異世界の創造主
「この世界は一体何なんだ?」
来人は、地下迷宮の最深部で出会ったコンピュータに質問する。
「どこから答えたら良い?」
「そうだな、漠然とした質問に過ぎるな。
順番に聞いていく。
まず、この惑星は地球なのか?」
「そうだ。
ここは地球だ。
しかし、君とも、ここの所有者とも異なる地球なのだ」
「別次元の地球?」
「簡単に言えばそれで正解だ。
この地球は、太古に分岐した別の可能性の地球なのだ」
立体映像が空に浮かぶ。
そこには地球が映し出された。
そこから広範囲映像に切り替わり、銀河系とその中の太陽系が表示される。
「とある可能性の世界において太陽系は、未知の星間物質が満ちる空間に突入した。
この物質については君よりも数百年後の世界でも、何なのかがハッキリとは解析されていない。
君の思念では『魔素』と呼んでいるようだ」
この世界の地球は、悲劇に見舞われる。
約2億5千万年から始まった生物の大絶滅イベント。
来人の地球でもこの事件は、全ての生物種の90~95%を絶滅させた。
だが来人の地球では、そこから生物は復活していく。
この世界の地球は、ついに生物の絶滅が99%に達し、復活の目途が立たなくなった。
「そこに、ここの所有者が現れて、世界を創造したのだ」
便宜上、創造主と呼ぶ。
彼はある種の天才であったが、それでも本人すら計算外の偶然が重なり、この世界の地球との通路を開いたのだ。
そして、その世界について解析を行う。
その世界は、現在の地球人では長時間生きていけない。
その世界の地球は、大量絶滅が加速し過ぎて、もう元の生態系が絶対に回復しない。
そこで、創造主はこの世界の地球を自分の手で回復させようと思いついた。
彼は天才に過ぎて、周囲からは浮いていた。
ずっと独身で、変人呼ばわりされて近寄る者もいない。
これで孤独を平然と受け容れる人間なら良かったが、彼は寂しがり屋でもあった。
子供の頃から、数百年前に語られたファンタジー小説や映像を見て、その世界に憧れを抱いていた。
科学者とファンタジー愛好家、両方の側面を持つ人付き合いの苦手な変人。
その彼は、科学技術により異世界の地球再生を行っていたが、数十年後、ついにそこへの移住を考える。
彼の両親が天寿を全うし、気が付いたら自分一人。
研究所も定年前に肩叩きに会いそうだった為、早期退職をして、ありとあらゆる家財を売り払い、異世界への移住を行う。
その時に備え、数年掛かりで機械に自動で作らせていた、魔素を遮断するシェルターがこのドームであった。
宇宙に満ちる魔素から逃れる為に地下深くに掘られた空間に、魔素を遮断する素材を貼り付け、防御フィールドで護られた巨大空間、それがここである。
「ちょっと待った。
ここは今は濃密な魔素が立ち込めている。
ここに以前は全く魔素が無かったというのか?」
「出来た当時はそうだった」
コンピューターが回答する。
生物の創造、そんなのは科学が如何に進もうと成功しない。
創造主は地球から持って来た生物を移植していたが、それでも広大な地球の再生は覚束ない。
まして、この環境に適応する生物を遺伝子合成で作っても、生命が宿らない。
科学の限界を覆したのが、ファンタジーであった。
この世界の魔素と呼ばれる謎の要素は、思念を伝達する。
思念を増幅する。
増幅した思念でもって高次元に働きかけ、エネルギーを得る。
得たエネルギーを自らに蓄積出来る。
遺伝子というのは、炭素と水素と酸素と窒素等から出来た化学物質だ。
それが生命の根源となるには、何かもう一つ因子が必要なようだ。
「せめてスライムのようなもので良い!」
その思念が奇跡を産む。
本当にファンタジー世界のスライムが誕生したのだ。
こうしてスライムを皮切りに、「念じれば生命になる」事を知った創造主は、将来の進化を想定しながら多数の環境適応可能な生命を産み出し、この地球に放っていく。
この新たな生命の遺伝子は、単なる分子の鎖ではない。
この創造主の思考の奥底にあったファンタジーの記憶であった。
