街道を往く
ケンタウロス族は……行っちゃなんだがこの世界の野盗だ。
ヒャッハーしているモヒカンだ。
弓矢、棍棒、石斧程度は作れるが、トマホークは持っていない。
弓矢も、ニカワで固めるとか、馬の腱を使うとか、そういう工夫は無い。
……それは同族を解体して利用する事だから、彼等の禁忌なのかもしれないが。
基本的には地球世界の遊牧民そのものと言える。
地球の遊牧民は、世界で最初に鉄を作ったり、金製品を鋳造したり、三枚羽根の矢を作ったりと創意工夫の民族なのだが、それよりも身体能力頼みのこの種族は野蛮であった。
足は地球の馬と似ているが、一本指の蹄ではなく、まだ三本指という古い馬の性質を残している。
だから若干足が遅かったのかもしれない。
そして蹄鉄を知らない。
種族の生物としての特性はそうだが、移動する民である彼等にはもっと貴重な情報があった。
この大陸の事を広く知っていたのだ。
そりゃそうだろう。
どこにどんな村が在り、どこにどういう危険な獣が棲んでいて、どこに美味しい物が有るのか知らないと定住しない彼等は飢えてしまう。
張遼と、武勇の将の名を与えられたケンタウロスの隊長に、来人は様々な事を教わる事が出来た。
「あの人、ちょっと特殊な能力を持っているね」
ユハが何かに気づき来人に話しかける。
「特殊な能力?」
「うん。
ケンタウロスの一団なんだけど、凄く綺麗な列で進んでいるよ」
「野生の生物って、そういうものじゃないか?」
「確かにそういうところはあるけど、もっと凄いよ。
狩りの時とか見てみて」
そう言われたので、来人はケンタウロスの狩りの様子を観察した。
地球には該当する生物が居ないから、変換が利かず、便宜上六肢牛と呼んでいる動物がいる。
牛というよりキリンが近いかもしれない。
四本の足で地面に固定し、前の足で樹を掴んで上半身を持ち上げて、高い所にある葉を食べている。
上半身を持ち上げている為、遠くから迫る敵を見つけやすい。
そして危険を察知すると、その前足も地に着けて走って逃げる。
六輪駆動の自動車のように、結構速く走る事が出来る。
その六肢牛をケンタウロスたちは狩るのだが、六肢牛は勘が鋭い為、狩りは難しいのだと言う。
包囲する為の思念波すら感じ取ってしまうようだ。
だが張遼の群れは、命令や信号無しに一糸乱れぬ統率で、六肢牛の群れが気づいた時には包囲と、わざと一ヶ所開けておく罠まで形成している。
張遼の方に感覚を集中させてみたが、一瞬信号のようなものは感じるが、それは殺気や命令のようなものではないようだ。
そして狩りに成功し、引き上げる。
彼等は地球の遊牧民と同じ。
襲って来た時は五十騎ばかりの男たちだったが、群れには女・子供もいる。
一夫多妻制のようで、数倍の家族がいる為、群れの規模は五百騎程であった。
その女たちが、狩りが終わって男たちが戻る前に、食事の準備を始めるのだ。
それも狩った頭数に過不足ないように。
(彼は群れの統率者だ。
そういうスキルのようなものを持っているんだろうな)
そう思い、ふと疑問を感じる。
スキル的なものについて、有翼人の族長ヨハネス・グルーバーは何も言わなかった。
彼も直接声を掛けたのはユハだけで、他の有翼人たちには命令とか言わずに従えていた。
族長的な者にはそういう能力が有るのかもしれない。
そこでユハに、自我を持つ前の事を思い出して貰った。
「命令とかされてないよ。
でも、そうしなければならないって思ったりする。
なんでだろうね?」
「今はそういうの無いの?」
「無いよ。
だから、どうしたら良いか分からない時がある。
私をこんな女にしたのだから、責任、取ってね!」
……こいつ、なんか色々成長してやがるな。
どこでそんな感情覚えたのやら。
まあ、本気で迫っていたり、女性を武器にしているような感じではなく、からかっている感じなのだが。
それにしても、集団の長にはそういう統率スキルが、魔力とは別に存在しているのかもしれない。
そして名付けとかを行うと、その統率から外れてしまうのか。
だからユハは群れから出て行かなければならなかったのか?
