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大変ありがたいことに後日談をというお声をいただいたので、今作を執筆しました。予想を超えて長くなったため、新しい連載小説として始めます。

前作のラストから十二年が経ったお話になりますが、未読でも問題はないと思います。それから注意事項ですが、作中には創作の病気または植物が出てきます。医学・植物学に乏しい人間の発想ですので、専門家から見ておかしい箇所があっても大目に見てください。

 古より大国と呼ばれるカルム王国は昨今、飛躍的な繁栄を遂げた。

 友好国との結びつきがより強固なものとなってから、以前にも増して交易が活発になった結果だ。カルム王国の品は外国によく売れるし、外国の品は国内で人気だった。おかげで民の懐も、国の金庫も非常に潤っている。

 それに加え、隣国に倣って農耕の発展に力を入れた事も成功に繋がった。カルム王国の王太后エイレーネは園芸に秀でた女人であったため、彼女の助言に従えば失敗することはなかった。

 二年前まで摂政を務めていた現王の父リファトは、慈善活動の推進に力を入れていた。社会的に弱い立場にある者達への救済措置をいくつも考案し、民の安寧を日夜追求し続けたのだ。当然、民衆からの人気は絶大で、それは二人の長子へと引き継がれても変わらなかった。王族が城の外へ出ると、行き先がどこであれ必ず民衆が熱烈に歓迎してくれた。


 ステファナと名付けられた王女は、そのような国で育った。白木蓮に似た髪色が柔らかに揺れる顔立ちは母そっくりで、青い瞳は父譲りだ。愛情と幸福に包まれてきた彼女は、朗らかで心の綺麗な娘であった。

 ステファナの両親は、いつも自分ではない他の誰かを優先する人達だ。両親だけでなくステファナの家族は皆、利他的な心を持っている。愛情深くて、底抜けに優しい、大切な大切な家族。皆がずっと笑顔でいてほしいと、彼女が願うようになるのも自然なことだった。

 大国の王女として生を受けたからには、逃れられない宿命がある。けれどもそれが家族の幸せに繋がるならば、どれだけ過酷な道であってもステファナは少しも重荷とは感じなかった。


 王家の血を引く女人の婚姻は、重大な意味を持つ。大国の王女ともなれば尚更だ。ステファナ・グレン・カルムの身には、王国の政に影響を与えるだけの価値がある。己を慈しみ育んでくれた国のため、引いては家族のため、王女という身を最大限に活用しなければならない。成長するにつれ、その思いは強くなっていった。


「わたしを和平の証として、ウイン帝国へ差し出してください」


 ステファナが王の面前で己の決意を言い表わしたのは、十八歳を迎える少し前のことだった。

 カルム王国とウイン帝国は、それぞれの国が興った頃からの仇敵であり、戦争の歴史を繰り返してきた。因縁の根はとてつもなく深い。帝国側の情勢が変わったことで、近年ようやく停戦に至った経緯はあれど、あくまでも停戦だ。明日、開戦となってもおかしくない状況がかれこれ十数年続いている。

 いつの王朝でも和平を持ちかけたのはカルム王国側であった。けれどもウイン帝国は、幾度かあった和平の機会を悉く潰してきた。好戦的な国柄ゆえか、剣で決着をつけなければ気が収まらないのだろう。だが長らく凶作に悩まされ、去年の稀にみる大飢饉が追い討ちとなり、カルム王国と権威を争った栄光は影も形もなくなった。ウイン帝国は今や国家の崩壊寸前と聞く。

 ステファナはこれを、またとない和平の好機と捉えたのだ。

 疲弊しきった帝国を武力で滅ぼすのは容易かもしれない。しかしそれでは負の歴史をなぞるだけで、両国の敵意を根絶することはできない。


「誰かがやらねばならないのなら、その役目はわたしでありたいのです」


 ステファナは、共に育ってきた兄へ向けて熱弁する。

 父と母はいつだって弱者に親切だった。世のため人のために尽くし、一点の曇りもない笑顔を浮かべる二人をステファナは尊敬していた。王族の在るべき姿だと思っている。故に、富んだ国が貧しい国を助ける……それは両親がいつもおこなってきた事の延長に過ぎないのだ。

