5:冒険の始まり
エマ家を出た後、なかよく話しながら街まで歩いた。
街につき、役所に向かう。役所は想像以上に人々で溢れていた。
屈強な剣士はもちろん。弓、杖、槍、いたる所に武器という武器を装備した人がおり、全ての人が冒険者バッチをつけている。
その雑踏は俺たちの存在に気づくと、足を止め冷ややかな視線を送った。正確に言うと、俺の存在に気付くとだ。普段男性陣からは、エマに対してピンク色の視線が送られるのだが、全ての視線は今俺に向けらている。ぼそぼそと悪口が聞こえてきた。
「りんご野郎じゃない?」
「まさか、冒険者になるつもり?どうやって戦うの?」
「隣にいる女の子かわいそーう。パーティーになったら絶対終わりじゃん」
言われ慣れているが正直凹む。
「えへへ。やっぱり、冒険者じゃないと目立っちゃうね」
「そうだね。みんな冒険で忙しくてカリカリしてるんだろ。ほら、みんな止まったから、歩きやすくなったぜ。いくぞ」
「うっうん」
視線と言葉を浴びながら、がらっと空いた中央レッドカーペットを渡る。
「今日はどのような要件でしょうか?」
「あっ。冒険者登録ですね」
胸元を見てにっこりと笑うガイドさん。さすがだ、ビギナーには優しい。
「あの。冒険者登録をしたいのですが」
「はい。かしこまりました。お前を教えていただけますか?」
「エリザベート・エマです」
「そちらの方は?」
「ライト・アレク」
「かしこまりました。いま調べさせていただきますね」
ガイドは、魔法書を開き二人の名前を探す。
「あれなにやってるの?」
「あれは私達の情報を見ているの」
「そんなことできるのか?」
エマの話によると、アカシックレコードというこの世の情報が保存されているものがあり、大賢者がその情報を参照できるように役所の魔法書に細工をしたらしい。もちろん参照できる情報は、個人情報のみでそれ以外の森羅万象的な情報にアクセスするのは禁止されている。
「エマ様はいいのですがー、アレク様に問題があるようで」
「えっ。そうなの?なんでアレク君は?」
「あのですねー。一応冒険者に制限はないのですが、条件はありまして‥‥」
ガイドが申し訳なさそうに言う。
「アレク君さんは、周りからの信頼に著しくないようです」
「信頼って、アレク君はみんなに親切をしていたのよ?私だって信頼しているし」
「はい確かに信頼されている人はいます。ただ僅かです。普通に生きていればこのような結果にはならないのですが、なにか訳があるのですか?」
エマは言葉を詰まらせた。俺が一番気にしている事について、言いたくないだろう。ただ、どうせアカシックレコードとかいうなんかで情報は筒抜け。だんまりを決めたら印象が悪くなる。
「りんごスキルが原因だ思う」
「りんごスキル?あー。りんごスキルって、あなたが噂の人ですか」
自分の知らない人が自分の事を知っている。まさに悪評とはこの事だ。まあ、笑われなかっただけでよしとしよう。
「でもおかしいですね。スキル欄は空白です」
ガイドは首を傾げながら、ページをぺらぺらとめくる。
「空白?どういうことだ?」
本当ならありがたい事だが、なぜか少しだけむっとした。
「ほら見ろよ。りんごスキルだぞ?」と手のひらからりんごを作ってみせる。
「たったしかに。りんごが作られましたね。うーん。なんででしょう。もしかしたら、アレク君のスキルが珍しくて、魔法書の紐付けがされてないかもしれません」
「ところで、どうすればいいのかしら?アレク君の信頼度を上げる為には」
「そうですねー。いままで悪さをせずに生きてきたとしたら、いい事をしても上がらないかもしれないですね」
「じゃあ、どうすればいいのよ?」