統率に従わない、どんくさいのが群れにいると、時にそれが群れ全体を危険に晒す事もあるからだ。
こういう場合、直接聞いてみよう。
「張遼」
「はっ、我が君」
もうこの呼ばれ方も慣れたものだ。
「君さあ、群れの仲間をどう統率しているの?
言わなくても望む通りに群れが動いているよね」
「さて、気にした事もありませんでした」
「俺たちを襲った時もさ、恐竜たちの位置を能く把握した陣形を組んでいたよね」
「お恥ずかしい。
あの後、大恩を賜る事になる御主君に矢を向ける等、有ってはならぬ事でございます」
「いや、それはいいよ。
聞きたいのは、ああいう行動は訓練をして出来る事なのか。
それとも生まれながらに出来る事なのか?」
「左様……。
あの時、某は少し離れた所から全体を見ておりました。
その全体像を群れと共有し、群れの者が見るものを自分の像として感じていました」
やはり、統率する者には特殊な能力があるようだ。
それは来人も持っている。
恐竜を召喚し、使役する際は、恐竜たちが見たものを自分の感覚として共有し、自分の命令を思念として送る事が出来る。
これは今まで魔法だと思っていたが、実は違うようだ。
召喚し、顕現させるのは魔法の類の能力なのだが、恐竜たちを指揮するのは魔法では無いと、ユハが教えてくれた。
恐竜たちに戦わせると疲労が激しい、この辺は魔力、精神力の制御が必要なのかと相談したところ
「ガイたちにあれやって、これやってと言ってる時、魔力は使ってないよ」
と意外な事を言って来たのだ。
「ライトって、魔法を全然使おうとしてないよ。
ガイたちを呼び出す時に魔素を使われているし、その時だけ”感じる”よ。
ガイたちが戦うと、魔素が無くなるのが速くなってるから、ライトから吸われてる感じだね。
でも、あれやれ、これやれって思っている時、特に魔力使ってるのは”感じ”られないよ」
生態系的に弱者の有翼人たちは、そういう思念や魔素の多寡、魔力の放出とかに敏感だという。
狩られる側だから、攻撃して来る相手のそういうものを察知して逃げるようだ。
だが、群れでやって来るモノたちは、殺気などは感じても包囲するようコミュニケーションを取っている事については何も感じないのだという。
だから
「そういうものだと思っていた」
とユハは言っていた。
要は、魔力通信みたいなものと「以心伝心」「言われなくてもそのように動く」「空気を読む」といったものは全くの別系統の技術のようだ。
ところが先日会ったヨハネス・グルーバー族長、有翼人たちを統率する者は、色々な話こそしてくれたものの、統率というスキルに関しては何も言わなかった。
来人が恐竜召喚士と知った上で、である。
(こういう事は教える必要が無かったのかな?
それとも教えたくなかったのかな?)
