表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/90

物々交換、情報交換

 海底原人たちは酒飲みである。

 海に暮らす彼等は、山林の生物と異なり自然発生するアルコールを得る事は無かった筈だ。

 その辺、誰から酒の味を教わったのか聞いてみたいが、後にしないといけない。

「酔った漁師に難しい話をしてはならない」

 これは地球でも鉄則である。

 酔っぱらった漁師の元に、税の申告漏れを言いに行った公務員は、酒瓶で額を割られたりする。

 酔ったら理屈は通用しないので、流れに任せるしかない。


 ユハは日本の基準では未成年だ。

 本人は年齢を覚えていなかったが、村でヨハネス・グルーバー族長に聞いたところ17歳だという。

 だから来人は絶対に酒を飲ませない。

 それにはもう一つ理由もあった。

 海底原人たちはもうへべれけに酔っている。

 普段は物凄く警戒心が強いのだが、酔うと全くダメ生物と化す。

 知性を持つ前の張遼たちは、酒盛りをしている海底原人たちの集落を見つけ、それで

(これは楽勝だな)

 と襲ってみたという。

 だから唯一酔っていないユハに、敵が来ないか監視して貰っていたのだ。


 この世界、寝る場所を探すのは一苦労である。

 日本でだって、迂闊な場所でテントを張ると、暴走族やらホームレス狩りのDQNの襲撃を受ける。

 アラスカとかだと、匂いがある物はテントから離して置き、熊が近寄らないよう気をつける。

 こちらの世界はもっと酷い。

 知能は有っても知性が無いモノは、火を恐れず、むしろ火を目印に襲撃して来る。

 ケンタウロスたちが海底原人を襲ったのも、宴会で火を焚いているのを遠くから発見したからだ。

 だからそのケンタウロスを味方にし、彼等の中で休めるようになったのは、冒険をする上で大きな助けになった。

 彼等は野生動物の一面を持つので、感覚が鋭く敵をすぐに察知する。

 それでも先日地竜に襲われたように、不意打ちを掛けられる事もある。

 そこで知的生命体の一面も持つ彼等は、夜は寝ずの番を立てていた。

 その者は、昼間は寝ながら走って群れに着いて行くという。

 有翼人の村に泊めて貰ったのも、休養上は良かった。

 有翼人も眠っている時は空中に浮いていられない。

 家というか巣というか、そこで眠る。

 地上の野獣に襲われないように、高い所にそれは置かれていた。

 高所恐怖症でなければ、かなり安心は出来る。

 それでもこの世界は、グリフォンやドラゴンのように空からの襲撃者は存在する。

 有翼人たちは蝶や鳥のような存在ではあるが、鳥目、即ち夜は見えないという事はない。

 ここも寝ずの番がいて、夜も警戒していた。

 この世界、「群れ」である事は重要なのだ。

 だから「群れ」の統率するスキルは、魔力とは別物なのかもしれない。


 さて海底原人たちである。

 ここも集団行動をしている。

 だが、統率で特殊なスキルは使われていない。

 強力な支配力を持つリーダーは存在せず、個々が物を考えている。

 皆で火を囲んで酒を飲みながらの観察であったが、他の集団とは違うものが見えて来た。

 彼等は全員が名持ち、自我を確立している。

 それぞれが複雑な思考をし、深く物事を考える。

 宗教のようなものがあり、首長竜は彼等には神聖な存在だったようだ。

 聖獣様と崇め、その依頼だから素直に聞いてくれた。

 首長竜が神聖な存在であるような話は、酒の席でもされた。

「聖獣様に守護されているなら、話を聞くさー」

「聖獣様はあんたの事を主とか言ってけど、絶対違うさー。

 あんたが世話してるだけさー」

「聖獣様をこの目で見られるとは、幸せさー」

「聖獣を見られたって言ったけど、見た事無かったの?」

「ずっと昔のおじーやおばーの、そのまたおじーやおばーの、そのまた……ってずっと昔には居たそうだけど、もうくぬ世には居ないって言われていたさー。

 だから見られてめでたいんで、聖獣様に掲げる酒盛りしてるさー」

「聖獣様に出会えたら、良い事有るのさー」

 まあこういう誤解は、あえて正さないのがお互いの為である。


 この集団は用が有って、あえて危険なこちらの大陸に来ていたそうだ。

 彼等は見た目は海底原人だが、完全な水中生活者ではない。

 イルカやクジラではなく、アシカやオットセイに近い生活スタイルで、特に寝る時は地上で過ごす。

 食糧は海で獲れば良いから問題無い。

 しかし、酒は造れない。

 漁をする際、危険な生物に襲われるから、その防御用武器の為の材料も必要だ。

 生活必要品は向こうの大陸で購入出来る。

 だが、無論無料では購入出来ない。

 そこで、向こうの大陸でそういう製品を作る者たちが欲しいと言っている物を、こちらの大陸で調達し、それで物々交換をしているという。

 それで、自分たちに必要な物だけなら、近海で調達し、泳いで抱えて持ち帰れば良いが、そうでないから本来不要な「舟」を作る必要がある。

 舟にこちらの大陸で調達した物を乗せて、曳いて帰るのだそうだ。

 当然ながら、単身漁をしている時よりも、無防備で襲われやすい。

 だから集団で行動し、舟を曳く者、その交代要員、周囲を警戒する者、いざという時に戦う者でパーティーを組んで行動するそうだ。


 という話は、聞くまでもなく海底原人たちの方からベラベラと話してくれた。

 来人には有益な情報ばかりである。

 向こうの大陸には、交易が成立する「社会」が存在している。