それが満ちた魔素をエネルギーとする環境適応型生物は、よりエネルギー効率の良い異世界で進化をしていく。
創造主は、その進化の先を見る事は出来なかった。
地衣類や苔、シダ植物が生まれ、徐々に再生していく地球。
それを見ながら、創造主も異世界で死亡する。
捨てた筈の故郷・地球の文化財の模造に囲まれたこのドームの中で。
その際、コンピューターに今後の地球の管理を任せた。
「それが私だ」
コンピューターが言う。
そしてこれ以降は、魔素によって狂わない回路や、魔素をもエネルギーに変換して半永久的に動く機械へと自動更新しながら、1億年以上コンピューターは地球の変化を監視し続けて来た。
魔素機関と、魔素遮断素材、魔素中和フィールド発生器、これにより創造主の残した機械たちは無限に動き続け、自分を修理しながらずっと地球の環境調整を行って来た。
そして生物は、創造主のファンタジー要素に沿った進化を果たす。
エルフが生まれ、天馬が舞い、天使のような種族が平和に暮らし、ドラゴンが生態系の覇者となる。
「それが、俺の知っている、どっかで見たような幻獣ばかりが満ちた世界になった理由か!」
来人は不思議に思っていた。
異世界なのに、妙に地球のファンタジーそっくりな生物ばかりである。
中には全く想像もしなかった生物も居たから、そういうものだと割り切っていた。
「それは進化の果てに起こったものだ。
全て創造主の思い通りの進化をしたわけではない。
意に沿わぬ生き物も、想像出来なかった生物も、創造主の記憶という遺伝子から生まれ、進化したのだ」
「コンピューターは調整役だろ?
それを間引く気は無かったのか?」
「気というのは曖昧な表現だ。
与えられた任務は地球の発展。
創造主の意思は、創造主の意に沿わぬ生き物をも慈しむ事。
コンピューターの調整は、今だ原始的な生物であった時期に、再度絶滅しないようにしただけで、高等生命に進化した後はただモニターしていただけだ。
成長し進化した生命に干渉する事は、創造主の望みではないし、現実的に不可能である」
古生物学が終わり、歴史のジャンルに変わる。
地球で言えばジュラ紀の頃だが、魔素の作用か不明ながら、環境はホモ・サピエンスが跋扈する時代とそっくりになった。
本来なら自転速度も大気組成も異なる筈なのに、創造主の生きていた時代と瓜二つとなる。
そこで多数の高等生命が生まれた。
ある時、再び地球から異世界への通路が開く。
そこから地球人がやって来た。
そうして異世界へやって来ては死に、僅かな適応者が知的生命体に影響を与える。
そういう繰り返しの中で、ある一団がやって来る。
エリヤ・ハシェムを含む、バビロンからの脱出者たちであった。
「待った!
創造主は俺よりも数百年先の未来から来たんだろ?
その後に、俺より二千年以上前の古代イスラエル人がやって来たのか?
おかしくないか?」
「時間というものを、直列なものと考えない方が良い。
どのような理論か分からないが、異世界と地球が結ばれる時代はランダムだ」
話を戻すと、エリヤ・ハシェムたちの一団がやって来て、とある知的生命体を変化させてしまう。
精神に芯を通す「命名」という呪詛。
名前によって精神に縛りが出来てしまう。
命名によってネブカドネザルという存在になったモノは、その強烈な自我ゆえに、別の力と融合してこの世界の災いと化してしまった。
「別の力?」
「魔素の闇の面というべき力である」
創造主が来た時、魔素には正も負もなく、ただの混沌とした暗黒エネルギーであった。
そこに意思が介在し、地球の各種宗教の「創世記」のような事が起こる。
始めに神は天と地とを創造された。
地は形なく、空しく、闇が淵の表に在り、神の霊が水の表を覆っていた。
神は「光あれ」と言われた。
すると光があった。
神はその光を見て、良しとされた。
神はその光と闇とを分けられた。
神は光を昼と名づけ、闇を夜と名づけられた。
(旧約聖書「創世記」より)
天地がその姿形をなす前、全ては卵の中身のようにドロドロで、混沌としていた。
その中に、天地開闢の主人公となる盤古が生まれた。
