ケンタウロス襲来
ユハが族長から貰った「退魔の小剣」は、弱い相手は寄って来ない、強い相手は接近を知らせる中々便利なアイテムだ。
だが少しセキュリティーホールもある。
弱くて意思がない魔蟲や邪気生命体のようなものは、本能で近寄らない。
だが意思があるものは、嫌だと感じつつも、それ以上のメリットがあればやって来る。
今回近づいて来たのは人馬族。
それと知ったのは彼等が視認距離に入ってからだ。
対ケンタウロスで、この魔力感知レーダーのような小刀は役に立たなかった。
「あれ、ケンタウロスだよな?」
ユハに問う。
奴等は知恵が多少あるのか、すぐには襲って来ず、こちらを遠巻きに周回しながら伺っていた。
だから会話するくらいの余裕はある。
「どんな奴らだい?」
ユハの情報だと、魔法はほとんど使えない、だけど弓矢や棍棒で襲って来る野蛮な者たち。
集団で襲って来るから、有翼人は飛んで逃げるしかない、であった。
「知能はあるのかな?」
この世界、気を集中させれば思念を感じ取る事が出来る。
ケンタウロスの方に意識を向けてみた。
『ヒャッハー!
グリフォンだぜ!
あれ食ったら強くなれるぜ!』
『なんか変なドラゴンと四肢人がいるけど、殺っちまおうぜ』
『有翼人のメスだぜ!
メスには変わりねえぜ、たまらねえな!』
……知能はあるが、知性はないようだった。
※ヒャッハーは、思念を感じ取った来人の中で変換されたもの。
要はモヒカントマホークと同様の存在と認識されたという事。
「やっちまえ!!」
ほとんど野盗のように、欲望丸出しで襲い掛かって来た。
「ガイ、オルガ、アッシュ、攻撃だ」
<待ってました!
喰っていいな?>
「食っていいぞ!
あとユハ、その刀を抜いて!
構えて!
持ち方逆!
そう、刃先を上に向けて!」
「こお?」
「そう!
そして、雷撃をそこに集めて!」
「うん」
退魔の小剣が青白く光り、小さくスパーク放電をしている。
「で、どうするの?」
投げたら一回で終わりだ。
こういう時は、少年漫画の知識を使ってみよう。
「ちょっと貸して」
魔法剣というか、スーパーロボットの剣というか、そんな感じの電気を刀身に帯びたそれを、ケンタウロスたちに向かって空振りした。
すると、刀身の電流が相手に向かって放たれる。
しかも一直線ではなく三日月状の衝撃波となって、複数人を同時に攻撃出来た。
「ギャアァァーー!」
雷撃を食らったケンタウロスが何人か倒れた。
「こんな感じだよ。
やってみて」
「なんか残酷……」
「そんな事言ってる場合じゃない!
喰われないよう、自分の命は大事なんでしょ!」
「あ、そうだ」
ユハは二撃目の雷撃を刀身に纏わせると、来人がやったのと同じようにケンタウロスに向けて振り抜き、増幅された電流を食わらせていた。
ユハは自我を得てから、急速に成長している。
特に精神面で、情緒的なものが段々地球人に近づいて来ている。
その分、野生の本能というか、自我が無かった時のような無我の行動が消えつつある。
怖いと逃げるのではなく固まる。
自分が強い立場になって相手を攻撃すると、可哀そうとか残酷とか思うようだ。
良い事なのか、悪い事なのか。
「ライト! 危ない!」
考え事をしていたら、ユハから警告された。
見るとケンタウロスが棍棒を振りかぶって、来人の方に突進して来ている。
「大丈夫だよ」
来人はさっと身をかわす。
この世界、地球人は細胞が活性化され、身体能力が上昇するのだ。
最初は戸惑っていたが、今は大分身体の使い方にも慣れて来た。
前は身体能力が上がって、速く動けるようになったが、動体視力が追いつかずにあちこちにぶつかったり、停止する際に躓いたりもした。
それも、一度穴を通って元の世界に戻り、動体視力向上のトレーニングを教わって克服している。
確かに下半身が馬のケンタウロスの突進は速い。
しかし競馬で全力疾走している馬だって、見えなくなるって事はない。
身体能力と動体視力が上がっている以上、走って追いつくなんて事は出来ないが、襲って来る相手をかわす事は出来る。
そして投石。
かつて島原の乱の際、剣豪・宮本武蔵が石に当たって大怪我をしたように、石による攻撃は侮って良いものではない。
ケンタウロスは大ダメージを受けて悶絶している。
<旦那も中々やるよな>
<まあ、俺たちに姿と命を与えるしか能が無いわけではないさ>
<流石は召喚主ってとこだな>
恐竜たちの思念が流れて来る。
こいつらはこいつらで、こっちの世界の動物を遥かに上回る速度で走り、高く飛び、足にある長大な爪を突き立ててケンタウロスたちを打ち倒している。
結構な数がいるから、その数を頼んで襲って来るが、戦闘力は恐竜たちの方が遥かに上だ。
こいつらより速かったのは、争奪の対象となっているグリフォンくらいで、それも飛行してのものだ。
地上戦で身体能力が強化されている恐竜たちにかなうわけもない。
伊達に1億年以上地球で強者として君臨しちゃいないぞ。
「ライト!!」
ユハが叫ぶ。
ピンチに陥ったか?
