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 枯死病と呼ばれ、村人から恐れられる奇病。発症した者は同居する家族を巻き込んで亡くなっていく。町医者は早々に匙を投げた。原因の究明を目指そうとする医者がいなかったのは、貧乏な村人を助けても金にならないからだ。

 そんな絶望の中で唯一立ち上がったのが、ステファナだったのである。


 彼女はイバン達と共にシェケツ村の駐屯所へ向かった。シェケツ村から出られぬという制約がある以上、村の外を調査するには駐屯兵の力を借りなければならなかったのだ。

 ステファナは懇切丁寧に村の危機を説明し、協力を仰いだ。ところが彼らの反応は芳しくない。隊長は一応最後まで話を聞いてくれたが、憮然とした表情を崩さなかった。


「この村を含め三つの村で枯死病が確認されているのは聞きましたが、それ以外の場所で発症者がいないか、関連事項は他にないか調べてもらいたいのです」

「…失礼ながら、妃殿下に我々を動かす権限が与えられたとの報せは受けておりません。そうであれば、我々が妃殿下の命令に従う理由はございません」


 辺鄙な寒い村に在中させられているのだ。追加の任務なんて冗談ではない、といったところだろうか。隊員達から刺さる視線は、ステファナにそう訴えているようだった。それでも彼女は諦めず、切々と頭を下げて嘆願を続けた。


「あなた方に命令する権限はありませんが、わたしには民を守る義務があります。どうか力をお貸しください」

「………」


 イバンとアニタも黙って低頭する。その状態が暫し続いた。


「…皆、聞いていたな。妃殿下の仰せの通りにせよ」

「隊長!?」

「この大雪の中を出て行けと言うのですか!?」


 意外にもすんなりとステファナの要求が呑まれた事に、隊員達はどよめいた。不満を言い表した隊員は、隊長の厳しい一喝を食らうのだった。


「雪が降っているから出て行けぬとは、貴様らそれでも軍人か!」

「………」

「皇太子妃殿下が国民に対し、ここまでお心を砕いておられるのだ。妃殿下が民を守りたいと仰っているのに、我々が応えないでどうする!」


 隊長は話の分かる男であった。ステファナに向き直ると跪き、彼女よりも深々と頭を垂れた。


「私の親族もこの奇病により命を落としました。医者は何もしてくれませんでした。私も何一つできませんでした。憎き病の解明に繋がるのであれば、協力は惜しみません。責任は私が全て負いましょう」

「ご協力に感謝いたします」

「…どのようなお方が嫁いでこられたのかと思っておりましたが、我が帝国の未来は明るい事が今日わかりました」


 ステファナは買い被りだと苦笑したが、隊長は終ぞ否定することはなかった。


 情報が集まるのを待っている間にも、患者は増えていく。ステファナは家族全員が発症してしまった家へ足を運び、看病に心血を注いだ。枯死病は胃腸障害の症状が特徴のため、看病する側も過酷であった。幸いにしてステファナは、汚れ物の処理に慣れている。四人の弟妹を持った故に、そういう場面に遭遇することは多々あったのだ。

 イバンとアニタは初めのうち、得体の知れない奇病を恐れて病人に近寄る事ができずにいた。だがステファナが恐怖をものともせず、懸命に世話をして回る姿はやがて二人の心を動かした。


「こうなったら腹を括って、とことん付き合いますよ!」

「ご指示をお願いいたします」


 二人のように奮い立った者達は他にもいた。城へ手伝いに来ていた村人達である。彼らの方から、自分達も協力したいと手を挙げたのだ。


「誰がいつ発症するか分からないのでね。元気で動けるうちに、ステファナ様のお手伝いをしておきたいんです」

「ステファナ様が倒れたら元も子もないですよ。病人の面倒はあたしらでやりますから、調査のほうを進めてくださいな」

「あなた様だけが儂らの希望です。失うわけにはいかんですよ」


 頼もしく請け負ってくれた彼らのおかげで、ステファナは奇病の調査に時間を割けるようになった。

 しかも嬉しいことに、どこからか噂を聞きつけたダリアが、任務終わりに立ち寄ってくれたのだ。ダリアはシェケツ村をざっと見て回るなり「力になれる事はありませんか」と真剣に問うてきた。


「お気持ちは大変ありがたいのですけど、ダリアにはダリアの仕事があるのでは…」

「ご心配には及びません。これでも融通の効く立場にいるのですよ。妃殿下が尽力しておられると知りながら、静観しているのは私の性分ではありません。ご指示を頂けるほうが嬉しいです」


 そこまで言ってくれるならと、ステファナはダリアにも頼ることにした。


「民の窮状に対して親身になってくださる医師をご存知でしたら、紹介していただきたいです」

「それならば適任な者を知っております。すぐに文を出しましょう。到着まで少々日数を要しますが、人柄は保障いたします」

「本当ですか!感謝します。やはり素人の判断では不安なところがありましたので、これで百人力ですね」


 ステファナが安堵の笑みを見せれば、ダリアもふっと微笑むのだった。




 それから七日が過ぎ、山向こうの村まで行っていた駐屯兵が帰還した。収集してくれた情報も整理したく、ステファナ達は城へ戻っていた。厨房で炊き出しを行うエレナとノエルにも集まってもらう。


