7:迷宮ダンジョンその1
冒険者の朝は想像以上に忙しい。
初級ダンジョンは、何個か存在しその攻略に追われている。ダンジョンを攻略しないからと言って別にペナルティーがあるわけでないが、俺達三人は狂うようにダンジョンに明け暮れていた。
「あー。もう疲れたー。これまた同じ道じゃない?」
「ソニックちゃん。もう少しがんばろうね。違う道に出たら、休憩するから」
奇妙なダンジョンに俺達はいる。目の前にある曲がり角を曲がるとまた同じ道に戻り、来た道を戻るとダンジョンの外に出てしまう。
出てくるモンスターは、スライムしかおらず、強さ的には初級なのだが、冒険慣れしていない者達にとっては、かなり難しいダンジョンかもしれない。
「アレクー。休憩するぞー。いまなら、りんごを食べやってもいいぞー」
かなり後ろから声がする。
曲がる際ににりんごを置いているが、また同じ道に出た時にはりんごが無くなっている。ループをしているというわけではなく、実際はまったく違う似た道を歩いているだけかもしれない。
ソニックを後ろに置いたまま、曲がり角を曲がった場合。どうなるのだろう。試して見ると、曲がり角を曲がるとソニックが前にいた。
エマに対して試してみたが、同じ結果だった。
なぜかりんごだけ姿を消す。
「わけわからん」
俺が座るとさっきまで気怠るそうにしていたソニックが、音速でこちらに向かってきた。りんごが食べたいらしい。
「あんだけ馬鹿にしてたのに、随分とりんごを欲しいみたいだな」
「腹が減ってるからだ。それに喉が渇いた。フレッシュなものをくれ」
「アレク君。ソニックちゃんには、本当の事を言ってもいいんじゃないかな?」
ビルディング能力は自分で言うのもなんだが、凄まじい能力だ。この能力を知られたら利用されるかもしれないし、自分に身の危険が迫るかもしれない。そんな理由で、エマ以外には教えていない。
まあでむたま、ソニックは子供だし、なにかをしてくるわけでもないし、俺達以外冒険者は見た感じいないから
「まあそうだな」
「ソニック。何を飲みたい?」
「なにをって、りんごしかないだろう」
「いいから」
「そうだな。オレンジジュースを飲みたい。まあ、無理はいわん。そうだっ。うちがりんごを刻んで、りんごジュースにしてやっ‥‥」
俺はミカンジュースを生成し、それを渡す。
「なっなんだ。こっこれは」
ソニックがきょとんとしている。
「ミカンジュース。飲みたくなかったのか?いらないなら、返してもらうぞ?」
ミカンジュースを取り上げようとすると、ソニックはその手を弾き。目を輝かせながら、ごくごくと飲み始めた。
「うまいっ。それにキンキンだ」
さっきまで吊り上がってた目は垂れ、顔の筋肉は緩まりとても幸せそうな顔をしている。減らず口さえ治れば可愛い子供なんだけどなー、と思いながらソニックを見つめる。
「ぷはー。うまい。それにしても、オレンジジュースをどこから出した?大丈夫だぞ?なにか種があるんだろ?」
ソニックが腕を組み名探偵気取りでこちらをにやにや見ている。
「いま作くった」
「つっ作った?ばっばかな。そんなこと、神でもないかぎりむりだろ」
「ほれっ」
驚くソニックに、ミカンジュース。グレープジュース。メロンジュース。ついでにケーキを作ってあげた。
「おっ!なんだこれは、すごい。アレク!すごいじゃないか!」
子供は思ったより単純だ、いままで俺に抱いていた感情が嘘みたいに、きらきらした笑顔をソニックが見せる。
「うまい。これは、グレープだな。これはメロン。そして、ケーキもあるじゃないか」
「あっ。ケーキはそんな一気に食べない方がいいよ?」
「馬鹿にするな。うちはケーキが大好きなんだ。これくらいの大きさ、一口で余裕だ」
ビルディングで生成するものは、経験がものを言う。ちなみに俺はケーキを一切食べたことはない。簡単に言うと、うんこ味のカレーだ。
「うごっ」
ケーキの味に悶絶したソニックは、体を震わせながらメロンジュース。グレープジュース。オレンジジュース。総動員でなんとか飲み干した。