 そしてカルム国王であり、ステファナの兄でもあるライファンが、平和を大切にしている事もよく知っている。同じ場所で年を重ねてきたのだから、兄が仇国との和解を望んでいる事くらい、いちいち教えてもらわなくても分かっていた。

 兄は努力の人だった。幼い子供の頃から、怠けるということを決してしなかった。兄の惜しみない努力を、ステファナは間近で見てきた。だから必ず報われてほしいと、願わずにはいられないのだ。

 しかし、妹の決意を聞かされたライファンは、形容し難い顔をしていた。


「王として掛けるべきは褒め言葉なのだろうけど、兄としては…幸せな結婚をしてもらいたいと思うよ」

「不幸な結婚になると決まったわけではありませんのに」


 ステファナがからりと笑えば、兄は少し眉を下げたのだった。


 父と母にも同じ話をした。二人ともステファナの意志を尊重すると言ってくれた。静かな声音には、計り知れないほどの想いが詰まっていたはずだ。父は見たことがないような、寂しげな微笑を浮かべていた。母はというと、娘を優しく抱きしめて囁くのだった。


「あなたが正しいと信じた道を、母も信じています」


 その日の晩は、長いこと母と語り合った。一晩中、母と共に過ごすのは初めてだったかもしれない。

 母は今まで聞いたことのなかった、色んな話をしてくれた。母自身が嫁ぐ時の話、結婚後の話、祖国での話、聞いたことのある話もあれば、初めて聞く話もあった。

 色んな話のなかで何度も強調していたのが、敵国に嫁ぐのは想像以上に過酷である、という事だった。母も隣国からカルム王国へ嫁いで来た身だが、自分の時とは訳が違うのだと語気を強めていた。

 己の命を最優先にしなさいとは言われなかった。でも母は王族という立場ゆえに口を噤んだだけで、内心ではそうするよう願っていたとステファナは思う。母親は自分の命を引き換えにしてでも、子供を守ろうとする生き物だ。母の愛情の深さを知っているからこそ、ステファナは胸の内で謝った。




───わたしは平和の種になりたい。でも平和の花が開く時を、わたしが見ることはないかもしれない。だから…申し訳ありません。




 ステファナが覚悟を決めても、それで婚姻がとんとん拍子に進む訳ではなかった。なんといっても相手は仇敵のウイン帝国。ずっと和平を拒み続けてきたのに、今さら簡単に承諾しては帝国の威厳に関わるのだろう。加えて彼方は血統を重視するので、余所者の血が混じるのを快く思わなかったみたいである。

 しかしカルム国王のライファンは粘り強い青年だった。言葉を変えると頑固であった。相手が頷くまで交渉を続け、こちら側の要求も譲らなかったのだから、大した忍耐力である。

 交渉は一年に渡って難航した。その間も帝国の飢饉は悪化するばかりで、財政が立ち行かなくなったことも、交渉が成立した要因に違いない。

 カルム王国とウイン帝国で交わされた取り決めは以下の通り。


 一つ、王女は皇太子に嫁がせ、その身の安全を保障する。

 一つ、王国は無償で支援物資を渡し、帝国は軍隊の三分の一を解体する。

 一つ、和平条約締結に三年間の猶予を設ける。期限内に帝国が不況から回復できなければ、条約は破棄される。


 要するに、和平条約は結ぶがまだ仮初に過ぎないという事だ。三年かけても帝国が飢饉から持ち直せなかった場合、和平は白紙に戻される。上記の取り決めも破棄され、ステファナの安全は約束されなくなる。

 だがステファナは、帝国側が書面上の約束事を律儀に守るなんて、はなから期待していなかった。むしろ署名をさせただけでも、兄の奮闘ぶりが窺える。頭の下がる思いでいっぱいだった。


 ただもう一つ、難関は残されていた。それはステファナの伯父の事である。

 彼女は知らなかったのだが、父と伯父との間で「ステファナの結婚相手が決まったら真っ先に知らせる」なんていう約束事があったらしい。約束通り父が知らせたはいいが、大変なのはそれからだった。

