。  星が静かに瞬いている。  秋風が髪を揺らす。


「……勝った気がしないわね」


 誰にも聞かせるつもりのない独白だった。


 だが、背後からそっと声がした。


「……セシリア様。お話しできますか?」


 振り返ると、そこにはリリアンがいた。  すっかり取り巻きも王子も引き連れておらず、  ひとり、ただの少女として立っていた。


 その姿はひどく小さく、そして、弱々しかった。


「……なにかしら」


「わたくし……何もかも、間違っていました」


 涙がこぼれそうな目。  演技か、本心か、もはやどうでもいい。  だが彼女の表情に、演技を装う余力はなかった。


「私、本当に“ヒロイン”になりたかったんです……  皆に愛されて、輝いて……でも、気づいたら、  全部誰かに言われたセリフばかりで……  私の言葉なんて、何一つなかった」


 彼女は、自分の“言葉”を喪失していた。


 それはまさしく、台本通りにしか生きられない者の末路。


 私は彼女を見つめる。


「これからあなたが、何を信じて生きるのか。それが全てよ」


 彼女の瞳が揺れる。  はじめて、自分の心で物事を受け止めようとしているようだった。


 リリアンは、黙って頷いた。  そして、何も言わずに去っていった。


 それだけだった。



 夜風がドレスの裾を撫でる。  脚本は終わった。  役割は剥がされた。


 これから始まるのは、物語ではなく、人生だ。


 その人生に、拍手はない。  歓声も、ハッピーエンドも、用意されてはいない。


 だが、それでも。  私はこの結末を、選んだ。


 “幸せになる”物語ではなく、  “物語から降りる”という結末。


 ──それでも。


 セシリア・ド・ラファエリは、微かに笑った。    世界が静かに、書き換わっていく音がした。


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