猫ガミact.3
〈老人の下駄の音かな苗木市 涙次〉
【ⅰ】
じろさん、佐武ちやんの「ギャレエヂM」に顔を出した。愛車・三菱デボネアのパーツを求めて、の事である。
「ギャレエヂM」を訪れたのは、ジョーヌと行つたフォルクスワーゲン・ニュービートル・カブリオレの「お祓ひ行」以來の事だ。
店頭を飾つてゐたのは、珍しく二輪車で、ホンダの750ccのビッグ・スクーターNM4‐02に、同じくホンダの125ccスポーツ・バイク、グロム(2013年モデル)の二台。
「あんたとこで二輪は珍しいね」「あたしは『未來』を感じさせるものなら、何でも扱ふわ」エンスーの聖地の守り人を自認してゐる彼が、そんなアンヴィヴァレントな事を云ふ。二台とも賣約濟み、となつてゐた。
「両方あんたのお友達が買つてくれたのよ」グロムの方は、お馴染み輕二輪車ファンの杵塚なのはまだしも、NM4-02の方は仲本尭佳だと云ふ。仲本が大型二輪の免許を持つてゐた、とは、じろさん初耳だつた。
「あんたは四つ輪専門ぢやなかったのかい?」「あたしが使つてゐる者で、バイクに詳しいのがゐて、彼に任せてゐるんだわさ」
【ⅱ】
「風になつて、ぶつとばしたい、そんな事つてないか?」仲本は、珍しく酒に酔つてゐた。「そんな齡ぢやないよ、俺は」じろさんが云ふと、「俺が役人になる前、警察機構のどの位置にゐたか、知つてるか?」「知らないよ、あんたの前歴の事なんて」「交通機動隊員だつたのさ。或る事件をきつかけに、交機を辞めたいと、キャリアの試験を受けたんだ」-仲本が、自分の事を斯くもあけすけに語るのも、これまた珍しかつた。
「それが... また二輪の世界に逆戻りさ」「或る事件つて?」「それはいゝんだ。あんたに話すと、また【魔】だと云ふだらう。こないだのバスジャックのバスに放火、の件で、見くびつてゐた俺が間違ひだつたと、もううんざりした。【魔】だ【魔】だつて云ふ、あんた達の方がよつぽど【魔】に近いんぢやないのかい?」じろさん、これには苦笑した。
【ⅲ】
カンテラ「で、奴さん、その『或る事件』については、完全黙秘なのかな?」じろさん「さうだ。兎に角それに懲りてバイクを降りたのに、また(まるで惡癖の如く)乘ると云ふ。心が重苦しく、心療内科を受診してゐるらしい。奴は何だか混乱してゐるみたいだつた」「ふうん。まだ仕事未滿、と云つたところか」
テオ(猫ガミがまた復活したやうだ... 尠なくとも、僕の「PCテオ」はさう云つてゐる... 今のところカンテラ兄貴に話すところ迄、行かないかな。奴は、クルマに礫ね飛ばされた猫の怨念をバックに、後押しを受けた形で、二度目の蘇生をしたらしい。)
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〈猫とゐて春の短き語るまで 涙次〉
【ⅳ】
ところが... じろさんがアルバイトで稽古をつけてゐる、仲本の部下が云ふには、「仲本さん、こないだバイクで死ぬ目に遭つたさうなんです。なんか知らんが、首都髙で突然ハンドル操作を誤つて、危険運轉のかどで切符切られたらしいですよ。揉み消したみたいですがね。彼が云ふに、何か見た、とか」
「ふむ、猫でも礫ね飛ばしさうになつたかな?」「兎に角、仲本さんには、バイクの件で死んで貰ひたくない。官僚としては、理解ある方だから」
仲本「猫... なんであんたが知つてるんだ?」じろ「?」仲「俺はあの日、仔虎のごとくでつかい猫を避けて、慌てゝブレーキを切つたんだ」じろ「なある-」仲「なんか云つたか」じ「いや、こつちの事さ。氣にするな」
【ⅴ】
以上の話を総合すると、だうやら首都髙には猫ガミ(更にでつかくなり、肥えた)が出没する、と云ふ事になる。誰しも生き物は礫き殺したくはない。それを見越して、猫ガミは猫たちの怨念を晴らす為- あわよくばドライヴァー、ライダー達を事故死させる為- 己れの身を挺してゐるのだと云ふ事が分かる。
こゝで初めて、テオは、猫ガミ復活の話をカンテラ、じろさんに打ち明けた。
【ⅵ】
「じろさん、何か仲本さんの身に着けてゐたもの、持つてゐないかい?」「奴に借りたハンカチならあるが」「それでいゝ」
じろさん澄江さんに頼んで、そのハンカチ(綺麗に洗濯してある)を出して貰つた。
カンテラが護摩壇にそのハンカチを投げ入れる。すると彼の身は、すうつと消えた。
仲本の夢の中。猫がうじやうじやゐる中で、仲本本人が苦悶してゐる。「うーんうーん、た、助けてくれ、俺が惡かつた」
と、カンテラが現れた。「仲本さん、『或る事件』つてのは、あんたが猫を礫き殺した事を指すんだな?」「おゝ、カンテラ... 後生だから助けてくれ」
カンテラ、すつと拔刀し、まづ横に眞一文字、次に縦に眞一文字、太刀を揮つた。猫たちの靈は成佛し、四散、消え失せた。
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〈猫がをり猫が消えたら要注意9lives貴方を狙ふ 平手みき〉
【ⅶ】
じろさん、杵塚のZ250にタンデムで、首都髙に乘り入れた(「俺はグロムの試し運轉がしたかつたのになあ」と杵塚。グロムでは125ccなので、髙速道路には乘れない)。走つてゆく内に、恐らく仲本が事故つた場所だらう、猫ガミがふらり現れ、ごろんと横になつた。
じろさん、時速百キロオーヴァ―でクルマがびゆんびゆん飛ばす中、恐れもせずにバイクから飛び降りた- と、猫ガミの首筋を捉へ、頚椎の継ぎ目を外してしまつた! 猫ガミはこれで3度目となる、昇天をし、何事もなかつたかのやうに、杵塚・じろさんはZで走り去つた。
【ⅷ】
仲本がカンテラの事務所に來訪。「相談室」で、「いや、効いた。やはり藥よりも、剣かな」。カンテラ「これからも色々世話になる。あんたにはまだまだ達者でゐて貰はないと」仲本、4百萬(圓)用意してきてゐた。「だうか、これで」
カン「今回の事はあんたの優しさが仇になつた迄の事。でも、うちのテオが、くれぐれも飛び出し猫には氣を付けてくれ、と云つてゐたよ。その點、お含み置きを」
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〈春まだき光る首都髙ぶつとばす事の快樂云ふに任せぬ 平手みき〉
お仕舞ひ。The end of the story.