あの晩、酒を飲みながらこの世界で生きる上で必要な様々な事を教えてくれたのだが、それでもまだ言おうとしなかった事、教えていないものも多数あるように思える。
「張遼」
「はっ、御主君」
「ケンタウロス族は特定の棲み処を持たず、この大陸を隅々まで知っているんだったね?」
「御意に御座います」
「魔法や統率技術、思念波などについて詳しい者がいる村を知っているかい?」
張遼は走りながらしばらく考え込む。
そして
「この大地にはおりませぬ」
と返答した。
「居ない?」
「はっ。
我々は手足翼を動かすように、魔法を使うのです。
それ故、どうしてそうなっているかなど、考えた事も御座いません」
「そうなんだ……」
「ですが、それを知っている者について知っている者たちなら存じております」
「えーっと……、魔法とかスキルについて系統的に知っている者は、この大陸には居ない。
だけど他に居るから、その存在について知っている者なら、村を知っているって事か?」
「御意」
「ではそこに向かおう」
「我が君……。
実は我々、以前その村を襲撃して略奪を行いましたので、近づいたら攻められます。
このような事を予測出来ず、申し訳ございませぬ」
「いや、それは……その……仕方ない事だよ。
まだ俺と会う前の事だし、群れが生きていく上で必要な事だったんでしょ」
「いえ、戯れに襲ったまでです」
(こいつら……。
名付けして常識人に変えといて正解だった)
蛮族の所業のせいで、群れでの接近は出来ない。
「まあ良いや。
近くまで行ったら下してくれ。
俺とユハだけで向かう」
「申し訳ございません」
「謝罪はもういいから。
それで、その者たちは何者だい?」
「はっ。
魚人たちで御座います。
御主君と同じ、手足4本の種族で御座います」
そして
「この大陸では、六肢のモノ以外は劣った生き物とされます。
それ故我々も、魚人の村を戯れで襲いましたし、御主君と恐竜も恐れなかったのです」
という事実を告げられる。
道理でこの大陸で見るモノは、手足と翼、手と四足、四足と翼といったように六肢の生き物ばかりだ。
四肢の生き物は絶滅したか、最初からいないのだろう。
だが、ケンタウロスは四肢の魚人がいると言ったし、ヨハネス・グルーバー族長も「君たち四肢族」という言い方をした。
つまり、四肢動物はこの大陸以外に存在するというわけだ。
それが海を渡れる(かもしれない)魚人なら納得出来る。
他の大陸から来たのだろう。
だがそれ故に、この大陸の生物はことごとく敵と認識しているに違いない。
現にケンタウロスたちが遊びで襲撃を掛けたという。
「ルーデル!」
来人は化石を投じ、プテラノドンを顕現した。
個体名ルーデル、名が自我に影響を与えると分かった今、この魔王のようなエースパイロット名で良かったのかどうか疑問ではあるが、一回付けた名前だから仕方ない。
「ルーデル、この先に魚人の村が在るそうだ。
空からちょっと様子を見て来て欲しい」
<了解>
ルーデルの返答は今回に限らず、短くぶっきらぼうに感じる。
翼竜はユタラプトルたち程知能が高くないから、と決めつけていたが、違う理由からかもしれない。
そういえば、翼竜は厳密に言えば恐竜ではない。
恐竜とは分類上は竜盤目と鳥盤目に限られ、翼竜や魚竜、首長竜は含まれない。
だが細かい事は良い。
古生物や化石生物、絶滅生物よりも恐竜の方が死霊召喚との語呂が良いから、例え他の爬虫類を召喚しても、恐竜召喚士と名乗る事にしよう。
おまけ:
張遼が蛮人の精神から名付けによって武人の精神に変化した事で、彼の群れも全体が変化した。
相変わらず猛々しいが、少し思考が複雑化し、礼儀のようなものも覚えた。
そのケンタウロスの群れから、数人(数騎?)を連れて張遼が来人の元にやって来る。
「この者たちにも名を頂けたら幸いです」
張遼1人でも群れは統率可能だが、複数の集団に分かれて活動する場合は、分隊指揮官のような者が必要である。
今まではその必要が無かったし、力こそ正義だったので、喧嘩に強く足が速い者がごく自然に隊長を引き継いでいた。
今後は偵察や連絡など、もっと高度な事を行うと張遼が判断した為、自分の副将となる者が欲しいという事だった。
(あまり名付けの乱発は良くないし、呂布とか関羽とか張遼の上位の名前もダメだよなぁ。
まあプリウスとか名前をつけても、ちゃんと自我は持ったし、人の名前じゃなくても大丈夫だな)
そうして男女4人のケンタウロスに
「スズカ」「マックイーン」「ライシャワー」「シンボリル」と名付ける。
彼等、彼女等は一部気性が荒いところもあるが、中々の名馬に成長した。
安鳥来人は地球の方の生活では、とあるゲームをやり込んでいたのだった。