「これ、『退魔の小剣』が……」
見るとカタカタ鳴っている。
ここにいるケンタウロスたちは、個々はグリフォンとかドラゴンに比べて弱っちい。
知恵があって武器を使うのと、数で襲って来るから厄介なのだが、それでも「退魔の小剣」が警報を鳴らす相手ではない。
これが鳴っているという事は、もっと恐ろしい何かが迫っているという事だ。
「おい、お前ら……」
ケンタウロスたちにも警告を与えようとしたら、遠くの方で
「ギャッ!」
という断末魔の声がする。
見ると巨大なドラゴンがいて、ケンタウロスを頭から喰っていた。
「デカい」
以前ユハを襲っていたドラゴンに比べ、随分大きくて太い。
鈍重そうに見えるが、動きは速く、ケンタウロスたちの機動力に追いつく動きで捕食していく。
「あれは地竜、羽根はあるけど飛べないよ。
ただ、大きいし強いし、動きも速い。
私を食べようとした飛龍とは違うよ。
あれなら私たちは飛んで逃げれば良かったし」
本当に、ドラゴンよりもグリフォンが天敵だったんだな、と思った。
<旦那>
「なんだ、アッシュ」
<あれも倒すぜ>
「いや、今のところ襲っているのはケンタウロスたちだから、こちらから攻撃する事もないが」
<ちょっと試してみてえんだ。
ちょっと行って来るぜ>
アッシュの後にガイがそう伝え、3頭は地竜に向かって疾走していく。
地竜は、見た事が無い同属っぽい何かに驚いたようだが、態勢を変えると火炎を吐いた。
ガイはそのまま突っ込んでいく。
<思った通りだ。
俺はこの火に対して強くなっている>
ユハを襲ったドラゴンを倒した後、こいつらに食事をさせたんだった。
その時食ったドラゴンの影響か、どうも対火属性を取得したようである。
そしてガイを火避けの盾にして接近した後、いつもの死角から飛び出しての3頭連携攻撃。
地竜も随分と素早いが、強化されたユタラプトルの速度と跳躍力にはかなわない。
使役する来人は、後方から地竜を観察し、思念で指示を送る。
(見えた!
下の方になるが、頸動脈だ。
そこを掻き切れ。
ガイとアッシュがジャンプしてそいつの注意を上に向けろ。
オルガが下に潜り込んで、食いちぎれ!)
