1:りんご野郎を侮るな
りんごやろう。周りからよく言われる。
りんごのようにまんまるな顔なわけでもなく、りんごのように甘い顔でもない。俺がりんご言われる理由は、りんごしか作れないからだ。もう少し詳しくいうと、りんごを作るスキル。
子供の頃はみんなからチヤホヤされたが、成長するにつれて周りもスキルを習得し始め、馬鹿にされるようになった。
スキルにはさまざまな種類が存在する。花形と謳われている炎や氷を出す魔法系のスキル。斬撃や肉体を強化する物理系スキル。体を治癒する治癒系スキル。
そして俺のようななんの役にもたたないスキル。
いつしかそのスキルは、俺への侮蔑の意味も込めて、りんごスキルと言われるようになった。
幸い無スキルの人間は生まれてないため問題ないが、りんごスキルと難癖をつけらいじめられるに違いない。そいつらからしたら、いい迷惑でる。スキルは、親から遺伝するのが通例の事もあり俺がスキルを取得した時には、誰の子だと村中騒ぎになったようだ。
しかも俺には、花形である魔法系のスキル持ちの弟がいる。
両親は弟が魔法系スキルだとわかると大はしゃぎ。いままで受けてきた愛情を全て弟に奪われてしまった。あっ。期待もだ。というより、そもそも期待されてたっけ?
噂をすると、黄色く染まった髪をこ生意気に揺らしながらこちらに向かって歩いてきた。
「おいおい兄さん。喉が渇いたからジュースを買ってきてくれないか?言っておくが、りんごジュースは勘弁だぜ?」
何回見たかわからないこの薄ら笑い。
「へいへい。わかってますよ」
小さい頃は、お兄ちゃん。お兄ちゃんと可愛く頼ってきたが、学校に通い始めてから自分が特別だという事に気づき性格が豹変してしまった。
とりあえず俺はいつも通り街へ行く。
お小遣いをもらってない俺は、悲しげに生成したりんごを齧ると老舗の八百屋に向かった。
「おおアレク。今日もりんごか?お前、りんごばっか食ってんな」
笑顔が暑すぎる八百屋のおじさんが、いつも通り元気な声で出迎える。
「りんごしかくれないんでね。お前はりんごが作れるから、ご飯はいらないねー。って酷くない?」
「まあまあ。生まれてきただけで、いいじゃないか?」
「なに言ってるのおじさん。おじさんは、攻撃系のスキル持ちだからそんなこと言えんだろ?」
「攻撃系ってそんなたいそうなもんじゃないよ。俺はそこら辺の岩をひょいと動かせるだけさ」
いいスキルを持っている人間はこの調子である。りんごスキルの俺からすれば、なにかを影響を与えるだけでスゴいだろう。こんな普通の八百屋のおじさんが普通に使えるスキルを持っている為、俺はそこらの女の子にすら勝てない。下手したら指をチュウチュウしている子供に負けるかもしれない。
「アレクも素敵なスキルを持ってるじゃないか?お前しか、いないぞ?りんご出せるやつ」
「おじさん。俺のこと馬鹿にしてる?」
「そんなことないさ。それはそうと今日はりんごをいくつ作れるんだい?」
「そうだなー。おじさんが欲しいだけ?かな」
「うーん。なら5個くらいかな?」
「5個なら120ゴールドかな?」
「了解。めんどくさいからそこにある120ゴールドのフルーツジュースでいい?」
「フルーツジュース?あっ。またバランのやつか、あいつも困ったもんだ。アレク。お前は兄さんなんだからもっとドジっとしてろよ」
「えっ。だって、戦ったら普通に負けるし。それに、奴に刃向かったら家族からなに言われるかわからないし。それに俺は気にしてないさ」
「アレクは本当にいいやつだよな。バランじゃなくて、アレクにあのスキルがつけばいいのに」
この類の言葉は散々言われてきた。
力の持たない俺は支配に興味がなく、逆に花形スキル持ちのバランは、支配する事に取り憑かれた村でも有名な暴れん坊に育った。
暴れ出したら、大人数人係でも対応できず、優しい俺があのスキルを持てばと。人々はよく思うらしい。
