魚人の村
プテラノドン、個体名ルーデルは空から魚人の村を探している。
そのルーデルに、四つ翼の猛禽が襲い掛かって来た。
まさにこの大陸では、四肢しか無い生き物は狙われる対象なのだ。
だが、この場合相手が悪かった。
いや、名前的にとんでもない存在なのを、野生動物は分からない。
<複葉機は単葉機に勝てん>
ルーデルはそう呟くと、本物のプテラノドンがこんな飛行を出来たのか?と思われるような戦闘機動を行う。
必殺は急上昇からわざと失速し、敵の頭上から一撃を食らわす急降下攻撃。
空中戦の末、猛禽どもを撃墜すると、
<任務の遅延だ>
そう独り言を漏らして、再び魚人の村偵察飛行に戻る。
翼竜は視力が良い。
ケンタウロスの隊長・張遼が言うには、魚人の村は入江に在る。
指し示した方角に真っすぐ飛び、海に出ると、旋回して入江の辺りを視る。
この情報は感覚共有で使役者である来人に送られていた。
見た感じで
(村じゃないな……城砦だ)
と来人は思う。
洞窟があり、その入り口に門が作られていた。
その洞窟は上に出入口があり、海を進んだ魚人は洞窟に入り、そこから上に昇って村に入るのだろう。
その村も、周囲を三重の柵で守り、建物も外壁は石積みであった。
それに草を覆いかぶせて擬装している。
翼竜の目と、そういうものを知っている人間の知識が無かったら、中々見つけられないだろう。
『制限時間だ、戻って来て欲しい』
<了解した>
出来れば着陸して調べさせたかったが、恐竜(古生物)を顕現出来る時間は限られている。
来人はプテラノドンを呼び戻した。
来人が持ちこんだ恐竜は全部で10頭。
同時に使えるのは最大3頭までだ。
戦闘用が、足に強力な鉤爪を持つ肉食恐竜ユタラプトルの3頭。
移動・輸送補助に使うのが、トリケラトプスの小型版の草食恐竜プロトケラトプスが2頭。
上空監視や偵察用が翼竜プテラノドンの3羽。
残る2頭の内、1頭はこの世界に来るきっかけとなったモノ。
こいつは一度しか顕現しておらず、しかも短時間で来人の精神消耗により消滅。
来人は
(レベルというものがあるなら、自分はまだこいつを扱えないのだな)
と判断していた。
最後の1頭は、陸のユタラプトル、空のプテラノドンと来た事もあり海担当のフタバスズキリュウである。
首長竜は恐竜じゃない?
細かい事はどうでも良いとして欲しい。
この首長竜はサイズが大きい為、今の来人では3分しか顕現出来ない。
だから、この首長竜に乗って他の大陸には行けないのだ。
もしも魚人たちが他の大陸への行き方を知っているなら、それを聞いてみたいところである。
来人とユハはケンタウロスの馬体に乗せてもらい、3日程旅をした。
そして魚人の砦に近づく。
「ここらで降りるよ。
ケンタウロスが一緒だと警戒するんだろ?」
「御意」
張遼たちはこの辺で狩りをしながら帰りを待つという。
「ご武運を!」
「いや、戦わないから!!」
とりあえず、ユハが低空を飛びながらついて来る。
上空から警戒もしてくれるそうだ。
恐竜たちは今は出さない。
ユタラプトルたちは名無しと見ると
<喰っていいか?>
と物騒な連中なので、情報を聞き出す用事では出番が無い。
「すみません、誰か、お願いします」
日本語で言ってみた。
言葉に出して意思を持った音声として発信する。
言葉は分からずとも意味は通じる。
今までもそうやって来た。
だが返事が無い。
やはり警戒されているのだろうか?
「すみません!