なぜか俺より熱くなるエマ。エマ母が言っていた通り、俺の事が好きかもしれない。いや、意外と女子は仲間意識が強く、知り合いが窮地の状態を真剣に受け止めているかもしれない。まあ、どちらにせよエマはいいやつだ。
「ちょっちょっとアレク君!なに笑ってるの?このままじゃ冒険者になれないってことだよ?」
「とりあえずエマが冒険者になれば、共連れでダンジョン入れるんじゃない?」
「それは無理です。ダンジョンに入る際には、冒険者バッチも認証する必要があります。冒険者バッチがないとダンジョンには入れません」
「逆を言えば、冒険者バッチがあれば入れるってことか」
「はい。ですが、信頼度を上げなければ不可能です」
「いえ、信頼度は上げる必要はありません。とりあえず、エマの冒険者登録だけお願いします」
ガイドはキョトンとしたが、エマの冒険者登録を済ませた。
役所を出るとエマが心配そうな顔をする。
「大丈夫なのアレク君。冒険者登録しないと、冒険者になれないよ?」
「なる必要はない」
「へっ?」
?マークとにかいてあるエマの顔の前に、得意げに人差し指を差し出す。
「ここで問題です。冒険者になるのはなぜ?」
「なぜって、ダンジョンに入る為」
「ダンジョンに入る為には?」
「冒険者者バッチが必要。あっ‥‥」
「そう。冒険者バッチを作ればいい」
「たったしかに。それなら、でもそんなことできるのかな?」
「わからないが、これなら俺が冒険者になったことはバランにもわからない。ギルドには入れなくなるが、必要ない」
ぐうー。とエマのお腹がなる。
「おっお腹空いたね。街の料理屋さんでなんか食べない?」
「ご飯なら俺が作ってやるぜ。味は保証できないけど」
「アレク君の気持ちはありがたいけど、冒険者になった時お金をもらったんだ。だから、今日は奢らせて」
エマが谷間からお金の入った小袋を取り出して、歯にかみながらじゃらじゃらと音を鳴らした。
「そうだな。お言葉に甘えて」
「うん。なに食べたい?」
「うーん。肉かな?」
「あー。私もお肉食べたいな」
エマと楽しい冒険者生活が始まりそうだ。
街の飲食店を回ってみると、どこも冒険者のみがお決まりのようだ。もうかれこれ10件くらい回っているが、冒険者バッチがないやつは帰れと、怒鳴り声と共に追い返された。これ以上時間をかけてしまうと、お得なランチタイムを逃してしまう。
「エマ。冒険者バッチを貸してくれないか?」
「はい。いいよー」
冒険者バッチを受け取ると、じーっと見つめながら生成する。
「はいっ!」
手からは紛れもない精工品の冒険者バッチのレプリカが出てきた。
「よし。あんまり人を騙す時に使いたくなかったが、背に腹は変えられん。これで入れるだろう」
「よしっ。入るぞ!」
初めに訪れた店に見事入った俺たちは、メニュー表を見ながらお腹と相談し、メニューを決める。りんご野郎とばれて追い出されるのは困るので、一応メガネを生成し変装用として装着している。
「なんかメガネのアレク君も‥‥いいよね」
ぼそりとつぶやくと、エマは恥ずかしを紛らすように私はこれと、おいしそうな肉を指差した。
「じゃあ、俺も」
オーダーが終わると、これからについてエマと話の華をさかせた。
どういう冒険者になりたい?とか。どんなダンジョンを攻略したい?とか。どんな武器を使いたい?とか。ベタな内容だが、それなりに盛り上がった。
出来上がった料理は想像以上においしそうだった。それに、ウエイトレスさんの態度もかなりいい。値段も他の店で食べれば値が張るものが多く、コスパ最強といったところだ。冒険者はダンジョンを攻略する大切な仕事。モンスターが金やら金やらをドロップするため、稼ぎ頭として街では丁重に扱わられているらしい。
そのこともあり、この飲食店は店の雰囲気に合わない態度の客で溢れ返っていた。許可もなくウエイトレスの足を触ったり、口説き始めたり。酒も飲まずによくもまあ、できるなと逆に感心するくらいだ。