俺は別にこの能力を卑下していない。お腹が空けばりんごを食べればいいだけだし。作ったりんごは質がかなり良く、高値で売れる。
おじさんにお礼を言った後、俺は鳥や小動物にりんごをあげながらゆっくりと森を歩く。家に着くと、まだかまだかと言わんばかりに、バランがソファーで大の字になっていた。
「買ってきたぞー」
「おお。兄さん。サンキュー」
バランは持ってきたジュースを飲み干すと、おかわりと言い空になったコップを床に投げ捨てた。
「ちょっとバラン!飲んだら片づけなさいよ」
「兄さんが片づけてくれるからいいよ。ほら兄さん。兄さんが買ってきたんがら、片付けなきゃだめじゃないか」
本来であれば、このまま俺が片付けることになるが、今日は違った。
「アレクには今から晩御飯を手伝ってもらうから、自分で捨てなさい」
「ちぇっ今夜はカレーかよ」
気に食わないそぶりでゴミを捨てたバランを見届けると、俺は台所に行く。最近俺のりんごを入れるとカレーが格段に美味くなるという事を発見した母は、カレーの日だけ優しくなる。
まったく女とは厳禁な奴だ。だから俺は日頃の鬱憤を晴らす為に、今日は少しだけ苦いりんごを作って入れた。
お腹が弱いバランがお腹を壊すくらいなら絶妙なりんごを2個ほど。
夕飯を食べ終え、目論見通りバランがトイレで呻き声をあげている傍ら、洗い物を済ませ外に出ると、ドアの前には幼馴染のエマがいた。
「アレク君。くんくん。今日はカレー?」
「そうだよー」
エマとは週に何回かこうして夜散歩をしている。なにやら最近太ってきたのが気になるらしく、リフレッシュを兼ねてダイエットをしたいらしい。
「カレーってことは、アレク君のりんごが入ってんだよね。私も食べたかったなー」
「今日のはやめた方がいい。少し体に悪いりんごを入れた。腐ったりんごといったとこかな?」
「なにそれー。だから、さっきバラン君が急いでトイレに入ってたのかー」
「まあ、そんなとこかな、」
エマは村一番の美少女だ。白い肌に大きな目。
少し丸みを帯びた輪郭に童顔に不釣り合いな豊満な胸。
お腹はひっこんでおり、安西型の体型をしている。出るとこは出ていてへっこむ所はへっこんでいる、ブロンドの幼馴染だ。
「アレク君はさー、将来の夢とかある?」
「将来の夢?どうだろうなー」
考えたこともなかった。ぶっちゃけると、期待されてないこともあるせいか、自分の将来像なんて想像したこともなかった。
「エマはどうするの?」
「私はー、この村を出て冒険をしようと思うの」
「冒険かー。エマは、スキル持ちだかねー。ギルドとか入るの?」
「うーん。ギルドは入りたいけど、知らない人がいるから怖いんだよね」
「そういえは、バラがこの前【シャングリラ】に誘われてたぞ?」
「えっ?まじ?まあ、バラン君のスキルならありえるかー」
シャングリラは知らない人がいないくらい有名な、国内上位のギルド。入団試験はかなり難関で、一人も合格者が出ない年もあるくらいだ。そんなギルドからスカウトが来たバランは、やはりすごい。
「バランがいるから、シャングリラにしたら?」
「シャングリラって、難しいし。私、バラン君の事嫌いだから嫌だー」
エマは、バラン君のスキルがアレクにあればいいのにとは、決して言わない。天然な所がありそのせいなのか、優しさで言わないのかわからないが、エマのそういう所が好きだ。
「だからさー、アレク君。私と一緒に冒険してくれない?」
エマが恥ずかしそうに申し出た。かなり嬉しいが、りんごスキルの俺になにが出来るというのだろうか。エマは気を遣って言わないが、俺を守る気でいるだろう。本来であれば俺がエマを守るのが当たり前だが、それができない。こういう時は、自分の無力さで対して凹む。
「俺、りんごしか出せないし。足ひっぱると思うよ?」
「大丈夫だよ。私、りんご好きだし。それに、りんごを売ればお金にだってなるし」