誰かいませんか?」
やや大声になる。
『帰れ、帰れ!』
『内陸生物は黙れ!』
『あにひやー死なすからよ!』
何故か沖縄方言に変換された思念が返って来る。
(相当警戒されているんだな……)
そう思ったが、情報を聞き出さないと今回来た意味は全く無い。
強引に会話を進める。
「聞きたい事が有ってやって来た。
それが済んだら、すぐに帰るよ」
『汚いな内陸生物なんか信じられんさー!
そこぬ羽根んちゅおるがよ』
「この子は女の子で、しかも弱い有翼人だぞ。
お前ら、この子が怖いのか?」
『馬鹿者が! 何言ってやがる。
何者でも内陸生物は嫌さー!』
「海の者なら良いのか?」
『海の生き物から信じられんさー』
なら話は早い。
海の生物に交渉させれば良いのだ。
「ピイ、頼むぞ」
来人は海に向かってフタバスズキリュウの化石を投げた。
個体名「ピイ」は、某狸型……もとい猫型ロボットの全世界的アニメで、眼鏡の男の子が可愛がっていた首長竜の名前から拝借した。
あれも「〇〇゛〇の恐竜」と言っていたのだし、今後三畳紀、ジュラ紀、白亜紀の絶滅爬虫類は「恐竜」の大分類で語っていこう。
僅か3分だけだが、フタバスズキリュウが顕現し、海からやって来る。
魚人たちがパニックを起こしたのが感じられる。
だが、名付けの元キャラの影響か、そもそもが大人しい種なのか、ピイは召喚者の意を汲んで優しく呼び掛ける。
<海の民よ。
我が主の質問に答えてあげて欲しい。
主は何か危害を加えようとして来たのではない。
主とて、この危険な大地に困っているのだ。
どうか教えてやって欲しい>
流石に海の生物、しかも四肢動物に話し掛けられたのを無視出来なかったのだろう。
『貴方様は、どのようなお方ですか?』
<主はこの世界ではなく、別の世界から迷い込んだ者。
私は主によってこの世に呼び出された、既に死んだ存在。
私はかつて、別の世界で海に生きたモノだ>
『くぬ世界ぬ者じゃない?』
<そうです。
そっちの世界とこっちの世界が繋がってしまったのです。
向こうの世界の人たちは、主を除いてこちらの世界には来られないようです。
だから安心して下さい>
『嘘言わないで下さいませ。
我々は別の世界から来たのを他にも知ってますさー』
<はい。
その人の事を知りたいのです。
多くの人はこちらに来たら、すぐに死んでしまうようなのです。
それが主一人生きていられる。
そういうものかと思っていたら、どうも他にも来訪者がいると言われた。
貴方たちはそれを知っていると聞いて、ここに来たのです>
『あの内陸生物が、それを聞いてどうなさるのですか?』
<それは直接主に聞いて欲しい。
用が有るのは主なのだから。
私は、貴方たちに話に応じて欲しいと、お願いに来ただけです>
そろそろフタバスズキリュウの顕現限界時間になる。
限界時間になると、他の恐竜召喚も出来なくなる。
休んで回復させても、やはり消耗は激しいから僅かな時間しか召喚は出来ない。
一回限界時間に達してしまったら、完全回復は睡眠を取った1日後になってしまう。
だから、フタバスズキリュウが顕現している間に交渉成立して欲しい。
来人は祈るような気持ちで、両者の交渉を見守っていた。
『なんくるないさー。
聖獣様の思し召し通り、内陸生物と話でもするさー』
魚人たちはどうやら同じ海の生物の説得に応じてくれたようだ。
来人はすぐにフタバスズキリュウを元の化石に戻して回収する。
顕現限界時間まであと30秒。
これならいざという時、もう一回くらいはユタラプトルかプテラノドンを召喚可能だ。
ほっとしていると、魚人たちが姿を現す。
(魚人じゃなくて、特撮番組の海底原人って感じだな)