 こちらの大陸のように、種ごとに完結した社会ではなく、種族を超えて商取引が行われているようだ。

 その社会は、貨幣経済かどうかは疑わしい。

 海底原人たちは物々交換で取引している事は分かった。

 彼等が商品間の媒介に過ぎない貨幣に価値を見い出していないから、物々交換のままかもしれない。

 そこは行ってみないと分からない。

 彼等はあちらの大陸で酒の味を覚えたようだ。

 つまり、酒を造る技術がそこに有る。

 しかし蒸留酒は知らない。

 文明レベルでは、地球のもので考えれば古代だろう。

 だが、物質文明で地球では二千年以上前のものであっても、侮ってはならない。

 地球と何もかも違うのだから、それが最適解なのかもしれないのだ。

 実際地球人も、地球の動物も、火炎を吐いたり電撃を自由に操ったりは出来ない。

 電気は一部存在するが、基本接触型で、こちらのように空中放電して攻撃はない。

 それを増幅する「退魔の小剣」のような道具も地球には無い。

 ある面でこの世界は、地球よりも進んでいるのかもしれない。

 決して侮った態度など取れない。


 その晩は、気持ち悪くなるまで飲んで終わった。

 翌朝

「夕べは凄く楽しそうでしたね!」

 とユハが棘のある言い方で挨拶して来た。

 正直、楽しくは無かった。

 酒は全部飲まれた。

 食糧も全部食われた。

 その上で、更に彼等の持つ酒も飲まされた。

 この酒は、早く飲まないとどんどん酸化しておかしな味になっていく。

 だから急ピッチで飲み、それで

「中々いけるさー!」

 と誤解されて、意気投合してしまったのは、良い事なのか悪い事なのか。


「さて、昨日は美味い酒を飲めて良かったさー。

 聞きたい事聞くさー」

 この集団のリーダー的存在、個体名はンゴラという男が言って来た。

「酒は美味かったけど、量が少なかったさー。

 もっと持って来たら、もっと教えるさー」

 と出し惜しみはしてくる。

 こういう駆け引きをして来る分、やはり精神的には向こうの大陸の方が成熟しているのか、悪どくなっているのか。


「自分と同じように、異世界から来た者について聞きたい。

 そいつは何処に居て何て名前なんだ?」

「良いさー。

 それだけしか教えないけど、良いな?

 もっと聞きたかったら、酒持って来る事さー」

 そう前置きして話してくれた。


 名前はロンギノスとハシェムという2人。

 それぞれ別々に、向こうの大陸で住んでいる。

 ハシェムは様々な物を作り、向こうの大陸では多くのヒト種に貢献しているという。

 ロンギノスはそれに比べ、人付き合いを嫌っている。

 しかし、社会制度のような事を教える存在だ。

 向こうの大陸では、こちらの大陸のモノのように

「死んだね、仕方ないね、今は悲しんで惜しむけど、自分の生命が危険になる前に割り切ろう」

 とドライな生き方をしていない。

 親しい者が死んだら弔いたい。

 こういう時の助けになる人物だそうだ。

 この両者は、こちらの世界で一部のヒト種が使う「魔法」は使えないようだ。

 だが別の特別な「力」を使いこなす。

 それで特別視されている存在となりおおせている。


「ここまでさー。

 これ以上は、酒持って来てからさー」

 ンゴラはドヤ顔で勿体つけていたが、正直

(思った以上に色々な情報を聞けた!!)

 と驚いていた。

 もしかしてこの海底原人たちは、物凄くお人好しなんじゃないだろうか?

 危険を冒してこちらの大陸にやって来て、それで持ち帰った物との物々交換が、酒や生活に必要な雑貨と武器・防具というのは、取引的に釣り合っているのだろうか?

 何か、等価交換ではない取引をしていて、それに気づいていないように思えてならない。

 だが来人は、余りこちらの世界の社会に干渉するな言われている。

 地球の常識で変だと思っても、こちらの世界では成り立っている事情があるのかもしれない。

 口出しはすまい。


「また酒を持って来たら、宴会するさー。

 その際、ライトさんだと分からなかったら困るから、これやるさー」

 と割符のようなものをンゴラは渡して来た。

 彼等は異世界に影響や情報を与えるな、という制約を受けていないのだろう。

 この割符は、単に来人が海底原人たちと会えるパスポートに留まらない情報を有している。

 そこには文字が刻印されている。

 これを解読すれば、この世界の事について更に理解が進むだろう。


 ンゴラたち海底原人の船出を見送ると、来人はユハに話しかける。

「1回、元の世界に戻るよ。

 出入口付近に俺のベースキャンプが在る。

 来るかい?」

 ユハは飛び回って喜んだ。

 彼女を地球まで連れて行く事は出来ない。

 この世界の生物は、須らく地球では即死するからだ。

 逆に地球人も、この世界では長く活動が出来ない。

 だが、入り口までは比較的誰でも来られる。

 常駐していないだけで、入り口付近は地球側の管理下に入っていた。

 そこに調査の旅に必要な物資が集積されている。

 酒も飲み尽くされた事だし、補充の為にも戻ろう。

 得た情報を伝える為にも。

おまけ:

ユハは17歳ですが

「この世界って365日なのか?

 一日は24時間なのか?

 地球と同じ感覚で良いのか?」

と疑問になる筈です。

一日が48時間の世界なら、ユハは地球時間換算だと34歳で来人よりも年上になりますし。

設定上、地球と全く一緒です。

その辺りの説明回は後で書きますので、ご了承下さい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