「隊長さんの報告によれば、五年前の夏に大火事があったそうです。それで村の半分が焼けてしまったと」

「大火事…言われてみれば、そんな騒ぎがあったような…」

「でも夏場の話ですし、関係ないですよね…?」

「いえ、それはまだ分かりません」

「どうしてですか?」

「枯死病と思われる病気が確認されたのは帝国の北部のみ、シェケツ村を含めても六つの場所でしか感染者の報告は無かったそうです。そういえばエレナとノエルにも聞こうと思っていたのですが、一昨年、シェケツ村でいつもと違う出来事はありませんでしたか」

「一昨年ですか?五年前じゃなく?」

「この村で初めて感染者が出たのは一昨年という事なので、その年に何かあったのか知りたいのです。他の方々にも聞いてみたのですが今のところ、思い当たる事はないとの答えしか貰えていなくて…」

「うぅん…何かあったかなぁ?ノエル、何か思い出せる?」

「…別に大きな事件は無かったと思うけど……あっ」


 一昨年の記憶を掘り起こしていたノエルが、何か思い出したらしい。


「春先のことだったんですけど、山から強い風が吹きつけて、色んな物が飛ばされた事がありました」

「ああっ!あったあった!竜巻みたいな風だったよね。あたしの家は大丈夫だったけど、屋根が飛んじゃったところもあったっけ!」

「リュシーの家も、屋根が一部剥がれていたと思います」


 しかし、家が壊れた事と病気に何の関連があるのか。そう疑問を呈したのはイバンであった。


「今は関連の有無に囚われず、何でも調べてみましょう。法則を見つけるのが先決です。エレナ、疲れているところ申し訳ないのですが、この村で亡くなった方々のうち、一昨年の竜巻で被害を受けた家がどれだけか調べてもらえますか?」

「はい!すぐに行ってきます」

「ノエルは引き続き炊き出しのお手伝いをお願いします。エレナがいない分、負担が増えてしまいますが大丈夫ですか?」

「大丈夫です!」

「食材の調達と配膳はイバンが主導で行なっていますから、足りないものがあれば彼に伝えてください。わたしは回診に行きます。出発しましょう、アニタ」

「はい」


 その日の夕刻、忙しく動き回っていたステファナの元へ、二人の村人が近付いてきた。その男達の顔に見覚えがあったアニタは「ステファナ様、今すぐ離れてください!」と焦った声を出すのだった。


「アニタ!?どうしたのです…っ」


 驚いたステファナが反射的に振り返れば、彼女に石を投げてきた男達が立っていた。男達はあの日と同じく怒りの表情を浮かべていたが、数が二人に減っている。もしかしたらあとの一人は、枯死病を発症してしまったのかもしれない。


「枯死病を調査するとか言って、病気を蔓延させるのは止めろ!!」

「あなたが彷徨くせいで感染が広がったんだ!この疫病神め!!」


 ステファナはすぐに言い返さなかった。以前の失敗もあり、言葉選びに慎重になっていたのだ。彼女よりもアニタのほうが怒りの制御を失いつつあった。誰よりも身を粉にして尽くすステファナに対し、許し難い言い草にも程がある。ふざけるなと叫びたかった。寝る間も惜しんで奔走している姿を知っているだけ、アニタの怒りは膨れ上がる。アニタも辛うじて反論せずにいたが、男達を厳しく睨みつけるのはどうにも止められなかった。


「…おい。なんだその顔は。オレ達に文句でもあるのか!?」

「アニタに乱暴するのはやめてくださいっ、お願いです!」


 男の一人がアニタに掴み掛かろうとしたので、ステファナは切羽詰まった様子で侍女の名を叫んだ。しかし当の本人は怒りのあまり恐怖を忘れているのか、存外肝っ玉が座っているのか全く怯まない。アニタの勇気は天晴れであるが、これでは男達をますます苛立たせてしまう。


「うるさい!偽善者が!!」


 殴り掛かろうと拳を振り上げた男の目は充血していた。友人あるいは、もしかすると家族が奇病の餌食になったのだろう。ステファナに怪我を負わせて狼狽えていた事など忘れ去っているあたり、彼らもかなり冷静さを欠いていた。

 ステファナはアニタと庇い合うようにしながら、痛みを覚悟して目を瞑った。素人が医者の真似事をしている自覚はあった。反発の声が上がるのは覚悟していた。その時は甘んじて受け止めようとも思っていたのだ。

 しかしながら、殴打の痛みがステファナを襲うことは無かった。やけに静かなことが気になり、恐る恐る目を開けてみる。すると眼前には、己の目を疑うような光景があったのである。


「………ゼナス殿下…?」


 漆黒の外套の上で揺れる、黄金の髪。皇族に受け継がれる金色を、ステファナは息が止まる思いで見上げていた。

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