<了解>
<適切な指示だ>
<じゃあ行くぞ!>
3頭の連携攻撃が成功し、地竜は倒される。
<じゃあ、いただき……>
3頭が地竜を食おうとした刹那、急に消えてしまった。
召喚し、使役する来人の維持限界が来てしまったようだ。
喰い始めれば、食事によって勝手に魔素が補充されるせいか、恐竜たちの顕現時間は伸びる。
残念ながら、その直前に限界に達してしまった。
(マズいな……)
地竜攻撃で精神が結構消耗している。
恐竜再召喚は休憩を挟まないと出来ないし、1日回復しないで再召喚すると、頭数が減り、さらに活動時間も短くなる。
そんな状態で、まだケンタウロスたちがこの場に残っている。
こいつらを追い返さないとならない。
ユハの雷撃が頼みとなるが、ユハは戦闘はかなりの素人だ。
今まで自分の身を守る攻撃しかした事がなく、攻めた経験は無い。
だが来人の不安は杞憂だったようだ。
ケンタウロスの長と思われる者が、武器を投げ捨てて静かにやって来ると、来人とユハの前で膝を折った。
「お前、強い。
仲間、助かった。
もう襲わない。
礼、したい」
そう言って来た。
見ると他のケンタウロスたちも、地に伏したり、腹を見せて横になったりと「敵意が無い」姿勢を取っていた。
幸いというか、恐竜たちは数の多さから捕食より先に攻撃を行っていた為、重傷はいても死者は出ていないようだ。
あいつらケンタウロスを喰っていたら、態度もまた違っただろう。
明らかに地竜を倒した来人たちに、敬意と感謝の念を抱いていた。
「分かった、礼を受け容れる。
お前がリーダーか?」
「俺、隊長」
「族長とかいないのか?」
「ケンタウロスの長、知らない。
俺、群れの隊長」
こいつらは定住しない者のようだ。
来人はちょっと考えてから
「お前の名は?」
と聞いた。
ユハが袖を引く。
(ちょっと!!
族長が言ってたじゃない。
名前を付けて自我が芽生えたら、色々問題あるって。
まあ、名前を貰った私が言える事じゃないけど……)
そうだろう。
この世界、有翼人の族長であるヨハネス・グルーバーが言うこの大陸は、基本野生の世界だ。
知能を持ち、武器や道具を作り、有翼人の村で見た芸術的な造形をする者もいるが、基本的には弱肉強食と自然の摂理を受け容れている世界なのだ。
自我を持ち、自分だけでなく種族を守りたい、種族を支配したい、他者を征服したいと思う者が増えたら、世界が崩壊しかねない。
それも分かった上で、来人には考えがあった。
「俺、名前無い。
必要無い」
「じゃあ、礼の一環として俺が付ける名を受け容れろ」
「分かった」
「お前の名は張遼だ。
その名を与えた意味は、いずれ分かるだろう」
するとケンタウロスの隊長の顔つきが変わり始めた。
ユハでもそうだったが、内面の変化が始まったのだ。
「我が名は張遼……。
よく分からないが、勇ましい者となった気がする」
「そうだよ。
俺の居た世界で、馬を操る強い武人の名前だ。
その名に恥じぬようにして欲しい」
「有り難い。
礼を申すべきところを、逆に恩を重ねていただいた。
この恩義には絶対に報いさせていただく」
(やはり張遼だと固過ぎるか?)
名が与えた影響力の強さを、改めて思い知った来人である。
だが、考えがあって名を与えたのだ。
それを告げる。
「俺と同盟を結んで欲しい」
「友誼?
そんなものでなく、出来れば我が君に忠誠を誓いたい」
(そうなってしまったか!?)
「ま……まあ、忠誠っていうなら受け容れる。
俺たちはこの世界を旅している。
今回みたいに一々襲われても困る。
俺たちを護ってくれないか?
それと、俺とこのユハを乗せて移動して欲しいのだが」
「承知した。
我が群れは、御主君に今後も忠誠を誓うものである」
ちょっと難物っぽいが、来人はボディーガードと足を確保出来た。
恐竜を使役しても、時間制限があるから長距離移動には向かない。
その点、ケンタウロス族と仲間になれたのは幸いと言えた。
そして、名前が無いと召喚した恐竜が
<喰っていいか?>
と言って来る。
無闇な名付けはしないが、これは仕方ないものとして活用してみようか。
おまけ:
「実はさ、名前を付ける際に別の名前、もっと強い名前が頭に浮かんだんだ」
「そっちにした方が良かったんじゃないの?」
「いや、ユハ……君は知らないだろうけど、その名前だと後が怖いんだ」
その名とは項羽、冒頓、呂布、義経、テムジン、イェルマーク、パットン。
なんか制御が効かなくなりそうだったから、止めたのだった。