マイハとメユノのレベルアップ
デミローマン大陸のとある学園都市。
ハーフエルフの高位魔術師ジャクオーは、空間の揺らぎと魔力の拡がりを察知した。
転移魔法の波動だ。
「何者かな?」
ジャクオー師は右手に爆裂の魔法、左手の杖には閃熱の魔法を発動し、出現を待ち構える。
「あ、師匠。
お久しぶりです」
「なんと、マイハか……。
随分と魔力が膨大になったものだ。
出て来るまで、一体何者か分からなかったぞ。
見違えたな」
ジャクオー師がマイハの肩を叩く。
「それで師匠、お願いが有って参りました」
「じゃろうな。
お前が用も無いのに、わしの元に遊びに来るとも思えん」
「いえ、そんな事は……」
「辛い、厳しい、なんでこんな事しないといけないのー?
と泣いておったではないか。
絶対、恨まれはせんでも、嫌われたと思っておったぞ」
「まあ、修行の事は置きまして……、詳しくお話しして良いですか?」
「ふむ」
「じゃあ、メユノ、お願い!」
そう言って面倒臭い説明は同行者に振るマイハ。
「おい!
自分の師匠だろ!
私に振るな!」
「いや、マイハよりはお主の方が物事を正しく伝えられるのではないか。
まあ家に上がり給え。
白湯でも出そう」
マイハとメユノが老魔術師の元を訪れたのは、来人の指示であった。
来人は転移魔法について、少し腑に落ちないものを感じていた。
転移魔法は、一度行った事があり、その座標を脳で展開出来る場所にしか行けない筈だ。
しかし、ヨハネス・グルーバーはかつて、ユハとマイハの部屋にピンポイントで転移した。
また、ロンギノスに攻撃された時も、背後に居たヨハネス・グルーバーが間違いなく、来人の漂着した場所に誘導していた。
「行った事が無い場所でも、知った人間が居れば、そこに転移出来るのではないか?」
そう考えたのだ。
「もしも、その仮説が正しければ、私たちはカーリの居場所を探し回る必要は無くなりますね」
「そうさ。
楽になるだろ?」
「楽になるのは良い事です!」
「……マイハが乗り気になったようで、何よりだ。
それと、俺は地球側に味方がいるのか覚束ない状態になった。
感染症とかでの待機期間が終われば、一回地球に降りろと言われるだろう。
独断専行をやった負い目があるからな。
例えそれが無くても、今回は色々有ったから、規則的にも地球でリフレッシュしないとならない。
そして帰って来たら、もうこの世界でベースキャンプから遠出はさせられないだろう。
下手をしたら、異世界への立ち入り自体も禁止されるかもしれない。
そうなると、お前らがベースキャンプの周辺をウロウロしていたら怪しまれる。
だったら、地球に居る俺の場所を察知し、直接来た上で、俺をもう一回異世界に連れて行って欲しい」
「分かったけど、もしかしてそんな転移魔法は無いかもしれないよ。
そうしたらどうするの?」
「その時は、新しい術式で新型転移魔法を構築しよう!
その為の高位魔術師なんだから!
出来るよね!