「冒険者ともなるとみんな、力強そうだね。なんか、こういう人達に囲まれて、バラン君も横暴になっちゃったのかな?とか思っちゃったり」
「バランは、昔からそういうやつさ」
「そう」
いつめもは汚くむしゃむしゃ食べるが、反面教師が働きエマと同じように上品に味わうようにした。
「冒険者になると、安い値段でおいしい料理が毎日食べられると思うと最高だな」
「うん。でも私太っちゃいそうで怖いかなー。もしよかったら、アレク君に上げるよ、このお肉」
「えっ。いいの?」
これって関節キッスになるのかな?それなら
「飲み物も貰いたいんだけど」
「飲み物かー。そういえば、食後に来るって言ってきてなかったなー。いいよー。私が残したらあげる」
俺は机の下で小さくガッツポーズをすると、エマの「すいまセーン」で一人ウェイトレスがやってきた。
そのウェイトレスは、切長の目でこちらを睨みつけると
「何の御用でしょうか?」 と冷たく言った。
そういう趣味はないが、正直ゾクゾクしてしまった。というのも彼女の見た目がものすごく煌びやかだからだ。青髪のショートカットに、白い肌。大きな切長の目、筋の通った鼻筋。エマと同様出るとこが出て引っ込むところが引っ込んでいる、女性なら誰もが羨むプロモーションだ。胸元が脆弱な制服な影響か、大きな胸が顔を出している。太ももから足までのすらっとしてむっちりとした肉感が、黒いガーターベルトによく合う。
「何をジロジロ見てるの?気持ち悪い」
「いや、別に見てません」
「はぁー。別にいいですよー。私、そういう視線に慣れてますから」
あたりを見渡すと、先ほど騒いでいた男達が皆静かになっていた。女の体を鼻の下を伸ばしながらじーっと見ている。
「それで、ご用件は何でしょうか?
「食後の飲み物をください。あと、ストローを二個ください」
「ストローですか?食後の飲み物を頼まれたのは、一名様だけのようですが」
「アレクくんも飲みたいっていうから」
「あのエマ。ストローは一つでいいよ?もったいないから」
「えっ。そうなの了解」
よし。これで間接キスができる。
「ストローを一個?まさかお連れの方と、間接キスとか考えていらっしゃいますか?」
「いや、そんなことは……あははは」
「えっ。アレク君。そうなの?」
「まぁー、楽しみ方は人それぞれですし、お客様なので特に何も言いませんが」
女は、食べ終わった食器を片付けた後、去り際に冷たくいった。
「きもっ……」
「あははは。アレク君。なんか盛大に勘違いされちゃったねー」
勘違いはされていない。むしろドンピシャだ。この桁違いの鈍感な絵までなければ、友達としても終わりだっただろう。まぁ、鈍感なエマだからこそこういう暴挙出れるというのもあるのだが。
「私大丈夫だよー。アレク君が飲んだ後のでも、だから初めに飲んで」
それはそれで違った楽しみができる。エマの唇をじーっと見つめる。柔らかそうでピンク色の艶やかな唇。肉の部位なら間違いなく美味しい部位に相当するだろう。
「はい。どうぞ」
ゴンっと置かれた飲み物の中には、ミルクが入っていた。ミルクなんて、そういう想像しかできなくなる。生唾を飲み、コップとエマの唇を交互に見る。
「本当っ変態」
またもや罵倒されてしまった。
「あははは。どうやら、あのウェイトレスさんだけ言葉が悪いみたいだねー。アレク君。飲んでいいよー」
「うん」
ストローでミルクを少しだけ飲む。できるだけ残した方が目には言い。そう思いながら、お腹を押さえながらそっとエマに渡した。
「えっ。もういいの?大丈夫?どこか調子でも悪いの?」
「久しぶりに牛乳飲んだから、ちょっとお腹が……」
「あははは。意外とアレク君って昔からお腹が弱かったもんね」