 不器用ながら姪を猫可愛がりしていた伯父は、自身の屋敷から遥々すっ飛んできて、猛烈に反対を始めたのだ。それも姪にではなく、父にである。


「許さん!許さん!絶対に許さん!よりにもよって敵対してきた国に娘を嫁がせるなぞ、父親のすることか!?非人道的な行いだ!」

「落ち着いてください兄上。これはステファナが自分で…」

「ええい黙っとれ!あんな野蛮人の国にあの子をやって、無事で済むわけない!この俺にわかる事が、お前にわからないはずないだろう!」


 ステファナの伯父は、変わり者だとか偏屈だとか言われることが多い。けれど彼女からすれば、甘やかしてくれる優しい伯父だ。確かに顔はちょっと厳ついし、怒りっぽい一面もあるにはあった。でもそれは照れ隠しの皮肉だとか、図星を突かれた羞恥だとか、そういう類いのものだった。一度として、こんな風に激しく怒鳴り散らしたことはなかった。伯父は足が悪くて車椅子に座っているのに、もの凄い剣幕で圧倒されそうだった。


「お義兄様。お気持ちはわかりますが何卒お怒りを鎮めてくださいませ」


 母が仲裁に入ると、ほんの僅かに怒気が削がれたらしい。だが、まだ言い足りない様子の伯父は、次いでステファナのほうを向いた。姪に放つ声は幾分、和らいだものになっていた。


「お前も嫌なことは嫌と言うんだ。お前の器量なら引く手あまただろう。帝国の皇太子なんぞより良い相手は、掃いて捨てるほどいる」


 至極大切にされているのだと、ひしひし感じる。物心つく前からずっとそうだ。大事に大事に、心から愛されて育ってきた。ステファナとして生まれ、この家族の一員になれた事は、最上の果報だと思わずにはいられない。

 ステファナは笑顔で感謝を述べた後、凛とした声で告げるのだった。


「王女に生まれたならば、自国のために尽くすのは当然です。お母様がそうしたように、わたしもこの身に背負う使命を果たします」

「………」

「それに、どこの国の方であれ『野蛮人』だなんて蔑むのは悪いことですよ、おじ様」


 ステファナ本人の口からはっきり宣言された伯父は、黙りこんでしまった。それ以上、姪には何も言えなかった。代わりに父を物陰に引っ張っていき、何事か呟いていたみたいだった。後で聞いたところによれば「立派に育てすぎだ」と大層立腹だったそうだ。伯父には申し訳ないけれど、ステファナは失笑を堪えられなかった。


 仇国との交渉が成立して、実際にステファナが嫁ぐまで更に数ヶ月を要した。そんなものだろうと彼女は気にしなかった。それより限られた時間を大切に過ごすほうがよほど重要だった。元々よく笑うたちだが、ステファナはなるべく笑って一日一日を過ごした。しんみりした空気を避けたかったのもある。それに、もしこれが今生の別れになるとしたら、笑顔の己を家族の記憶に残したいと思ったのだ。




 そして…とうとう訪れる、出立の日。

 十九歳の早秋であった。

今作も後書きで、本編に盛りきれなかった設定などを載せていきます。今回は前作のおさらい?です。


【補足】

〜前作のざっくり人物紹介〜

◆エイレーネ

ステファナの母親。ベルデ国という小さな国の王女だった。第一子のライファンが八歳の時に国王に即位したため、現在は王太后の立場。六人の子供(三男三女)を生んで育てた。

◆リファト

ステファナの父親。カルム王国の第四王子だった。重い皮膚病を患っており、おそろしい見た目から"呪われた王子"と呼ばれている。息子が成人するまでの十年間、摂政として指揮を取っていた。

◆ライファン

ステファナの兄。現在のカルム国王。

◆マティアス

ステファナの伯父。カルム王国の第二王子(=リファトの次兄)だった。落馬したのが原因で下半身付随になっている。甥っ子姪っ子大好きだが素直じゃない。


〜ざっくり地理〜

小さなベルデ国を囲むようにカルム王国、ウイン帝国、サリド皇国の三つの国があります。

カルム王国は大海に面しているので海軍が強力で、国土も広いです。

ウイン帝国の軍事力はとても高いですが、現在は衰退気味です。

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