いや、絶対やってよ!」
「ヒイー、ライトさん、結構要求キツいんですね」
このようなやり取りの後、2人は異世界調査機関の者に
「ライト様が関わらない以上、私たちは帰らせて貰います」
と告げて報酬を受け取ってベースキャンプを去り、彼等の監視から離れた。
そしてジャクオー師の元にやって来たのだった。
メユノは「聖地」で見て来た事について話す。
この世界は、一旦滅亡したものを地球人の「創造主」によって再生されたものである事。
その創造主の墓に当たる空間が、「聖地」の下に存在する事。
その空間は、魔素に耐性が無い創造主が生活する為、魔素を遮断する機能が有った事。
それ故に、魔王ネブカドネザルを倒した後に残り、瘴気として、邪気として、災いを起こしていたモノを封じ込めるには丁度良い空間であった事。
四神人とは、封印された魔王を監視する存在であった事。
その内の一人、ヨハネス族長に恨みを持った者が、その魔王の残留思念に魅入られ、新たな依り代となった事。
それがヨハネス・グルーバーという存在で、この世界だけでなく地球にすら影響を及ぼそうとしている事。
「ふむ、面白い話だ。
初めて聞いたよ。
そうか、そうか、あの男はそのような存在だったのか。
対価として、お釣りを出したい程の情報だったな」
「面白いで済まされる話では有りませんよ!」
「いやいや、実に面白い話だ。
地球という世界から影響を与えられる一方だった我々の世界から、逆に地球に影響を及ぼそうとする等、痛快ではないかね。
喝采を叫びたい気分だ」
「師匠!」
「ジャクオー殿!」
「まあ、わしとしては地球がどうなろうと知った事ではないが、わしらまで支配されるのは気に食わんな。
軍隊や富で優位に立つのなら勝手にしろ、と思うだけじゃが、どうもヨハネス・グルーバーの場合はそれでは済みそうにない。
精神を支配し、完全に意のままにしようというのであろう。
わしは肉体を奪われる事よりも、精神を縛られる方が百倍、いや千倍嫌じゃの。
抗わせて貰おうか。
さて……お主たちの話を聞いて考えたが、もしかしたら魔王の方にも時間が無いのではないかな」
「は?」
「実体を持たずに、依り代無しに、エネルギーだけの存在が維持され続けただけで大したものだ。
強い恨み等で、この世に未練を残した魂だけの存在、半可視人型幽霊や無形亡霊……。
レイスの形を維持出来るのは精々数十年、それよりも時間が経つと自我が朧気になりファントムへと変わる。
これと瘴気が結びついたものが瘴気悪霊だが、それでも精々四百年しか維持出来ないそうだ。
魔王が倒されて三百余年、新たな依り代を得て、これ以上の消滅は免れたとはいえ、もう相当に力を失ってしまった。
これからは良くて現状維持。
そして地球への出入り口が開く。
わしも見たが、地球の文明は凄まじいのお。
じゃが、今の文明では魔素を制御出来ておらん。
創造主の文明は、魔素を封じたり、遮断出来るとさっき言ったの?
もしも、今後百年を経過すれば、地球は魔素を制御する文明に到達するやもしれん。
そうなると、異世界に大規模な侵攻が起こり得るじゃろう。
この世界だけを支配しようとしても、侵略者地球の軍とぶつかってしまう。
そして、かつては天変地異を引き起こす程の力を持った魔王も、それ以上の文明の力で倒されてしまうだろう。
そうならない為には、今がギリギリなのではないかな」
「それより以前は?」
「今の地球より前の文明では満足しなかったのではないか?
アレの目的は、強い軍事力を持った者を倒すのではなく、支配しようというもの。
それには、対象が幾つも在って、個々に対応するのは面倒じゃ。
支配の呪言を言って回る内に怪しまれよう。
何と言うか、呪言をあっという間に広める方法が、最近になって出来たとか」
「あります!
私、地球で見ました!」
メユノは地球で、インターネットというものを見せられた。
薄いガラスの板に、あらゆる情報を映し出すというもの。
ここに呪言を忍ばせて、全世界が見るような形で配信したなら?
「考えたものよのお。
魔王は力では地球に勝てないと感じた。
そこで、地球の指導者を支配しようと考えた。
指導者1人の力で出来る事などは多寡が知れておる。
じゃが、その指導者に全ての者が見ざるを得ない状況を作り出させる事は出来よう。
そうして、呪言を見た者どもは知らず知らずのうちに魔王の支配下に置かれてしまう」
「恐ろしい……」
「まあ、わしがそう考えただけじゃがな。
魔王が本当にそこまで考えておるのかは、知らんぞ」
ずっこけるマイハとメユノ。
「まあ、十分な対価はいただいた。