エマは柔らかい唇をストローに当てると、こちらを見ながらミルクを飲み始めた。
正直上目遣いでミルクを飲まれると色々とやばい。風呂でエマを見たときに、よくもまー反応しなかったなと、自分の息子を褒めつつ、エマをしばらく見つめた。
「確かに、この牛乳……キンキンに冷えて美味しいかも」
エマは牛乳を半分だけ飲むと毛のびをしたー。
「あーー。なんだか疲れちゃったー。冒険者バッチ付けているだけで、慣れないから疲れちゃいそうだよー」
「そうだな。俺も、このバッチ付けていると違う意味で緊張して疲れちゃうよー」
エマと冒険者バッチを見比べてみると見劣りしない。裏側には名前とスキルが刻まれる部分があるが、問題なく名前とスキル名が刻み込まれている。
「そういえば、エマのスキルってなんていう名前なの?」
「ん?私はー」
エマが冒険者バッチの裏側を見る。
「氷の女王だって。えー。全然知らなかった。なんかかっこいいし。強そう」
「確かに。めちゃくちゃ強そう」
「アレク君は?」
「俺は、創造って書いてある」
「へー。創造って書いて、ビルディングって読むんだねー。創造ってなんか、神様みたい」
「神様だなんて、そんな大袈裟な」
「神様?兄さんが神なら、俺はなんなんだ?」
後ろから身に覚えのある声がした。振り向くと、口を歪ませながら剣を肩に背負ったバラクがいた。両隣には性悪そうな屈強なスキンヘッドと、ヒョロガリの薄気味悪いメガネが立っていた。
「バラン」
「兄さん。ここは冒険者専用の飲食店だぜ?」
「バラン君。アレク君だって冒険者バッチ持ってるんだよ?」
「あっ。エマちゃん」
バランは胸元にある冒険者バッチを見る。
「兄さんが冒険者になれるなんて驚きだよー。みんな兄さんのことは信頼してないと思うよ?なぁ、お前たち子のりんご野郎のこと信頼してる?」
周りから笑い声が聞こえる。
「ほら。偽物じゃないの?その冒険者バッチ」
正解。
「いや、違う子。これは冒険者登録をしたからもらったんだ」
バランは少し気に食わないような顔をした。俺がちょっとでも普通の人間になることが嫌なのだろう。
「まぁいいよ。冒険者になってもダンジョンで死ぬだけ、いっそのことダンジョンでリンゴ飴でも売ったらどうだ?」
どかーんっと、笑い声が店中を包み込む。その反応にバランもご満悦のようだ。
「エマちゃん。こんな男より、俺と一緒に遊ばない?世の中信頼できるやつについていった方がいいよ?」
「いや。少なくとも、バラン君より。アレク君の方が信頼できる」
「……!」
精神的にダメージを負ったバランが、胸を押さえながら前のめりになる。
「バッバラン様」」
スキンヘッドが介抱しようとするが、触れるなと手で示し、平然を装いながら苦し紛れに言った。
「まぁ、エマちゃんは昔から優しいからね。兄さんも優しい幼馴染を持ったことを感謝してくれよー」
バランはエマにウィンクを送ると、右手をひらひらと左右に振りながら去っていった。
「もーう。全くバラン君ったら、デリカシーが本当にないんだから。ていうか、アレン君のことを馬鹿にしすぎ。全くアレン君のことをなんだと思ってるの!」
エマがほっぺたをぷくっと膨らませながら、腕を組む。
「バラン君もバラン君よ!お兄さんだから怒る時は怒らないと」
「はいはい。気が向いたらな。それに、昔からだから今更怒りも湧いてこないよ」
「優しいとこ好き」
なんだかエマが急に恋しくなり、やっぱり飲むと言って残りの牛乳を飲み干した。
それを見られたのか見られてないのかわからないが、またあの美少女ウェイトレスが会計後店を出る際に
「きもッ」
と言ったような気がした。
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