03
北浜さんが訊ねてくる。
くりっとした大きな目が、興味津々そうに俺を見ていた。
しかし、その瞳にほんの少しの真剣さが滲んでいる気もした。
「とかってなんだよ」
「あ、そういうところ気になっちゃう人? 細かいなー、西町は」
不満げに言う北浜さん。
「いいから、答えてよ」
「彼女を作らないのか、だっけ?」
「そうそう」
「……自分で言うのも変だけど、俺に対してその質問でいいのか?」
「ほんとに変なこと言うね」
言うのは変だが、内容は全く変じゃないと思う。
北浜さんが俺なんかにこの質問をして、何も得られるものがない。
というかそもそも、興味すら抱くわけがない。
「時間の無駄になると思うから、無理して聞かなくていいよ」
「うわっ、西町めんどくさっ。すっごくめんどくさっ」
「……そんなにめんどくさいか?」
「卑屈さを善意として示してくるのはめんどくさいことだよ、西町くん?」
「急に本質突いてくるな」
でも、確かに北浜さんの言う通りなのかもしれない。
俺は黙って答えればいい。
ただそれだけ、か。
「彼女を作らないのか、だっけ? あ、彼女とか作らないのか、か」
「めんどくさい上に細かいなー」
悪口なのに顔は何でか楽しそうだな。
北浜さんらしいけど。
「そんなの説明するまでもない。ただ単純にそういう相手がいないだけだ」
「相手っていうのは、西町のハートを射抜くような凄腕スナイパーがいないってこと?」
「そういう風に考えられたら精神衛生上いいけど、違うな」
「へぇ、じゃあ答えをどうぞ」
場を整えられると妙に緊張する。
たいそうなことを言う訳でもないのに。
「俺を好きになるような人がいないってことだよ。だから彼女を作らない。というより、作れないの方が俺の場合正しい」
「ふぅん」
「どういう反応?」
「ふぅん、って反応だけど?」
「その反応について聞いたんだけど」
それ以上でもそれ以下でもないということだろうか。
まぁ、予想はついてたけど。
「ってことはさ、例えば西町が大モテして、両腕に飽き足らず足を使うまで女の子に言い寄られた場合、彼女を作るってこと?」
「仮定が頭に入ってこない」
「いいからいいから。考えてみそっ」
「……まぁ、そういうことかもしれないな」
適当に返しておく。
だって想像がまるでつかないから。
「ふぅん、そっか。そうなんだ。なるほどねー」
北浜さんがうろうろと歩く。
その足取りは軽く、どこか弾んで見えた。
「ふふっ、そっか。へぇ」
「どういう反応?」
「ひみつ」
なんだよ、秘密って。
♦ ♦ ♦
日常は、特に変わることもなくただ流れていく。
「――で、あるからして、この問題の答えは」
カリカリとチョークが黒板で削れる音が響き。
ぼんやりとノートにペンを走らせる。
「…………」
「…………」
今日は真面目に授業を受けている北浜さん。
様子は一つもおかしくない。
「……ねぇ、北浜さん」
「西町から話しかけてくるなんて珍しいね。ちなみに私のシャー芯は太めだよ」
シャカシャカ、とシャー芯を鳴らす。
でも、俺の目的はシャー芯を借りることじゃない。
「前に地球滅亡の日は何をするかって質問して来たよね?」
「そしたら西町は、よくわからないことを言ってたね」
「それ、訂正してもいい?」
「まぁ、別にいいけど」
北浜さんが黒板に視線をやる。
「じゃあ」
シャーペンを持って、ノートにその先を置いて。
北浜さんが手を動かそうとしたそのとき。
「地球滅亡の日は、彼女と過ごそうかな」
「っ⁉」
シャーペンの芯が折れ、ノートに転がる。
北浜さんは目を丸くさせて、俺を見ていた。
「それで、屋上で地球への愛を叫ぶよ。ふたりで」
「……ぷっ。あははははははっ」
北浜さんが口を押えながら笑う。
どうやらウケたらしい。
まぁ、ウケなんて当然狙ってもないんだけど。
「ほんと、西町は面白いな~」
「嘲笑じゃなくて?」
「嘲笑も混じってるかもね」
「聞かなきゃよかった」
「聞いたのは西町だから」
「わかってるよ」
そう、わかってる。
ほんとはわかってるのだ。
北浜さんの様子がおかしいことも、それにつられて俺の様子もおかしくなったことも。
現世に何があったのかも。
今だけの心地よさも
青春の酸いも、甘いも。
わからないのは前世のことと、明日の天気と。
それから、北浜さんが……。
そして、俺が……。
「じゃあ、西町も作らないとね、彼女とか」
「とかがずっとわからないんだけど」
「わからないままでいいよ。別に」
また北浜さんがクスっと笑う。
いたずらっ子の笑みだ。
「も、ってことは、北浜さんも?」
校舎裏で話していたことを思い出す。
北浜さんにも、わかっていることがある。
「うん、そうだね」
頬杖をつくと、俺の方に顔を向けて、にやっと笑いながら北浜さんはまた言うのだった。
「彼氏いないからさ。今は、ね」
授業中に、わざわざ俺を見て、しかも楽しそうに言う人を他に知らない。
あぁ、やっぱり。
やっぱりだ。
隣の席の北浜さんは様子がおかしい。
――おしまい。