【第二幕:脚本粉砕☆断罪阻止大作戦】
──王子の口上、開始五秒前。
バイオリンの旋律が優雅に舞い、金色のシャンデリアが光をきらめかせる。 壇上に立つ王太子クラウス・フォン・エルトリシアの後ろで、私──セシリア・ド・ラファエリはそっと、扇を開いた。
(さあ、開幕よ……! 地獄のツッコミ舞踏会のはじまりよ……!)
◆
「皆の者、本日は我が王立リューゼンベルク学園の──」
王子の冒頭挨拶を、私は見事に遮った。 いや、狙ってやったのだ。拍手の合間に、完璧なタイミングで。
「申し訳ございません、クラウス殿下。その開会宣言、いったんストップで」
バァン!と舞台中央に立ち、私は“巻物”を広げた。
「ここに! 断罪イベントの! 脚本の原本がありまーす!!」
「原本だと!?」
「それどこから持ってきた!?」「いや存在してるのかそんなもん!?」「マジであったぁぁ!?」
どよめく会場。上手く乗った。
「まずは証言VTRをご覧ください!」
「……VTRって何だ」
「魔導結晶録画です。ほら、スフィアに投影!」
天井から降りた謎の球体が光を放ち、ホログラムが再生される。
──そこには、取り巻き令嬢たちが放課後のサロンで優雅に茶を啜りながら、 「セシリア様が何もしてないと困るんですよねぇ」などとしゃべっている様子が……。
「な……ななななんでこんな映像がッ!?」
「奇跡の瞬間☆バッチリ収録。どうぞリピート再生を」
◆
私は眼鏡(伊達)をかけ、片手に指し棒を持った。 地面に投影される“事件当日の動線マップ”を踏みながら、私は優雅に歩く。
「こちらをご覧ください。これが、私が“暴力事件を起こした”とされるタイムラインです」
指し棒がカツカツと音を立てる。
「が、その時刻、私は──この図書館にて」
ピッと指し棒が跳ねる。
「こちらの生徒と共に、『国家形成と魔法制度:基礎理論(改訂第五版)』を読んでいました。こちら、生徒手帳の貸出履歴。インクの鑑定。試験官の証言」
目撃証言パネル、資料、証拠写真が空中に並ぶ。
「……情報量が多い!!」「お前、裁判か!!」「もはや舞踏会じゃない!!」
会場からツッコミが飛ぶ。
(いいぞ、盛り上がってきたわ)
「さらに、問題の“暴力事件”の場所。校舎裏庭で、目撃者ゼロ。監視魔法も当時停止中」
私はニヤリと笑う。
「……なのに、なぜ断罪できるのか。誰か説明をどうぞ」
王子たちは、そろって顔を見合わせる。
「そ、それは……だな……リリアンが、泣いて……」
「はい! 感情論入りましたーーー!!」
赤い札を掲げて叫ぶ私。
「異議あり! ってレベルじゃないわ。これはもう、感情が主観を殴り倒してるわよ!!」
◆
私はさらに畳み掛ける。
「こちら、リリアン嬢が“怪我をした”とされる腕の状態。事件翌日に剣術部で素振りしてます」
「う、うそ……っ」
「しかも握力測定、通常値より高い。おそらく回復魔法か、もしくは最初から怪我なんてなかった!」
「黙りなさいっ、セシリア!! あなたが悪役だから、みんながあなたを責めるのよっ!」
「出た! 脚本に毒されたセリフ!!」
私は指し棒をブンッと振る。
「この世界では、誰かの“役”に沿って行動すれば、真実はどうでもいいのね? ならば聞こう。王太子クラウス殿下。あなたは私が“悪役令嬢”という役だから罰したのですか? それとも、本当に私を“人”として裁いたのですか?」
クラウスが言葉を詰まらせる。
「私は……それは……」
「さぁさぁ! 王子様、答えて!! この“脚本”から自立できるのか!!」
◆
「……くっ……わからない……っ! 俺は、何をしていたんだ……?」
観客がどよめく中、クラウスが膝をつく。
その瞬間、背後から声が響く。
「セシリア様……ッ! 我々も、申し訳ありませんでした!!」
攻略対象その2、賢者アーサーがど派手に土下座。
「ちょっ、何やってんの!?」「アーサー!?」「この人、地面に額めり込んでる!?」
「すみません! 脚本に従って、何も考えず悪役扱いしてましたァ!!」
「反省が派手すぎる! 誰か止めてあげて!!」
その場にいた攻略対象たち、取り巻き、教師陣すら、次々と“土下座の連鎖”。
「やめろ! 舞踏会の床が土下座祭りになってる!!」
私はスカートを翻し、すべてを見下ろして言う。
「台本どおりの断罪など、いらない。私は“真実”のために、この舞台に立ったのです」
◆
リリアンが震えながら立ち上がる。
「……セシリア様……なぜ……優しくしてくれたのに……どうして、こんな……」
私は一歩だけ彼女に近づいて、静かに言う。
「それは、あなたがヒロインだったからじゃない。私はね、リリアン。あなたの“中にいる誰か”にムカついてたの」
「……なかに、いる……?」
「そうよ。あなたの背中に寄生してる“台本”。あなたが無意識に従っていた、“キャラ設定”。 それが、全部──うざかったの」
観客の誰かが、ぱち、と拍手をした。
そして──拍手は徐々に広がり、会場中を包み込む。
「……舞踏会……じゃないよね、これ」「いやでも、ちょっとスッキリした」「セシリア様が主人公で良くない?」
私は静かに一礼する。
「ありがとう。でも私は、主人公になんてなりたくないの。せいぜい、物語を“終わらせる役”くらいがちょうどいいわ」
会場が、静まり返る。
空気が、変わる。
それは、喜劇の終幕。役者の退場。
私は踵を返し、幕の向こうへと歩いていった。
(──さようなら、クソみたいな物語)