まずは転移魔法の新たな可能性について考えようか」
ジャクオー師は、心当たりの有る魔法を話す。
「ギルドでは、水晶を使った魔法通信技術を確立させた。
水晶は、わしらにもよくは聞こえんが、特定の振動をしておるようだ。
その共鳴を使って、遠く離れていようが場所が変わろうが、対となるもの水晶同士を繋げる事が出来る。
ダークエルフのお主なら、水晶の採掘もしておるから、知っていよう」
「はい」
「これは水晶同士の共鳴を利用する。
この原理を応用すると、相手の魔法力と同じ揺らぎを得る事で相手の持つ魔素と共鳴し、そこに念を直接送る魔法がある。
遠隔通信という魔法じゃ。
これは、相手の魔力の形が分からねば使う事が出来ぬ。
そしてどちらの方角に居るのか分からねば、中々捉える事が出来ぬ。
そうしてお互いに魔法の共鳴を使い合わねばならない。
お互いに高位の術者同士であっても、至難の業である。
おまけに相手が共鳴を拒めば、着信拒否出来てしまう。
それよりは水晶通信の方が楽じゃて」
「なるほど。
テレパスの魔法の前段階を使えば、相手の位置が分かる。
位置が分かれば、転移も可能という事ですな」
「単純に言えばな。
じゃが、簡単ではないぞ。
第一、テレパスの使い手はほとんどいないのじゃ」
「ジャクオー師は如何ですか?」
「わしを甘く見るな。
わしは使える。
じゃが、それで知れた位置に念ではなく物体を転移する等、到底出来ん」
「何故ですか?」
「探す感応と、送る感応は真逆だからじゃ。
探す時は、徹底的に己が発する魔力を抑え、微弱な相手の魔力の揺らぎと共鳴せねばならん。
送る時は、その共鳴を維持しながら高出力で魔法力を使わねばならん。
その時、相手にも協力して貰う。
協力を拒まれた場合、着信拒否された場合に念は通じない。
念ですらそうなのじゃ。
転送するには、位置を特定した後に空間を繋げる。
相手に協力を頼めれば楽じゃが、そうでない場合は転移に必要な詳しい転移先情報が中々得られぬ。
相手の位置を特定した後、その位置について自力で正確に把握し、そして転移する。
言うは簡単じゃが、高度な事は分かろう。
探す為の高度な魔力制御と、転送時の膨大な魔力……」
そう言ってから、ジャクオー師はマイハとメユノをじっと見る。
「まあ、お主たちの場合、膨大な魔力の方は何とかなりそうじゃな。
一体どうやったらそんな膨大な魔素を身に貯め、力を出せるようになったのやら」
「聖地に行きましたゆえ」
「それでもじゃ。
そのような魔素を身に浴びたら、身体がおかしくなるじゃろうて」
「ネブカドネザルの良心というモノが、私たちを救ってくれました」
「そうか……。
魔王と恐れたモノにも、良き心と悪しき心の両面が有ったという事なのじゃな。
良い勉強になった。
この年でも、学べる事は多く嬉しい限りじゃ」
そしてマイハには酷な宣言をする。
「それでも、お主たちは魔力の制御が出来ておらん。
ただ力は無暗矢鱈と放出しているだけに過ぎん。
特訓じゃ!
特訓して、その力の無駄遣いを矯正して進ぜよう!」
「ヒィィィィィィィ」
特訓という言葉に、マイハのトラウマスイッチが押されたようで、悲鳴を挙げてのたうち回っている。
「ジャクオー師」
「む?
お主も、その魔力の無駄遣いを改めるよう特訓を課すぞ」
「それは望む所です。
私はもう一つの魔法を知りたいのです」
「ほお?」
「知っての通り、ダークエルフは催淫の魔法を使います。
快楽状態での思考誘導や、行動支配という事も可能です。
それを解除する魔法です」
「そんなのはダークエルフの方が知っておるのではないのか?」
「自分がかけた魔法は解除が可能です。
しかし、他者のかけた魔法は解除が出来ません。
より広範囲で、誘惑された者たちを解除する法を知りたいのです」
「それは、簡単な事じゃ。
着いて来るが良い」
それは小川の河畔である。
小石を投げ込む。
水面に波紋が拡がる。
「あの波紋を消すには、より大きな波紋をぶつけてやれば良い。
大きな波の前に、さざ波は打ち消されよう」
そう言って、大きな石を投げ、その揺れによって小なる波紋はかき消されるのを見せた。
「お主の場合、そうよのお。
魔力を細かく制御するより、大きな圧として放射する術を教えた方が良さそうじゃな。
マイハとは異なる特訓となるが、覚悟せい」
要はどこかのゲームの凍てつく波動の理論である。
こうしてマイハとメユノは、高位魔術師による猛特訓を受ける事となった。
おまけ:
幽霊の寿命400年ってのを見たので、依り代無き精神体の維持可能時間は約400年としました。