えっ?そういう理由で?とエマの優しさに、内心微笑んでいると、目の前から物音が聞こえる。その音はこちらに気づいたのか、草の中加速しながらこちらに向かってきた。
「アレク君!モンスターよ。下がって」
エマは、草むらをじっと見つめ魔法陣を形成させながら相手の動きを窺う。
ぶおおおおと言う雄叫びと共に、コヨーテが飛びかかってきた。
エマは、氷を放出させるとコヨーテは軽快な効果音と共に消滅した。
「さすが。強いね」
「コヨーテだからね。一匹でよかった。まだレベルが低いから、広範囲魔法は威力が低いのよ」
エマのレベルは6。レベルは、モンスターを倒した時に手に入る経験値で上がる。もちろんりんごスキルの俺には、縁のない概念だ。またこの概念が厄介だ。レベルが低ければ、みなから笑われ、レベルが高い方が当然女の子からもモテる。ちなみにバランのレベルは20。この村のU16では、一番高いレベルだ。したがってバランはモてるが俺はモテない。ただエマはなぜか俺といるのが好きらしく、それがバランはかなり気に食わないらしい。
「やっぱり夜はモンスターが出やすいね」
「そうだね。でもこのまま進んでいいのか?」
「うん。いずれ冒険したいって思ってるから、夜の森も体験しようかなって」
「まあ。エマなら大丈夫か」
「アレク君。その……私が冒険を始める事になったら……あのー」
エマはしばらく考えこんだあと、顔を赤くしながら続けた。
「私と一緒についてきてくれませんか……?」
どうせ家にいてもあのわがままバランのぱしりになるだけだし、いいかと思い一つ返事で承諾した。
夜の森は、昼間とまったく違った。街までの見慣れた道のりですら不気味に見え、いつモンスターが出てくるのかとヒヤヒヤする。
「やっぱり夜は暗いね」
エマが月明かりを頼りに、慎重に足を進めている。
しばらく歩くと街が見え始める道に入って時点で、コヨーテの群れが姿を現した。ざっと見て4,5匹。まだこちらには気づいていないようだ。
「どっどうしよう」
エマの声が震え始めた。耳がいいコヨーテのことだろう、一歩でも動けばこちらに気づくはずだ。
「エマ。広範囲魔法の準備はできるか?」
「うん。できるけど、私の魔法じゃ少しだけHPが残っちゃうと思うよ?」
「どうせこのまま静かにしていても気づかれて殺されるだけだ。俺が腐ったりんごでダメージを与える。そしたら攻撃してくれ」
俺は、静かに腐ったりんごを5個生成する。そしてコヨーテの群れにりんごを投げつけた。りんごに気づいた一匹のコヨーテが腐ったりんごを食べ、ダメージを受けた。異変に気づいたコヨーテは、りんごを踏み潰し怒りの咆哮とともにこちらに向かって飛び交ってきた。
「えい!」
エマが放った攻撃は、全てのコヨーテの腹に直撃し1mほど後ろに吹き飛ばされた。しばらくのたうち回った後、震えながらなんとか立ち上がり一斉攻撃を仕掛けてきた。
「アレク君……ごめん。もうMPがない」
「エマ。このりんごを俺に向かって軽く投げてくれ」
俺は近くに落ちていた枝を拾う。
「へっ?」
「ノックだよ。ノック。球遊びのノック」
球遊びは唯一得意なスポーツだ。さらに投げるより打つのは得意。ダメ元でやれることはやろう。いわばヤケ糞攻撃だ。
「うっうん」
エマは戸惑いながら玉出しを行い、はいっはいっという掛け声と共にコヨーテに打ち込んでいく。当たる前に半分近くまでの小さくなったりんごだったが、弱ったコヨーテには充分だったようだ。りんごが当たった瞬間、悲鳴と共に消滅した。
「すっすごい。倒しちゃった」
『アレクのレベが1から3に上がりました。
能力の変化はありません。
【スキルがアップグレードしました】
りんご→ビルディング』
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