【第一幕:転生したらクソ脚本でした】
悪役令嬢ものにありがちな「断罪イベント」。
これを徹底的にぶっ壊したらどうなるのか?という興味から生まれたお話です。
コメディ全開ですが、最後は少しだけビターな余韻を残します。
ごゆるりとお楽しみください。
王立リューゼンベルク学園。
由緒正しき貴族の子弟が通う名門校に、春の風が吹き抜ける。
その風に揺れるブロンドの髪。宝石のような紅い瞳。柔らかなレースの制服。
人々がため息とともに振り返るその姿。
「おはようございます、セシリア様」
「今日もご機嫌麗しゅうございます」
階段の踊り場で一礼する生徒たちに、私はにっこりと微笑み返す。
「ええ、ありがとう。素敵な朝ね」
そう。私はこの国の侯爵令嬢、セシリア・ド・ラファエリ。
──いや、違う。
(誰だよセシリアって!? 私の名前、日野原さやかですけど!?)
心の中で叫びながらも、私は優雅に微笑み続ける。なぜなら──
**ここは乙女ゲームの中だからだ**。
◆
気がついたら見知らぬ天蓋付きベッドの中で目覚めていた。
目の前にはおしゃれな三面鏡、窓の外にはマナを帯びた白鳥。
目の端で、青い炎がくるくる回ってる魔導灯を見て私は思った。
(──あっ、乙女ゲーじゃん、これ)
そして自分の顔を鏡で見て、気づいた。
これはゲーム『紅き薔薇と黒き罰』のラスボス、悪役令嬢セシリアの顔だと。
(え、私、死んだっけ……?)
思い返すと、徹夜明けでカフェインキメながら某アプリの断罪イベント回を実況プレイしていた。
そのままコタツで……爆睡? もしかしてそのまま……?
(異世界転生モノ、他人事だと思ってた)
しかも、よりによって断罪ルートが確定している悪役令嬢に転生。
攻略対象に嫌われ、ヒロインに土下座し、最終的に公開処刑ENDという**クソ脚本の被害者**。
(クソゲーとか言ってごめん、開発者。でもこれ本当にクソだわ)
◆
さらに運の悪いことに、断罪イベントは“卒業舞踏会”──つまり三ヶ月後に控えていた。
(死刑宣告のカウントダウン付きって、悪趣味にも程がある)
私は全力で情報収集した。
貴族界隈の噂、過去イベントのフラグ、登場人物の性格分析。
まるで刑務所の中で脱獄計画を練る囚人のように、日々を生き抜いた。
それと並行して、ある事実にも気づいた。
(……この世界、シナリオの精度が荒い)
ヒロインは「清く正しい平民」なのに、転び芸が不自然なまでに発動する。
王子たちは「正義感が強い」設定のくせに、裏付けもなく怒る。
そして私セシリアは、**一言も喋ってないのに悪口を言ったことにされる**。
(選択肢バグってるだろ。私、最初から詰んでるの?)
でも、私は黙って断罪されるほど従順じゃない。
元・腐女子、元・ゲーマー、元・理不尽上司の下で10年働いたOL。
そんな私が導き出した結論はひとつ──
**ツッコめばいい。徹底的に。**
◆
私の作戦は三段構えだ。
まずひとつめ、ヒロインには一切関わらない。
彼女が転びそうになっても見て見ぬふり。
パンが宙を舞って彼女の口に飛び込んでも「物理法則を理解しようか」で終わり。
接触すれば自動的に断罪フラグが立つこの世界では、彼女は**バイオ兵器**と同義。
ふたつめ、取り巻き女子には**笑いと皮肉で迎撃**。
「セシリア様って、冷たいんですね!」
「ええ、冷蔵庫の霊圧感じるレベルで。触ると凍死するわよ?」
「庶民に優しくしてください!」
「だから昨年度、慈善団体に1万ゴールド寄付したわ。
その金で暖房入ったら、まず私に感謝しなさい」
三つ目、攻略対象男子には近づかない。
とくに王太子クラウスは、**地雷源に裸足で突っ込むタイプ**。
「セシリア、最近様子が変だな」
「ええ。地雷原で生きる知恵がつきました」
「……?」
思考回路が恋愛脳で止まってる王子たちは、この程度の皮肉にすら気づかない。
(お前ら全員、AIじゃなくて脚本で動いてんだろ)
◆
だが、予想外の出来事もあった。
「セシリア様、最近……お面白いですね……!」
「うちの兄が“令嬢ギャグ集”とか作ってました!」
(やめろ、それは黒歴史になるやつ)
いつの間にか私は「ユーモアセレブ」扱いされ、
“セシリア様の毒舌ランキング”なる紙芝居が生徒間で出回る始末。
しかしこれが功を奏し、ヒロインイベントはほぼ回避。
リリアンとは目すら合わず、王子も私の言動に困惑して絡んでこない。
(よし、このまま卒業パーティまでノーイベントで駆け抜けろ……!)
そう願った私の前に、**最悪の脚本**がやってくるのは、それから数日後だった。
取り巻きB子が、唐突に“セシリア様がリリアンに暴力をふるった”と主張し始めたのだ。
(……あんた、私が現場にすらいなかったって知らないの?)
目撃者ゼロ、被害者の証言のみ、そしてそれを即座に信じるクラウス王子。
──クライマックスの幕が、静かに上がった。
◆
そして、卒業舞踏会の夜。
私は真紅のドレスに身を包み、扇を片手に、舞台の中央に立つ王子とヒロインを見上げる。
脚本通りなら、ここで婚約破棄。
ここで泣き叫び、取り巻きが嘲笑し、リリアンが勝ち誇るはず。
でも私は、違う。
この日までに、証拠も、証言も、メモも、全てを手に入れてある。
もはや舞台は逆転の場──私にとっての“脚本粉砕式”。
「本日、我が婚約者セシリア・ド・ラファエリの──」
王太子が口を開いたその瞬間、私は一歩、前へと踏み出した。
(さあ、クソ脚本。あんたの命日よ)