ケンタウロスたちが伝えた「海生の人型知的生命体」が伝達の過程で、来人の記憶にある最も合った「魚人」という単語に置き換えられた。
だから実際に見ると、人魚(上半身が人間で下半身が魚)とか魚人(顔や体の構造は魚で、それに人間の手足が生えている)ではなく、半魚人(人間に魚の鱗やエラやヒレが付いた生物)や海底原人がそれに近かった。
どうも来人の脳内では、半魚人や海底原人は「怪物」のカテゴリーに入っていた為、知的生命体として出て来なかったようだ。
「異世界から来たって本当かね?」
「本当ですよ」
「違う異世界人を知りたいのか?」
「色々聞きたい事は多くありますが、まずはその異世界人に会いたいです。
その人はこの世界の事をもっと知っているのでしょう?」
「くぬ世界ぬ事知ってどうする?」
「知るだけです。
貴方たちが俺たちを嫌ったように、俺たちもこの世界の事が怖いのです。
だから怖くないと分かれば、安心出来るでしょ。
怖いと分かったら、入り口を塞いで行き来出来ないようにします」
「ふー-ん……」
海底原人たちは数人で語り合った。
そして
「教えてやるさー。
でも条件が有るさー。
見返りも無しに教えてとか、都合良いさー」
と言って来た。
「何が欲しい?」
「酒が欲しい!!!!」
即答であった。
(泡盛は持って来てないぞ!)
とか考えたが、脳内変換で勝手に沖縄方言になっているだけで、この人たちが泡盛を好むかどうかは分からない。
そこで、少なくなって来たがラム酒やウイスキーを渡す。
「これっぽっちか?」
不満そうだったが、一口飲んで悶絶する。
この世界では蒸留酒は無いのかもしれない。
かなり濃いアルコールだから、水で割って……と教えようとしたところ
「美味いさー。
ちょっとの量で酔えるさー。
皆も飲むさー」
そう言って宴会を始めた。
質問にはまだ答えてくれない。
来人は、脳内変換される元の県に住んでいた事がある。
酒を飲み始めた彼等を止めてはいけない。
急いで物を聞き出そうとすると、その性急さを嫌がられる。
彼等には彼等の生活習慣がある。
好きなようにやらせれば良い。
教えてくれるって言ったのだから、ここまで来て無駄足とはならない。
(飲み始めたら止まらないからなあ。
こりゃ明日までかかるぞ)
そして覚悟を決めて、来人は胃の粘膜を保護する薬を先に飲む。
「ライト、それは何?」
首を傾げるユハに
「強い酒を飲んでも体を壊さない薬だよ」
と答える。
「私も飲みたい!
それ飲んだら、お酒も大丈夫なんでしょ?」
「未成年はお酒飲んじゃいけません!
この世界の常識と違うのは分かってますが、俺の保護下にいる時は従って下さい!
未成年に飲酒させると、色々(メタ)ヤバいんです!」
ユハはどういう事かは分からなかったが、渋々それに従った。
可哀そうだから、またジュースを飲ませる。
有翼人は蝶とかハチドリとかに近い。
以前、ケンタウロスたちとの酒盛りで、酒ではないが馬乳を飲ませた事があったが、吐き出していた。
流石にどこかのゲロインじゃないから、恥じらいを持って見えないところで吐いていたが。
烏龍茶もダメだし、炭酸飲料も口に合わない。
甘いジュースと水以外受け付けてくれない。
その癖、何故か酒には興味津々だったりする。
(飲ませたら、絶対一口で嫌になるだろうな)
とは思うが、倫理的にというか、保護者的にというか、彼女にはお試しでもまだ酒は一滴も飲ませてはいけないと思う来人であった。
おまけ:
個体名
ユタラプトルは「ガイ」「オルガ」「アッシュ」
プロトケラトプスは「プリウス」と「ジムニ」
プテラノドンは「ルーデル」「ハルトマン」「マルセイユ」
フタバスズキリュウは「ピイ」
残る1頭は後の話で。