【第三幕:地獄の土下座祭り】
断罪イベントが──終わった。 正確には、“断罪されるはずだった私”が証拠の山と論破の嵐で完全無罪を勝ち取り、 逆に“脚本側の人間たち”が、集団で精神崩壊を始めたのである。
私は扇を閉じ、舞台袖へと歩き出す。
(これで終わり……じゃないわね。まだ、全員の役が崩れたわけじゃない)
──そのときだった。
「せ、セシリア・ド・ラファエリ嬢!」
鋭くも震えた声が、舞台を止めた。
立っていたのは、王太子クラウス。 その隣には、半泣きのリリアン。
「……なんでしょう。クラウス殿下」
振り返った私の顔は、微笑んでいた。 けれど、会場の誰もが気づいていた。 その笑顔が、氷のように冷たいことに。
「……どうか……どうか、我々に償わせてほしい」
そう言って、王子はその場に膝をつき── 頭を地面にこすりつけるようにして、土下座した。
「「「うおおおおおおおおおおおお!!!!」」」
貴族たちの叫び。 観客席の悲鳴。
「おい王子!?」「頭ぶつけた!?」「やばい!衝撃音した!!」
けれどそれは、序章にすぎなかった。
◆
「セシリア様あああああああああ!!!」
賢者アーサーが王子の隣で正座し、両手を合わせる。 その目からは滝のような涙。
「魔法で浮かせてた三十巻分のラブレター! 全部燃やしますから! どうか、許してぇええ!!」
「えっ!? 燃やすの!? 保管してたの!? しかも三十巻ってなに!?」
「さらに音声化もして朗読劇にしてました!!」
「重い!! 重すぎる愛が怖い!!」
次に騎士団長ギルベルトが跪き、 「セシリア様の水差しを勝手に使ってプロテイン溶かしてましたァァ!!」と叫ぶ。
「それは知らなかったわね!? てか謝る順番おかしくない!?」
「あと、セシリア様の飼っていた猫とセルフィー撮って、勝手に“飼い猫コレクション”にしてました!」
「ほんとやめて!? 動物は巻き込まないで!?」
◆
会場の隅で、取り巻きたちが順番待ちしていた。
「……あの、セシリア様……私……幼少期の芋写真をリリアン様に流しました……」
「おいこらぁぁぁ!!」
「わ、私っ……あなたの落としたハンカチ拾って売りました……」
「売ったぁああ!? ネットフリマじゃねぇぞ!!」
「さらにセシリア様が図書館に置き忘れたメモ、ラミネート加工して保存してました!」
「コレクター気質すぎるでしょ!? 愛の方向性がホラー!!」
謝罪という名の懺悔大会が、止まらない。 なぜか罪状がだんだん私刑に近づいてる。
「……もはや断罪イベントっていうより、供養祭なのでは?」 「セシリア様の受難を祀っている……?」
観客たちの声すら、冷静になってきた。
「我ら、セシリア様断罪台祭を改め、“救済大感謝祭”に変更を……!」 「アホか!?」
◆
そのとき、リリアンがぺこりと頭を下げた。
「セシリア様……すみません。何もわかっていませんでした」
涙を滲ませたその瞳は、どこか演技がかって見えた。 ──いや、実際演技だったのかもしれない。 私は目を細める。
「でも、どうか……私も……謝罪を──」
私は彼女を制した。 手を、ひと振り。
「リリアン。あなたはまだ、気づいてない」
「え……?」
「あなたが何に操られていたか、じゃない。あなた自身が──何を望んでいたか」
リリアンの顔が、強張る。
「人から愛されたい? 称賛されたい? 悪役を倒すヒロインになりたい? ……全部、あなた自身の願望よ。脚本だけのせいじゃない」
「そ、そんなこと……私は……そんなつもりじゃ……」
だが、彼女の足元から黒い煙が立ち昇る。 脚本の断末魔のように、呪縛が砕けていく。
「あなたの中の“ヒロイン”像が死んでいく音がするわ」
私は背を向ける。
「だから、私はあなたを許さない」
凍りつく空気。
笑いも、どよめきも、土下座すら止まる。
「私が壊したのは“脚本”だけ。あなたの人生は、あなたが始末をつけなさい」
◆
私のドレスの裾が、静かに揺れる。
誰も、声をかけられない。
舞踏会は終わった。 喜劇は終幕した。
──そして、全員が知った。
この物語が、“ハッピーエンド”ではないことを。
セシリア・ド・ラファエリは、ただ一人、 この物語に“最終回”を叩きつけたのである。