この盤古誕生をきっかけとして天地が分かれ始めたが、天は1日に1丈ずつ高さを増し、地も同じように厚くなっていった。
(中国神話「盤古開天」より)
対立する二つの霊があったという。
善なる神アフラ・マズダーは生命・光を選び、邪悪な霊アングラ・マインユは死・闇をとった。
宇宙はこの両者の戦う場と当事者を設定するために創造された。
(ゾロアスター教「アベスタ」より)
古、天地いまだ剖れず、陰陽分れざりし。
渾沌れたること鶏子の如くして、溟涬にして牙を含めり。
それ清み陽かなるものは、薄靡きて天となり、重く濁れるものは、淹滯いて地となるに及び……。
(「日本書紀」より)
混沌としたエネルギーから「正」を産み出すと、「負」も生まれるのだ。
真空より物資が生まれると、反物質も対となって発生するが如し。
創造主は、その負のエネルギーを知っていたが、その負の存在すらも慈しんだ。
創造主が生きていた時、生命はいまだ再生を始めたばかりで、正も負も共に弱弱しかったのだ。
だが知的生命体が進化していくにつれ、形を持たぬ負のエネルギーは、力だけが溜まった状態となる。
その意思も無い、負のエネルギーが、ネブカドネザルという存在を依り代として具現化してしまった。
この世界のエネルギーの半分とも言える「負」によって、ネブカドネザルという有翼人は変質した。
もはやただの邪悪なのではない。
邪悪なのはネブカドネザルが、命名者によって植え付けられた「地球由来」の悪意であり、負のエネルギーはそれと結びついたに過ぎない。
こうして「負」は「邪悪」に汚染され、「魔」と化す。
この世界で最初の魔王ネブカドネザルは、その「邪悪」を肉体から引き離され、それで倒された。
彼の肉体は、最早「負」無くしては維持出来ず、そこから引き離されると、もう生きてはいけなかったのだ。
だが、肉体は滅しても、邪悪に染まった「負」は残る。
エネルギーそのものと言えるそれは、倒す事が出来なかったのだ。
そこで、そのエネルギーを魔素に吸収させ、魔素として封印する事を思いついた。
その時に選ばれたのが、外から魔素が入り込めない空間、逆に言えばそこに封じ込めれば外には出られない空間、つまりはこのドームである。
こうして創造主の墓標であったドームには、苦心の末に邪悪な魔が封じ込められる。
既に魔素から逃れる為に地下に造られていたドームは、その上に封印の神殿が造られた。
それが地下迷宮であり、地上の構造物はいつしか「聖地」と呼ばれるようになった。
「質問。
どうしてエリヤ・ハシェムたちはここの存在を知っていたのだ?
ここなら魔素を封印出来るって分かったのだ?」
「回答。
教えたからだ。
創造主が図らずに産み出した『負』、『邪悪』。
それを滅する事は無い。
だが破壊者となると予測された為、ホログラムを使って接触を行った。
そして彼等はこの存在を知り、ここに封じる事にしたのだ」
「では、そもそもの案はコンピュータのものだったのか?」
「否。
封印を思いついたのは彼等地球人だ。
封印する場所として、ここを提案したに過ぎない」
「では、それから三百年、コンピューターは邪悪を封印し続けていたのか?」
「この世界の主な生命から見れば邪悪でも、創造主からしたら我が子も同様。
封印というより、共に過ごしただけだ。
出て行ってしまったが」
「もしかして、それってヨハネス・グルーバーと関係するのか?
ここを警護する者の名を改竄し、いずれは地球をも支配したいなんて言うあいつと……」
「その答えは、私は知らない。
この者から聞くが良いだろう」
コンピューターがそう言うと、また異なる存在が現れた。
「しかし、本当にここまで来るとはな。
あのような方法を使うとは、思いもよらなかった」
その声こそ、封印の扉にて会話した影、そしてこの地に降り立つ直前に会話したモノと同じであった。
「ようこそ。
我はネブカドネザル。
最早肉体を持たないが、かつては魔王と恐れられた存在のなれの果てだ。
君が一番興味を持っている、ヨハネス・グルーバーについては我から話そうではないか」