「えらいなー。残さず食べてー」
涙目のソニックをあやすように、頭を撫で撫でする。
「こんなまずいなら、先に言ってくれー!!」
「エマちゃん。アレク君がせっかく作ってくれたんだし。それに、まだスキルを取得したばかりです練習中だから許してあげてー」
「むむむ。エマが言うなら仕方がなあ。代わりにオレンジジュースをもう一杯くれ」
いつのまにか出していた探検を鞘に収めまソニックは、こちらを軽く睨みながら手を差し出す。
「ほらよ」
ソニックは、オレンジジュースを飲むを一気に飲むと、もう一杯くれとおかわりを要求してきた。
「はい」
さらにもう一杯。そしてもう一杯。
「腹壊すぞ?」
「大丈夫だ。うちの腹は、そんなやわに出来ていない。これでも、最年少冒険者だ」
「はい。完全にフラグ立ってるけど、ラスト一杯なー」
「すまん」
ソニックは最後の一杯を大切そうに飲むと、満足そうに膨らんだお腹をぽんぽんと叩いた。
その後案の定。ソニックは腹を壊した。トイレがないので、可哀想だが野ションしてもらった。
「兄貴。兄貴いいいー」
どたばたと小さな肥満体を揺らしながら一人の男が、ダンジョンに建てられた小屋の長い廊下を音を立てて走る。
「うるせえやつだなー。少しくらい静かにしろよ。うるさいやつは、雑魚だって相場は決まってるんだぜー。グリルさんよー」
「あっ。すいません。サイモン様」
グリルは、猫背を丸めながら膝をつく。サイモンは、葉巻きを吸いながらソファーから起き上がると、机の上に置いてあるワインを豪華に飲む。
「それで本題はなんだ?寝ている俺を起こしたからには、それなりのもんじゃないと、ただじゃおかないぜー」
バンっ!と音を立てながら金槌を地面に打ち付ける。
「はっはい!素晴らしい情報でございます!」
かたかたと体を震わせながら、グリルはダンジョンで見たことを説明した。
「なるほど。魔王を見つけたということか、でもなぜ魔王が初級ダンジョンにいるんだ?」
「いえ、わかりませんが。他に人間の仲間もいました」
「人間?なるほど、魔王も落ちぶれたものだ」
「あのー。サイモン様?魔王様とは、どういった関係で?」
「知り合いだ」
「しっ知り合い?」
魔王はこの世界を支配する唯一の創造神だ。世界を作り、魔物を作り、人間を作ったと言われている。昔は神として崇めていたが、生み出した魔物達が暴れ始めてから厄災と言われるようになった。想像以上の魔物の繁殖力と、自らが作り出した魔物システムによって魔物を管理できなくなった魔王は、ダンジョンを作ることによって世界を納めている。
さすがサイモン様だ。お若いのに、魔王と面識があるなんて。
「顔を知っているだけだがな」
「さすがサイモン様。馴れ初めはどのような感じで」
「馴れ初めはない。ただの知り合いだ」
「知り合い?なるほど、最近知り合われたということですね?魔王は、サイモン様を恐れているのでしょうか?」
「魔王は、俺のことを知らない」
「へっ」という声が出そうになったのを、手で口を抑えて押し込む。
サイモンさん。それは知り合いじゃなくて顔見知りなんじゃ。
「あん?お前いま。サイモン様。それは知り合いじゃなくて顔見知りなんじゃって、思っただろ?」
「別にそのようなことは‥‥」
「どうなんだって聞いてんだよぉ?」
怒りの形相を露わにしたサイモンが顔を近づける。
すごい迫力だ。ぴりぴりとした緊張感が、髪の毛に静電気のような少し体が浮きそうな感覚がする。
「すっすいません。思ってました!」
「顔見知りも知りって感じが入ってるから、知り合いに決まってるだろ」
金棒を右手で軽々しく持ち上げると、大きく横に振り翳した。
「歯を食いばれっ!」
「はっはい」
グリルは目を瞑りサイモンの裁きを待つ。
「うおおりゃあああ!」
フルスイングされた金棒は、グリルの顎を砕き小屋の壁を突き破り20mほど後方に飛ばされた。
「グリル。その壁自腹で治しておけよ」
サイモンは金棒を肩に担ぐと、再びソファーで眠りについた。